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転機

第百十一話 正々堂々

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 連日のデート続きで疲れてしまうと予想していたが、全くそんなことは無かった。むしろ、国王やユフィーナのことから解放されたオレは、いつもの調子が戻って来ている、そんな気さえしていた。



「今日はワシの順番だったか?」

「ああ、そうだね。出掛けようか」

「あいわかった」



 正直、ミィズのことは近いようで遠いようなそんな感じがしている。

 ミィズの発言やオレに対する態度は恋人のソレそのものなのだが、自分の中で今一つこれと言って彼女を『恋人』として見ることが出来ずにいた。

 恋愛経験の少ない…。いやほぼゼロと言っていいオレには、この難問は大きな壁として立ちはだかっていた。



「どうした?」

「ああ、いや。少しだけ考え事を…」



「かかかっ、そうか。他のみなとはどこに行っていたのかの?」

「あー、そうだな。イレーナとは食事と買い物、レストはアクセサリーとカフェで会話を、シアンとは主に食事を、ポミナとはお酒探しを、ってな感じかな」



「ふむふむ、みんなの好きそうなことをしていたわけじゃな」

「まぁ、そうだね…」



 そう言われると、ミィズのことをあまり知らない自分に気付かされた。



「ミィズはどこか行きたい所とか無いの?」

「そうじゃな、アクセサリーを買ってくれるんじゃろ?そちらが終わるまでに考えよう」

「わかった。行こうか」



 流石というか、これまでの三人とは、良い意味で大人な女性と一緒に居る気分になる。

 変に気を遣わなくてもいいというか、これは相手がミィズだからだろうか…。



「デートじゃし、手を繋ごう」



 ミィズがそう言いながらオレの手を握ってくる。

 これまでのミィズは今のデートみたいな状況だったら、他のみんなのように腕にしがみ付いてきそうなものだけど…。



「もちろん」



 御機嫌…かな?いつもとは少し違うように感じるミィズの雰囲気が、これまでの彼女の印象を塗り替えていくような、本当の彼女がどちらなのかを考えさせてくるような感覚を覚えた。



「信希は本当に変わったな」

「あえ?」



 思ってもいなかった言葉に、返事がおかしくなってしまう。



「どういうこと…?」

「これまでの信希なら、手を握られているだけでいつもと雰囲気が変わっていたはずなのに、今は何かほかのことを考える余裕すらあるみたいじゃの?」



「ご、ごめん!そんなつもりじゃ…」

「いやいや、褒めているんじゃ。女性に慣れてくれるのは、ワシらにとっても好都合というものじゃしの?」



「そ、それならよかった…」



 確かに彼女の言う通りだと思ってしまうあたり、もう女性経験が少ないと考えているのもおかしいのか…?

 色々考えるのもいいが、オレはミィズのことに思考を集中させていく。これ以上は彼女にも失礼というものだろう。



「なぁ、ミィズってどうしてオレがいいの?」



 思わずそんなことを聞いてしまっていた。



「唐突じゃな」

「ごめん、嫌だった?」



「いやいや、そういうことじゃない」



 以前から気になっていた、他の女性たちには優しくしていたり助けたりしていたことがあるが、ミィズには傷を癒したくらいしか特別なことは無かったはずだ…。

 それに彼女の種族的にも、あの時の傷がそれほどの問題でもないように感じている。



「強いて言うなら、信希はワシのことを見ても怖がったりせんだろ?」

「怖い?何が?」



「ほら、それじゃよ。そういうところはワシを惹きつけるには十分なんじゃ」



 どういうことだろう…。



 そうこうしているうちに、アクセサリーを取り扱っている店舗にたどり着いてしまう。



「先に選ぼう。あとの話はカフェにでも行けば良いじゃろ?」



 ニコリと笑いオレの手を引いてくる彼女に、何かを隠したりするつもりは無いと感じて、これまでに感じていた不安や疑問を振り払うような彼女の笑顔をとても魅力的に感じた。



「ああ。好きなものを選んでくれ」



 ──。



 ミィズは指輪を選んだみたいだった。

 オレ自身が加工しにくいとも感じたが物は試しだ。色々な可能性に挑戦していこう。



「加工しにくいかの?」

「大丈夫。色々考えてみるよ」



 完全に見透かされているみたいだった…。 



「ならよかった」



 他のみんなのように、オレからのプレゼントは嬉しいみたいだった。

 彼女の笑顔は見る機会すら少なかったせいか、いつも以上に彼女の印象を可愛らしい女性へと塗り替えていく。



 先ほどよりも密着しながら手を繋ぎ直してくるミィズに、自分が予想していなかった行動からかドキリとしてしまう。



「ありがとうな?そういえばお守りと言っていたが、どんな魔法具を作ったんじゃ?」

「ん…。バイタル確認…じゃなくて、生存確認の魔法と、外傷から身を守る防御の魔法かな」



「ほほう。それだけでみんなことを守れると?」

「ああ。今のオレだったら確実に守ることが出来ると思う。無いと思うけど核爆発とかなら流石に無理だろうけど…」



「かくばくはつ?」

「ああいや、こっちの話」



 バイタル確認の魔法が発動している時点で、みんなの位置や様子はいつでも確認できるからな。

 何か起きて、すぐに転移が出来れば問題ないんだろうけど、今のオレではそんな魔法具を複数作り出すには魔力が足りないのも事実で…。



「オレが駆け付けるまでの時間を稼いでくれればいいと思ってるだけだからね」

「なるほどの。だからお守りか」

「そういうこと」



 オレの意図を少ない言葉で汲み取ってくれるのは、何というか嬉しいというか他の女性たちでは感じられなかった、これまでにない感情を教えてくれるみたいだった。



 ──。



 それからオレたちは近くにあったカフェに入り、気になっていた先ほどの続きを聞いてみることにした。



「ねぇ、さっきの続きだけど、怖いってのはどういうこと?」

「ああ、簡単なことだ。信希と最初に出会った町を覚えているか?」



「ツクヨシだっけ」

「そうじゃ。そもそもの出会いは、ワシがあの町で魔物を始末したことにあったはずじゃ」



「そうだったね。ケモミミ様がいるって嘘をつかれたのも良く覚えてるよ」

「あの町の連中は信希とは違うんじゃ」



 どういうことだろう…。

 その話が『怖い』とどう繋がるんだ?彼女の言いたいことと伝えたいことを考えながら、温かい飲み物が入っているカップに口を付けていると──



「信希は初めてワシを見た時、真っ先に傷の心配をしてくれた」

「そうだね。ケモミミ様を救うために怪我をしたって聞いていたし」



「普通ならな、ワシの容姿に恐怖するものだ」

「容姿って言うと…鬼人ってこと?」



「ああ。イレーナやポミナたちとは違う、まさに魔物のソレじゃからな」



 彼女の言いたかったことが分かった。

 それ自体を自分が感じていることじゃないから、説明されるまで気付けなかった。



「そういうことかぁ」

「そんな信希だからこそ、ワシを女として見てくれると思った」



 そう言われると確かにその通りだと思った。

 今でもミィズとの出会いはよく覚えている。その綺麗な容姿にケモミミ以外も悪くないと、一目見ただけで納得させられてしまったからな。

 外見的なものはもちろん、彼女の綺麗なツノもミィズをミィズたらしめている所以に思えて、似合っているというよりもツノが生えているからこそミィズなんだと思わされた。



「はははっ。初めてミィズを見た時は、こんなに綺麗な女性が居るのかと思わされたよ」



 最近は自分の思っていることを相手に伝えられるようになってきて、こういった場面で変に緊張しなくなったのは便利だなと感じた。



「…?」



 そんなことを考えながらカップを置いてミィズを見やると、彼女のおかしな様子に驚いてしまう。



「不意打ち…」

「……え?」



 口元に手の甲を当てて視線をテーブルの上で泳がせている彼女が、何を感じているのか、理解するまでに少し時間が掛かってしまった。

 その様子は、可愛らしい女性の仕草そのもので、オレが彼女のことを女性と意識するには十分な理由になっていた。

 まさか自分の言葉や行動で、綺麗な女性をより魅力的にさせることなんてできるはずないと考えていたから…。



「なぁ…信希?」

「ん…?」

「今夜、信希の部屋に行ってもいいか…?」



 このタイミングで言ってくるのは本当にズルいと思う。

 断れるはずが無いし…。もしも、そういうことになっても、オレが焚きつけたということになる。嫌とかそういうことじゃない。ただミィズもちゃんと女性として色々考えているんだなと思ってしまった。



「ああ。もちろんだよ」



 その時初めて見た、ミィズの笑顔をオレはこの先忘れることはないだろう。



 ──。

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