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転機

第百二十四話 おやすみって・・・

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 以前の自分だったら、人生の中でここまで思い切った行動を取るなんて絶対に無かっただろう。

 ケモミミ様に出会ったから変わったのか、素敵な女性たちとこれからも一緒に居たいと思ったのか、彼女たちの裏表のない魅力にひかれたのか…。今のオレに正解を出すことは出来ないけど、自分の行動で誰かが喜んでくれるのは本当に嬉しいことだなと感じた。



「今日はゆっくりするんだよね」

「そうですね。信希もお疲れでしょうし…」



「ゆっくりって何をするんだろ…」

「へ?」



 この世界に来てからというもの、次から次へと色々なことに振り回されてきたからな…。元居た世界だったらアニメ見てゲームして…と出来ることは多かったのだけれど、この世界には何も──



「そうだ。新しいゲームとか作ってみようか」

「オセロのようなですか?」



「もう少し難しいやつとか、複数人でもできるやつとか…」

「気になります…」



 オセロを作った時には失敗したと思っていたからな…。出来ることならゲームの制作は控えようと思っていたんだけどね…。



 ──。



 そうしてオレは新しいゲームの制作をすることにして、将棋とボードゲームを作ってみた。

 みんなにもルールを教えて、実際に遊んでみると思っていた以上に好評で、気が付いたころには昼ご飯を食べるのも忘れて遊んでしまっていた。



「おかしいなぁ。元居た世界だったら、こんなに遊ぶことなんてなかったのに…」

「将棋とかですか?」



「そうそう。それに遊んだとしても一回二回で飽きてしまうと思っていたんだけど…」

「そうですか…?とても面白いと思いますけど」



 確かに、ゲーム性はどちらも面白いと思うけど…。

 どうしてここまで楽しむことが出来るんだろうか…。



「ふふふっ、答えは簡単なのじゃ。信希さまが余たちと遊んでおるからじゃ」

「……え?」



 ユリアからそう言われて、思わずハッとする。

 言われてみればゲーム自体を楽しんでいるというよりも、彼女たちの反応や行動を見てあれこれ考えていたように思う。



「正解かのぉ?」

「そうみたい…。よく気が付いたね…?」



「当然ですじゃ。信希さまのことならずっと見ておるからの」

「そ、そっか…」



 嬉しいような、恥ずかしいような…そんな感覚になりながら、座りっぱなしで固まっている体をほぐしていく。



「かなり時間が過ぎてるし、食事の準備をするよ」

「あ、信希まってください」



 オレが食事の準備をするために立ち上がろうとしたときに、イレーナから止められる。



「どうかした?」

「今日はボクが準備する!」



「だ、大丈夫…?」

「う、うんっ!」



「ワタシがお教えするので大丈夫ですよ」

「うん、分かったよ。少しだけ外の空気吸ってくる」



 二人で事前に決めていたんだろうか…。最近、シアンやレストに変化があるなと感じることが多くなったように思う。

 少しだけ大人っぽくなったというか…、女の子から女性に変わりつつあるような…。もしかして、自意識過剰かもしれないけど…そういうことだったりするのかな…。



 ずっと部屋の中に居たからか、何となく外に出てみることにした。



「おー、夕日はこっち向きに沈むのか…」

「綺麗ですじゃ」



 家の外に出たと同時に見えた水平線に沈んでいく夕日を見て、景色に見惚れて感動してしまった。

 後ろからついてきたのか、気づいたらユリアが横に居た。



「そうだな。ここに決めてよかった」

「信希さま……。どうして、みなと結婚してくれることにしたのじゃ…?」



「ああ、それね。オレはみんなのことが好きだ。でも、元居た世界からしたら複数人と一緒になることは出来ないって言ったよね」

「はいですじゃ」



 自分でも幾度となく考えた。本当に好きな人を一人だけ選んだ方がいいのではないか。オレみたいな男が複数人の女性と生活していけるのかと…。



「オレも人生の伴侶は一人だけを選ぶつもりだったんだ。でもね、みんなのまっすぐな気持ちを感じた…っていうのが一番大きいかな」

「まっすぐな気持ち…?」



「そう。多分、ユリアたちには想像するのも難しいかもしれないけど、オレが元居た世界では表面的には愛想よく生活していても、その内側にはどす黒い偽りで塗り固められている人がほとんどだったんだ」

「…なるほど…?」



「この世界に来て、みんなと出会って…オレはみんなに色々なことを教えてもらったんだ」

「……」



 珍しく自分語りをして恥ずかしいなと感じてユリアを見やると、真剣な眼差しでオレのことを見つめていた。



「みんなが内心どう思っているのか、今でも分かるわけじゃないけど…それでも、オレを想ってくれているのが伝わった…って言えば分かるかな…」

「なるほど」



 出会った頃はそこまでの意識は無かったかもしれない。この感情に気付いたのはイダンカに来てからだ。

 ユフィーナはもちろん、ルーファーと話した時に感じた懐かしさのようなものは、元居た世界の人間に近い何かを直感的に感じたからだと思う。



「みんなが複数人相手にしてもいいって言ってくれたのもあるけどね…」

「信希さまなら、余たちを全員幸せにしてくれますじゃ」



「もちろんそのつもりだ。それに、オレの覚悟だけで、みんなが幸せになれるならそっちを選んだ方がいいって思ったからかな…」

「信希さま」



「ん…?」



 オレを呼ぶユリアの声に、再び見ていた夕日から彼女の方を向き直そうとしたとき、自分の体が優しく包まれている感覚を覚えた。



「信希さまなら大丈夫です。初めてお会いた頃よりも、今の方がとても魅力的で、みんなにとってもこの世界で一番の男性になられるでしょう」

「あ、ああ…」



 彼女の言葉遣いが変わっていることに思わず動揺してしまう。



「ユリアって、たまに口調が変わるよね…?」

「信希さまが一番に惹かれているのがイレーナだったのじゃ。だから、余も丁寧な言葉遣いを練習しているのじゃ」



「はははっ、なにそれっ」



 思ってもいなかった理由に、自然と笑いが込み上げてくる。



「ほ、本気で言ってるのじゃっ!」

「ユリアは普段通りでも可愛いし、丁寧な言葉遣いも魅力的だけど、自分のやり易い方でいいんじゃないかな?」



「わ、わかったのじゃ…」



 少しだけ見えている彼女の顔色が紅に染まっているのは、夕日だけのせいじゃないだろう。



「戻ろうか」

「はいですじゃ」



 家の中に戻るだけなのに、ユリアはオレの手を握り一緒に歩いてくれる。



 ──。

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