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第8章 宣戦布告(新5日目)
8ー4 未来の希望(新5日目午後)
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「ぼくの話を聞いてもダルシカの勉強にはならない気がするんだけど……」
大テーブルでイムラーンは困惑顔だった。やはりとレイチェルは思った。
「いいえ。私も試験で点を取ることを考えた勉強しかしていませんでした」
英語が苦手なトーシタは、ディクテーションやリスニングではとにかく最初の一語を聞き取りそこだけは点を死守するという方法に慣れていた。
『ここでは大まかにでも意味を理解する方が大事だから。ひとつふたつ、それ以上いくつかの流れがまとめてわからなくても、全部聞くことが大切なんだ』
イムラーンは実際的なリスニングのコツを教えるとトーシタに言った。
「私も実用的な英語の聞き方を練習したいと思うんです」
ならいいかなと照れたように彼は答えた。
イムラーンとトーシタが並び、始めこちら側にダルシカとレイチェル、少し離れた向こうにプラサットが座っていたが、そのうちイムラーンはダルシカを助手として使い出した。隣に呼び、
「次はー」
と耳元で出題の条件を囁く。トーシタの目が少しだけ据わりかけている。わかりやすい。が、
「In case youー」
ダルシカが英語で話し出すとぱっと表情を切り替え耳をそばだてる。
レイチェルも、イムラーンが言ったようにわからなくてもとにかく最後まで聞く、文章全体の構造を掴むことを念頭に英文に集中する。
トーシタは筆記翻訳で会議を乗り切っているだけあって、英単語や文法の知識はしっかりしていた。自分よりかなりレベル上だ。どうして話すのと聞くのだけが駄目なのかわからない。
プラサットは自分と大して変わらない。
「おれは進学しないから」
と笑うがロハンに、
『仕事でも英語が出来た方がいいぞ。やれる事が狭まっちまうから』
と言われたのでとやって来た。レイチェルたち女子からすれば名前を聞くのも嫌なロハンだがまともなことも言うらしい。
学生ながらロハンは一族の会社では役員で、英語の文書にサインする機会がよくあるのだそうだ。
『英語わからなきゃ騙されるから! 読む程度は出来ねえと』
「こういうのが苦手とかあったら言ってください」
とのイムラーンにぼんぼん注文を出すのは彼だけだ。接点は余りないように思えたが意外と仲が良い。
(……そっか。男の子の高校生はこのふたりだけなんだ)
進学予定なのに英語がこれほど駄目駄目なのは自分くらいだ。
トーシタはまだ先だがこの調子なら大学へも行けるだろう。家にお金があるかは知らないが。
ダルシカは親の決めた進路が希望と全く違い大変そうだが、成績は問題ない。イムラーンは軍人になるかまだ迷っているとのことで、軍のアカデミーに進むか大学かはわからないがどちらにしろ進学だ。
憂鬱な気持ちでうなだれたレイチェルの前にカップが置かれた。広がる甘い香りと湯気の温かさにほっと気が緩む。
「勉強お疲れ」
ラクシュミが自分とダルシカ、プラサットにチャイを配ってくれた。
「そちらはアンビカが煎れたの?」
「いえ、スンダルさんです」
と彼女は少し目を丸くする。
ノンベジ二人にチャイを出したのは彼だと奥のテーブルで掃除機を撫でたりさすったりしているスンダルを指すと、彼女はそちらへ向かった。
(凄い人なんだよなあ)
悠々とした後ろ姿を見送る。服がいつもの白地のワンピースに戻った。似合っていて素敵だ。
MBAを持っているのだから良い大学を出ていて、部下がいっぱい居ると言っていたからいい仕事で、料理も出来るしチャイもー
「美味しい」
「旨えな」
プラサットも舌なめずりしている。
どれだけお家にお金があるんだろう、どれほど頑張ったのだろうと気が遠くなり、また自分が小さくて駄目な人間に思えてしまう。
母の行商がなかなか売れず帰りが遅くなった夜、
(お母さんの足をお父さんがマッサージしているのを見るのが好き)
父が惚れ込んでお嫁に来てもらったのだと自慢する度に母は頬を染める。
(凄いいいところのお坊ちゃんと結婚したいとか思わないんだよな)
大学に行こうが行かなかろうが、両親のように互いに思い合って暮らし、自分や姉や弟とのように賑やかで楽しい家であればいい。
「どうしたの」
イムラーンが真っ直ぐ視線を向けていた。
気が付けば目尻に涙がたまっている。ダルシカがぱっと席を立ちこちらへ来ると肩を抱いてきた。温もりが自分を包む。
「何でもない、ごめんなさい。チャイが美味しくて家を思い出しちゃった」
「あ……、それは辛いね」
「That chai reminded her of her family」
イムラーンがゆっくりとトーシタに説明する。彼女は同情を目にいっぱいためて合掌してきた。
(この子はダライ・ラマの仏教徒だって話だった)
ダライ・ラマとアンベードカル博士以外の仏教はもう滅びたと思っていたので、クリスティーナが日本の仏像の解説をし始めた時には驚いた。日本ではまだ仏教が生きているらしい。それから前の館の礼拝室でクリスティーナお姉さんとジョージお兄さんと聖書を読んだ朝を思い出してー
まずい。また涙が出て来る。
イムラーンとトーシタが自分を見守り、プラサットは困り顔。ダルシカは肩を擦ってくれる。
涙が止まらない。
ーーーーー
「高校生、可愛いですよね」
ロボット型ではない上階の掃除機を膝上に、猫と見まがわんばかりに撫でながらスンダルは言った。
「……君は高校を出てそれほど経ってないんじゃないの」
「もしかしてラクシュミさん、自宅から大学に通いましたか」
「そうだけど」
「だからですよ! 俺は寮なんです。もう世界が変わって、高校とか大昔としか思えません!」
それから彼は頭を掻きむしり始めた。
「うちの寮は一週間無断で部屋を空けると退室、荷物は倉庫にまとめられて一ヶ月で退寮になるんです! ルームメイトいい奴だったのに……あああ」
不可抗力だって訴えたら何とかなるかなあとぼやく。
「それは帰ってからの話ね」
「そうですね」
大テーブルでイムラーンは困惑顔だった。やはりとレイチェルは思った。
「いいえ。私も試験で点を取ることを考えた勉強しかしていませんでした」
英語が苦手なトーシタは、ディクテーションやリスニングではとにかく最初の一語を聞き取りそこだけは点を死守するという方法に慣れていた。
『ここでは大まかにでも意味を理解する方が大事だから。ひとつふたつ、それ以上いくつかの流れがまとめてわからなくても、全部聞くことが大切なんだ』
イムラーンは実際的なリスニングのコツを教えるとトーシタに言った。
「私も実用的な英語の聞き方を練習したいと思うんです」
ならいいかなと照れたように彼は答えた。
イムラーンとトーシタが並び、始めこちら側にダルシカとレイチェル、少し離れた向こうにプラサットが座っていたが、そのうちイムラーンはダルシカを助手として使い出した。隣に呼び、
「次はー」
と耳元で出題の条件を囁く。トーシタの目が少しだけ据わりかけている。わかりやすい。が、
「In case youー」
ダルシカが英語で話し出すとぱっと表情を切り替え耳をそばだてる。
レイチェルも、イムラーンが言ったようにわからなくてもとにかく最後まで聞く、文章全体の構造を掴むことを念頭に英文に集中する。
トーシタは筆記翻訳で会議を乗り切っているだけあって、英単語や文法の知識はしっかりしていた。自分よりかなりレベル上だ。どうして話すのと聞くのだけが駄目なのかわからない。
プラサットは自分と大して変わらない。
「おれは進学しないから」
と笑うがロハンに、
『仕事でも英語が出来た方がいいぞ。やれる事が狭まっちまうから』
と言われたのでとやって来た。レイチェルたち女子からすれば名前を聞くのも嫌なロハンだがまともなことも言うらしい。
学生ながらロハンは一族の会社では役員で、英語の文書にサインする機会がよくあるのだそうだ。
『英語わからなきゃ騙されるから! 読む程度は出来ねえと』
「こういうのが苦手とかあったら言ってください」
とのイムラーンにぼんぼん注文を出すのは彼だけだ。接点は余りないように思えたが意外と仲が良い。
(……そっか。男の子の高校生はこのふたりだけなんだ)
進学予定なのに英語がこれほど駄目駄目なのは自分くらいだ。
トーシタはまだ先だがこの調子なら大学へも行けるだろう。家にお金があるかは知らないが。
ダルシカは親の決めた進路が希望と全く違い大変そうだが、成績は問題ない。イムラーンは軍人になるかまだ迷っているとのことで、軍のアカデミーに進むか大学かはわからないがどちらにしろ進学だ。
憂鬱な気持ちでうなだれたレイチェルの前にカップが置かれた。広がる甘い香りと湯気の温かさにほっと気が緩む。
「勉強お疲れ」
ラクシュミが自分とダルシカ、プラサットにチャイを配ってくれた。
「そちらはアンビカが煎れたの?」
「いえ、スンダルさんです」
と彼女は少し目を丸くする。
ノンベジ二人にチャイを出したのは彼だと奥のテーブルで掃除機を撫でたりさすったりしているスンダルを指すと、彼女はそちらへ向かった。
(凄い人なんだよなあ)
悠々とした後ろ姿を見送る。服がいつもの白地のワンピースに戻った。似合っていて素敵だ。
MBAを持っているのだから良い大学を出ていて、部下がいっぱい居ると言っていたからいい仕事で、料理も出来るしチャイもー
「美味しい」
「旨えな」
プラサットも舌なめずりしている。
どれだけお家にお金があるんだろう、どれほど頑張ったのだろうと気が遠くなり、また自分が小さくて駄目な人間に思えてしまう。
母の行商がなかなか売れず帰りが遅くなった夜、
(お母さんの足をお父さんがマッサージしているのを見るのが好き)
父が惚れ込んでお嫁に来てもらったのだと自慢する度に母は頬を染める。
(凄いいいところのお坊ちゃんと結婚したいとか思わないんだよな)
大学に行こうが行かなかろうが、両親のように互いに思い合って暮らし、自分や姉や弟とのように賑やかで楽しい家であればいい。
「どうしたの」
イムラーンが真っ直ぐ視線を向けていた。
気が付けば目尻に涙がたまっている。ダルシカがぱっと席を立ちこちらへ来ると肩を抱いてきた。温もりが自分を包む。
「何でもない、ごめんなさい。チャイが美味しくて家を思い出しちゃった」
「あ……、それは辛いね」
「That chai reminded her of her family」
イムラーンがゆっくりとトーシタに説明する。彼女は同情を目にいっぱいためて合掌してきた。
(この子はダライ・ラマの仏教徒だって話だった)
ダライ・ラマとアンベードカル博士以外の仏教はもう滅びたと思っていたので、クリスティーナが日本の仏像の解説をし始めた時には驚いた。日本ではまだ仏教が生きているらしい。それから前の館の礼拝室でクリスティーナお姉さんとジョージお兄さんと聖書を読んだ朝を思い出してー
まずい。また涙が出て来る。
イムラーンとトーシタが自分を見守り、プラサットは困り顔。ダルシカは肩を擦ってくれる。
涙が止まらない。
ーーーーー
「高校生、可愛いですよね」
ロボット型ではない上階の掃除機を膝上に、猫と見まがわんばかりに撫でながらスンダルは言った。
「……君は高校を出てそれほど経ってないんじゃないの」
「もしかしてラクシュミさん、自宅から大学に通いましたか」
「そうだけど」
「だからですよ! 俺は寮なんです。もう世界が変わって、高校とか大昔としか思えません!」
それから彼は頭を掻きむしり始めた。
「うちの寮は一週間無断で部屋を空けると退室、荷物は倉庫にまとめられて一ヶ月で退寮になるんです! ルームメイトいい奴だったのに……あああ」
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「それは帰ってからの話ね」
「そうですね」
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