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56.新しい執事

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 横たわるアリシアはゆっくりと体を起こして行く。
 周りを見回すと、四方を氷の壁で覆われた寝室のベッドの上に居る。
 寒さは感じない、何が起きたのか思い返しても、胸を貫かれた自分に響が駆け寄り、抱き抱えられた所までしか思い出せないのだ。
 頭お抱え考え込むアリシアが意識を集中していると、四方を取り囲む氷の壁に画像が浮び上がって来る。

 えッ! ここは………レオンの中かしら? ティスさん?

 右の壁に浮ぶ映像には、ポットに泣きすがるティスの姿があった。
 そしてその奥には、別のポットにすがり付くクロエが、福笑いのように崩れた泣き顔で、ポットの中を覗きながら話し掛けていた。

 響さん? どうして………さっき助けてくれたのは………

 そのポットの中にうっすらと見える横顔は、先程アリシアの前に現れた響の横顔であった。



 その頃、ランベル王国、王都サリュースの冒険者組合と『ファルコン』では、ワーウルフの襲撃で冒険者七名、ガズール帝国からの使者一名が亡くなり、残された十名も重軽傷を負っていた。
 その中には、首を跳ねられた謎の悪魔、右腕を無くしたマゼンタも含まれており、マゼンタの出血は多かった事もあり、今だ生死の境を彷徨さまよていた。
 
 「ワーウルフの襲撃を王国警備隊に連絡して! ここに居る冒険者は、アリシアの行方を捜索! 四人一組で捜索にあたって! 情報は全て冒険者組合の、私の所へ集めて欲しい!」

 『ファルコン』に食事に来ていたマリア組合長は、今回の襲撃の内容を確認し、次々と冒険者達に指示を出して行く。その指示を受けた冒険者達も、捜索の区画割を済ませて次々と飛び出して行く。

 「マギー、今日はこれで店を閉めて、戸締りをしっかりとするんだよ! 念のために冒険者二人をおいて行くから………まぁ、あの二人のメイドが居れば、大丈夫だろうけどね! まったく、ジュリアンの奴は、肝心な時に居ないんだから………」

 「はい、マリア様、ありがとうございます」

 マギーは、アルン村の生き残りだ。
 マリア組合長は、マギーに近づき奥に居る二人のメイドを見て、他のメイドとは違う雰囲気を感じたようだった。
 それもそのはずである。その二人こそシ-ドル公爵家襲撃の際に、アリス騎士団長と共に生き残ったメイド騎士なのである。ジュリアン達がいない時の、アリシアと店の警護のために配置されていたのだ。
 しかし、アリシアの出前にあれだけの冒険者が付いて行った事で、彼女達の警戒心も薄れていた。
今二人のメイド騎士は、メンテナンスでアリス騎士団長と連絡が取れず。店の警護の為アリシア捜索に行けない事を、死んでしまいたい程悔やんでいた。
 せめてどちらか一人でも付いていればと………。





 「公爵様、王国警備隊より。旧シ-ドル公爵家跡の付近で、ワーウルフと冒険者の戦闘があったとの報告が参りました。前任の奴も亡くなったようなので、これより私がお側に付きます」

 ム-ス公爵の側には、亡くなった執事と同じ容姿と服装をした老齢の執事が立っていた。一人の執事が死んでも、その後埋める悪魔の代わり等は、幾らでもいたのである。

 「あの執事を倒した奴とは、どのような奴なんだ! あの執事は、わしが知る限りでも、相当な手練てだれだったはずだ………ワーウルフも三匹もいたんだぞ! それをあっさり殺す奴が、近くに居るのか? ガルニアは、なんと言っているのだ?」

 「落ち着きなされませ。今調べております。私は前任者よりも強ようございますので、ご安心を」

 その老齢な執事の目は、ム-ス公爵を恐怖に追い込むのに、十分な鋭さを放っていた。

 「そっ、そうかぁ~それなら安心だ………」

 「公爵様、ガズール帝国は我ら秘密結社アーネストが、ほぼ手中しゅちゅうに治めました。近くこのランベル王国に、兵を進める事になるでしょう。その時には、貴方様もカ-ル・オクタ-ビア大公に、取って変わって頂きませんと、主ガルニアがしびれを切らしてしまいますぞ」

 ム-ス公爵の新しい執事は、手始めに前の執事とは違うと言う事を、公爵に理解させるのであった。
 ム-ス公爵家は、平民からの成り上がり貴族であり、ここまでになる為に数代に渡って、悪魔ガルニアが手を尽くして来た経緯があったのだ。隣国のガズール帝国が他の者の手により、秘密結社アーネストの手に落ちた事で、悪魔ガルニアも焦り始めていた。そのような所での今回の失態である。悪魔ガルニアも、後が無くなっていたのだ。


 「分かっておる。それよりも手筈てはずは大丈夫なんだろうな? ガズール帝国の軍勢に、攻められたのではたまらんからなぁ~」

 「はい、それは無論の事でございます。ガズール帝国の軍勢三万がランベル王国へ侵攻。それを迎え撃つ為のランベル王国の軍勢が、近衛部隊千、王国警備隊八千、貴族混成部隊一万五千、ム-ス公爵家五千、合わせて二万九千と言う所でしょうか。戦が始まれば互角の戦いとなりましょう………」

 「儂の兵五千がどちらに付くかで、この戦はどうとでもなる………」

ム-ス公爵は、短く太い指を胸の前で合わせて、大きく膨れた腹を突き出すように椅子にのけ反ると、自分がこの国の実権を握った時の事を、思い描いているようであった。
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