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第6章 不信へようこそ(新3日目)
6ー2 ライオン狩り(新3日目午後)
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思った以上に自分は疑われていた。
いや、当然のように「人狼」だと信じられていた。
昼の会議はクリスティーナの焦りをあおるだけあおった。
自分を混乱させる謎を武器と替え剣とふるってクリスティーナは疑惑に対抗した。
「何故ディヴィアは『占星術師』と名乗り出たの?」
目立っていいことなど人狼ゲームでは何ひとつない。
ゲームのこともろくにわからない初めての朝どうして名乗り出られた?
「何故『人狼』はその偽『占星術師』を殺したの?」
偽物を温存した方が得だろうに。
「私はディヴィアが本物の『占星術師』だと思っている。だからその質問は無意味」
本物だからこそディヴィアは様子がわからなくても名乗り出たのだ、とラクシュミは語った。
クリスティーナはまた反撃の剣をはらう。
「もし私が『狼』なら、自分が疑われる手を打つと思う? 私はここに来る前から『人狼ゲーム』を知っていた。同じ役の片方が殺されたらこうなるなんてわかりきってる」
ラクシュミは考える顔で動きを止めた。がスンダルが、
「そうやって有り得ないと反論出来るからわざとやったとも考えられます」
示せばラクシュミも頷いてしまう。
このように裏の裏を読み合っていったら何が何だかわからなくなる。それが嫌だった。
日本のオンライン人狼ではこの手の読みが驚異的に上手いプレイヤーが何人もいて、わりと単細胞な友人が頭を抱えていたのを覚えている。
確かなものを見失えば思考は渦を巻き行く道は失われる。
だからこそ霊能者や占い師は大切で、確実な白黒を少しでも多く掴むことが必要、そう理解していたから危険と知りつつ「占星術師」をカミングアウトした。
ディヴィアの偽COのに対する「狼」の噛みは、
『あなたを陥れるため』
アビマニュの示唆が頭に残る。
昨夜自分を「狼」が殺したなら逆にディヴィアが疑われただろう。計画的なら見事な罠だ。
だが彼女の偽COは「狼」にとってたまたまだ。他の役でもいいから偽物が出たところで夜に噛み、本物の信用をなくす手筈を考えておいたのか。
(それじゃまるでベテランの「人狼ゲーム」プレイヤーだ)
何かがおかしいとの不安が恐怖と混じり合う。
「人狼ゲーム」を知らない皆はゲームを単純に捉えていた。複数COが乱立し処刑と嚙みで犠牲が出れば、実は「狼」が隠していたとの話に説得力が増す。
切り開く手が見つからない。歯ぎしりのみだ。
それでも本物だと証明することがこの場への義務でやるべき「仕事」となる。結果自分を生き延びさせることにもなる。
主よ。私の舌に真実を明かす力を与えたまえ。
ここにいる全ての誘拐被害者のために。
リアル人狼ゲームでインド人を悲惨な状況に落とし見世物にして不当な富を貯める売国奴、その悪をのさばらせないために。
結局夜の会議までの間まともに話したのはダルシカとアビマニュだけだった。
ジョージにはあえて話しかけなかった。「人狼」同士の密談、仲間だとの印象を持たれないためで向こうからも接触はなかった。
「下からポンと持ち上げるだけで上がります」
「うん、上がった!」
クリスティーナの部屋のドアを開け放ち、外側すぐの壁にダルシカが控える。
声を掛け教えてもらいつつバスルームの天井点検口蓋を持ち上げた。部屋から持ち出したテーブルの上に椅子を乗せて作業する。
「何やってるの? クリスティーナは『人狼』よ。証拠隠滅に手を貸すことにも成りかねない」
ラクシュミの怒気に満ちた声が室外から流れ込んだ。瞬時に身が冷える。
「わ、私はそう思っていません! それに個室には誰も入れないです」
天井裏からでも他人の部屋の領域にかかると首輪の警告があることは試した男性何人かが体験した、とそのひとりのアビマニュが教えてくれた。
「証拠隠滅なんて今更心配する意味はないかと……」
次の小さな声は椅子を下ろす作業の音でよく聞こえなかった。その後、
「……シャーロック・ホームズは架空の人物ですがダルシカー」
とフルネームで名乗り、
「は実在の学生です」
(……)
脱力して頭を抱えたくなった。ラクシュミの声は聞こえなくなったのでそれなりに効果があったらしい。
(元ネタ知らないだろからな、ラクシュミは)
部屋を片付けてドアに近づくとダルシカはざっと振り向いた。既にラクシュミの姿はなかった。
「あの済みません、」
「『アトレヤ』」
呟くと狼狽する。
「適切な使い方だと思うよ」
現場100回で真実をと言いかけてどこの名探偵か、ホームズ気取りかと皮肉を飛ばされ、映画のセリフで胸を張ったという。
廊下を歩く間は無難な話がいいかと映画ネタを続ける。
「『お気楽探偵アトレヤ』どうやって見たの? テルグ語わからないよね」
自分も話せないが聞く方は何となく程度わかる。日本ならともかく映画の字幕文化がない この国では知らない言語の映画はまず見ない。レイチェルはかなりの映画オタクだ。
「配信の英語字幕で見ました。探偵物好きなんです。ビョムケーシュはテレビシリーズ全部見てます! スシャントの映画も。ウインダム警部とバネルジー刑事のシリーズはー」
(人が続々と殺されている場所でそれ言う? しかも私は容疑者呼ばわりされてるんだけど)
時々この子はわからない。
「……ウインダム&バネルジーは日本語訳も出てた」
クリスティーナは普段探偵物は読まないがこれには興味を引かれ、
「英語で読んだ」
さすがに日本語でミステリーはきつい。
「ビョムケーシュは日本語出てないんですか」
「聞かなかったね」
広間の大テーブルやロッキングチェアあたりでは目立ち過ぎる。かといって隅でこそこそするのも避けたい。
天井裏の件について三階女性フロアの、洗濯機がある方とは反対階段からのロビーで話を聞いていた。ダルシカによるとアビマニュのまとめ方は少しニュアンスが違って、現場バスルームの点検口上を覗いたエクジョットは、人が通ったと言われればその気がするし何もなかったと言われたらそうも思える、と筆談混じりで答えたという。
実際に天井裏を見てみようとクリスティーナが部屋で試したところでラクシュミが通りかかった次第だった。
やってみたが点検口回りに黒い跡は上手く出ない。
上から押さえて擦ってずらさないと汚れが残らないのかもしれない。
ラクシュミは「人狼」が天井裏ルートを使ったこと自体に懐疑的だ。
クリスティーナにはわからない。否定にも肯定にも材料が乏し過ぎる。
「どうして『狼』は天井裏を使ったと思う?」
言い出した彼女も思い付かないと目を伏せる。ただ、
「誰かに見つかりたくなかったから?」
首を傾げる。
「誰にだろう? 『狼』たちは夜に顔を合わせて協力していると思うし、『連中』は『人狼』の活動時間には姿を現さない、多分」
「……」
長い睫が伏せて沈む。
「……ならディヴィアが『占星術師』だと立候補した理由に何かアイデアはある? その偽物を『狼』が殺した理由についても」
「協力していた?」
と、ぽつり。
「破綻したか、最初から騙すつもりで利用したのかもしれません」
「双方合意か片思いかはわからないってことかな?」
「そう、なるのでしょうか」
「『狼』がディヴィアが偽だと知ったのは昨日の会議でジョージの占い結果を出してから」
「あ!」
「新入りさんたちならもっと早く午前中には事実を知らされている。どちらにしろそこから作戦を立ち上げたってこと?」
「……駄目ですね。『人狼』の頭が良過ぎます」
ダルシカはまた俯いた。
「でもお姉さん、私アトレヤみたいに頑張りますから!」
(エージェント・アトレヤってそんな切れ者の探偵だったっけ?)
一抹の不安に苦笑を隠す。いっそ小さくなっても頭脳は同じ名探偵を日本から呼び寄せた方がいい。彼は英語も問題ない設定だったからここの会議に引っ張り出しても不自由ないー
ー現実逃避だ。
いつもそうだった。少女の頃、明日の仕事の段取りを頭の中で済ませ眠りにつくまでの自由な時間、クリスティーナは夢うつつで物語の世界に遊んだ。マハーバーラタやラーマーヤナで引っかかれば別のお話を。図書館で読んだイギリスの小説、クラスメイトが見てきたラジニの映画、タラパティの新作世界に紛れ込む。
悲しく美しい遠い島国の物語、自分より幼いエンペラーは海に沈む時何を恨んだだろうか。
このままでは自分は殺される。仲間たちにではなく、様子をせせら笑って見ている「連中」に、PCに張り付き目を真っ赤にしてモニターを凝視している作業員たちの後で腕を組んで全てを踏みつける「奴ら」に。
逃げるには早すぎる。
(私たちが踏まれ続けて泣き寝入りすると思うな!)
恐怖に覆われていた腹の底の怒りがリズムを取って沸き上がる。
Singapenney! Singapenney! ♪
(獅子の女たちよ 獅子の女たちよ)
昨日アビマニュの他ラクシュミとジョージに打ち明けた作戦はこの流れとは別に進められるはず。出したいくつかのアイデアは紙に書いてアビマニュに渡してある。
そう簡単に死んでなんてやらない。
Dheera Dheera Dheera Dheera Sulthana♪
Dheera Dheera Dheera Dheera Sulthana♪
(勇猛な戦士 壮烈な皇帝)
アビマニュとは午後にも夕飯の時にも議論を交わした。
こちらは回りにも聞いてもらいたくあえて人前でしゃべった。
「スンダルがもう一度上に入りました。三角形の金属プレートと金具がボルトとナットで締められている、ように見えますが実際は貼り付けで、ボルトの頭部分がミニカメラになっているかもしれないそうです」
「奴ら」は見事に抜かりない。それが本当なら天井裏まで監視体制を敷いてある。
「何故ディヴィアは偽の名乗りを?」
「恐かったからですかね」
「漂泊者」か「小象」か「象使い」で、どうやったら自分が生き残れるかわからず、思い付いた策を打った。
「『人狼ゲーム』を知らない人が一晩で思い付けるかな?」
「そこ言われると辛いですね」
ラクシュミと並び論理的に考え、彼女と違い決めつけないアビマニュでも思い付かないのはきつい。
「『狼』が手に掛けたのはやはり私に罪を着せるため?」
「でしょう。本物の占い師の存在は『人狼』陣営には脅威です」
周りは気付かないふりで自分たちの会話を無視した。不信の空気は全く変わらなかった。
定刻には全員が着席していた。覚えている限り遅刻なしの会議開始は初めてだ。
「最初に昼間いなかった人へ、役持ちふたりの占い結果と、犠牲になったディヴィアさんの状況について報告します」
「あなたは中立性が疑わしい。私がする」
アビマニュはラクシュミに黙らされ眉をぎゅっと寄せた。
(……)
<注>
・ Singapenney~
「Bigil」(タミル語 2019年) 映画内曲『Singapenney』
歌詞MVより引用。内容は英語字幕より意訳
・Dheera~
「K.G.F. Chapter2」(カンナダ語 2022年) 映画内曲『Sulthana』
タミル語版歌詞MVより引用。
内容は日本語版MV『ディーラ・ディーラ』より引用
クリスティーナは(頭の中)タミル語で歌う設定なのでタミル語版からだが、見比べたところこのサビ部分ではオリジナルのカンナダ語版とアルファベット綴りの違いはない。
いや、当然のように「人狼」だと信じられていた。
昼の会議はクリスティーナの焦りをあおるだけあおった。
自分を混乱させる謎を武器と替え剣とふるってクリスティーナは疑惑に対抗した。
「何故ディヴィアは『占星術師』と名乗り出たの?」
目立っていいことなど人狼ゲームでは何ひとつない。
ゲームのこともろくにわからない初めての朝どうして名乗り出られた?
「何故『人狼』はその偽『占星術師』を殺したの?」
偽物を温存した方が得だろうに。
「私はディヴィアが本物の『占星術師』だと思っている。だからその質問は無意味」
本物だからこそディヴィアは様子がわからなくても名乗り出たのだ、とラクシュミは語った。
クリスティーナはまた反撃の剣をはらう。
「もし私が『狼』なら、自分が疑われる手を打つと思う? 私はここに来る前から『人狼ゲーム』を知っていた。同じ役の片方が殺されたらこうなるなんてわかりきってる」
ラクシュミは考える顔で動きを止めた。がスンダルが、
「そうやって有り得ないと反論出来るからわざとやったとも考えられます」
示せばラクシュミも頷いてしまう。
このように裏の裏を読み合っていったら何が何だかわからなくなる。それが嫌だった。
日本のオンライン人狼ではこの手の読みが驚異的に上手いプレイヤーが何人もいて、わりと単細胞な友人が頭を抱えていたのを覚えている。
確かなものを見失えば思考は渦を巻き行く道は失われる。
だからこそ霊能者や占い師は大切で、確実な白黒を少しでも多く掴むことが必要、そう理解していたから危険と知りつつ「占星術師」をカミングアウトした。
ディヴィアの偽COのに対する「狼」の噛みは、
『あなたを陥れるため』
アビマニュの示唆が頭に残る。
昨夜自分を「狼」が殺したなら逆にディヴィアが疑われただろう。計画的なら見事な罠だ。
だが彼女の偽COは「狼」にとってたまたまだ。他の役でもいいから偽物が出たところで夜に噛み、本物の信用をなくす手筈を考えておいたのか。
(それじゃまるでベテランの「人狼ゲーム」プレイヤーだ)
何かがおかしいとの不安が恐怖と混じり合う。
「人狼ゲーム」を知らない皆はゲームを単純に捉えていた。複数COが乱立し処刑と嚙みで犠牲が出れば、実は「狼」が隠していたとの話に説得力が増す。
切り開く手が見つからない。歯ぎしりのみだ。
それでも本物だと証明することがこの場への義務でやるべき「仕事」となる。結果自分を生き延びさせることにもなる。
主よ。私の舌に真実を明かす力を与えたまえ。
ここにいる全ての誘拐被害者のために。
リアル人狼ゲームでインド人を悲惨な状況に落とし見世物にして不当な富を貯める売国奴、その悪をのさばらせないために。
結局夜の会議までの間まともに話したのはダルシカとアビマニュだけだった。
ジョージにはあえて話しかけなかった。「人狼」同士の密談、仲間だとの印象を持たれないためで向こうからも接触はなかった。
「下からポンと持ち上げるだけで上がります」
「うん、上がった!」
クリスティーナの部屋のドアを開け放ち、外側すぐの壁にダルシカが控える。
声を掛け教えてもらいつつバスルームの天井点検口蓋を持ち上げた。部屋から持ち出したテーブルの上に椅子を乗せて作業する。
「何やってるの? クリスティーナは『人狼』よ。証拠隠滅に手を貸すことにも成りかねない」
ラクシュミの怒気に満ちた声が室外から流れ込んだ。瞬時に身が冷える。
「わ、私はそう思っていません! それに個室には誰も入れないです」
天井裏からでも他人の部屋の領域にかかると首輪の警告があることは試した男性何人かが体験した、とそのひとりのアビマニュが教えてくれた。
「証拠隠滅なんて今更心配する意味はないかと……」
次の小さな声は椅子を下ろす作業の音でよく聞こえなかった。その後、
「……シャーロック・ホームズは架空の人物ですがダルシカー」
とフルネームで名乗り、
「は実在の学生です」
(……)
脱力して頭を抱えたくなった。ラクシュミの声は聞こえなくなったのでそれなりに効果があったらしい。
(元ネタ知らないだろからな、ラクシュミは)
部屋を片付けてドアに近づくとダルシカはざっと振り向いた。既にラクシュミの姿はなかった。
「あの済みません、」
「『アトレヤ』」
呟くと狼狽する。
「適切な使い方だと思うよ」
現場100回で真実をと言いかけてどこの名探偵か、ホームズ気取りかと皮肉を飛ばされ、映画のセリフで胸を張ったという。
廊下を歩く間は無難な話がいいかと映画ネタを続ける。
「『お気楽探偵アトレヤ』どうやって見たの? テルグ語わからないよね」
自分も話せないが聞く方は何となく程度わかる。日本ならともかく映画の字幕文化がない この国では知らない言語の映画はまず見ない。レイチェルはかなりの映画オタクだ。
「配信の英語字幕で見ました。探偵物好きなんです。ビョムケーシュはテレビシリーズ全部見てます! スシャントの映画も。ウインダム警部とバネルジー刑事のシリーズはー」
(人が続々と殺されている場所でそれ言う? しかも私は容疑者呼ばわりされてるんだけど)
時々この子はわからない。
「……ウインダム&バネルジーは日本語訳も出てた」
クリスティーナは普段探偵物は読まないがこれには興味を引かれ、
「英語で読んだ」
さすがに日本語でミステリーはきつい。
「ビョムケーシュは日本語出てないんですか」
「聞かなかったね」
広間の大テーブルやロッキングチェアあたりでは目立ち過ぎる。かといって隅でこそこそするのも避けたい。
天井裏の件について三階女性フロアの、洗濯機がある方とは反対階段からのロビーで話を聞いていた。ダルシカによるとアビマニュのまとめ方は少しニュアンスが違って、現場バスルームの点検口上を覗いたエクジョットは、人が通ったと言われればその気がするし何もなかったと言われたらそうも思える、と筆談混じりで答えたという。
実際に天井裏を見てみようとクリスティーナが部屋で試したところでラクシュミが通りかかった次第だった。
やってみたが点検口回りに黒い跡は上手く出ない。
上から押さえて擦ってずらさないと汚れが残らないのかもしれない。
ラクシュミは「人狼」が天井裏ルートを使ったこと自体に懐疑的だ。
クリスティーナにはわからない。否定にも肯定にも材料が乏し過ぎる。
「どうして『狼』は天井裏を使ったと思う?」
言い出した彼女も思い付かないと目を伏せる。ただ、
「誰かに見つかりたくなかったから?」
首を傾げる。
「誰にだろう? 『狼』たちは夜に顔を合わせて協力していると思うし、『連中』は『人狼』の活動時間には姿を現さない、多分」
「……」
長い睫が伏せて沈む。
「……ならディヴィアが『占星術師』だと立候補した理由に何かアイデアはある? その偽物を『狼』が殺した理由についても」
「協力していた?」
と、ぽつり。
「破綻したか、最初から騙すつもりで利用したのかもしれません」
「双方合意か片思いかはわからないってことかな?」
「そう、なるのでしょうか」
「『狼』がディヴィアが偽だと知ったのは昨日の会議でジョージの占い結果を出してから」
「あ!」
「新入りさんたちならもっと早く午前中には事実を知らされている。どちらにしろそこから作戦を立ち上げたってこと?」
「……駄目ですね。『人狼』の頭が良過ぎます」
ダルシカはまた俯いた。
「でもお姉さん、私アトレヤみたいに頑張りますから!」
(エージェント・アトレヤってそんな切れ者の探偵だったっけ?)
一抹の不安に苦笑を隠す。いっそ小さくなっても頭脳は同じ名探偵を日本から呼び寄せた方がいい。彼は英語も問題ない設定だったからここの会議に引っ張り出しても不自由ないー
ー現実逃避だ。
いつもそうだった。少女の頃、明日の仕事の段取りを頭の中で済ませ眠りにつくまでの自由な時間、クリスティーナは夢うつつで物語の世界に遊んだ。マハーバーラタやラーマーヤナで引っかかれば別のお話を。図書館で読んだイギリスの小説、クラスメイトが見てきたラジニの映画、タラパティの新作世界に紛れ込む。
悲しく美しい遠い島国の物語、自分より幼いエンペラーは海に沈む時何を恨んだだろうか。
このままでは自分は殺される。仲間たちにではなく、様子をせせら笑って見ている「連中」に、PCに張り付き目を真っ赤にしてモニターを凝視している作業員たちの後で腕を組んで全てを踏みつける「奴ら」に。
逃げるには早すぎる。
(私たちが踏まれ続けて泣き寝入りすると思うな!)
恐怖に覆われていた腹の底の怒りがリズムを取って沸き上がる。
Singapenney! Singapenney! ♪
(獅子の女たちよ 獅子の女たちよ)
昨日アビマニュの他ラクシュミとジョージに打ち明けた作戦はこの流れとは別に進められるはず。出したいくつかのアイデアは紙に書いてアビマニュに渡してある。
そう簡単に死んでなんてやらない。
Dheera Dheera Dheera Dheera Sulthana♪
Dheera Dheera Dheera Dheera Sulthana♪
(勇猛な戦士 壮烈な皇帝)
アビマニュとは午後にも夕飯の時にも議論を交わした。
こちらは回りにも聞いてもらいたくあえて人前でしゃべった。
「スンダルがもう一度上に入りました。三角形の金属プレートと金具がボルトとナットで締められている、ように見えますが実際は貼り付けで、ボルトの頭部分がミニカメラになっているかもしれないそうです」
「奴ら」は見事に抜かりない。それが本当なら天井裏まで監視体制を敷いてある。
「何故ディヴィアは偽の名乗りを?」
「恐かったからですかね」
「漂泊者」か「小象」か「象使い」で、どうやったら自分が生き残れるかわからず、思い付いた策を打った。
「『人狼ゲーム』を知らない人が一晩で思い付けるかな?」
「そこ言われると辛いですね」
ラクシュミと並び論理的に考え、彼女と違い決めつけないアビマニュでも思い付かないのはきつい。
「『狼』が手に掛けたのはやはり私に罪を着せるため?」
「でしょう。本物の占い師の存在は『人狼』陣営には脅威です」
周りは気付かないふりで自分たちの会話を無視した。不信の空気は全く変わらなかった。
定刻には全員が着席していた。覚えている限り遅刻なしの会議開始は初めてだ。
「最初に昼間いなかった人へ、役持ちふたりの占い結果と、犠牲になったディヴィアさんの状況について報告します」
「あなたは中立性が疑わしい。私がする」
アビマニュはラクシュミに黙らされ眉をぎゅっと寄せた。
(……)
<注>
・ Singapenney~
「Bigil」(タミル語 2019年) 映画内曲『Singapenney』
歌詞MVより引用。内容は英語字幕より意訳
・Dheera~
「K.G.F. Chapter2」(カンナダ語 2022年) 映画内曲『Sulthana』
タミル語版歌詞MVより引用。
内容は日本語版MV『ディーラ・ディーラ』より引用
クリスティーナは(頭の中)タミル語で歌う設定なのでタミル語版からだが、見比べたところこのサビ部分ではオリジナルのカンナダ語版とアルファベット綴りの違いはない。
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