リアル人狼ゲーム in India

大友有無那

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幕間(インタルミッション)

幕間 監視人1

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 ドオオオオオンンンンン! 
 バシッ、ガラガラ……。
『キャーーーーーッッ!』
『ひゃああっ!』

 ヘッドセットから異音に続きプレイヤーたちの悲鳴が小さく入る。直ちに黄色いシールが貼られたキーを押した。「異常事態発生」だ。この手の報告が遅れると叱責を受けるので反射的な入力だ。
 他の席でも同じキーが押されたようだ。後ろからチャンドリカが歩いてきて、それぞれのモニター画面を覗いていく。
 鼓動が大きくなる。チャンドリカは女性チーフのひとりでとても厳しい。彼女が自分のモニターを見て片手で合図、前の席へ向かうのに小さく息を吐く。やがて部屋の反対側、男性たちの席を見回っていたチーフ、ハリーが何か部屋中に声を上げる。見ているモニターにヒンディー語でのチャットボックスが現れ、見る間にそれがグジャラート語の文字に変わっていく。指示があるまで通常業務を続行、との内容がハリーが叫んだ内容だったのだろう。読んだ証拠にチェックを入れるとチャットボックスは消える。これもタイミングが遅れると叱責を受ける。
(何が起こっているんだろう)
 ちらりとだけ目を上げる。
 茶色のカーペットと腰までの木目の上は白い壁紙。白いテーブルにはモニターが並んでいる。
 自分たちは、外資系企業との大プロジェクトであるリアリティーショーの監視人ー
(って言われてる)
 向こう側には男性席が入口ドアに向かって十席。二席ずつをそれぞれ重ならないようずらして五列だ。女性席は反対に入口を背に同じ配置で十席。それぞれ一番後ろに大きなテーブルとモニター三つが並ぶチーフ席が控えている。ハリーは男性側のチーフ席に戻り何か必死で入力、チャンドリカは自分の後ろの席横に立ちヘッドセットを付け何やら指示を出している。
 やがて向こうのセンター長席ー透明なガラスで区切られた部屋だーにボスが入室し、電気が付く。

 すぐに目を自分のモニターに戻した。仕事中によそ見をすればこれまた叱責を受ける。この仕事は厳しいが代わりに給金は高い。その大部分を家に仕送りしている。夢のようだと喜んだが今はー
 今日、自分の監視場所は礼拝室のある一角と連なる小広間。誰もいない。
 今は二十二時二十三分。「ミーティング」中なのでテーブル回り以外は人の姿が見えなくて当然だ。
 場所とは別に担当しているプレイヤーは女性ふたり。
 画面を呼び出して見るがテーブルでひとりは不安そうな顔を、ひとりは何か話している。プレイヤーを選ぶとコンピューターが追跡し現地のカメラを選んでくれるのだが、今回は正面からなので座席の番号札についているカメラだろう。
 この仕事につくまでここまで技術が発展しているとは知らなかった。
 プレイヤーの会話の意味はわからない。ヒンディー語だからだ。
 この仕事に応募した時、ヒンディー語と英語の筆記試験があったので駄目だと思った。事前研修を終えここで本研修を受けるようになって知ったのは、集められたのはヒンディー語も英語も不自由な地方出身者ばかりだということだった。

『この仕事は情報を秘匿する必要がある』
 なので彼女に付けられた名前が「ラーダ」だ。同僚と仲良くなるのはいいことだが本名や住所や家族、メールアドレスなどの情報は一切教えてはいけないと注意された。
 言えるのは出身州まで。だから彼女はグジャラートから来たラーダ、番号14番。どこにいるのかわからないモニター内のプレイヤーと同じく、腕章に付けられた番号だ。プレイヤーと違うのは各人に「アイコン」があること。ラーダは蛙だ。今後ろの席でチャンドリカに立たれている同僚は水色の鳥のアイコンで、少しうらやましい。

『○○××』
 チャンドリカがマイクに向かって話したアナウンスがヘッドセットからも流れる。
 最初のヒンディー語はわからなかったが、後の英語から今確認していること、プレイヤーに待てと言っているらしいことがわかる。チーフたちにも不測の事態が起こったのだ。
 その証拠に、センター長室のボスはパソコンの画面を睨み付けていたかと思うと慌ただしくどこかと電話で話し、切ってはまた別の誰かと話している。防音なので声は聞こえないが、彼のこめかみにはかつてなく青筋が立っている。

「!」
(火が出ている?)
 前の席のモニターがちらりと見えた。今までになかった事態だ。
(火事……だったら「プレイヤー」さんたちは無事なの?)
 担当するプレイヤーが庭に出たのを見た時、プチリと画面が暗くなった。
『本日は業務終了。勤務はシフト最後までの扱いとなるので安心を』
 チャットボックスに現れた文字が告げる。
 給料は削られないということだ。ほっとヘッドセットを置き、腕章を外しかけた時、新たなチャットボックスが黒い画面の中に現れた。
『ラーダは面談あり。二番面談室で待機』
 びくりとなる。
 念の為ヘッドセットを付け直してグジャラート語の音声読み上げで内容を確認する。ボスが両手に携帯を持って唾を飛ばしているのも、退勤する同僚をも横目に端の扉から面談室に向かった。


 面談室は上だけ透明なクリーム色の小さなブースだ。
 待つこと一時間弱。これでは今日の退勤バスに間に合わない。その場合仮眠室で休むことになるが、チーフたちが使う部屋なのでとても緊張する。まして今ー
 やってきたチャンドリカはいつもの無表情でノートパソコンを立ち上げた。自分は既に立ち上げて準備してある。肩までの髪に黄色のチェックのワンピース。厳しいがきびきびした働きぶりはあこがれでもあった。ここで長く働いたらいつかはこの人のように慣れるのでは、など夢想した。
 初めの頃は。

 チャットボックスより先にモニターに映った画像にラーダの心臓は縮んだ。
『これを入力したのはラーダで間違いない?』
 チャットの文字がヒンディーからグジャラートの文字に変わっていく。長い文章を読むのは地元の言葉でも自信がない。断ってからヘッドセットを付け、音声読み上げを聞く。時間稼ぎでもあった。
(どうしよう)
 だがチーフはパソコンの凄い技術で誰が入力したかなどわかっているのだろう。
『はい』
 ラーダはパソコンの文字入力は出来ない。
 音声を文章に変えてもらい、向こうでヒンディーか英語に変えてチーフが読んでいる。
『どうして?』
 無駄のない短い言葉が恐い。
『間違えました。申し訳ありません』
『間違えた? ラーダが「あれ」を入力する業務など全くなかったけれど、何を間違えたというの』
『……間違えました』
 同じ質問に同じ言葉で答えた後、
『目的は何』
『間違えました』
『誰か協力した人はいるの? ここで働いている人? 外の人』
 それを告げればクビはないと彼女は告げる。
(わたし、クビになるんだ)
 せっかく稼げたのに。お父さんが出稼ぎから帰ってこられるかもしれない。お姉ちゃんが早くお嫁に行けるかもしれない。この仕事を失ったらまた工事現場で、
『これも運べないのか』
 と軽蔑と失望のまなざしを受けて毎日働くことになる。おかあさんやお姉ちゃんに迷惑をかけ続けるのか。
 それでも胸の片隅ではほっとする。
 例の疑惑にこだわるとクビだとの噂は流れていた。実際、主張し始めた同僚は皆あっという間に来なくなり、退職したとチーフから告げられた。自分もそうなるかもとは思っていた。
(仕方ない)
 首で済むなら。

『そういう人はいません。わたしが間違えただけです』
 手を変え品を変え繰り返された質問に死んだように同じ言葉で答えた。
 お兄ちゃんは何も指示していない。
(わたしが助けを求めただけ)
 お兄ちゃんだけは巻き込まない!
 辛抱強くわたしに文字を教えてくれた人。村の畑や木々や鳥が大好きな人。自分が飽きて落ちこむとじゃあ外国の言葉、英語を教えてあげるよと気を反らしてくれた。
 お陰で自分は英語の基礎を身に付けた。
 アルファベットとかいう文字は読めない。ヒンディー語の文字も苦手だ。ペーパー試験なんて読めもしない。
 ただここの研修で山のように色々な国のドラマを見た。あるものは中国語のような言葉、別のものは全く知らない言葉、そして多くは英語だった。
 イギリスかアメリカかわからないドラマを見ながら「ルール」違反となる人への暴力、建物・家具を傷付ける行為に指定のボタンを押す訓練を繰り返した。山のように英語を浴び、実際のプロジェクトでもヒンディー語の後に英語が流れるのを聞き、めきめきと英語がわかるようになった。お兄ちゃんは凄い先生だったのだ。
 文章はまだ読めない。けれど「ルールブック」の文章をプレイヤーに読み上げる音声と合わせて追っていけばわかる文字も出てくる。アの文字、カの文字……

『覚えていますか? 最初に言いました。この業務は海外提携の大プロジェクトです。失敗したらそれぞれの国との外交問題にもなります。あなたは祖国を陥れる人ですか。どこの国のスパイなんですか』
(違う!)
 自分もお兄ちゃんもスパイでも何でもない。
『スパイではありません。わたしは国を愛しています』
『ならば真相を話しなさい』
『真相は、わたしは間違えました。申し訳ありません』
 繰り返すだけだ。
 と少しだけ間が空いた。
 目を上げるとチャンドリカが自分を見ていた。エアコンの冷たい空気が半袖の腕を包んでなぜか急に寒く感じる。お気に入りの藍とオレンジ、ペイズリー柄のワンピースの裾をぎゅっと握る。
 視線をすっと横にずらしチャンドリカはまたPCに目を遣る。
『この件でわが国に損害が出た場合、あなたの給金ではとても間に合わない。賠償金はご両親に全て負ってもらうこととなります。最低でも1億ルピー』
(!)
 それは無理、無茶だ。目の前がぐるぐる揺れる。
『ラーダ。あなたのした行為はそれだけ重い』
『申し訳ありません』
 またの小さな間に息が詰まる。
 ならばあの時「行動」しなければ良かったか?

 ーいいえ

 自分への答えは早かった。
『もしかして、このリアリティーショーで本当に人が殺されているとかのデマを信じた?』
 今度は内股が震える。
『少し、不安になったことはあります』
 いや。確信している。CGだの特殊効果だのであそこまで対応出来るはずはない。凄い技術でもそれはない。
『困った人だ。それはデマだと言ったはず』
『申し訳ありません』
『少し落ち着こうか。お茶でも飲もう』
 
 面談室から廊下を進んですぐの扉でいつも使う休憩所に出る。チャンドリカのおごりでチャイをもらい、頭を下げて金属の椅子に座る。銀の丸いテーブルの向こうでチャンドリカも無言でチャイを飲む。いつもなら食堂の人に砂糖を増やしてもらっているが、今日はそうでないので物足りない。味が薄く感じる。
 いや、緊張で味そのものがよくわからない。
 後続シフトの同僚たちはモニター室に入ったのか、それとも今日は勤務中止か。どちらにしろ今の時間ここにはいない。カウンター向こうの食堂は片付けを始めた。奥の雑貨コーナーには布が掛かっていて店員は既に帰ったようだ。
「あ!」
 言うとチャンドリカが厨房の陰の窓に向かった。夜空を仰ぎ、次に中庭に目を落としてから振り向いて手招きした。何か驚いているような顔だった。
 指差されるまま白い手摺りから首を伸ばし空いた窓から中庭を覗く。八階のここからは、カラーキューブの椅子も寄せ植えの花も数本の照明だけでは見えなー
「きゃあっっ!」
 叫び声が嫌に可愛らしいと思った。同時に腰を手で押されもがく間もなくラーダの足は地を離れた。
 勢いを増し落ちていく体が何かを支えられなくなる。わたしは鳥じゃないから。
 暗い地面が迫るのを見ながらもう一度自分に尋ねた。
(あれをしなければ良かった?)

 いいえ。

 確信を持った答えは衝撃による意識の拡散に溶けた。


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