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忘れ物
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大学を卒業して地元の職場に就職してから、もう四年が経った。
この四年の間に何人かの男性と付き合ったが、どれもいつの間にか最期を迎えていた。
付き合ってる間は、ごく普通の恋人同士の様に幸せな時間を過ごすのだが、暫くすると決まって自然消滅の様に消えてゆく。
そんな恋愛を何度か繰り返し、人を好きになる事に若干の面倒臭さを覚え始め、ここ一年はずっと独り身だ。
「ま、別にいいんだけどね」
そんな独り言を呟きながら、今日も家路についていた。
電車に揺られながら窓の外を眺めていると、ふいに古ぼけた記憶が頭に浮かんだ。
高校生の頃、クラスメートの男の子にずっと恋心を寄せていた記憶。
彼とは三年間ずっと同じクラスだった。明るくて、いつも皆の中心にいた人気者の彼。騒がしいタイプではなく、穏やかな笑顔で皆の話を聞いているような、そんな男の子。
私がそんな彼を好きになったのは一年生の中頃の事だった。
以来、卒業するまでずっと彼を思い続けていた。
三年生の冬、思い切って彼に告白した。
二月十四日の放課後、チョコレートと一緒に彼に告白した。
告白なんて人生で初めての経験だった私は、緊張と恥ずかしさの余り、彼の返事も聞かず逃げるようにその場を後にした。
茜色の通学路を、いつもより真っ赤な顔を隠すように少し俯いて、足早に家へ向かって歩いた。
この時の私は、妙な達成感と安堵で胸が一杯で、かなり舞い上がっていた。
今考えれば、もう少し落ち着いていれば、終始無言の彼の態度から、その本心を推し量れただろうにと思う。
次の日、特に彼からのリアクションは無かった。
私の方も、変な気まずさに負けて声をかけられず、そのまま静かに高校生活は終わりを告げた。
別々の大学に進み、以降彼の姿は一度も見ていない。
「甘酸っぱい思い出…… か」
少しセンチメンタルな気持ちのまま、電車を後にした。
駅を出ていつもの道を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
聞き覚えのない声に、少し不安げに振り返る。
その瞬間――
私はあの頃にタイムスリップした感覚に襲われた。慌てて自分の体を見回すが、やはりいつもと変わりはない。
「どうした?」
八年後の彼がそこに居た。
スーツ姿で、随分大人になっていたが、穏やかな笑顔はそのままですぐに彼だと分かった。
「久し…… ぶり」
なんだろうすごく鼓動が早い。
「そうだな、卒業以来だからもう八年か」
「だね。えっと…… 元気だった?」
言葉が上手く出ない。
「なんだよ、久しぶりで緊張してんのか?」
少しいたずらっぽく笑うのも昔と一緒だ。
「別にそういうわけじゃないけど……」
何を話していいのかわからずまごついていると、遠くから彼の名を呼ぶ声が聞こえた。
「わりぃ、今日は同僚と飲みに来てたんだ。もう行かないと」
「あ……」
「ん? どうした?」
一瞬引き留めてみたものの、やはり言葉は出ない。
「ううん、なんでもない。早く行ってあげて」
「そか、わりぃな。それじゃぁ…… またな」
「うん、ばいばい」
別れ際、最後の最後になって初めてうまく笑えた気がした。
小さくなっていく彼の後姿を暫く眺めた後、振り返り、私は歩き出した。
さっきまで聞こえていた街の喧騒は、今は全く耳に入ってこない。
胸がきゅーっと苦しくなって、悲しくもないのに目に涙が溜まっていた。
その涙が無性に気に食わなくて、強めにそれを拭って顔を上げる。
その時、誰かに肩を掴まれ、強引に振り向かされた。
「これ、忘れ物」
顔の横で小さな紙袋を見せる彼が立っていた。
「忘れもの……?」
ぎりぎりそれだけを絞り出す。
少しの間をおいて、ばつの悪そうな顔で彼が続けた。
「あの時渡せなかった、バレンタインデーのお返し」
その瞬間、かつてない胸の苦しさに、無意識に右手で胸元を握りしめていた。
「ごめんな。あの時、すぐに返事出来なくて。あの時さ、片思いだと思ってた相手か
ら告白されて、頭が真っ白になっちゃってさ」
え……。
「恥ずかしくて近寄れなくなって、暫らくしたら今度は、申し訳なさで一杯になって
もっと近寄れなくなってさ」
気を抜くと溢れ出てしまう涙を必死にこらえる。
「でも、いつかお返しだけでも渡したいなと思って、ずっと持ち歩いてたんだ」
そこまで言うと彼は私の右手を掴んで、紙袋を握らせた。
「渡せて良かった。チョコ、うまかったよ、ありがとう」
最後にあの穏やかな笑顔を見せると、彼は振り返り歩き出した。
「あ、あのっ――」
「俺さ、去年結婚したんだ。子供も出来た。あの時の事があったから、人を好きにな
る事の良さが分かった。本当にありがとう」
後ろを向いたままそう告げると、彼はまた歩き出した。
私は泣いた。
多分人生で一番泣いたんじゃないだろうか。
一人暮らしの部屋で、電気もつけずに夜通し泣いた。
そこには、少しの間蘇った恋心が間違いなく存在した。
ただ、その恋心はもう過去のもの。
やっと卒業できた恋を思って、目一杯泣いた。
「あれ、そんなキーホルダーつけてたっけ?」
「ああこれ? 昔貰った大切なプレゼント。部屋掃除してたら見つけたの」
「へー。あ、もしかして……」
「そ。昔大好きだった人からもらったプレゼント」
「はいはい、ご馳走様」
次に私が本気で誰かを愛した時、このキーホルダーはその役目を終えるだろう。
この四年の間に何人かの男性と付き合ったが、どれもいつの間にか最期を迎えていた。
付き合ってる間は、ごく普通の恋人同士の様に幸せな時間を過ごすのだが、暫くすると決まって自然消滅の様に消えてゆく。
そんな恋愛を何度か繰り返し、人を好きになる事に若干の面倒臭さを覚え始め、ここ一年はずっと独り身だ。
「ま、別にいいんだけどね」
そんな独り言を呟きながら、今日も家路についていた。
電車に揺られながら窓の外を眺めていると、ふいに古ぼけた記憶が頭に浮かんだ。
高校生の頃、クラスメートの男の子にずっと恋心を寄せていた記憶。
彼とは三年間ずっと同じクラスだった。明るくて、いつも皆の中心にいた人気者の彼。騒がしいタイプではなく、穏やかな笑顔で皆の話を聞いているような、そんな男の子。
私がそんな彼を好きになったのは一年生の中頃の事だった。
以来、卒業するまでずっと彼を思い続けていた。
三年生の冬、思い切って彼に告白した。
二月十四日の放課後、チョコレートと一緒に彼に告白した。
告白なんて人生で初めての経験だった私は、緊張と恥ずかしさの余り、彼の返事も聞かず逃げるようにその場を後にした。
茜色の通学路を、いつもより真っ赤な顔を隠すように少し俯いて、足早に家へ向かって歩いた。
この時の私は、妙な達成感と安堵で胸が一杯で、かなり舞い上がっていた。
今考えれば、もう少し落ち着いていれば、終始無言の彼の態度から、その本心を推し量れただろうにと思う。
次の日、特に彼からのリアクションは無かった。
私の方も、変な気まずさに負けて声をかけられず、そのまま静かに高校生活は終わりを告げた。
別々の大学に進み、以降彼の姿は一度も見ていない。
「甘酸っぱい思い出…… か」
少しセンチメンタルな気持ちのまま、電車を後にした。
駅を出ていつもの道を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
聞き覚えのない声に、少し不安げに振り返る。
その瞬間――
私はあの頃にタイムスリップした感覚に襲われた。慌てて自分の体を見回すが、やはりいつもと変わりはない。
「どうした?」
八年後の彼がそこに居た。
スーツ姿で、随分大人になっていたが、穏やかな笑顔はそのままですぐに彼だと分かった。
「久し…… ぶり」
なんだろうすごく鼓動が早い。
「そうだな、卒業以来だからもう八年か」
「だね。えっと…… 元気だった?」
言葉が上手く出ない。
「なんだよ、久しぶりで緊張してんのか?」
少しいたずらっぽく笑うのも昔と一緒だ。
「別にそういうわけじゃないけど……」
何を話していいのかわからずまごついていると、遠くから彼の名を呼ぶ声が聞こえた。
「わりぃ、今日は同僚と飲みに来てたんだ。もう行かないと」
「あ……」
「ん? どうした?」
一瞬引き留めてみたものの、やはり言葉は出ない。
「ううん、なんでもない。早く行ってあげて」
「そか、わりぃな。それじゃぁ…… またな」
「うん、ばいばい」
別れ際、最後の最後になって初めてうまく笑えた気がした。
小さくなっていく彼の後姿を暫く眺めた後、振り返り、私は歩き出した。
さっきまで聞こえていた街の喧騒は、今は全く耳に入ってこない。
胸がきゅーっと苦しくなって、悲しくもないのに目に涙が溜まっていた。
その涙が無性に気に食わなくて、強めにそれを拭って顔を上げる。
その時、誰かに肩を掴まれ、強引に振り向かされた。
「これ、忘れ物」
顔の横で小さな紙袋を見せる彼が立っていた。
「忘れもの……?」
ぎりぎりそれだけを絞り出す。
少しの間をおいて、ばつの悪そうな顔で彼が続けた。
「あの時渡せなかった、バレンタインデーのお返し」
その瞬間、かつてない胸の苦しさに、無意識に右手で胸元を握りしめていた。
「ごめんな。あの時、すぐに返事出来なくて。あの時さ、片思いだと思ってた相手か
ら告白されて、頭が真っ白になっちゃってさ」
え……。
「恥ずかしくて近寄れなくなって、暫らくしたら今度は、申し訳なさで一杯になって
もっと近寄れなくなってさ」
気を抜くと溢れ出てしまう涙を必死にこらえる。
「でも、いつかお返しだけでも渡したいなと思って、ずっと持ち歩いてたんだ」
そこまで言うと彼は私の右手を掴んで、紙袋を握らせた。
「渡せて良かった。チョコ、うまかったよ、ありがとう」
最後にあの穏やかな笑顔を見せると、彼は振り返り歩き出した。
「あ、あのっ――」
「俺さ、去年結婚したんだ。子供も出来た。あの時の事があったから、人を好きにな
る事の良さが分かった。本当にありがとう」
後ろを向いたままそう告げると、彼はまた歩き出した。
私は泣いた。
多分人生で一番泣いたんじゃないだろうか。
一人暮らしの部屋で、電気もつけずに夜通し泣いた。
そこには、少しの間蘇った恋心が間違いなく存在した。
ただ、その恋心はもう過去のもの。
やっと卒業できた恋を思って、目一杯泣いた。
「あれ、そんなキーホルダーつけてたっけ?」
「ああこれ? 昔貰った大切なプレゼント。部屋掃除してたら見つけたの」
「へー。あ、もしかして……」
「そ。昔大好きだった人からもらったプレゼント」
「はいはい、ご馳走様」
次に私が本気で誰かを愛した時、このキーホルダーはその役目を終えるだろう。
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