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決着
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「朝比奈さん、鮎川社長がお見えです」
病室のスライドドアが開き、矢島が鮎川と共に静かに入ってきた。
ベッドの横の椅子に座り、凜香の手を握りしめていた礼央は、顔を上げて立ち上がる。
「朝比奈さん、彼女の容体は?」
鮎川が心配そうに凜香の顔を覗き込む。
「重度の熱中症でしたが、今は体温も平熱に下がり、落ち着いています。しばらくこのままゆっくり寝かせるようにと」
「わかりました。朝比奈さん、彼女を助けてくださって、本当にありがとうございました」
「いえ。今回の事件は我々の落ち度によるものです。黒岩から全て吐かせていれば、彼女をこんな目に遭わせずに済んだ。申し訳ありませんでした」
礼央は姿勢を正してから深く腰を折って頭を下げた。
「そんな、やめてください。あなたは彼女の命の恩人です。私はなにもできなかった。彼女を守ると誓ったのに、結局なにひとつ、私は……」
肩を震わせながら声を詰まらせる鮎川から、礼央はなにかを感じ取る。
それはきっと、彼女への特別な想い……。
やがて鮎川は静かに礼央に向き直った。
「どうか彼女をよろしくお願いします、朝比奈さん」
そう言ってお辞儀をすると、鮎川は身を翻し、足早に病室をあとにした。
◇
「朝比奈さん……」
夜になり、小さく聞こえてきた声に、礼央はハッと視線を上げる。
凜香がぼんやりと礼央を見つめていた。
「気がついたか? 気分はどうだ?」
身を乗り出して顔を覗き込むと、凛香は弱々しく微笑む。
「大丈夫です」
「そうか。今ドクターを」
そう言ってナースコールを押そうとした礼央の腕に、凛香がそっと手を添えた。
「……夢じゃなかった」
「え?」
「……熱くて、苦しくて、もうだめかもって思った時、朝比奈さんの声が遠くから聞こえてきたんです。夢なのかなって思ったらギュッて抱きしめてくれて、心からホッとしました。よかった、夢じゃなくて。また会えて、嬉しい……」
礼央は込み上げてくる気持ちをグッと抑えながら、視線を落とす。
「すまなかった。俺がもっとちゃんと黒岩を問い詰めていれば、君をこんな酷い目に遭わせずに済んだのに。本当に申し訳ない」
「いいえ、朝比奈さんは私を助けてくれました。きっと来てくれるって、心のどこかでずっと信じてました。ありがとうございます、朝比奈さん」
そう言って微笑む凛香の頬を、礼央はそっと手のひらで包み込んだ。
「よく無事でいてくれた。怖かっただろう? 助けに行くのが遅くなって悪かった」
「ううん。誰よりも真っ先に駆けつけてくれたんでしょう? 私のために」
「当然だ」
すると凛香は、ふふっと笑う。
「なにがおかしいんだ?」
「やっぱり朝比奈さんだーって思って」
「どういう意味だ?」
「んー、内緒」
「なに!?」
「ふふふ、おもしろい」
声を上げて笑う凛香を、礼央もふっと頬を緩めて見つめていた。
◇
「だーかーら、忘れてたんですって、そんな昔のこと。だって二年前ですよ?」
取調室で礼央と向かい合って座った黒岩は、ふてぶてしく身体を深く椅子の背に預けながら言い放つ。
「鮎川が社長になって、くさくさしながら飲んでた席での話でしょ? あいつがまだ覚えてて、それを実行するなんて、こっちが驚きだ」
凜香を誘拐した犯人は、ワンアクトの常務だった。
黒岩が社長になれば、自分も優遇してほしいと、日頃から黒岩におべっかを使っていたらしい。
次期社長に本部長だった鮎川が就くことになり、恨み節を言いながら居酒屋で飲んでいた時に、黒岩が凜香の誘拐をほのめかした。
自分にもしものことがあったら、社長秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。成功報酬でお前にも半分くれてやる、と。
そう言って、銀行口座も教えていた。
犯人の常務は、黒岩が逮捕されたことを受け、もう自分に残された道はないと思い、誘拐を実行した。
金が手に入ればすぐに遠くへ逃げるつもりだったらしい。
たかだか脅迫メールを予約送信にしただけで、警察の目を欺けると思っていたのは片腹痛い。
礼央が最も憎む相手は、この黒岩だった。
「それで?俺はなにもしてないのが、あんたたちによって証明されただろう。だって秘書が誘拐された時、俺は牢屋にぶち込まれてたんだから。おかげで完璧なアリバイができた。ありがとよ」
「……黙れ!」
ギリッと奥歯を噛みしめて黒岩を睨みつける。
「お前は罪のない人を苦しめ、命を奪おうとしたんだ。自分の手を汚さず、涼しい顔でのうのうとしている間にな。俺は絶対に許さない。お前を法廷に突き出してみせる」
黒岩はフンと鼻で笑った。
「証拠なんてないだろう。あいつが勝手にやったことだ。俺は知らない、無関係だよ」
その時だった。
ドアが開き、矢島が一枚の書類と古いスマートフォンを手に入ってきた。
「朝比奈検事。あの常務が使っていた古いスマートフォンから音声ファイルが見つかりました。二年前の居酒屋での会話を、念のため録音していたようです。削除されていましたが、復元できました。今、再生します」
静まり返る取調室に、黒岩の音声が流れる。
『鮎川の弱点はあの秘書だ。鮎川は秘書に惚れてるよ。いいか、俺はこれからも社長の座を狙う。だがもしものことがあったら、その時は秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。彼女のためなら、鮎川はポンと一億くらいよこすだろう。成功報酬でお前にも半分くれてやる』
黒岩の顔が引きつる。
礼央は「決まりだな」と呟くと、高らかに正面から黒岩に告げた。
「誘拐の教唆、身代金目的略取未遂、そして社内資金の流用。黒岩正を三つの罪で起訴する」
ついに黒岩はがっくりとうなだれた。
病室のスライドドアが開き、矢島が鮎川と共に静かに入ってきた。
ベッドの横の椅子に座り、凜香の手を握りしめていた礼央は、顔を上げて立ち上がる。
「朝比奈さん、彼女の容体は?」
鮎川が心配そうに凜香の顔を覗き込む。
「重度の熱中症でしたが、今は体温も平熱に下がり、落ち着いています。しばらくこのままゆっくり寝かせるようにと」
「わかりました。朝比奈さん、彼女を助けてくださって、本当にありがとうございました」
「いえ。今回の事件は我々の落ち度によるものです。黒岩から全て吐かせていれば、彼女をこんな目に遭わせずに済んだ。申し訳ありませんでした」
礼央は姿勢を正してから深く腰を折って頭を下げた。
「そんな、やめてください。あなたは彼女の命の恩人です。私はなにもできなかった。彼女を守ると誓ったのに、結局なにひとつ、私は……」
肩を震わせながら声を詰まらせる鮎川から、礼央はなにかを感じ取る。
それはきっと、彼女への特別な想い……。
やがて鮎川は静かに礼央に向き直った。
「どうか彼女をよろしくお願いします、朝比奈さん」
そう言ってお辞儀をすると、鮎川は身を翻し、足早に病室をあとにした。
◇
「朝比奈さん……」
夜になり、小さく聞こえてきた声に、礼央はハッと視線を上げる。
凜香がぼんやりと礼央を見つめていた。
「気がついたか? 気分はどうだ?」
身を乗り出して顔を覗き込むと、凛香は弱々しく微笑む。
「大丈夫です」
「そうか。今ドクターを」
そう言ってナースコールを押そうとした礼央の腕に、凛香がそっと手を添えた。
「……夢じゃなかった」
「え?」
「……熱くて、苦しくて、もうだめかもって思った時、朝比奈さんの声が遠くから聞こえてきたんです。夢なのかなって思ったらギュッて抱きしめてくれて、心からホッとしました。よかった、夢じゃなくて。また会えて、嬉しい……」
礼央は込み上げてくる気持ちをグッと抑えながら、視線を落とす。
「すまなかった。俺がもっとちゃんと黒岩を問い詰めていれば、君をこんな酷い目に遭わせずに済んだのに。本当に申し訳ない」
「いいえ、朝比奈さんは私を助けてくれました。きっと来てくれるって、心のどこかでずっと信じてました。ありがとうございます、朝比奈さん」
そう言って微笑む凛香の頬を、礼央はそっと手のひらで包み込んだ。
「よく無事でいてくれた。怖かっただろう? 助けに行くのが遅くなって悪かった」
「ううん。誰よりも真っ先に駆けつけてくれたんでしょう? 私のために」
「当然だ」
すると凛香は、ふふっと笑う。
「なにがおかしいんだ?」
「やっぱり朝比奈さんだーって思って」
「どういう意味だ?」
「んー、内緒」
「なに!?」
「ふふふ、おもしろい」
声を上げて笑う凛香を、礼央もふっと頬を緩めて見つめていた。
◇
「だーかーら、忘れてたんですって、そんな昔のこと。だって二年前ですよ?」
取調室で礼央と向かい合って座った黒岩は、ふてぶてしく身体を深く椅子の背に預けながら言い放つ。
「鮎川が社長になって、くさくさしながら飲んでた席での話でしょ? あいつがまだ覚えてて、それを実行するなんて、こっちが驚きだ」
凜香を誘拐した犯人は、ワンアクトの常務だった。
黒岩が社長になれば、自分も優遇してほしいと、日頃から黒岩におべっかを使っていたらしい。
次期社長に本部長だった鮎川が就くことになり、恨み節を言いながら居酒屋で飲んでいた時に、黒岩が凜香の誘拐をほのめかした。
自分にもしものことがあったら、社長秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。成功報酬でお前にも半分くれてやる、と。
そう言って、銀行口座も教えていた。
犯人の常務は、黒岩が逮捕されたことを受け、もう自分に残された道はないと思い、誘拐を実行した。
金が手に入ればすぐに遠くへ逃げるつもりだったらしい。
たかだか脅迫メールを予約送信にしただけで、警察の目を欺けると思っていたのは片腹痛い。
礼央が最も憎む相手は、この黒岩だった。
「それで?俺はなにもしてないのが、あんたたちによって証明されただろう。だって秘書が誘拐された時、俺は牢屋にぶち込まれてたんだから。おかげで完璧なアリバイができた。ありがとよ」
「……黙れ!」
ギリッと奥歯を噛みしめて黒岩を睨みつける。
「お前は罪のない人を苦しめ、命を奪おうとしたんだ。自分の手を汚さず、涼しい顔でのうのうとしている間にな。俺は絶対に許さない。お前を法廷に突き出してみせる」
黒岩はフンと鼻で笑った。
「証拠なんてないだろう。あいつが勝手にやったことだ。俺は知らない、無関係だよ」
その時だった。
ドアが開き、矢島が一枚の書類と古いスマートフォンを手に入ってきた。
「朝比奈検事。あの常務が使っていた古いスマートフォンから音声ファイルが見つかりました。二年前の居酒屋での会話を、念のため録音していたようです。削除されていましたが、復元できました。今、再生します」
静まり返る取調室に、黒岩の音声が流れる。
『鮎川の弱点はあの秘書だ。鮎川は秘書に惚れてるよ。いいか、俺はこれからも社長の座を狙う。だがもしものことがあったら、その時は秘書を誘拐して身代金一億を要求しろ。彼女のためなら、鮎川はポンと一億くらいよこすだろう。成功報酬でお前にも半分くれてやる』
黒岩の顔が引きつる。
礼央は「決まりだな」と呟くと、高らかに正面から黒岩に告げた。
「誘拐の教唆、身代金目的略取未遂、そして社内資金の流用。黒岩正を三つの罪で起訴する」
ついに黒岩はがっくりとうなだれた。
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