真訳・アレンシアの魔女 短編01 リアノの祠

かずさ ともひろ

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真訳・アレンシアの魔女 短編01 リアノの祠

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「カ~ナク♪」

 前を歩くユーリエが振り返り、僕の名を口にする。

「な、なに?」

 ややおび気味ぎみに返事をする。

「呼んでみただけ~」

 えへへ、と、愛らしい笑顔を向けてくれるユーリエ。

「ごきげんだね、ユーリエ」

「んふふ~、当たり前じゃん!」

「そんなにセレンディアの町を出られたのがうれしい?」

「は?」

 僕の言葉に、一瞬ユーリエの表情が固まる。
 そして、ふいっ、と僕から背中を向いてしまった。
 あれ、なにか間違えたかな?

「どうしたの、ユーリエ?」

「あのさー、カナクってさー」

「うん?」

「少しは勘違いしたほうがいいよ」

「うん?」

 意味深なことを背中で語るユーリエ。
 僕はその背中を眺めつつ、首をかしげながらフェーン街道を東に歩いた。

「日が暮れるまでまだ時間はありそうだし、少し急いで行けるところまで行こうか」

「え~、もう少しゆっくり旅を楽しもうよ」

 楽しむ……。
 そんな余裕があるユーリエって、すごいなあ。

「ところでさ、カナク。今夜も野宿?」

「悪いけどそうなるね。この先にはしばらく村とか街もないし、コルセア王国領に入るまで、まだまだかかると思う。それまでの我慢だからね」

「そっか、うんっ!」

 あれ?
 落ち込むかと思ったけれど、どうしてうれしそうなんだろう。

「ユーリエは野宿のほうがいいの?」

「それは、宿屋に泊まれたほうがいいとは思うけれど、カナクとなら野宿も悪くないかなあ」

「僕となら?」

「うん。だって、二人で準備して、美味おいしいものを食べて、おしゃべりして、い、一緒のスペースで眠れるっていうのが、ね」

 ほおを染めてそう言うユーリエに、僕も顔が熱くなる。
 ……勘違い、しちゃうよ?

「でも、危険だって沢山あるよ。いくら街道沿いだからって、魔物や野獣が出てくる可能性があるわけだし」

「そこは心配しないで! なんたって私はセレンディア魔法学校で最年少魔導師の資格を得てるんだから!」

 確かに、その点はとても心強い。
 ユーリエは可愛かわいいだけじゃなく、魔法の実力も一級品なのだ。この旅についてくると言い出した時、僕はユーリエなら自分の身を守れる人だと思った。ユーリエはそこも武器として、この“石碑巡り”の旅への同行を申し出てきたのだと思う。

 まだまだ謎は多いけれど。
 ふっ、と、ユーリエが空を見る。

「日が暮れるまでまだ時間はありそうだし、急いで行けるところまで行きましょ!」

 それは僕がさっき提案した言葉……。
 しかもゆっくり行こうとか言ってたくせに。
 僕は嘆息し、鼻歌交じりで先を行くユーリエを追った。

 “石碑巡り”
 それは一〇〇〇年前、このアレンシアをたった一人で旅して、魔法という素晴らしい技術を、各地に伝えていったあかつきの賢者マールが残した石碑を巡礼する、というものだ。

 暁の賢者マールは、元々、紅の魔女と呼ばれていた。
 町などに一〇日間以上滞在すると、そこは災厄に見舞われて滅ぶ。
 五日以上、旅のともとなったものに、災禍を落とす。

 つまりマールはこの二つの呪いのせいで、定住を許されない存在となった。
 マールはアレンシアに四つの石碑を残して亡くなると、後にマールは魔女ではなく神としてあがめられるようになり、その石碑を巡る行為は信徒の間で最も尊い行いだ。
 彼らは“石碑巡り”と呼ばれ、あらゆる意味で御利益があるとされている。

 そして今、僕とユーリエもその“石碑巡り”だ。
 石碑には、マールの言葉が文章として残されているけれど、石碑を離れるとその内容を忘れてしまうという魔法がかかっているらしい。その言葉を記憶するには、四つ全ての石碑を巡る必要がある。

 一〇〇〇年前、マールは一体、どんな言葉を残したのか。僕らはセレンディアで一つ目の石碑を見て、二つ目の石碑があるコルセア王国の王都、カリーンに向かっているのだ。
 徒歩だと、三ヶ月はかかる道のりだ。

 そして僕らは、セレンディアを出て三日しかっていない。
 ユーリエが言う美味しいものとやらも、そのうち乾き物が中心になってくる。
 そうなった時のユーリエがどんな表情になるのか……考えるのはやめよう。

 やがて日が暮れるまで歩いて、僕らは街道から少し南に外れた場所で野宿の準備をした。

 柔らかな風が、心地いい。
 ここなら幾分、眠りやすいだろう。

「ねえカナク……」

 僕が腰からワンドを抜き、雨風をしのぐために草壁円洞の魔法で、小さな草のテントを造ろうとした、その時だった。

「どうしたの?」

 ユーリエが南に身体を向け、ワンドを右手に持ってたたずんでいた。
 まさか、もう魔物?

「ユーリエ!?」

 僕が急いで駆けつけると、ユーリエは左手を真っ直ぐ前に出した。

「あそこ、誰かいるんだけど」

 指さすその先には、夕陽ゆうひを受けてたたずむ、少女がいた。
 風にスカートをなびかせ、マントが揺れる。
 遠目からでも、彼女が人間ではないことが理解できた。

 子供のように身長が低く、耳が長い。
 ダークエルフでない限り、彼女は、フォレストエルフだろう。

「どうして、フォレストエルフがこんなところに一人で?」

 僕の声でユーリエが動いた。

「行こうカナク!」

「もう歩き出しておいて……」

 ま、まあ、それがユーリエだ。
 僕は走り出したユーリエを追い、少女に向かって駆けた。
 少女は、まるで彫像のように微動だにせず、美しい横顔にうれいを帯びて立ち尽くしていた。
 僕らが近づいても、全く気にする様子はない。

 これは……何かがおかしい。
 ユーリエも同じ感覚を抱いていたのだろう、その右手のワンドを腰に差さず、右手でいつでも宙に魔法陣を描けるようにしていた。

 魔法使いにとってワンドは戦士の剣、兵士のやり、吟遊詩人の楽器に等しい。
 本来なら、僕もワンド抜いて警戒すべき場面だろうけれど、その必要がないと思った。
 少女から殺気を全く感じなかったからだ。辺りを飛び交う、無数の緑、茶、水色のマナが、少女の身体をすり抜けていた。

「!?……」

 マナが、すり抜けている?
 こんなことが……?

「ねえ、君はどうしてここにいるの?」

 警戒するユーリエの前に出て、僕がたずねる。
 すると、少女は僕に顔を向けて、つつ、と、瞳から顎へと涙を走らせる。

「たす……けて……」 

 小さくそう言う少女は、僕らに向かって表情を崩した。

「ぅ……!?」

 僕は戸惑った。
 助けて、と言われても、見た限り少女はどこにも傷はなく、体力が衰えている様子もない。
 なにを、助ければいいのか。

「あなた、名前は?」

 ユーリエが、やや強めな声をあげた。
 やっぱり少し警戒しているようだ。

「リアノ」

 かすれた声が風に乗り、寂しげに僕らの耳に入る。

「そう。リアノは私とカナクに何を求めてるの?」

 ユーリエの言葉に、リアノがふっと微笑ほほえむと、弱々しく歩き始めた。

「おね、が……こっ……ち……」

 僕とユーリエはうなずきあうと、ゆっくり歩くリアノについていった。


「!?……」

「こ、これ……って……」

 リアノの後ろからその光景を目にして、僕らは絶句した。
 そこには大きなくぼみができていて、小型のグリーンドラゴンが砂に埋まっていた。

「ドラゴンが、こんな、セレンディアの町から三日の場所に!?」

 なんとか言葉を紡ぐ僕。
 ドラゴンは探しても見つからないであろうし、普通のものが目にするなんて、あり得ないくらい珍しい存在だ。アレンシアには陽種族、闇種族、希少種族が住んでおり、希少種族もかなり珍しくはあるが、ドラゴンは別格だ。

 動く天災、マールの遣い、絶対生物、奇跡の化身、無限の存在……。
 様々な呼ばれ方をしているけれど、かなりの巨躯きよくの割には目撃証言や一次資料が極端に少ないこともあり、このアレンシアという世界での、大きな謎の一つだ。

「リアノ、あなたはこのドラゴンを助けろ、と言ってるの?」

 ユーリエがくと、リアノは首を振った。

「正確には誰にも知られないうちに、とどめを刺してほしいの」

「え?」

 このリアノというフォレストエルフは、不思議なことばかり言う。
 でも、さっきよりは滑舌がよくなっている。意識もはっきりしているみたいだ。

「どういうことか、説明してもらえる?」

 ユーリエはここでワンドを腰に差し、リアノの横でかがんだ。

「わたしは、狭い世界に閉じ込められるのが嫌だったの。だからおきてを破って森を飛び立ち、外に出た。上空からアレンシアを眺めては、うらやましいなあと思っていた」

「うん」

 ユーリエは子どもをあやすように、うなずく。
 こういうのは、ユーリエのほうが適任かもしれない。
 僕はユーリエの後ろに立って、リアノからの話を聞いた。

「でもね、ドラゴンって、特定の地域だけ強い存在で、そこから離れるに従って力が衰えていくの」

「……それを知っていて、どうしてここまで来たの!?」

 ユーリエが、ややキツめの口調をリアノに与える。
 これは心配の裏返しだろう。

「星が、きれいだったんだ」

「は?」

「高いところを飛んでいて、初めて見た星空とか、眼下に広がる雲の海とか、すご綺麗きれいだったの。そうしたら、急に物凄ものすごい突風にあおられちゃって。気を失っちゃったんだ」

「雲の上から落ちてきたっていうの!?」

「うん」

 はああ、とうなる僕とユーリエ。
 そこまで高度な場所を飛べる生物など、ドラゴンしかいないだろう。
 魔法の中でも、空を飛ぶ『有翼の魔法ウインドウイング』というものがあるけれど、そこまでの高度まで行くと、普通の生物なら即、意識を失うだろう。

 ふと、グリーンドラゴンの巨体を見る。
 話によると、この巨体でも子どもらしいけれど、本気で暴れれば城一つくらい簡単に壊せそうだ。
 しかし今は、四肢や腹が地面に埋まり、顔は半分、地面に埋もれている。翼は震えているし、明らかに弱っていた。

「それで君は、僕らになにを求めているの?」

 僕がリアノに問うと、僕に向かって顔を上げた。

「わたしを……埋めて」

「埋める!?」

 その言葉にユーリエは立ち上がり、僕の目を見た。

「わたし、もう三日間、こうしてるの。幸い街道から離れているから見つからなかったけれど、これからはわからない。もし見つかったら、ひどいことされるんでしょう?」

「「…………」」

 僕らは答えに窮した。
 弱ったドラゴンなど……陽種族でも闇種族でも、これ以上ない素材としか認識されないだろう。
 そのうろこは無敵の軍隊のよろいとなり、皮は絶対に破れず、攻撃魔法をも弾く服や、楽器に張る素材となり、牙は鋼鉄を軽く貫く剣となり、爪は加工されてやじりにされる。

 リアノはやや認識が違う。
 発見したのが僕らでなければ、間違いなく国家レベルの勢力が動き、酷いこと以上のことが起こるだろう。

「あなたたちは、たぶん“石碑巡り”ってやつだよね?」

 リアノがユーリエの腕輪を指さして言った。

「“石碑巡り”のことを、知ってるの?」

 ユーリエが首をかしげる。

「知ってるよ。ドラゴンの間でも、マールの名前は広まっているから」

「マールがドラゴンと交流した、っていう記録はないけれど……」

 僕の言葉に、リアノがかすかに目を細めた。

「うん、直接接点はないけれど、ドラゴンには寿命がないからね。あ、でもこれ以上は言えないかな」

 それもそうか。
 きっとドラゴンの間でも、教わっていることと不文律があるに違いない。
 その一つが……。

「あなたたちに会えて本当によかった。燃やしても凍らせても、わたしの身体はびくともしないから。どうか、魔法で地中深く沈めてもらいたいの。お礼はするから」

「お礼なんかいらないけれど――」

 僕はユーリエと視線を交わすと、頷きあった。

「種族なんか関係なく、敬虔けいけんなマール信徒として。ユーリエと、ここにあるマナの力を借りて、リアノ、僕は君を救うよ」

「かなく……」

 リアノが、何度もこくこく、とうなずいた。

「カナク、分かってると思うけど、あのドラゴンを埋めるには“中級”しかないし、私たちが協力したほうがより効果が高い。二手に分かれて、同時に魔法を唱えるわよ! やれる!?」

「やるよ。タイミングは君にあわせる!」

「へえ、魔導師である私の速度についてこれるの?」

「心配はいらないよ。それより早く、リアノを楽にしてあげよう」

 ユーリエが優しげな瞳を僕に向けて、頷く。
 そして腰からワンドを引き抜き、たたた、と走っていった。

「ありがとう。最期さいごにあなたたちの名前を聞かせてもらえる?」

 リアノが、僕のローブをきゅっと握りしめて言う。

「僕はカナク。彼女はユーリエ。セレンディアから来た“石碑巡り”だよ」

「かなく……ゆーり、え?」

 リアノは首をひねり、ユーリエに視線を投げた。

「そっか。そういう……巡り合わせなのね。これも運命なのかな」

「え?」

 次の瞬間。
 グリーンドラゴンの身体から一枚の鱗ががれて、ユーリエの胸の中に吸い込まれていった!

「な、なにを!?」

 ユーリエに目を向けると、胸を押さえてはいたものの、苦しがっている様子ではなかった。

「だいじょうぶだよ、かなく。わたしは与えられるべきものを与えただけ。あれはやがて、ゆーりえの身体に宿ったまま、後に必ず力になるから」

 ドラゴンの、力?
 それって一体、どれほどのものなんだろうか?

「さあ、お願い。わたしがおかした罪に対して、相応の罰を与えて!」

 涙ながらに訴えるリアノに対し、力強く頷く僕。
 僕はワンドを腰から抜くと、グリーンドラゴンが落下、激突してできた穴の対面に位置取ったユーリエと同調させ、辺りの様々な色のマナをワンドの先に集めると、円を描き始めた。

 マナは輝くラインを残し、宙にとどまる。そしてその内側にもう一つ、同じ円を描くと、ワンドを外周と内周の間に当てて、そのまま頭の中で唱える詠唱文を時計回りに流し込んでいった。

 詠唱文が正しければ、内周の内側にシンボルが浮かび上がる。今回は六芒星ろくぼうせいが現れた。
 僕もユーリエも、幾度となく使ってきた魔法だ。さすがに魔法陣の記述ミスなどと、こんな初歩的なミスはしない。

 そして驚いたことに、僕の魔法陣とユーリエの魔法陣を描き上げる速度は、寸分違わず同期していた。
 離れていてもわかる。

 ユーリエが描く魔法陣のマナを、感じる。
 僕らはワンドを引き、詠唱した。

深埋没の魔法グランエンバディン

 マナをめたワンドを、魔法陣の中央に突き刺す。
 すると魔法陣が輝き、グリーンドラゴンの身体を地面に、ずず、ずずず、と、沈み込ませていく。
 同時にリアノの身体が、淡く輝きだした。

「リアノ!?」

 僕の裾を握ったまま、リアノの身体が透けていった。
「この身体はさ、森の中で出会ったフォレストエルフのものをかたどってるの。とっても勇ましくて、素直で、可愛いフォレストエルフだった。かつてマールの友だったとも聞いたわ」

「え、マールの!?」

 言われてみれば、確かにマールはフォレストエルフの森で、フィオンという女王から啓示を受けたという。その娘の名前は、確か……リアノハイネ!
 そうか、この子の名はそこからきてたのか。

「その頃はまだわたしは産まれたてでさ、森の中で飛ぶ練習をしていた時に、リアノに出会った。彼女はうれしそうに、マールとの思い出を語ってくれたわ」

 僕は魔法への集中を何とかつなぎ止め、リアノの独白に耳を傾けた。
 ドラゴンには寿命がないが、その反面、子供が産まれにくく、成長はかなり遅いという。
 リアノはまだまだ子どもに見えるけれど、その話が本当なら一〇〇〇年は生きていることになる。

 そしてフォレストエルフのリアノハイネといえば、マールが生涯の親友と認めた相手でもある。
 なんで、気づけなかったのか。それが悔やまれてならない。
 ああ、マールの話をもっと聞きたい。

 しかし、みるみるうちにグリーンドラゴンの体躯たいくは地面に埋まり、今はもう背中と翼しか見えていなかった。同時にリアノの身体も淡い輝きに包まれ、透明に浸食されていった。

「ここで、かなくとゆーりえに、出会えて……よかった。ふたりとも、とてもやさしくて、うれしい」

「……助けてあげられなくて……ごめんッ!」

 気づくと僕は、涙を流していた。
 僕とユーリエがやっているのは、埋葬だ。
 リアノという可愛いグリーンドラゴンが切り刻まれず、アレンシアの大地になれますように。

 安らかに眠れるますように。
 どうか、マールのご加護がありますように。

 そう祈りを込めつつ、あふれてくるものを堪えきれなかった。

「かなく、なかないで。わたしは、ほんとうに、かんしゃしてるから」

「それは、わかってるん、だけど……」

「だったらわらってよ、かなく。わたし、あなたのえがおが、みたいなあ」

 僕は顔を落とし、無理矢理むりやりに笑顔を作る。
 もう顔も透けていたリアノは、これ以上ないくらい、満面の笑みを見せて――


消えた。


 グリーンドラゴンの身体は、全てが地中へと帰っていった。
 僕はその場に崩れ、胸を締めつける悲しみに嗚咽おえつを漏らした。
 リアノ。君はきっと、何か重大な事を成し遂げて逝ったのかな。

 僕にはわからないけれど、なんだかとても悲しかった。
 寂しくて、いたたまれなくて。
 苦しかった。

 ドラゴンは、僕と同じなんだ。
 だって、僕も……。

 だからこそ、この末路に同情を禁じ得なかった。

「カナク」

 膝をついて、腕を抱えて涙する僕を、ユーリエが優しく抱いてくれた。

「泣かないでよ、カナク。あなたも私も、悪いことはしていない。あの子の望みを受けて、私たちがそれをかなえたんだから。ね?」

「うん、うん……わあああ……」

 僕はユーリエを抱きしめて、その胸の中で、泣いていた。


 翌日。
 僕はユーリエとともに、再び街道を歩いていた。

 ユーリエは僕の前を、両手を水平にして、足を真っ直ぐと前に伸ばして歩く。
 歩きながら、リアノというグリーンドラゴンとの出会いと別れを反芻はんすうしていた。

 ドラゴンはまだ未知の生物だ。
 アレンシアの誰よりも生命力が強く、深い知識を持ち、長く生きる。
 リアノはユーリエに、一体なにをしたんだろう。

「ユーリエ、身体は大丈夫?」

 僕が声をかけると、ユーリエはぴたっ、と立ち止まり、くるりと反転して僕に身体を向ける。
 ……怒りの表情だった。

「え、え、え?」

 すたすたすたすた、と近づいてきて。
 ずん、と、右の拳を僕のおなかにめり込ませた!

「おお、お!?」
 痛くはないけど……心にダメージはあった。

「あーのねぇー、カナク! この“石碑巡り”は二人旅なのよ? 一人が落ち込んでたら、こっちもつられちゃうのよ! わかってる!?」

 あ、ああ、そっか。
 確かに僕はリアノの一件から、ぜんぜん笑っていなかった。

 ユーリエの言うとおりだ。
 落ち込んでいても仕方ない。

「ごめん、ユーリエ。いい拳だったよ」

「そうでしょうよ!」

 何故、そんなに自信満々なんだろう?

「ところでさっきの質問なんだけど……」

「あー、それがね、なんともないのよね」

「なんともない?」

 ドラゴンの鱗を身に宿したのに?
 そんなことって、あるのかな。

「それよりも~っ! 今、いちばん不安なのは、ドラゴンの鱗を宿しちゃった本人、つまり私なんだからね!?」

 ぼす、と、左拳が飛んできた。
 甘んじて受ける。

「確かにリアノのことは可哀想かわいそうだと思った! でもさ、もう少し早く、私の心配をしてくれてもいいんじゃないの!?」

 ……確かに。
 僕は昨日の夜から、リアノとマールについて考え込んで、ユーリエとほとんど会話を交わしてなかった。

「ごめん、寂しがらせたね」

「だ・れ・が、寂しかったってぇ!?」

 しまった、言葉を間違えた。
 次は足が飛んでくるかな。
 きゅっ、と目を閉じていると、予想外の感触があった。
 ユーリエが、抱きしめてくれていた。

「もう……本当にカナクって鈍くて、ばかなんだから」

「うん。ごめん」

「そんなんじゃ、せっかく手に入れた小鳥さんも、飛んで逃げちゃうわよ?」

「は? 小鳥って、なに?」

 ユーリエは僕から離れ、たたっ、と走る。

「教えなーい。自分で考えなさいよねっ!」

 一陣の風が、すみれ色のユーリエの長い髪をふわりと踊らせる。青緑色の瞳と、白い肌。その後ろにはあのドラゴンを思わせる深い緑の草原と、突き抜けるように青い空。

 そしてユーリエの笑みが、まるで一枚絵のように僕の網膜に焼き付いた。

○ ● ○ ● ○

「これは」

 僕はふと、その祠からかすかに発せられていた力を感じ取った。
 とても懐かしい感じがする。
 ユーリエとセレンディアを旅立って、石碑を見て回ったあの旅。

 “石碑巡り”

 その道中で出会った、緑色のドラゴンと、その化身であるリアノと名乗った少女。

「……あの時の鱗が、これに!?」

 この祠だけは、他の祠とは違い、マールが建てたものではなかった。
 きっとユーリエの身体から抜け落ちて、この場所でマナを集めて……祠を作り上げたんだ。

「リアノの祠、か」

 間違いない。
 この祠から感じる気配は、リアノのものだ。

「ありがとう、リアノ。君が力を貸してくれなかったら、きっとこの石碑が建てられなかったと思う」
 緑に輝く祠の壁に額を当てて、僕は祈りをささげた。


  本編に続く
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