Good day ! 2

葉月 まい

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伊沢の戸惑い

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「伊沢さん!今夜のステイ、私達CAと夕食ご一緒して頂けませんか?」

福岡へのフライトを終えてシップを降りた伊沢は、後ろから追いついたCA達に話しかけられた。

「ありがとうございます。お誘いは嬉しいのですが、フライトプランの確認をしたくてゆっくり食事が出来そうになくて。またの機会にお願いします」

もはや暗記してしまった断り文句を、伊沢はスラスラと述べる。

CAに誘われる度に、同じセリフで断っていた。

「もう…。伊沢さんいつもそればっかり!いつだったらいいんですか?」

新人のまだ若いCAが、食い下がってくる。

「いつと言われても…」

困ったように眉を下げた時、ふと頭の中にこずえのセリフが蘇ってきた。

『私はあんたに自分の幸せを見つけろって言ってんの!』

そうか、こんなふうに周りに壁を作っているから、こずえにも責められるのかもしれない。

(もっと自分から行動しないとダメなのかもな)

「分かりました。夕食、ご一緒させてください」

わあっ!とCA達が盛り上がる。

「ついに伊沢さんが!やったー!」
「とっておきの美味しい所にご案内しますからね」
「さ!早く行きましょ」

何人ものCAに取り囲まれ、伊沢は押され気味に頷いた。



「伊沢さん、何がいいですか?」

福岡の市街地にあるオシャレな創作料理の店で、伊沢は6人のCAに囲まれていた。

「このお店、海鮮丼が美味しいですよ」
「あ、じゃあ、それを」
「それと、地鶏の串焼き!絶品ですよー」
「あ、じゃあ、それも」

伊沢は言われるがままに頷く。

(やっぱり苦手だなー、こういうの。慣れてないもんな、俺)

思い切って来てみたはいいが、やはり場違いな感じがして居心地が悪い。

「ねえ、伊沢さんって、やっぱりコーパイの藤崎さんとつき合ってるんですか?」
「そうそう!あの噂、私達ずっと気になってたんです」
「どうなんですか?本当のところは」

運ばれてきた料理もそっちのけで質問攻めにされ、伊沢は戸惑う。

「ああ、えっと…。彼女とは、航空大学校の頃からの同期なんだ」
「へえー、それだけ?」
「えっと、どうだろう」
「何ですか?それ!」

伊沢は責められた気分になる。

(うーん…。まだつき合ってることにした方がいいのかな?そうすれば、恵真に言い寄る男も減るだろうし、佐倉さんとの仲も隠せる)

その時、またあのこずえのセリフが蘇ってきて、思わず振り払うように頭を振る。

「え、違うんですか?あの噂」
「あ、いや、その…。まあそうかな」

だんだん声が小さくなるが、CA達は嬉しそうな声を上げた。

「じゃあ伊沢さん、今はフリーなんですね?」
「どんな子がタイプですか?」

いや、その、別に…と言葉を濁す伊沢の周りで、CA達はどんどん話を進める。

「伊沢さんは、やっぱり大人しくて控えめな女の子が好きですよね?」
「えー、じゃあ私とか?」
「何言ってるのよ。控えめな子は自分でそんなこと言わないわよ」
「じゃあこれから控えめにしまーす」

あはは!と楽しそうに笑う皆に合わせて、伊沢も愛想笑いをする。

「きゃ!伊沢さん、笑うと可愛いですね」
「ほんと!年下のアイドルみたい」

伊沢は苦笑いして否定する。

「いや、まさかそんな…」

するとその場の皆が矢継ぎ早に質問してきた。

「ね、伊沢さん。今フリーなら思い切って、ここにいる誰かとつき合ってみませんか?」
「私とかどうですか?」
「もし一人に決められないなら、まずはグループで遊びに行きません?」
「あ、そうしましょうよ!他にも何人かコーパイ誘って」

それいいね!と、もはや決定とばかりに女の子達ははしゃいでいる。

「あの、ごめん。俺、今は勉強しなきゃいけない事がたくさんあって。休みの日も遊びに行ったり出来ないんだ。つまんない男だろ?だからもう、俺なんかには声かけてくれなくていいよ」

ええー?と、不服そうな声が上がる。

「ごめんね、本当に。じゃあ、そろそろ行くね。あ、皆さんはごゆっくり」

お札を数枚テーブルに置くと、伊沢さーん!と呼び止められる声を振り切って店を出る。

(はあ、疲れた…)

大きくため息をついて空を見上げた。

(操縦よりもよっぽど疲れた。俺ってやっぱり、誰ともつき合ったり出来そうにないな)

「悪いな、こずえ」

ポツリとそう呟いて、伊沢はホテルへの道を急いだ。



「伊沢くん、お疲れ様。ここいい?」 

数日後、社員食堂で伊沢は恵真に声をかけられた。

「お疲れ、恵真。もちろんどうぞ」
「ありがとう」

促されて、恵真は伊沢の向かいの席に座る。

「あのね、私、昨日CAさん達に聞かれたんだ。伊沢くんとは本当につき合ってないのか?って」

箸を進めながらそう話し出す恵真に、伊沢は少しバツの悪そうな表情になる。

「ああ、ごめん。この間それを聞かれて、俺ちょっと濁しちゃってさ」
「そうなんだ。私こそごめんね。あんな昔の噂をみんながまだ信じてるなんて知らなくて。だからちゃんと言っておいたよ。私は伊沢くんとはつき合ってませんって」
「え?いいのか?それで」
「もちろん。ごめんね、長い間伊沢くんに迷惑かけちゃって」
「いや、そんな事ないよ。それに今思えば、俺もその噂が有り難かった。この間初めてCAさん達と食事に行ったんだけど、もうなんかドッと疲れちゃってさ。操縦の3倍は疲れた」

そんなにー?!と恵真が声を上げる。

「ああ。だからさ、もう誰かとつき合ってることにするよ。恵真じゃなくて、新しい彼女が出来たって」

ふーん、そっか…と、恵真は下を向いて何やら考え始めた。

「どうかした?」
「うん、あのさ。伊沢くん、CAさん達とのお食事は疲れちゃったんでしょ?それなら、誰と一緒の食事なら疲れない?」
「んー?そうだな。この間みたいに野中さん達と一緒の食事とか…」
「女の子と二人で食事するのは?」
「そんなのないない!今までだって、そんなのこずえくらいしかないぞ」
「伊沢くん。こずえちゃんは女の子だよ」

…は?と伊沢が固まる。

「えっと、恵真?何言ってんの?」
「伊沢くんこそ何言ってるの?こずえちゃんは、れっきとした女の子でしょ?」

…はあ、と伊沢は気の抜けた返事をする。

「まったくもう…。二人ともどうしちゃったの?一周回って変なとこ行っちゃった?旋回し過ぎだよ」

珍しく説教じみた口調で訴えてくる恵真に、伊沢はキョトンとする。

「伊沢くん。もう一度よく自分の心に聞いてみて。誰と一緒に食事するなら楽しめる?何かに悩んだ時、まず最初に誰に相談したい?楽しい事があったら、誰に真っ先に聞いて欲しい?」
「誰に…?」
「そう。頭で考えないで。心の中に思い浮かんだ人は誰?」
「俺がいつも、家に帰って、話を聞いて欲しくて電話するのは…」

恵真は、ふふっと笑う。

「いるでしょ?思い浮かんだ人」

いる。確かに今、思い浮かんだ。

(でも、それがなんなんだ?つまり、どういう事?)

首をひねる伊沢に、恵真は、
「あー!もう、あとちょっとなのに!」と
悔しそうに呟いた。
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