Good day ! 5

葉月 まい

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美羽と翼 2

それからしばらく経ったある日。
乗務を終えて帰宅しようと駅に向かった翼は、ホームに佇んでいる美羽を見つけて声をかけた。
「美羽、どうした? 電車乗らないのか?」
「あ、翼くん!」
顔を上げた美羽は、今にも泣きそうだった。
「どうかしたのか?」
「うん、あの……。ホームの真ん中辺りに、黒いキャップをかぶった男の人がいるでしょう?」
翼はさり気なく、美羽の肩越しに視線を動かす。
「ああ、いるな。ひょろっとした30代くらいの人が」
「そう。私、多分その人にあとをつけられてて……」
ハッとしてから、翼は美羽をかばうように後ろに回り、肩を抱いてホームの反対方向へと歩き出した。
「美羽、今日はタクシーで帰ろう」
「え?」
「ほら、行くぞ」
翼は美羽を促して改札を出ると、無人のエレベーターに素早く乗り、地上階で降りてからタクシー乗り場に向かう。
男がついて来ないのを確認してから、タクシーで美羽とマンションに帰った。

「ただいま」

玄関のドアを開けた美羽に続いて、翼も部屋に上がる。

「舞は今日、ステイだっけ?」
「うん、そう。翔くんもだよね?」
「ああ。美羽、一人で大丈夫か?」

すると美羽は、いつもの明るい表情を消して、不安そうに翼を見上げた。

「ちょっとまだ、怖くて……」
「分かった。しばらくは俺が一緒にいる」
「ありがとう。今、コーヒー淹れるね」

ソファに並んで座ると、翼は美羽に尋ねた。

「美羽、あとをつけられたのは今日が初めてか?」
「そうなんだけど、今思えば違うかも。1か月くらい前からよくあの人を見かけてて、空港で働いてる人なんだろうなって、あんまり気にしてなかったの。だけど妙に見られてる気がして、試しに今日、電車を1本見送ってみたの。そしたらあの人も同じように乗らなかったから、まさかって怖くなって……」

小さく身体を震わせる美羽を、翼は両手でそっと抱きしめる。

「もう大丈夫だから」
「うん、ごめんね。ありがとう、翼くん。本当に助かった」
「いや。美羽が無事で良かった」

美羽の気持ちが落ち着くまで、翼は優しく美羽の頭をなでていた。



「翼くん、晩ごはん食べていって」

しばらくしていつもの元気を取り戻した美羽が、キッチンで料理を始める。

翼はその後ろ姿を見守りつつ、考えを巡らせた。

美羽の作ったビーフシチューを食べながら、翼は真剣に話し出す。

「美羽、これからはちゃんと制服を着替えてから帰れ。その格好だとCAだってすぐに分かる」

美羽はジャケットとスカーフを外し、制服のブラウスの上にカーディガンを羽織っていた。

「フライトバッグは仕方ないにしても、ストッキングの色とシニヨンにまとめた髪型は、CAですって言ってるようなもんだ。危険すぎる」

すると美羽は、拗ねたように翼を見上げる。

「翼くんだって着替えてないじゃない。ネクタイと肩章を外しただけでしょ?」
「ワイシャツとスラックスだから、他のサラリーマンと同じだろ」
「普通のサラリーマンのワイシャツには、エポレットループ(肩章を通す帯状の布)なんてついてませんけど?」
「こんなの知ってる人、そうそういない。それにバレたところで、男の俺はどうってことない。けどCAはすぐに気づかれるし、危ない。いいか? ちゃんと着替えるんだぞ」

美羽は納得いかないとばかりに、頬を膨らませた。

「えー、面倒くさいもん。他のCAだって着替えてないよ?」
「美羽はダメだ」
「どうしてよ?」
「可愛いから、すぐ目をつけられる」
「なにそれ。私、そんなに軽い女に見える?チョロいなって、声かけやすいとか?」
「なんでそうなるんだよ。とにかくもっと用心しろ。今日の男だって、いつまたあとをつけてくるか分からないんだからな?」

すると美羽は、しょんぼりとうつむいた。

「やっばり隙があるのかな、私って。この間も機内で盗撮されてたのに気づかなくて、先輩CAのいずみさんに助けてもらったの」
「えっ、美羽、盗撮されたのか? 大丈夫だったのか?」
「うん、大丈夫。泉さんが毅然と『お客様。盗撮は法律で罰せられ、3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金が課せられます』って言ってくれて、お客様がスマホから私の写真を全部削除するのも確認してくれたの」
「そうか、良かったな」
「うん。泉さんは4つ年上の先輩でね、入社した時に私の担当指導者だったの。だからいつも気遣ってくれて。それにやっばり男の人が一緒に乗務してくれると、安心感が違うよね」
「そうだな。って、え?」

翼は驚いて顔を上げる。

「その先輩って、男性なのか?」
「うん、そうだよ。泉壮介そうすけ さん。翼くん、一緒になったことない?」
「……多分ないと思う。CAさん全員の名前を覚えてる訳ではないから、分からないけど」
「それならきっと、翼くんは会ったことないと思うよ。泉さんは背が高くてイケメンだから、一度会えば忘れられないもん。お客様もキャッてなるほど、かっこいいんだよ」

翼は押し黙ってじっと考え込んだ。

「翼くん? どうかした?」
「いや、なんでもない。とにかく美羽、ちゃんと制服は着替えるんだぞ?」
「……はい、分かりました」
「よし」

翼は手を伸ばして、美羽の頭をクシャッとなでる。

そしてある決意を固めて表情を引きしめた。
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