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プロミスリング 1
10月になり、モックアップでのロールプレイングや実機でのチーフ代行訓練を経て、晴れてチーフパーサーと認定された美羽の、チーフとしての初フライトがやってきた。
コックピットクルーは倉科と翼。
機内でのブリーフィングで、翼はクルーを見渡した。
「この便のPICは倉科キャプテン、FOは佐倉です。よろしくお願いします」
すると美羽が、緊張の面持ちで頭を下げる。
「チーフパーサーの伊沢です。この便がチーフとしての初フライトとなります。至らない点も多々あると思いますが、精一杯努めます。どうぞよろしくお願いいたいます」
翼は美羽にしっかりと頷いてみせる。
「ここにいる全員で協力し合い、ベストフライトを目指しましょう」
「はい!」
皆で声を揃えて、美羽に笑顔を向けた。
◇
コックピットで順調に準備を進め、地上走行を始める。
キャビンでは、乗客のシートベルト着用の最終確認をしている頃だろう。
するとキャビンからのインターホンが鳴った。
すぐさま翼が応答する。
「コックピット佐倉です」
『L1伊沢です。離陸前に申し訳ありません。男性のお客様がシートベルト着用を拒否され、パイロットに許可をもらえとおっしゃって……』
その時、男性の大きな声がインターホン越しに耳に飛び込んできた。
『キャビンアテンダントだろうが。にっこり笑ってサービスしろよ!』
どうやらドアのすぐ近くに座っているらしい。
別のCAが『お客様。他の方のご迷惑となりますので、お静かにお願いいたします』と話している声がした。
『飛行機に対して恐怖心があるようで、脂汗を浮かべていらっしゃいます。とにかくパイロットに話をしろとおっしゃるので、このように素振りだけでもと思い、ご連絡差し上げました』
そう言う美羽の後ろで、またしても男性が『安全なら、ベルトしなくてもいいだろうがよ!』と騒ぎ始めた。
翼がチラリと倉科の様子をうかがうと、倉科は前を見たまま操縦に専念している。
どうやらこの場の采配は自分に任せられるようだと、翼は表情を引きしめた。
「伊沢チーフ、これはサービスの問題ではなく命の問題だ。シートベルト着用拒否は、航空法上の安全阻害行為に該当する。我々乗務員はお客様の命を守る為に、毅然とした態度で着用を促す義務がある。飛行機が怖いからという理由でベルト着用を免除するのは、根本的に話が違う。それに現時点で不安を抱えていらっしゃるなら、飛び立ったあと更に悪化する可能性が高い。お客様にとってもどうするのがベストか、よく考えてほしい」
『……はい、分かりました』
緊張で声をこわばらせる美羽に、翼は優しく落ち着いた口調で呼びかけた。
「伊沢チーフ、忘れないで。君は一人じゃない。コックピットクルーもキャビンクルーも、全員が君の味方だ」
少しの沈黙のあと、美羽がしっかりと返事をする。
『はい。お客様に納得していただけるよう、お話します。ありがとうございました』
通話を終えると、翼はすぐさま倉科に尋ねた。
「キャプテン、PAを入れてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
翼はAudio Control Panelを機内アナウンスに切り替えてから、小さく息を吸ってMICボタンを押す。
「ご搭乗の皆様に、副操縦士の佐倉よりお願いいたします。当機は間もなく滑走路に到着し、離陸いたします。安全の為、シートベルトをしっかりとお締めください。皆様の命をお守りすることが、我々乗務員の義務であり、使命です。皆様のベルト着用を確認させていただいてから、飛行機を離陸させます。どうぞご理解とご協力をお願いいたします」
話し終えると、倉科がふっと口元を緩めて翼に笑いかけた。
「ナイスアシスト」
だが、またすぐに前を見据える。
機体はもうすぐ滑走路に到着しようとしていた。
果たしてどうなったのか?
じっと固唾を呑んで待っていると、ようやくインターホンが鳴る。
「コックピット佐倉です」
『L1伊沢です。お客様が降機を希望された為、オフロード対応をお願いいたします』
視線を左に動かすと、倉科がサムアップサインを翼に送った。
「了解。管制官にGTBを要請します」
『はい、よろしくお願いいたします』
翼はすぐさま管制官にグランドターンバックを要請し、許可が下りると、倉科は機体の向きを変えてスポットに向かった。
男性客を地上スタッフに引き渡したあと、再び許可を得て滑走路に戻り、今度こそ離陸する。
巡航に入ると、やれやれと肩の力を抜いた倉科が、シートにもたれて翼に笑いかけた。
「さすがは佐倉と恵真ちゃんの息子だな。なかなかいないよ、シップを丸ごと背負って飛ぶって気概のコーパイなんて」
「いえ、そんな」
翼は小さく首を振って視線を落とす。
「いいなあ。俺、ずっと独身のままでいいと思ってたけど、初めて子どもがほしいと思ったよ。こんな立派な息子がいるなんて、佐倉がうらやましい。でも、そうだな。佐倉と恵真ちゃんの息子だから、立派なんだろうな。俺が育てたら、きっとこうはいかない」
そう言って倉科は、ふっと小さく笑みをこぼす。
「楽しみにさせてもらうよ、君の成長を。パイロットとしても、一人の男としても」
そしてまた翼に笑いかけた。
コックピットクルーは倉科と翼。
機内でのブリーフィングで、翼はクルーを見渡した。
「この便のPICは倉科キャプテン、FOは佐倉です。よろしくお願いします」
すると美羽が、緊張の面持ちで頭を下げる。
「チーフパーサーの伊沢です。この便がチーフとしての初フライトとなります。至らない点も多々あると思いますが、精一杯努めます。どうぞよろしくお願いいたいます」
翼は美羽にしっかりと頷いてみせる。
「ここにいる全員で協力し合い、ベストフライトを目指しましょう」
「はい!」
皆で声を揃えて、美羽に笑顔を向けた。
◇
コックピットで順調に準備を進め、地上走行を始める。
キャビンでは、乗客のシートベルト着用の最終確認をしている頃だろう。
するとキャビンからのインターホンが鳴った。
すぐさま翼が応答する。
「コックピット佐倉です」
『L1伊沢です。離陸前に申し訳ありません。男性のお客様がシートベルト着用を拒否され、パイロットに許可をもらえとおっしゃって……』
その時、男性の大きな声がインターホン越しに耳に飛び込んできた。
『キャビンアテンダントだろうが。にっこり笑ってサービスしろよ!』
どうやらドアのすぐ近くに座っているらしい。
別のCAが『お客様。他の方のご迷惑となりますので、お静かにお願いいたします』と話している声がした。
『飛行機に対して恐怖心があるようで、脂汗を浮かべていらっしゃいます。とにかくパイロットに話をしろとおっしゃるので、このように素振りだけでもと思い、ご連絡差し上げました』
そう言う美羽の後ろで、またしても男性が『安全なら、ベルトしなくてもいいだろうがよ!』と騒ぎ始めた。
翼がチラリと倉科の様子をうかがうと、倉科は前を見たまま操縦に専念している。
どうやらこの場の采配は自分に任せられるようだと、翼は表情を引きしめた。
「伊沢チーフ、これはサービスの問題ではなく命の問題だ。シートベルト着用拒否は、航空法上の安全阻害行為に該当する。我々乗務員はお客様の命を守る為に、毅然とした態度で着用を促す義務がある。飛行機が怖いからという理由でベルト着用を免除するのは、根本的に話が違う。それに現時点で不安を抱えていらっしゃるなら、飛び立ったあと更に悪化する可能性が高い。お客様にとってもどうするのがベストか、よく考えてほしい」
『……はい、分かりました』
緊張で声をこわばらせる美羽に、翼は優しく落ち着いた口調で呼びかけた。
「伊沢チーフ、忘れないで。君は一人じゃない。コックピットクルーもキャビンクルーも、全員が君の味方だ」
少しの沈黙のあと、美羽がしっかりと返事をする。
『はい。お客様に納得していただけるよう、お話します。ありがとうございました』
通話を終えると、翼はすぐさま倉科に尋ねた。
「キャプテン、PAを入れてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
翼はAudio Control Panelを機内アナウンスに切り替えてから、小さく息を吸ってMICボタンを押す。
「ご搭乗の皆様に、副操縦士の佐倉よりお願いいたします。当機は間もなく滑走路に到着し、離陸いたします。安全の為、シートベルトをしっかりとお締めください。皆様の命をお守りすることが、我々乗務員の義務であり、使命です。皆様のベルト着用を確認させていただいてから、飛行機を離陸させます。どうぞご理解とご協力をお願いいたします」
話し終えると、倉科がふっと口元を緩めて翼に笑いかけた。
「ナイスアシスト」
だが、またすぐに前を見据える。
機体はもうすぐ滑走路に到着しようとしていた。
果たしてどうなったのか?
じっと固唾を呑んで待っていると、ようやくインターホンが鳴る。
「コックピット佐倉です」
『L1伊沢です。お客様が降機を希望された為、オフロード対応をお願いいたします』
視線を左に動かすと、倉科がサムアップサインを翼に送った。
「了解。管制官にGTBを要請します」
『はい、よろしくお願いいたします』
翼はすぐさま管制官にグランドターンバックを要請し、許可が下りると、倉科は機体の向きを変えてスポットに向かった。
男性客を地上スタッフに引き渡したあと、再び許可を得て滑走路に戻り、今度こそ離陸する。
巡航に入ると、やれやれと肩の力を抜いた倉科が、シートにもたれて翼に笑いかけた。
「さすがは佐倉と恵真ちゃんの息子だな。なかなかいないよ、シップを丸ごと背負って飛ぶって気概のコーパイなんて」
「いえ、そんな」
翼は小さく首を振って視線を落とす。
「いいなあ。俺、ずっと独身のままでいいと思ってたけど、初めて子どもがほしいと思ったよ。こんな立派な息子がいるなんて、佐倉がうらやましい。でも、そうだな。佐倉と恵真ちゃんの息子だから、立派なんだろうな。俺が育てたら、きっとこうはいかない」
そう言って倉科は、ふっと小さく笑みをこぼす。
「楽しみにさせてもらうよ、君の成長を。パイロットとしても、一人の男としても」
そしてまた翼に笑いかけた。
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