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第1章 リアル人狼ゲームへようこそ(1日目)
1ー3 Ⅰ日目夕食後(2階ベランダ)
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会議を前に自室で顔を洗い髪を整える。
部屋にはボリウッド女優の顔写真が目印の高級アーユルヴェーダアメニティが揃えられていたが、化粧水や乳液といった基礎化粧品だけでファウンデーションやチーク、色味のあるリップといったいわゆるメイク用品は一切無かった。元の所持品は全て奪われているので化粧をする術が無い。
鏡の中には、金縁の丸眼鏡の向こうで脅えた目の子どもっぽい女が写っている。
すっぴんで会議に臨むのか、と考えても仕方がない。
ドン、ドンドン!
部屋のドアが乱暴に叩かれた。
「お姉さん! 大変です! タミル・ボーイがっ」
示されるまま二階男性フロアの廊下を走るにつれ熱い空気が迫ってきた。
ベランダに出れば焼けた鉄板上に放り出されたような熱気だ。この時期の酷暑は夜でもたいして収まらない。
出てもよい室外と指定された場所が三箇所。建物の短辺方向に続く一階の庭、そして反対側の二階・三階に大きく張り出すベランダ。
『洗濯物を干すのにいいでしょう』
と説明された個室の2.5倍ほどの広さのベランダに人が集まりその先には、
「シヴァム!」
少し離れた所にわずかに曲線を描いて塀がそびえる。沿って並ぶ低い柱状の明かりで木々の間を走る人の姿が見えた。あのシャツとズボンは彼だ。
「アッカ! ごめんなさい! 会議で殺されるって聞いたんだ。僕は、母さんと妹たちのために逃げるよ」
足を止めて振り向いた顔は暗さでよく見えない。
「駄目、外は危ない! シヴァム戻って!」
背後の男たちの中から、
「俺じゃねえよ。会議が簡単になるじゃねえか。あいつ『狼』なんだろ」
知事後援者の息子の声がした。
広間に居た中からシヴァムが「狼」だとの噂が広がり、誰かが彼に吹き込んだらしい。小学校は途中までと言っていたから読みは無理でもヒンディー語の会話は全くわからなくはない。そして彼は聡明だ。ゆっくり、易しい言葉で説かれたなら雰囲気込みで理解してしまうー
「今ならまだ間に合う。樋を登れば戻れるでしょう。この熱さじゃ集落に着く前に倒れちゃうよ!」
上手く説明出来ないことにいらだつ額に、汗が滲む。
おかしい。ちょっとガラス戸を攻撃した時にはすぐ首輪で対応したのに、逃げている彼をなぜ放置している? 何かとてもまずい。一方男性たちからは、
「大丈夫じゃねえか」
と樋に手を掛けて降りる者も出て来た。
「アッカも逃げよう!」
シヴァムは下から腕を伸ばした。
「ここは恐い所。樋をたどればアッカでも降りられるよ」
返された。
「駄目! シヴァム戻って!」
クリスティーナも腕を伸ばす。
「お姉さん危ない」
手すりも何もないベランダに跪き乗り出して叫んでいた。誰かが腰を抱えてくれる。腹ばいに倒れるが腕は差し出したままだ。
続こうとする男たちが自分を捕まえると勘違いしたのかシヴァムは向こうへ急ぎ木の向こうに見えなくなる。
「必ず助けを呼んで戻ってくるから!」
叫びが聞こえた数秒後、塀に近い木の梢が大きく揺れた。コンクリートの塀に移ったシヴァムがその上の格子に足を掛けー
一瞬光が見えた。
次の瞬間、シヴァムの体は大きく跳ね上がり、彼が向かおうとした外に顔を、足をこちら側にと格子の上二つ折りに崩れた。
「シヴァーーーーム!!」
びくっ、びくっと体が跳ねる。
マラーティー語での言葉をヒンディーに直し頭上から声が降ってきた。
「『感電』です。率直に言いますと、こうなったらもう助かりません」
わたしは看護師ですと男が続けた。
「まだ手が動いてるっ」
「反射です」
熱い風が奪うように顔と髪をさらい荒く吹き付ける。
「あああああああああっっっっ!」
へたりこんだ自分を女たちがかかえ抱き締め誰かは頭を丁寧に撫でてくれる。柔らかい肌を押しのけてクリスティーナは格子に引っかかるシヴァムの姿を見続けた。
パチッ。一瞬室内室外全ての明かりが消えた。そしてすぐに戻る。
塀の外に薄い明かりがあったような気がした。
(あいつら……?)
ようやく庭のスピーカーから、同時に館内からもアナウンスが響く。
『警告、警告、ルール違反です。外に出た者は直ちに室内に戻りなさい。警告、警告ー』
地面に降りたばかりの男たちが左右の樋に分かれ慌てよじ登る。
塀上には電流が仕掛けられていた。見せつけるためシヴァムはわざと泳がされたのだ。
「……っ……うっ……」
頬を伝った涙で唇が塩みを味わう。夕飯のラムキーマで鼻に抜けたコリアンダーの香りがなぜか急に思い出された。
(人の命をおもちゃみたいに……っ!)
『会議の五分前になりました。プレイヤーは所定の席に着いてください。会議のー』
熱を感じられないアナウンスの声。
「行かなきゃ」
支える女たちに大丈夫と断り立ち上がる。
去る前にもう一度シヴァムの方を見る。体はもう動いていなかった。
胸で小さく十字を切ると、意を決して室内に足を向けた。
<注>
・ボリウッド ムンバイで撮影の娯楽映画界隈のこと。ムンバイの旧名ボンベイから。
・アーユルヴェーダ インドの伝統医学
部屋にはボリウッド女優の顔写真が目印の高級アーユルヴェーダアメニティが揃えられていたが、化粧水や乳液といった基礎化粧品だけでファウンデーションやチーク、色味のあるリップといったいわゆるメイク用品は一切無かった。元の所持品は全て奪われているので化粧をする術が無い。
鏡の中には、金縁の丸眼鏡の向こうで脅えた目の子どもっぽい女が写っている。
すっぴんで会議に臨むのか、と考えても仕方がない。
ドン、ドンドン!
部屋のドアが乱暴に叩かれた。
「お姉さん! 大変です! タミル・ボーイがっ」
示されるまま二階男性フロアの廊下を走るにつれ熱い空気が迫ってきた。
ベランダに出れば焼けた鉄板上に放り出されたような熱気だ。この時期の酷暑は夜でもたいして収まらない。
出てもよい室外と指定された場所が三箇所。建物の短辺方向に続く一階の庭、そして反対側の二階・三階に大きく張り出すベランダ。
『洗濯物を干すのにいいでしょう』
と説明された個室の2.5倍ほどの広さのベランダに人が集まりその先には、
「シヴァム!」
少し離れた所にわずかに曲線を描いて塀がそびえる。沿って並ぶ低い柱状の明かりで木々の間を走る人の姿が見えた。あのシャツとズボンは彼だ。
「アッカ! ごめんなさい! 会議で殺されるって聞いたんだ。僕は、母さんと妹たちのために逃げるよ」
足を止めて振り向いた顔は暗さでよく見えない。
「駄目、外は危ない! シヴァム戻って!」
背後の男たちの中から、
「俺じゃねえよ。会議が簡単になるじゃねえか。あいつ『狼』なんだろ」
知事後援者の息子の声がした。
広間に居た中からシヴァムが「狼」だとの噂が広がり、誰かが彼に吹き込んだらしい。小学校は途中までと言っていたから読みは無理でもヒンディー語の会話は全くわからなくはない。そして彼は聡明だ。ゆっくり、易しい言葉で説かれたなら雰囲気込みで理解してしまうー
「今ならまだ間に合う。樋を登れば戻れるでしょう。この熱さじゃ集落に着く前に倒れちゃうよ!」
上手く説明出来ないことにいらだつ額に、汗が滲む。
おかしい。ちょっとガラス戸を攻撃した時にはすぐ首輪で対応したのに、逃げている彼をなぜ放置している? 何かとてもまずい。一方男性たちからは、
「大丈夫じゃねえか」
と樋に手を掛けて降りる者も出て来た。
「アッカも逃げよう!」
シヴァムは下から腕を伸ばした。
「ここは恐い所。樋をたどればアッカでも降りられるよ」
返された。
「駄目! シヴァム戻って!」
クリスティーナも腕を伸ばす。
「お姉さん危ない」
手すりも何もないベランダに跪き乗り出して叫んでいた。誰かが腰を抱えてくれる。腹ばいに倒れるが腕は差し出したままだ。
続こうとする男たちが自分を捕まえると勘違いしたのかシヴァムは向こうへ急ぎ木の向こうに見えなくなる。
「必ず助けを呼んで戻ってくるから!」
叫びが聞こえた数秒後、塀に近い木の梢が大きく揺れた。コンクリートの塀に移ったシヴァムがその上の格子に足を掛けー
一瞬光が見えた。
次の瞬間、シヴァムの体は大きく跳ね上がり、彼が向かおうとした外に顔を、足をこちら側にと格子の上二つ折りに崩れた。
「シヴァーーーーム!!」
びくっ、びくっと体が跳ねる。
マラーティー語での言葉をヒンディーに直し頭上から声が降ってきた。
「『感電』です。率直に言いますと、こうなったらもう助かりません」
わたしは看護師ですと男が続けた。
「まだ手が動いてるっ」
「反射です」
熱い風が奪うように顔と髪をさらい荒く吹き付ける。
「あああああああああっっっっ!」
へたりこんだ自分を女たちがかかえ抱き締め誰かは頭を丁寧に撫でてくれる。柔らかい肌を押しのけてクリスティーナは格子に引っかかるシヴァムの姿を見続けた。
パチッ。一瞬室内室外全ての明かりが消えた。そしてすぐに戻る。
塀の外に薄い明かりがあったような気がした。
(あいつら……?)
ようやく庭のスピーカーから、同時に館内からもアナウンスが響く。
『警告、警告、ルール違反です。外に出た者は直ちに室内に戻りなさい。警告、警告ー』
地面に降りたばかりの男たちが左右の樋に分かれ慌てよじ登る。
塀上には電流が仕掛けられていた。見せつけるためシヴァムはわざと泳がされたのだ。
「……っ……うっ……」
頬を伝った涙で唇が塩みを味わう。夕飯のラムキーマで鼻に抜けたコリアンダーの香りがなぜか急に思い出された。
(人の命をおもちゃみたいに……っ!)
『会議の五分前になりました。プレイヤーは所定の席に着いてください。会議のー』
熱を感じられないアナウンスの声。
「行かなきゃ」
支える女たちに大丈夫と断り立ち上がる。
去る前にもう一度シヴァムの方を見る。体はもう動いていなかった。
胸で小さく十字を切ると、意を決して室内に足を向けた。
<注>
・ボリウッド ムンバイで撮影の娯楽映画界隈のこと。ムンバイの旧名ボンベイから。
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