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幕間(インタルミッション)
幕間 ムンバイ
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<ムンバイ市内 とある警察署>
「お願いです。どうぞ妻を助けてください」
目の前に座った男は繰り返した。作成した書類には彼が持参した写真が貼ってある。地味で真面目そうだが愛嬌のある、嫁にするにはよさそうな女だ。だが記載の年齢は二十歳。状況からもお定まりの人身売買だろう。可哀想だが生きて見つかれば御の字だ。
「息子が泣き止まないんです。わたしももう、どうしたらわからなくなって……ぐっ……うううっ……」
彼は滂沱の涙を流しだした。
(泣き止まないのはあんたじゃないのか)
「おねぎゃいしますっ……Sir! 何でもしましゅから……」
鼻からも目からも垂れ流しで汚い。
「話はわかったから、後はうちに任せてー」
「私からもお願いします。どうぞ嫁を探してください。この通りです」
泣く男の父親らしい中年男が手を合わせる。
(こいつまで泣き出すんじゃねえだろうな)
「警部さん、うちはこいつを始めいい職人が揃っています。絨毯の模様替えなど興味ありませんか?」
「今、絨毯は間に合っているな」
こっちは夜勤明けで眠いんだ。早く解放してくれ。
「うちは元々カシミールの出でして、親戚があちらにおります。警部さんのお宅の玄関にカシミール絨毯など如何でしょうか?」
「カシミール?」
「はいッ!」
そういえば、玄関の敷物は前の家からのままでそういい品ではない。上質なカシミールものを置けば自分の格を来客に見せつけることが出来る。
「お前、カシミールと直接取引出来るのか」
「はいっ! オイ、すぐ店からお持ちして-」
「今は勘弁してくれ! 忙しいんだ」
外に控えていた使用人に命令しかけたのを慌てて止める。
「でしたらどうぞ。こちらが私共の店になります」
行方不明者の舅にあたる男は恭しく名刺を差し出した。
「警部さんのお宅でしたら玄関にはこれくらいの絨毯が必要でしょうかね」
大きく両腕を広げた彼に、
「そこまでじゃない。この机の二倍くらいだ」
と知らせておく。
「でしたら見繕っておきます。どうぞ、どうぞ嫁をよろしくお願いしますっ」
繰り返し拝まれたので、この先の玄関のことを考え警部はアンビカという女の書類を行方不明者ファイルの一番上に置いた。
<ムンバイ警察本部>
「大使館への返答が必要と思われます」
「わかったわかった」
彼は片手を振った。
「当直の間にアメリカとパキスタンとネパールの学生、バングラデシュからの商人にフランスのビジネスマン。で、今度の外国人はカナダの若造か? どうせ何十年か前のヒッピーとやらの真似事をして自分の国じゃ出来ないガンジャ決めて女引っかけて騒いで金ごと持っていかれたんじゃねえのか、白人野郎は」
毒づく。
「違いますSir。Desiで、十代の学生です。授業レポートのための調査で××地区の親戚宅に滞在中でした」
ため息を吐く。
「明後日には身内が来印予定とのことですので、それまでに捜査状況をまとめた方がいいかと」
「……ほんのわずかの間に荷物ごと消えちまって目撃証人なし、ってのはパキスタンやネパールの高校生と同じだな。ま、ネパールの方はお定まりの可能性もあるが」
仕方ない。彼は書類の山をボンと叩いた。
「とりあえず1日、捜索に人を割くよう伝えろ」
それなりの返答にはそれなりの捜査が必要となる。各署から上がる行方不明者リストは膨大で、いつもながらの人身売買絡みなど後回しだ。アンビカという女の名から始まるリストを彼はうんざりと眺めた。
<注>
・Desi ここではインドルーツの人間を指している
「お願いです。どうぞ妻を助けてください」
目の前に座った男は繰り返した。作成した書類には彼が持参した写真が貼ってある。地味で真面目そうだが愛嬌のある、嫁にするにはよさそうな女だ。だが記載の年齢は二十歳。状況からもお定まりの人身売買だろう。可哀想だが生きて見つかれば御の字だ。
「息子が泣き止まないんです。わたしももう、どうしたらわからなくなって……ぐっ……うううっ……」
彼は滂沱の涙を流しだした。
(泣き止まないのはあんたじゃないのか)
「おねぎゃいしますっ……Sir! 何でもしましゅから……」
鼻からも目からも垂れ流しで汚い。
「話はわかったから、後はうちに任せてー」
「私からもお願いします。どうぞ嫁を探してください。この通りです」
泣く男の父親らしい中年男が手を合わせる。
(こいつまで泣き出すんじゃねえだろうな)
「警部さん、うちはこいつを始めいい職人が揃っています。絨毯の模様替えなど興味ありませんか?」
「今、絨毯は間に合っているな」
こっちは夜勤明けで眠いんだ。早く解放してくれ。
「うちは元々カシミールの出でして、親戚があちらにおります。警部さんのお宅の玄関にカシミール絨毯など如何でしょうか?」
「カシミール?」
「はいッ!」
そういえば、玄関の敷物は前の家からのままでそういい品ではない。上質なカシミールものを置けば自分の格を来客に見せつけることが出来る。
「お前、カシミールと直接取引出来るのか」
「はいっ! オイ、すぐ店からお持ちして-」
「今は勘弁してくれ! 忙しいんだ」
外に控えていた使用人に命令しかけたのを慌てて止める。
「でしたらどうぞ。こちらが私共の店になります」
行方不明者の舅にあたる男は恭しく名刺を差し出した。
「警部さんのお宅でしたら玄関にはこれくらいの絨毯が必要でしょうかね」
大きく両腕を広げた彼に、
「そこまでじゃない。この机の二倍くらいだ」
と知らせておく。
「でしたら見繕っておきます。どうぞ、どうぞ嫁をよろしくお願いしますっ」
繰り返し拝まれたので、この先の玄関のことを考え警部はアンビカという女の書類を行方不明者ファイルの一番上に置いた。
<ムンバイ警察本部>
「大使館への返答が必要と思われます」
「わかったわかった」
彼は片手を振った。
「当直の間にアメリカとパキスタンとネパールの学生、バングラデシュからの商人にフランスのビジネスマン。で、今度の外国人はカナダの若造か? どうせ何十年か前のヒッピーとやらの真似事をして自分の国じゃ出来ないガンジャ決めて女引っかけて騒いで金ごと持っていかれたんじゃねえのか、白人野郎は」
毒づく。
「違いますSir。Desiで、十代の学生です。授業レポートのための調査で××地区の親戚宅に滞在中でした」
ため息を吐く。
「明後日には身内が来印予定とのことですので、それまでに捜査状況をまとめた方がいいかと」
「……ほんのわずかの間に荷物ごと消えちまって目撃証人なし、ってのはパキスタンやネパールの高校生と同じだな。ま、ネパールの方はお定まりの可能性もあるが」
仕方ない。彼は書類の山をボンと叩いた。
「とりあえず1日、捜索に人を割くよう伝えろ」
それなりの返答にはそれなりの捜査が必要となる。各署から上がる行方不明者リストは膨大で、いつもながらの人身売買絡みなど後回しだ。アンビカという女の名から始まるリストを彼はうんざりと眺めた。
<注>
・Desi ここではインドルーツの人間を指している
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