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坂口圭佑

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高校生活最後の夏。
半袖の人が多く見られる時期になってきた。日本の夏はどうも蒸し暑くて嫌になる。まぁ、外国なんて行ったことないんだけど。
そんなことを考えながら通学用の急行電車に乗り込む。空調が壊れてるせいか、さらに蒸し暑く、イライラする。
イライラしながらも、受験生らしく単語帳を開こうとしたとき、後ろから何者かに背中を突かれた。
「よっ!あれ、勉強中?」
振り向いてみると、汗だくになった若林巧が小声でそう囁いた。
「そうだよ、受験生だし。お前こそなにしてんの?」
朝から高い体温で話しかけられ、多少の苛立ちを覚えながらもそう返す。
「あ、俺?これだよ、これ」
そう言いながら手に持っていた表紙の端の折れたファッション雑誌を見せてきた。
「モテる男は服装から入んないとな」
「あっそう」
すこぶるどうでもよかった。
「お前も万年ユニクロじゃなくて、こう言うのも見て一緒にモテて青春に花咲かせようぜ、な?」
「ファッションよりも受験だよ」
「はぁ、そんなの見ても偏差値なんかあがんねーぞ」
巧は僕の単語帳を取り上げてパラパラめくり始めた。
「巧も受験すんだろ?そんなの読んでないで勉強しろよ」
「いいのいいの、俺はお前と違って勉強しなくてもできるから。」
成績学年2位の言うことには悔しいが納得するしかなかった。
「最近は開襟シャツにタックインだってよ!あ、もう駅じゃん、降りようぜ」
そう言って巧はせっせと雑誌を缶バッチだらけのリュックに押し込み、僕の手を引いて駆け出した。
「痛い!痛いって!まだ単語帳しまってないんだけど!!」
汗だくの手で連れ出された外は風が吹いていて少し涼しかった。

1時間目授業終了のチャイムがなったと同時に巧は僕の目の前に現れた。
「こんどさぁ、下北行かね?し、も、き、た!!!」
「何で僕に言うんだよ。」
「お前暇そうじゃん」
「暇じゃねえよ、受験生だし」
「受験受験お前は受験ロボかよ」
「今は受験ロボになるしかないだろ?あ、僕次移動教室だから」
そう言って僕はさっさと教科書をまとめた。
ほんとは移動教室なんてないけど、奴と一緒にいると生活サイクルを狂わされてるような気がした。
「ちぇっ、なんでぃ」
江戸っ子のような口ぶりで僕の天敵は去って行く。

巧は早い話僕の幼馴染だ。
まあ、よくあるやつ。
小さい頃からヤンチャで僕ことを引っ掻き回す。
近所の居酒屋の氷を盗むのも、小学校の斜向かいに住んでる山下さんの家の柿を盗み食いするのも、爆竹を校舎の窓に取り付けて窓を割るのも全部巧が半強制的に僕を巻き込んだ。
別に嫌じゃなかったけどね。
巧と初めて会ったのは幼稚園の頃。
二重のくりっとした目に、サラサラの長い栗色の髪で、初めて見たときは女の子かと思った。
「おい、お前。子供ってどうやってできるか知ってるか?」
巧が初めて話しかけてきた時のセリフだった。
今考えるととんでもないことを言ってきたと思う。
その時僕には友達もいなかったのに、なんで僕に話しかけてきたのかは分からないが、そこから巧と僕は親友になった。
巧は勉強ができた。
普段全く勉強してるそぶりなんて見せないのに、学年で2番をキープしている。
だから普段学年で半分よりちょい上の僕は勉強しろなんて本当は言える立場ではなかった。

「はぁ…」
移動教室に行くふりをして教室に帰ってきて、ため息をついた。
「わっ!ねぇ、何話してたの!楽しそうに。」
ニヤニヤしながらポニーテールで半袖のシャツを少しまくり、もうそろそろ見えるんじゃないかってくらいスカートを短くしたお調子者が後ろから僕の肩を掴みおどかしてきた。
「ひゃ!なんだ、凛花かよ、心臓に悪いわ。特に内容ある話はしてないよ」
「『ひゃ!』だって!ウケる!本当に何もないの?なんかいやらしい顔してたよ?」
相変わらずニヤニヤした顔でこっちを見てくる。
「してねーよ、ほら、あっち行け」
「はいはーい。あ、今度ママが翔の家に葡萄持ってくかも!」
ポニーテールの子はそう言って女子の群れに戻っていった。

翔は僕の名前だ。
日本の未来に飛び立つようにと名付けたらしい。
ありふれた名前で、特に嫌でもないし、好きでもない。
名字が中田なので、よくもまあ普通の名字に普通の名前ぶつけてきたな、とは思うけど。
凛花は中学から同じで、中学生の頃は僕と巧とよく3人で帰っていた。
最近は妙に大人びてきて、恥ずかしくて一緒に帰るとこは滅多に無くなった。

6時間目の授業が終わり、教科書を無造作にスクールバッグに詰め込んでいるときにまた栗色ヘアーがやってきた。
「翔くーん、今度とは言わないからさ、今日行こ!下北!」
いつもこんな調子なので諭すように言った。
「行くわけないだろ、普通にめんどくさいし」
巧は前髪をくねくねいじりながら僕の前の席に座った。
「ほら、休憩ってことでいいだろ!そんな勉強ばっかしてたら息詰まっちゃうよ?あ、じゃあこれ行こうよ、兄貴のライブ。今日下北のライブハウスでバンドのライブするらしいんだ。30分くらいで抜けられるし、どう?」
巧の兄貴は国立大に通っている秀才。
僕も昔からお世話になっていた。
「んー、本当に30分?」
「本当に30分」
「んんー、じゃあ30分だけなら…」
「だけなら…」の「だ」を言うか言わないかくらいのところで、
「よしきた!」
と巧は僕の腕を引っ張り、外へ向かいダッシュした。
今度の外はカラッと暑く、気持ちが良かった。

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