小さな恋のトライアングル

葉月 まい

文字の大きさ
11 / 33

陽だまりのように

しおりを挟む
「おかえりなさーい!」

玄関を開けると、岳と真美が元気良く出迎えてくれ、潤は思わず頬を緩めた。

「ただいま」

温かい部屋の空気と明るい二人の笑顔に、胸いっぱいに幸せが込み上げてくる。

思えば、部屋に帰って来て誰かに出迎えられるなんて、ひとり暮らしを始めてから一度もなかった。

「じゅん、はやかったな。せっかくまみとふたりであそんでたのに。もっとゆっくりしてこいよ」

岳の言葉に、潤は、ええ?!と驚く。

「なんか、邪魔者が帰って来た、みたいに聞こえるんだけど?」
「まあ、いいってことよ」
「良くねーよ!」

まあまあと、真美が取りなす。

「課長、晩ご飯にしましょ。手を洗って来てください」
「ああ、分かった」

寝室で着替えも済ませてからダイニングに行くと、真美と岳が仲良く食器を並べていた。

「まみ、これおかしじゃないの?」
「ふふっ、そう見えるでしょー?でも違うんだよー」

なんだ?と潤は皿を覗き込む。
パリパリの茶色い麺が載っていた。

「あ、ひょっとして皿うどん?」
「正解です!」

すると岳が首をひねる。

「なんでこれがうどん?パリパリラーメンじゃないの?」
「確かに。言われてみたらそうだな」

潤も首を傾げると、真美が笑いながら口を開く。

「見た目がお皿に盛った焼きうどんみたいだから、とか諸説あるみたいですけど、確かにうどんって呼ぶのは違和感ありますね。『あんかけかた焼きそば』の方が分かりやすいかも」
「ああ、そうだな」

潤は頷くが、岳はまたしても怪訝そうにする。

「あん?え、あんこをかけるの?こしあん?つぶあん?」
「あはは!がっくん、あんこはかけないよ。あんっていうのは、トロッとした具のことなの。ほら、これだよ」

そう言って真美は、フライパンを持って来て岳に見せる。

「これを載せる前に、がっくん、このパリパリを小さく砕いてくれる?手でパリパリするの」
「わかった!」

岳は椅子によじ登り、皿の上でパリパリと麺をほぐしていく。

「パリパリ、おもしろーい」
「ふふっ、感触が楽しいよね。それくらいでいいかな?じゃあ、あんをかけるよ」
「うん!」

真美はフライパンを傾け、トロリと野菜たっぷりのあんをかけた。

「おいしそう!たべてもいい?」
「うん。あ、待って。もう一つあるんだ」

そう言って真美は、レタスとそぼろ肉をテーブルに運んで来た。

「これはなに?」
「お肉のレタス包みだよ。レタスの上にこのパリパリとお肉を載せて、お布団みたいに巻いて食べるの」
「やりたい!」
「ふふっ、じゃあ早速食べようか」

3人で席に着き、いただきます!と手を合わせる。

岳は小さな手でレタスを取り、パリパリの麺とそぼろ肉を載せると、ムギュッと丸めてから大きく口を開けてかぶりついた。

「んー、おいしい!パリパリしてる!」
「ふふっ、良かった。皿うどんも食べてね」
「うん!」

岳はモグモグと勢い良く平らげていく。

「へえー、岳がこんなに野菜を食べるなんて。レタスはいつも嫌がるのに」

潤が感心したように呟く。

真美は声を潜めて潤に囁いた。

「課長、あの野菜あんかけ、実は細かくしたピーマンも入ってるんです」
「え、そうなの?岳、絶対気づいてないよ」
「知らない間に食べちゃってますよね。ふふふ」

潤と真美の会話も耳に入らないほど、岳は夢中になって食べていた。

食事を終えてお風呂に入り、歯磨きをしてから、岳は真美と一緒に寝室に向かった。

「まみ、いっしょにねる?」
「ん?がっくんが眠るまでは一緒にいるよ」
「ねたらいなくなるの?じゃあ、ねない」
「そんなこと言わないの。おじさんが隣で寝てくれるからね」

そう言って軽く流そうとするが、岳は引き下がらない。

「まみもここでねればいいよ」
「うーん、そうだな。おじさんが嫌がるかもしれないよ?」
「じゃあ、きいてくる!」
「え、ちょっと、がっくん!」

慌ててあとを追いかけると、岳は道場破りのようにバーン!とリビングのドアを開けて声を張った。

「じゅん!まみとねる?」

ブーッと、潤は飲みかけのコーヒーを吹き出す。

「が、岳、お前、何を言って……?」 
「いいだろ?じゅん、まみとねるの、いやか?」
「ね、寝る?いや、その。それはだめだろ」
「いやなのか?」
「え、嫌とか、そういうのじゃなくて……」
「じゃあ、いいよな?」
「それは、その……」
「おとこだろ!じゅん。はっきりしろよ!」
「はい!いいです!」

やったー!と岳は飛び跳ねて寝室に戻る。

「まみ、ねようぜ」
「ええ?!まあ、うん」

とりあえず岳が寝つくまでは、と、真美は岳と一緒にベッドに入った。



「がっくん、ぐっすり眠ってます」

岳が寝つくと真美はそっとベッドを抜け出し、リビングに戻った。

「ありがとう。紅茶でも飲む?」
「はい。いただきます」

潤はミルクティーを淹れてソファーに真美を促した。

「どうぞ」
「ありがとうございます。はあ、ホッとする」

岳がいないリビングは、ひっそりと静まり返っている。

潤は、会社から持ち帰った真美のパソコンを手渡して、事情を説明した。

「そうだったんですか。紗絵さんが一人残って片付けを……」
「ああ。俺が留守にしてたばかりに、悪かった」
「課長は何も悪くありません。誰のせいでもないです。でも、しばらくはテレワーク中心でってことは、私は有休の申請しなくてもいいってことでしょうか?」
「うん、大丈夫だ。またいつ大きな余震が来るかもしれないから、なるべく社員は出社させないようにって、隣の部署の部長に言われた。俺もしばらくは出社を控えるよ」
「じゃあ、課長もがっくんのそばにいてあげられますね。がっくん、喜ぶだろうな」

すると潤は少し苦笑いを浮かべた。

「どうだろ?なにせ『せっかくまみとふたりであそんでたのに』って、邪魔者扱いされたからな。岳にとっては、まみがいてくれるのが何よりなんだ。あいつ、本気でまみのこと好きなんじゃないかな?どうしよう、このまま大きくなって、まみと結婚したいって言い出したら……」

そこまで言って、潤はハッとした。

(俺、今、なんて言ってた?望月のこと、まみって……)

チラリと横目で様子をうかがうと、どうやら気づかれていたらしく、顔を真っ赤にしてうつむいている。

「ごめん!望月。俺、つい馴れ馴れしく……」
「いえ、大丈夫です」
「ほんとに悪かった。いくらうちにいるからって、職場の部下なのに」
「あの、どうぞお気になさらず……」

その時だった。

「うわーん!」という岳の大きな泣き声が聞こえてきて、二人は顔を見合わせる。

「がっくん!」

真美はすぐさま寝室に向かった。

「がっくん!どうしたの?大丈夫だよ」
「まみ!こわい!」
「大丈夫だから。ね?ほら」

岳を抱きしめて背中をさする。

「怖くないよ。ゆっくり目を開けてごらん」

真美は岳の顔を覗き込んだ。
目が合うと、にっこり笑いかける。

「ね?大丈夫でしょ?」
「うん」
「ごめんね。もう離れないから。くっついて寝ようか」

そう言ってベッドに横になると、岳はギューッと真美に抱きついてまた眠り始めた。

小さな寝息が聞こえてきて、潤はそっと真美に声をかける。

「望月、ごめんな。俺が代わるから」
「いえ。このままがっくんの隣にいます」

でも……、と潤はためらった。

岳が間にいるとはいえ、真美と同じベッドで寝る訳にはいかない。

それなら自分が別の部屋で寝ようかとも思ったが、いつまた岳がうなされて起きるかもしれないし、大きな余震が来るかもしれない。

いざという時、そばにいて守ってやれないようでは困る。

「じゃあ俺、寝ないでここに座ってるから」
「まさか!課長、夕べもほとんど寝てないですよね?だめです。ちゃんとベッドに入ってください。私のことなんて、何も気にしないでいいですから」
「そんな訳にいかない。望月は大切な俺の部下だ。上司として、同じ布団に入ることは出来ない」
「何をそんなカタブツ親父みたいなこと言ってるんですか?」

カタブツ?!と思わず声を上げると、しーっ!と人差し指を立てて止められた。

「がっくんが起きちゃいます。ほら、早く寝ましょう」
「でも、やっぱり……」

煮え切らない潤に、真美は小さくため息をついた。

「課長。今は非常事態だっておっしゃいましたよね?地震で被災して、会社の毛布で一緒に寝たら、咎められますか?」
「いや、そんなことは決してない」
「ですよね?それと同じです。それに私はこれ以上、がっくんに少しでも怖い思いをして欲しくありません。課長、がっくんの心も守らなければいけないってお話してくれましたよね?その為に私を頼ってくださいましたよね?だったら二人でがっくんのそばにいましょう。大丈夫、黙ってれば誰にもバレやしませんよ」

潤はしばしポケッとしたあと、思わずプッと吹き出した。

「望月の口からそんなセリフが出てくるなんて!」
「意外ですか?私、結構腹黒いですよ」
「こわっ!なんか迫力あるな」
「怒らせるとヤバいタイプです」
「うっ、なんか分かる」
「でしょ?」

ふふっと笑う真美に、潤は真顔に戻って首を振る。

「いや、違う。望月は腹黒くなんかない。芯がしっかりしていて、いざという時頼りになる。誰よりも愛情に満ち溢れていて、岳を包み込んで守ってくれる。それに悩んでいた俺にも言葉をくれて、俺の心を救ってくれた。陽だまりみたいに温かく、優しい人だよ、望月は」

そう言って微笑む潤に、真美は言葉を詰まらせる。

気づけば涙が止めどなく溢れていた。

「ほら、泣かないの。岳に見つかったら大変だ。またまみを泣かせたのかー?って、怒られるからな」

ふふっと真美は思わず泣きながら笑う。

潤は手を伸ばし、そっと真美の涙を指で拭った。

「おやすみ、望月」
「はい。おやすみなさい、課長」

頷く潤ににっこり笑ってから、真美は目を閉じる。

笑顔を残したままスーッと眠りに落ちた真美の髪を、潤はそのあとも優しくなでていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

処理中です...