Good day ! 5

葉月 まい

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美羽と翼 1

翼と舞、それから翔一が順調に副操縦士としての経験を重ねる一方で、美羽もまたCAとして日々奮闘していた。

「それではデブリーフィングを始めます。今日は2レグとも大きなトラブルはありませんでしたが、皆さんからはなにかありますか?」

佐々木に聞かれて、美羽が手を挙げる。

「はい。個人的な反省点なのですが、ドリンクサービスの時にご家族連れの方からそれぞれオーダーを受けました。覚える順番を間違えてしまい、『りんごジュースですね』とお父様に復唱すると『いや、コーヒーだよ』と。これからは落ち着いて、きちんと覚えたいと思います」
「そうでしたか。確かにそれは反省点ですが、いいところもあります。まず、ご提供する前にきちんと復唱して確認したこと。実際にりんごジュースを差し出してしまうと、もちろんお客様の気分を害してしまいますし、困惑されて『まあ、いいか』と受け取ってしまわれることもありますからね。それと伊沢さんは、いつも心からの笑顔でお客様に接しています。そんな伊沢さんだから、なにかあった時にお客様も『いいよ』と寛大な気持ちで笑ってくださるのだと思います。もし冷たい表情のCAにオーダーを間違われたら、お客様も冷たく苦言を返されたかもしれません。その点は伊沢さんを見習おうと、私も思いました」

他の先輩CA達も、頷いて美羽を励ます。

「伊沢さんは人懐っこくて、子犬みたいな可愛らしさがあるもんね」
「そうそう。にこって笑いかけられたら、こっちも思わず笑顔になっちゃう」
「私、そのオーダーを間違えた場面を見てたけど、お客様も笑ってらっしゃったわよ。周りの方も微笑ましく見守ってくださってて」
「もちろんミスはしない方がいいけど、伊沢さんは一番大切なことはいつもきちんと出来てるから」

嬉しい言葉に、美羽は思わず涙ぐむ。

「ありがとうございます。もっともっと成長して、少しでも早く皆様のお役に立てるようにがんばります」

最後に佐々木が優しく笑いかけた。

「これからも一緒にがんばっていきましょうね」
「はい!」
「ふふっ、ほんとにいい笑顔」

そしてまた皆で笑い合った。



やがて翼と舞、翔一と美羽は、国内線だけでなく国際線にも乗務するようになった。

上手くいかずに落ち込んだ時は励まし合い、いいことがあった時は喜び合う。

フライトで疲れて帰ってきても「お帰り!」と笑顔で迎えてくれ、美味しい食事をふるまってくれる。

仕事中は常に気を張っているが、マンションに帰ればなんでも話せる相手がいることは、四人にとってなによりの支えだった。

「国際線ってさ、当たり前だけど外国人のお客様が多くて。英語でオーダー聞いたあと、隣の席の日本人に話しかける時、カタコトになっちゃうの。『オキャクサマハ、イカガデスカー?』みたいに」

美羽の言葉に、他の三人は笑い出す。

「大変だね、CAさんって」
「うん、ミールサービスの時は特にね。それに体調不良になるお客様が多いのもびっくり。気圧の関係で貧血起こしたり、意識がなくなったり。『お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?』っていうドクターコールは、ドラマの中だけかと思ってた」
「ああ、それは私も思う。割と頻繁にあるよね」

翼と翔一も、うんうんと頷いた。

「そうやってCAさん達がキャビンを守ってくれてるから、俺達パイロットは操縦に集中出来るんだ。頭が上がらないよ」
「えー、やだ。ほんとに? 嬉しい」

そう言って美羽は両手を頬に当てて笑顔になる。

「CAになって3年ちょっとしたら、チーフパーサー資格の訓練が始まるんだ。今はそれを目指してがんばる!」
「美羽がチーフかあ、すごいね。応援してる」
「うん!」

そして翼と舞が26歳10か月になった8月の末。

いよいよ美羽のチーフ昇格訓練が始まった。



「いやーもう。今日は俺、嬉しくって!」

翼と一緒にブリーフィングをしながら、機長の伊沢はデレデレと頬を緩める。

二人でこれから新千歳往復を飛ばすのだが、チーフパーサー昇格訓練の一環として、美羽がコックピットのオブザーバーシートに座って操縦を見学するのだ。

「キャプテン、フライトバッグをお忘れですよ」
「おお、俺としたことが。サンキュー、翼」

オフィスを出る時も浮き足立っている伊沢に、これはいつも以上に慎重にならないと、と翼は気を引きしめた。

シップに乗り込むと、美羽が近づいて来てお辞儀をする。

「本日、コックピットを見学させていただきます。よろしくお願いいたします」

伊沢は咳払いをしたあと、妙に低い声で頷いた。

「こちらこそ、よろしく。分からないことがあれば、なんでも聞きたまえ」
「はい。佐倉さんも、よろしくお願いします」

翼は仕事モードで「こちらこそ」と、短く答えた。



伊沢が外部点検に行っている間、翼はコンピュータに入力しながら、ふと視線を感じて振り返る。

オブザーバーシートから、美羽がじっとこちらを見ていた。

「どうかした? 美羽」
「ううん、あの……。なんだか知らない人みたいで」
「俺が? なんで?」
「だって翼くん、今朝うちに朝ごはん食べに来た時は、スウェットで髪もボサボサだったのに、今はパイロットの制服着てるんだもん」
「当たり前だろ」
「そうなんだけど……」

その時、伊沢がコックピットに戻って来て、ん?と首をひねる。

「なんか空気が華やいでるなあ。やっぱりコックピットに女子がいると、雰囲気も明るくなる。な? 翼」
「キャプテン、時間押してます」
「おお、それはいかん。いつもパーフェクトな俺としたことが」

どうにも目尻を下げっぱなしの伊沢に、翼はいつにも増してテキパキと手を動かした。

定刻にブロック・アウトし、管制官と翼が英語でやり取りしながら地上走行する。

やがて離陸の許可が伝えられた。

『JW 57. Wind 260 at 10. Runway16 Left. Cleared for takeoff』

翼は、すぐさまリードバックする。

「Runway16 Left. Cleared for takeoff. JW 57」

すると伊沢が、気合いを込めて声を張った。

「よーし、行くぞ! 翼!」
「はい、お願いします」
「Cleared for takeoff!」
「Cleared for takeoff」

テンションの高い伊沢と、落ち着き払った翼は、声のトーンも対照的にコールし合い、無事に機体を離陸させた。

巡航に入って飛行が安定すると、伊沢は得意げに美羽を振り返る。

「美羽、どうだ? 操縦桿握ってるパパは」
「かっっっこいい!」
「そうかそうか、そんなにかっこいいか」
「翼くん!」
「え、翼?」

伊沢は驚いて真顔になった。

「操縦してる翼くん、初めて見た。CA達の間でも、翼くんファンは多いの。紹介してって頼まれたり、普段の翼くんはどんな感じなのって聞かれたり。でも私『寝起きの翼くんなんて、寝癖つけたまま大あくびしてるよー』とか答えちゃってて」
「ね、寝起き!?」

美羽!なんてことを……と、伊沢は絶句する。

「だって知らなかったんだもん。翼くん、こんなにかっこ良かったんだ」

ん?と、翼は美羽を振り返った。

「美羽。俺のこと、上げてるのか落としてるのか、どっち?」
「爆上げしてるー! やだ、サングラスかけたままこっち見ないで」
「美羽、研修中だぞ」
「分かってるー。だからこっち見ないでって。平常心に戻れなくなるー」

美羽ー!パパは、パパは許さんぞー!と、隣から鋭い視線を送ってくる伊沢と、両手を頬に当てて後ろから熱視線を送ってくる美羽に、翼はやれやれとため息をついた。
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