リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)

1ー2 Ⅰ日目ディナー(その2)

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「『聖者』って、まず使えないですよね」
「だよね。もの凄く限られた条件、明らかに『狼』がひとりで『象』も居ないって日に夜の犠牲者を防ぐ、ことは出来るけど、そうそう無いし」
「何言ってるの? 結局どうなっているんです?」
 26番がアビマニュに聞いた。
「つまり、わからないってことですよ」
「隠すなよ!」
 男性が座る入口側のテーブルから声が投げられた。
「隠してないよ。不確実な要因があり過ぎてどう転ぶか見当もつかないんだ」
 彼は冷静に返す。
「どう転ぶかって……これから何があるの?」
「ルールブックによればこれから私たちは『人狼ゲーム』をさせられる」
 クリスティーナはあえて静かに話した。
「『狼』が何人残っているか、『武士』が守るのを成功するか失敗するか。狐、じゃなくて『象』陣営が最後まで残っているか、と日が経つにつれて状況は刻々と変わる。『タントラ』とか『聖者』とか私たちが聞いたことも無い設定があってますますわからない」
「ねえ。その『残っている』ってどういうことよ?」
「普通の『人狼ゲーム』なら、会議で挙げられた処刑者や夜『狼』に襲われたプレイヤーはゲームから退場する。ここで、あの人たちがどう設定しているかは知らない」
 天上を指す。

ーーーーー

『勝者には2000万ルピーが賞金として送られます』
 アナウンスに多くの者が息を飲んだ。小さいが悲鳴に近い声が期せずして響く。
『2000万ルピーは総額です。勝者に均等に分けられます。しかし考えてみてください。現在、ゲームの始まりの時点での27名に分けたとしても、ひとり約74万ルピー。素晴らしくないでしょうか』
 こういうところだけナヴァラサ(感情)に訴えかけるな、とまた怒りが沸き立つ。
 お金は欲しいが2000万ルピーは高額過ぎて現実感がない。手にする前に殺されて終わりそうだ。70万ルピーだって夢のまた夢、だがそれだけあれば学費は勿論好きなだけ資料が買える。また日本で勉強出来るかもしれない!
「くだらねえ」
 吐き捨てたのは24番、自称・州知事最大後援者の息子だ。
「2000万ルピーなんてうちの車何台か売るか、土地の隅っこを売ればすぐだ。その程度のはした金で動かせると思うな!」
 多くの人間が直前と反対の声が漏れるのを抑え、ぐっと口を噤んだ。
「俺には賞金とやらを100倍にして、ああ、支払いは米ドルで頼む」
 うそぶいたが天上の声は全員同じルールに従うようにと述べるだけだった。

「勝ったら賞金がもらえて解放される。なら負けた人はどうなるんです?」
 説明の最後、質問が許された時間にひとりが尋ねた。
『私共には顧客がおります。皆様の尊い健闘の姿を存分に楽しむ視聴者の方々です。外国の方々ですからお知り合いが皆様の姿を見ることはありません』
 ご安心をと言うのもふざけた話だ。
『敗者についてはゲームが終わった時点で私どもの責任からは離れ、顧客の方々に委ねられます』
(どういうこと?)
 人狼や象が勝った時などとりわけ敗者は多く出る。日本のリアル人狼ストーリーではその場で首輪が締まって殺害されることが多かった。
『ですのでお答え出来ません。いいえ、知らないというのが正確なところです』
(!)
『ただ今までの例ですと、何人か気に入られた方はそれぞれのお客様が個人的に引き取ったようです。それ以外のご要望のない敗者は、顧客の代表がまとめて処理したと聞いています』
 「処理」という言葉が売却か殺害か人としての尊厳のない扱いだと示され、体の中で恐怖が暴れ回る。最も拉致監禁にゲームを強制されていること自体で既に尊厳は奪われているが。

ーーーーー

「僕のやってきたカードゲームだと、夜の時間に『人狼』に噛まれたり、会議で処刑が決まった人はプレイから降りてゲームを観戦するだけになります」
 アビマニュが説明する。
「ネット対戦でも同じ。『リアル人狼』の映画なら、この世からいなくなる」
 言いたくはないが隠すのはもっと良くない。それに後から話したらもっと印象が悪くなる。
「って……」
「……」
「もう、三人殺されたよね……」
 と21番、自分同様に小柄な少女が口を抑えて食堂の外へ走り出て行った。


 説明アナウンスが終了し手足の枷が外れてすぐ、建物を壊して外へ出ようした男性たちが殺害された。ゲーム運営がいつでもプレイヤーを見ていること、ルール違反を許さないこと、そしてここがいわゆる「デスゲーム」会場なのだと全員に示した出来事だった。
 玄関に行った人たちをクリスティーナは見ていない。自分の席から視線の向こう、庭園に続く普通に横開きのガラス戸をわざわざ椅子で壊そうとした三人は、一度すぐに倒れた。首輪から何か刺さったと生き残った男が言ったので麻酔の類いか。弱い薬だったらしく、体制を立て直した彼らはふらつきながらも攻撃を再開し、うちふたりが投げた椅子がガラスに同心円状のひびを作った。
 がらがらと音を立てて金属製の白い唐草格子が上から降り庭とガラス戸の間を遮る。
 再度倒れたふたりが起き上がることはなかった。
『皆様の快適なゲーム環境のために、ルールを侵す野蛮な方々はプレイヤーに相応しくないため即座に排除します。どうぞ安心して「リアル人狼ゲーム」に専念してください』
(何回「安心」を言うんだお前ら。シャンティ(平安)でなんかいられるか!)
 ぷちりとアナウンスが切れる。看護師だという男性がふたりを診て死亡を告げた瞬間悲鳴が巻き起こりいくらかは間もなく泣き声に変わった。
 悪夢だ、本当に悪夢が目の前で起こっている、と立ったたまま声も出さずクリスティーナは呟いた。女優さんでも何でもないけれどリアル人狼ゲームの中にぶち込まれたー


「物理的に居なくなるーゲームフィールドであるこの館から連れ出されるのか、それとも……なのか私はわからない」
 こいつらのやり方なら日本のコンテンツと同じように殺すだろう。と明言する必要はない。奴らが描いている未来に自分たちが従う必要もない。ここはインド、日本の物語とは違う結末が導けるはずだ。

「さっき言ってたことだけどー」
 しれっとした顔で男性側のテーブルを見る。
「参加した人の考え方によってもゲームは左右される。ルールも普通のとは違う。だから、私もこの人も予測出来ない」
「まして彼らのルールっていうか配役は、普通の『人狼ゲーム』以上にわかりにくい、不安定なものなんだ」
 アビマニュはやっと主張したいことにたどり着いたようだ。
 人狼ゲームにセオリーがあるのは観戦だけの自分でもわかる。だが命がけならほとんど使えない。怪しい人間は片っ端から吊るグレランも、自陣営のために例えば狂……ではなくて漂泊者がバレバレの偽霊能者になり、あえて狼に黒を出して白と誤認させるなんて作戦も無理だ。全員初対面のようだからー同じ学校の生徒がまとめて拉致された設定の日本の人気漫画とは違うー誰も自分を犠牲になどしない。
 アビマニュも先がわからないということだけ嫌というほどわかっていて、それで深刻な表情なのだろう。
(いやでも、もしかしたらー)


「私そろそろ行かないと」
 食材庫と反対側の白い壁の上方、大きな時計に目を遣る。
「半にモニター前で同郷の男の子と待ち合わせしている。説明をタミル語に訳す約束なんだ」
「あのタミル・ボーイ?」
 9番の女に聞かれそうと頷く。
 自由になったらすぐにと思ったが例の騒ぎで、ようやく声を掛けるや否やベジタリアン食堂に引っ張って行かれてしまった。レストラン勤務と言っていたから調理要員だろうか。
「なら、ぼくもご一緒していいですか」
 男性側のテーブルからタミル語で声がかかった。
(あれ。彼もタミルの人?)
 18番、さらりとした髪を短めに揃えた清潔感のある少年だ。続きを英語に変えたのは密談と思われたくなかったのだろう。
「『ルール』って原文はヒンディー語の方ですよね。ずっとイングリッシュ・ミディアムでヒンディーはそう得意ではないので、英訳にニュアンスが違うところがあったらと」
 念の為確かめたいという。
「下からイングリッシュ・ミディアムなら私より確かじゃない」
 彼ははっとした顔をする。気にし過ぎだと思うがこの異常な場所、不安になるのもまたわかる。
「私もヒンディーは学校でやっただけだからなあ。どなたか、ヒンディー語ネイティブで英語もわかる方いますか!?」
 元のヒンディー語に戻し声を張るが、英語かヒンディーのどちらかが苦手だとか方言だからと尻込みされる。
「ハイ! 大丈夫、英語の方だけ見ていて問題ないよ」
 台所からざるに焼きたてのチャパティを乗せて現れてアンビカが保証した。
「ちょっとあなた、まだ食事していないでしょ。いい加減食べたら?」
 26番、ショートカットの女が勢い込む。
「十時にはあの席に着かなきゃいけないんだから」
「パロータはとっくに焼き終えたけど、チャパティはあと六枚」
 アンビカはテーブルに目をやる。
「こんな時に冷たいものを食べると、気持ちまで冷えてしまいそう」
 だから温かいものを食べてほしいんだ、とざるから皿に数枚のチャパティを移す。
 パロータとチャパティのタネづくりは男子学生がやったが、第一段の焼きを終えるとアンビカが声をかけて代わった。
「それに、今夜は準備も何も無いからあまりおいしいものが出せなかった。明日の朝の下ごしらえもしておきたいと思って。会議は『台所仕事してました』って言えば大丈夫でしょう」
「それはっ!」
 クリスティーナが腰を上げた時、テーブルの隅から少女がやはりがたがたと立ち上がった。
「わたしは、チャパティを、焼きます。あなた、奥様は、料理を、食べてください」
 ゆっくりとしたヒンディー語で話す。
 腕章は20番。サルワール・カミーズ姿、量のある髪を後ろでまとめ、元の方だけ三つ編みにしている。
「それは、わたしの、仕事です。うちの奥様は、いつも、わたしのチャパティを、おいしいと言っていらっしゃいます」
 多少間違いはあったが意味はよく通じた。十一年生くらいに見える少女は家事労働者ーメイドだろう。調理に来なかったのはヒンディー語が苦手だからか、状況に混乱して動けなかったか動きたくなかったのか。アンビカは快く彼女を台所に誘った。
「ごちそうさま。おいしかった! お皿洗っていくね。あと会議の時間は必ず守って」
 クリスティーナもアンビカに声をかけ目を合わせてから、あらかじめ決めた皿洗い用のたらいへ向かい、食器に桶の水を掛ける。
 皿、自分で洗うのかよと誰か男性の声が聞こえた。



 広間の大テーブルの長辺、20番代の席の後方に、ショッピングセンターでもそう見ない大きさの黒いモニターがある。青いブレザーの学生らしい少年が訳しながらターバンの男に説明中で配役表を指差している。考えることは皆同じか。
 このふたり組はパンジャーブ語話者だ。質疑の時間にターバンのシーク教の男の質問を少年が訳して尋ねていた。

『大事なものをポケットに入れていたので返して欲しい。婚約者の方の写真だ、とおっしゃっています』
 預かっている所持品はゲーム終了時に勝者に返却する、とだけ天上の声は言い、では敗者はどうなるのかと別の者の質問に移った流れを覚えている。

 身繕いをして広間に降りたのは九時半の五分前だったが、モニター前のふたりに遠慮するように距離を開け、少年は既に待っていた。日本時間並の正確さだ。
「シヴァム」
 聞いていた名前を呼ぶ。短髪で細身に紺色の膝丈より少し長いズボンにチェックのシャツ姿。繕い跡もある着古した服だ。クローゼットには結構上等な服が並んでいたが男性の個室は違うのか、と一瞬考えたが自分も着慣れた服のままだったかと笑う。
「パンジャーブ語の人たちだね。私たちはタブレットで見ようか」
 11番の彼の席の方へ移動しかけた時、
「アッカ(お姉さん)、この絵、大きく出ましたよね!」
 大きなモニター画面、彼が指したのは『人狼』のアイコンだった。
 身が凍った。



<注>
・ルピー インドの通貨 1ルピー≒0.01米ドル(23/03/09現在)
・ナヴァラサ(九つの心) インドの古典芸術で大切だとされてきた九つの感情。笑い、怒り、哀しみなど。これら全てを描き聴衆の心を動かすことが良いらしい。
 クリスティーナの独り言に出てくるシャンティ(平安)もこの九つ目。
・イングリッシュ・ミディアム ここでは英語で授業をする学校のこと
・パンジャーブ語 インド北西部及びパキスタンに分かれて存在するパンジャーブ州で主に話される言語。インド側では州公用語。シーク教の総本山がある。信者の男性は体毛にカミソリをあてず髪をターバンで覆うのが基本。
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