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第9章 生存への闘争(新6日目)
9ー4 新6日目会議
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本人が認めた通りラジェーシュは「人狼」だったーマーダヴァンのタントラ「占い」の報告から始まるのは最早会議の様式美のようだ。
ー猿のことを考えるな。
ラクシュミが危惧しているのは脱出計画について誰かが口を滑らせることだ。午前中のレイチェルは危なかった。
「連中」との闘いでは全員生き残る必要があると慰め鼓舞したが、率直に言えばひとりふたり犠牲になる可能性は高い。それほど先行きは困難だ。
口の中でカーリー女神のマントラを三度唱えてから顔を上げる。
これは重要な会議だ。視線で全員を見渡して口を開く。
「今夜の投票についてだけど昨日の会議の続きから始めましょう」
ウルヴァシかトーシタ、それとも他に意見はあるかと投げれば、名指しされたウルヴァシは今までになく長めに反論してきた。
「あともう少しで帰れるかもしれないんですよ」
穏やかに、だがひとつひとつの言葉の意味をわからせるように強調する。
「『人狼』はあとひとりかもしれない。でしたら今夜適切な投票先を選べばその場でこの忌まわしいゲームは終わって、わたしたちは解放されるんです! 昨日の約束にこだわって明らかな『人狼』に投票せず、続いたゲームで今夜『狼』に襲われたら?」
ウルヴァシは目を潤ませてテーブルを見回した。
「約束は大切ですけれど、自分と引き換えに出来るんですか?」
指を綺麗に揃えた手のひらで胸を押さえる。
「テロリストが人質を取って立て籠もっている時、警察は攻撃しないからと言って差し入れをしたり女性や子どもからの解放を交渉するでしょうが、では攻撃を止めますか? あり得ない」
テロリストは蜂の巣にされて終わる。それと同じだ。
「約束を優先して家に帰れなくなったら死んでも死にきれません」
「そりゃそうだ」
ロハンが合いの手を入れれば我が意を得たとばかりに続ける。
「皆さんも帰りたいでしょう。お父さんやお母さん、ご家族の待っている家へ。わたしはもうこんな所耐えられない。早く確実にゲームを終わらせてください。お願いします」
懇願は、レイチェルを処刑しろというのと同義だ。
言われた本人の手先がテーブル上で小さく震える。そして、
「わたしだって帰りたい」
低く唸る声。
ウルヴァシが困り顔でレイチェルを見る。
「わたしも帰りたいの。お父さんとお母さん、お姉ちゃんと弟がいる家へ。それで、ダルシカがどんなにいい子だったか皆に伝えるの。何であなたに殺されなくちゃならないんです」
(レイチェル、耐えられるか?)
「そういうことを言っているのではー」
「でもそうだろ? 曖昧なのはよくない。ウルヴァシさんは今夜はレイチェルに投票すべきだって意見なんだよね」
スンダルが軽くまとめる。
「それしかないのではないかと。すぐに、あと何十分かでこの惨劇を終わらせて帰るためには」
ウルヴァシはこの場の面々の感情に訴える。
「忘れていない? それともわざと抜いたの」
ラクシュミは口を挟む。
「『象』と『子象』が残っているかは不明なままなの」
テーブルを見回す。緊張した顔と顔。
「私は、『人狼』はレイチェルを含めてあとふたりだと思っているけど、仮にひとりだけで今夜処刑して『リアル人狼ゲーム』が終わったとしても、たったひとりの『象』だけが勝利して残りの村人は全滅、となる可能性もある」
ラクシュミも冷静に論陣を張る。
対してウルヴァシも教え諭すように返した。
「『象』のチームはジョージさんと偽占星術師でしょう。もういない」
「そうは限らない」
ジョージはルール違反で「処分」の可能性もあるし、偽占星術師は「象」カウント以外でも、
「『象使い』と『漂泊者』も『村人』に敵対する」
希望的観測で動くのは危険だと斬る。
何人もがテーブル上のタブレットでルールブックを確かめている。
「結局はどのリスクを取るかという問題なの。ウルヴァシの言っていることも間違ってはいない。ここでは完全に安全な選択はないから、どのリスクなら自分は許容出来るかをそれぞれが判断するしかない」
「ゲームが本当に終わるなら」
「でも負けて終わるかも」
「負けても殺されるとは限らないんだよね」
「クリスティーナさんは殺されるって話をしていた」
「それは日本の映画のネタだったぞ。今はこの『現実』についてだ」
「レイチェルなら確実だ」
押し合いのような進まない議論に時間が費やされた。
「そろそろいいかな」
スンダルが時計を眺める。十時十五分を過ぎたところだ。
「材料を提供するよ。ダルシカのダイイングメッセージだ」
「ダイイングメッセージって何?」
アンビカがきょとんと首を傾げる。
「私も知らない」
「そこからですか」
ラクシュミを含め言葉の意味がわからないと首をひねる面々に、殺人事件の被害者が最後の力を振り絞って残したメッセージのことだと説明した。
「こちらに連れて参りましたのはティーンタルちゃんです」
背後に被せていた赤と青の模様入りの灰色の布をざっと外す。
中から赤い掃除機が現れた。ロボットではなく普通の、上階の倉庫に備えてあるものだ。
「どうぞ名前を覚えてやってください♡」
「シュラーダーだのティーン何とかだのいちいち覚えてられねえよ。さっさとメッセージってのを教えろ」
ロハンが焦れる。正直ラクシュミも同感だ。が、
「名前はとても大事なんです。他の名前は忘れてもいいからこの子がティーンタルちゃんだってことは覚えておいてください」
(何を言いたいの)
含みがあるのは感じ取れるがラクシュミにはまだ主意が掴めない。わからないことは苦手な性分がいらだちを募らせる。
「彼女は昨夜大活躍でした」
廊下のアタやダルシカの室内のチリがほとんど残っていなかったことからスンダルは「人狼」が掃除機を使ったと推測した。
「開けてみたら案の定チリパウダーがたくさん……目が痛くなって大変でした」
チリが付いた紙礫やティッシュも見つかった。それこそダルシカが「人狼」に対抗しようとした痕跡だった。
「中に、A5サイズの紙で、ぐしゃぐしゃにはなっていたもののチリの痕跡が全くないものがありました。片面はレシピですかね、塩少々、クミンパウダー、ターメリック……」
「それは私が教えた」
玉ねぎを使わなくても安定しておいしく出来るダルのレシピだ。
虚しさが胸を突き抜ける。
「裏側には十個の数字が四角い配置で書かれていました」
5、7、8,10、12、18,19.23、24、25
「ゴミを見るのは嫌だろうと思うんで俺が書き写したのを回します。実物の写真は撮ってありますので後でそっちを見てもらってもー」
白い布巾がスンダルのひとつ空席の向こう、マーダヴァンから順に手渡されていく。
「私達の番号? ここの席順だと思う」
アンビカが指でテーブルを指す。
「ダルシカを除いた今の私達の番号ね」
ラクシュミも同意した。
「そう。ダルシカ以外の昨日の夜生き残っていた人間の番号だと俺は判断しました。くしゃくしゃではありましたが破れているのはただ一ヶ所です。端から番号の真ん中を通るように、四センチくらいかな、引きちぎられています」
回る天井扇風機。
「破られた数字は、23番」
低い空調音の中、小さく揺らぐ暗い照明。
「ダルシカを殺した『人狼』はあなたですね、ウルヴァシさん」
瞬時、レイチェルの視線が刀のようにウルヴァシに突き刺さった。
自分を殺しに来る相手には名前を書く余裕もないと見込んであらかじめ準備したのだろう。銃を持った「人狼」の襲撃を受けた時、彼女は素早く数字を引きちぎり、対抗して投げた他のチリ入り紙礫の中に紛れ込ませた。
「勝手なことを言わないで。でっち上げです」
スンダルの解説にウルヴァシは怒りを隠さなかった。
「掃除機から取り出すところから全部動画を撮ってありますよ」
「先に入れてから撮影したら何とでも出来るでしょう」
「ダルシカは賢かったです」
スンダルの軽快な調子が少しだけ沈んだ。
「布巾では○が描いてあるところがダルシカ27番の位置です。実際には赤い拇印が押されていました。チリかと思ったんですが食紅みたいです。これが本物です!」
ラップで挟んだ皺だらけの小さな紙が、にゅっと突き出した腕の先でかざされる。
ラクシュミはまだ半信半疑だ。周到に用意したダルシカの気持ちを考えるといたたまれないが、誰かがウルヴァシを陥れるために準備したとも考えられなくはない。気持ちはわかるがここで不正は駄目だ。
ただ拇印、つまり指紋はー
「ダルシカの指紋は、部屋に残された指紋標本セットから照合出来ました。今朝の葬送までの間は、ダルシカの遺体にはずっとレイチェルが付き添っていたのは皆知っていると思います。でっち上げする暇なんてなかったです」
「そのレイチェルか、最初にわたしたちを遠ざけて遺体を確認したアンビカさんなら出来ます」
ウルヴァシの言葉に感情が感じられないのがかえって不機嫌さを感じさせる。
「あんたよくも……わたしがダルシカのものを偽造したって?!」
歯ぎしりするレイチェル。やはり要注意だ。
「あなたがやったって言っているんじゃないんです。機会がある人には出来た、とお伝えしているだけですよ」
少々レイチェルを見下しているようにも聞こえる。
「掃除機の中に仕掛けるところまで?」
こちらはあざけりを隠そうともしないスンダル。
「不可能ではない。なら出来るということです」
即座に返すウルヴァシの声は少し尖る。
「だいたいそれは本当に三階の掃除機から出て来たものなんですか」
(え?)
スンダルの表情が変わった。横顔がわしゃっと崩れ、
「秘密の……何だっけ」
軽薄に笑った。
「犯人しか知らない秘密を話してしまうこと。実はこの子、ティーンタルちゃんは二階にありました」
「おかしいです。わざわざ二階から掃除機を持って来て掃除するっていうの?」
彼はそれはもう楽し気に、にやにや笑って背後の布を取った。
「ほいよ! こちらが三階倉庫にあったドスティちゃんです」
また赤い掃除機が現れた。
「こっちがティーンタル、こっちがドスティって顔しているでしょう」
ラクシュミには全く同じ物にしか見えない。
「真面目にやれ!」
ロハンから野次が飛ぶ。
「真面目だよ。この子たちはしっぽの色で見分けられるんです。ティーンタルちゃんは黄色、ドスティちゃんは赤。見てもらえる?」
掃除機を持ち上げてひっくり返し隣のレイチェルに声をかける。
「コードに巻いてあるテープがティーンタルちゃんは黄色で、上に3って書いてあるんです」
一方ドスティの方は赤いテープ、上には2の刻み。
確かめたレイチェルがこくこくと頷く。
「それが何だと言うんですか! そんな数字すぐに書けます」
「書けるけどさ、すぐじゃないんだよね。あんたたちが合流してからの二日目に俺が書き込んだ。この子たちは同じような顔をしているのに製品番号が違うんだ。ティーンタルちゃんがN61ー5413KZ、ドスティちゃんがN61ー5421KY」
どこが違うのか機械屋として興味を持った。
調べる際わからなくならないように三階の掃除機コードのテープには3,二階のものには2と鉛筆で書き入れた。鉛筆はあまり色が乗らずむしろ数字の形に残った凹みで判別可能となった。
それが今二機のテープに残る数字だ。
「二階の子はドスティちゃん、三階の子はティーンタルちゃんって名付けた。……今朝女の人たちの階の倉庫に行って、おかしいと思ったんだよ。何でここにドスティちゃんがいるんだって。迷子になったなら戻してやらないとね、可哀想だろ?」
男性たちは朝の廊下掃除に箒しか使わなかった。チリパウダーもアタもティッシュも、
「ダイイングメッセージの紙も二階にいたティーンタルちゃんから出た」
ラップに挟まれたその紙を振る。
「全部犯人、『人狼』の仕業だよ」
『投票の五分前になりました。皆さん、考えは決まりましたか。投票の五分前ー』
アナウンスが天井から振ってくる。
「ダルシカを殺したつもりだったんだろうけど、息の根を止められたのはあんたの方だ。『人狼』さん」
繰り返しの放送に被せてスンダルが言った。
「ウルヴァシさん。あんたさ、自分で掃除しないだろ」
だから掃除機の中にゴミがたまるという発想がなかった。
「ダイイングメッセージは掃除機本体の中じゃなくてこのパイプの奥に詰まってた。大きすぎるゴミは吸いきれなくて途中で止まってしまうってことにも気付かなかったんだろうな」
使った掃除機の階を入れ替えたのが精々の工夫だ。
「……あなたも掃除はしないでしょう」
ウルヴァシが色のない目で非難する。
「家ではしないな。寮には掃除担当がいるからやはりしないよ。だけど俺は機械工学専攻だ。将来は、掃除機を開発するかもしれないしゴミ焼却プラントを設計するかもしれない。その時にはゴミに手だろうが顔だろうが突っ込むよ。……いいメカのためなら何だってする。機械屋だからね」
「ゴミの中に顔を突っ込むのは止めた方がいいよ。雑菌が入って命に関わるから」
病院に仕事でそれをやってしまった患者さんが来るとマーダヴァンが真顔で忠告した。
「マジ? って実は、今回掃除機を開けるのはマーダヴァンにも協力してもらったんだ。動画の撮影もお願いした」
「職場で掃除機は使っているからね」
照れくさそうに微笑む。
(何故ここまで気が付かなかった?)
チャンドリカは一度言葉を収めた。
下手なことを言ったら疑惑を増すだけだ。
モニター室は何をやっていた? 警告のひとつ寄越さないとは言語道断だ。
違う。冷えていく頭で記憶をたどる。
プレイヤーたちの映像なら自分もベッドで眺め回した。スンダルとマーダヴァンが掃除機のそばで何か話していた画も記憶がある。
だが圧倒的に掃除機を撫でるスンダルの印象の方が強い。
(失敗した)
唾棄すべき変態イメージに引きずられ、真意と目的に気付かなかった。
プレイヤーたちの脱出計画を叩き潰す準備が整い、「人狼」の勝利でゲームを終了させる目途がついた。安心したせいで気が弛んでいた自覚がふつふつ沸いてくる。
自分自身への憤りが抑えられない。
明日の午後チーフのひとりが隣接建物の事務所に到着、同時に全ての車を引き上げ一番近い村の廃屋に停めおく。
武装警備員は二人増員し明日には五名となる。かなり経費はかかるがこの一日だけは必要だと押し切った。破壊行動が見込まれる方面、つまり事務所とは逆方向に主力を配備し、プレイヤーが建物から出たら即座の射殺も可と手配済みだった。
(……掃除もしない人間に見えたか)
実際には長い間掃除機を見たことすらなく箒で床に這いつくばってきた人間だが、と久しぶりに感傷的な気分になる。
我らが祖国を支えるのは多くの優秀な若者で、奨学金を始めとした支えの仕組みも潤沢だ。手を伸ばし掴むまでにも忍耐と闘争が必要であるにしても、とにかくチャンドリカは全てに打ち勝って今ここまで到達した。
貧しさに負け上昇をあきらめた同世代の人間たちとは違う成功体験は今も絶え間なく積み上げられる。これもまた祖国の栄光を形作る小さなひとつだ。
悔しさはあるが今回は退却せざるを得ない。
「人狼」が勝つか、全員が始末され勝負がつかないままの終了となるか、明日には全てが終わる。
「ウルヴァシ。あなたはこのゲームを取り仕切る連中と何か連絡を取らされている?」
ラクシュミは切り込んだ。表情を観察しながら言葉を継ぐ。
「脅されていても心配ない。皆で守る。ここで話して」
「何のことを言っているのかわかりません」
目を伏せる。
「てめえが奴らのスパイかどうかって聞いてるんだよ」
ロハンがちらりと天井を見てから怒鳴る。
「何でそんなこと言うんです?! わたしだって、早く家に帰りたい、皆さんと同じ誘拐された被害者です」
ここにいる皆が同じだとクリスティーナも言っていたのではー不安気な目をテーブル上に彷徨わせつつ訴える。
「もういい」
ラクシュミは腕を組み冷たく前を見据えた。そろそろ時間切れだ。
「彼女は口を開く気はないみたい。今夜の投票先は決まりね」
「それでいいんですか。ウルヴァシさん、もう時間になるから言いたいことがあればー」
イムラーンの勧めを妨げるように、
『二十二時半、投票の時刻になりました』
アナウンスが流れ、
「特にありません。皆、無実の人間を殺すカルマを背負う覚悟がおありなんでしょう」
ウルヴァシは皮肉で言葉を止めた。
<注>
・ドスティ 友情
・ティーンタル インド古典音楽のリズムのひとつ
ー猿のことを考えるな。
ラクシュミが危惧しているのは脱出計画について誰かが口を滑らせることだ。午前中のレイチェルは危なかった。
「連中」との闘いでは全員生き残る必要があると慰め鼓舞したが、率直に言えばひとりふたり犠牲になる可能性は高い。それほど先行きは困難だ。
口の中でカーリー女神のマントラを三度唱えてから顔を上げる。
これは重要な会議だ。視線で全員を見渡して口を開く。
「今夜の投票についてだけど昨日の会議の続きから始めましょう」
ウルヴァシかトーシタ、それとも他に意見はあるかと投げれば、名指しされたウルヴァシは今までになく長めに反論してきた。
「あともう少しで帰れるかもしれないんですよ」
穏やかに、だがひとつひとつの言葉の意味をわからせるように強調する。
「『人狼』はあとひとりかもしれない。でしたら今夜適切な投票先を選べばその場でこの忌まわしいゲームは終わって、わたしたちは解放されるんです! 昨日の約束にこだわって明らかな『人狼』に投票せず、続いたゲームで今夜『狼』に襲われたら?」
ウルヴァシは目を潤ませてテーブルを見回した。
「約束は大切ですけれど、自分と引き換えに出来るんですか?」
指を綺麗に揃えた手のひらで胸を押さえる。
「テロリストが人質を取って立て籠もっている時、警察は攻撃しないからと言って差し入れをしたり女性や子どもからの解放を交渉するでしょうが、では攻撃を止めますか? あり得ない」
テロリストは蜂の巣にされて終わる。それと同じだ。
「約束を優先して家に帰れなくなったら死んでも死にきれません」
「そりゃそうだ」
ロハンが合いの手を入れれば我が意を得たとばかりに続ける。
「皆さんも帰りたいでしょう。お父さんやお母さん、ご家族の待っている家へ。わたしはもうこんな所耐えられない。早く確実にゲームを終わらせてください。お願いします」
懇願は、レイチェルを処刑しろというのと同義だ。
言われた本人の手先がテーブル上で小さく震える。そして、
「わたしだって帰りたい」
低く唸る声。
ウルヴァシが困り顔でレイチェルを見る。
「わたしも帰りたいの。お父さんとお母さん、お姉ちゃんと弟がいる家へ。それで、ダルシカがどんなにいい子だったか皆に伝えるの。何であなたに殺されなくちゃならないんです」
(レイチェル、耐えられるか?)
「そういうことを言っているのではー」
「でもそうだろ? 曖昧なのはよくない。ウルヴァシさんは今夜はレイチェルに投票すべきだって意見なんだよね」
スンダルが軽くまとめる。
「それしかないのではないかと。すぐに、あと何十分かでこの惨劇を終わらせて帰るためには」
ウルヴァシはこの場の面々の感情に訴える。
「忘れていない? それともわざと抜いたの」
ラクシュミは口を挟む。
「『象』と『子象』が残っているかは不明なままなの」
テーブルを見回す。緊張した顔と顔。
「私は、『人狼』はレイチェルを含めてあとふたりだと思っているけど、仮にひとりだけで今夜処刑して『リアル人狼ゲーム』が終わったとしても、たったひとりの『象』だけが勝利して残りの村人は全滅、となる可能性もある」
ラクシュミも冷静に論陣を張る。
対してウルヴァシも教え諭すように返した。
「『象』のチームはジョージさんと偽占星術師でしょう。もういない」
「そうは限らない」
ジョージはルール違反で「処分」の可能性もあるし、偽占星術師は「象」カウント以外でも、
「『象使い』と『漂泊者』も『村人』に敵対する」
希望的観測で動くのは危険だと斬る。
何人もがテーブル上のタブレットでルールブックを確かめている。
「結局はどのリスクを取るかという問題なの。ウルヴァシの言っていることも間違ってはいない。ここでは完全に安全な選択はないから、どのリスクなら自分は許容出来るかをそれぞれが判断するしかない」
「ゲームが本当に終わるなら」
「でも負けて終わるかも」
「負けても殺されるとは限らないんだよね」
「クリスティーナさんは殺されるって話をしていた」
「それは日本の映画のネタだったぞ。今はこの『現実』についてだ」
「レイチェルなら確実だ」
押し合いのような進まない議論に時間が費やされた。
「そろそろいいかな」
スンダルが時計を眺める。十時十五分を過ぎたところだ。
「材料を提供するよ。ダルシカのダイイングメッセージだ」
「ダイイングメッセージって何?」
アンビカがきょとんと首を傾げる。
「私も知らない」
「そこからですか」
ラクシュミを含め言葉の意味がわからないと首をひねる面々に、殺人事件の被害者が最後の力を振り絞って残したメッセージのことだと説明した。
「こちらに連れて参りましたのはティーンタルちゃんです」
背後に被せていた赤と青の模様入りの灰色の布をざっと外す。
中から赤い掃除機が現れた。ロボットではなく普通の、上階の倉庫に備えてあるものだ。
「どうぞ名前を覚えてやってください♡」
「シュラーダーだのティーン何とかだのいちいち覚えてられねえよ。さっさとメッセージってのを教えろ」
ロハンが焦れる。正直ラクシュミも同感だ。が、
「名前はとても大事なんです。他の名前は忘れてもいいからこの子がティーンタルちゃんだってことは覚えておいてください」
(何を言いたいの)
含みがあるのは感じ取れるがラクシュミにはまだ主意が掴めない。わからないことは苦手な性分がいらだちを募らせる。
「彼女は昨夜大活躍でした」
廊下のアタやダルシカの室内のチリがほとんど残っていなかったことからスンダルは「人狼」が掃除機を使ったと推測した。
「開けてみたら案の定チリパウダーがたくさん……目が痛くなって大変でした」
チリが付いた紙礫やティッシュも見つかった。それこそダルシカが「人狼」に対抗しようとした痕跡だった。
「中に、A5サイズの紙で、ぐしゃぐしゃにはなっていたもののチリの痕跡が全くないものがありました。片面はレシピですかね、塩少々、クミンパウダー、ターメリック……」
「それは私が教えた」
玉ねぎを使わなくても安定しておいしく出来るダルのレシピだ。
虚しさが胸を突き抜ける。
「裏側には十個の数字が四角い配置で書かれていました」
5、7、8,10、12、18,19.23、24、25
「ゴミを見るのは嫌だろうと思うんで俺が書き写したのを回します。実物の写真は撮ってありますので後でそっちを見てもらってもー」
白い布巾がスンダルのひとつ空席の向こう、マーダヴァンから順に手渡されていく。
「私達の番号? ここの席順だと思う」
アンビカが指でテーブルを指す。
「ダルシカを除いた今の私達の番号ね」
ラクシュミも同意した。
「そう。ダルシカ以外の昨日の夜生き残っていた人間の番号だと俺は判断しました。くしゃくしゃではありましたが破れているのはただ一ヶ所です。端から番号の真ん中を通るように、四センチくらいかな、引きちぎられています」
回る天井扇風機。
「破られた数字は、23番」
低い空調音の中、小さく揺らぐ暗い照明。
「ダルシカを殺した『人狼』はあなたですね、ウルヴァシさん」
瞬時、レイチェルの視線が刀のようにウルヴァシに突き刺さった。
自分を殺しに来る相手には名前を書く余裕もないと見込んであらかじめ準備したのだろう。銃を持った「人狼」の襲撃を受けた時、彼女は素早く数字を引きちぎり、対抗して投げた他のチリ入り紙礫の中に紛れ込ませた。
「勝手なことを言わないで。でっち上げです」
スンダルの解説にウルヴァシは怒りを隠さなかった。
「掃除機から取り出すところから全部動画を撮ってありますよ」
「先に入れてから撮影したら何とでも出来るでしょう」
「ダルシカは賢かったです」
スンダルの軽快な調子が少しだけ沈んだ。
「布巾では○が描いてあるところがダルシカ27番の位置です。実際には赤い拇印が押されていました。チリかと思ったんですが食紅みたいです。これが本物です!」
ラップで挟んだ皺だらけの小さな紙が、にゅっと突き出した腕の先でかざされる。
ラクシュミはまだ半信半疑だ。周到に用意したダルシカの気持ちを考えるといたたまれないが、誰かがウルヴァシを陥れるために準備したとも考えられなくはない。気持ちはわかるがここで不正は駄目だ。
ただ拇印、つまり指紋はー
「ダルシカの指紋は、部屋に残された指紋標本セットから照合出来ました。今朝の葬送までの間は、ダルシカの遺体にはずっとレイチェルが付き添っていたのは皆知っていると思います。でっち上げする暇なんてなかったです」
「そのレイチェルか、最初にわたしたちを遠ざけて遺体を確認したアンビカさんなら出来ます」
ウルヴァシの言葉に感情が感じられないのがかえって不機嫌さを感じさせる。
「あんたよくも……わたしがダルシカのものを偽造したって?!」
歯ぎしりするレイチェル。やはり要注意だ。
「あなたがやったって言っているんじゃないんです。機会がある人には出来た、とお伝えしているだけですよ」
少々レイチェルを見下しているようにも聞こえる。
「掃除機の中に仕掛けるところまで?」
こちらはあざけりを隠そうともしないスンダル。
「不可能ではない。なら出来るということです」
即座に返すウルヴァシの声は少し尖る。
「だいたいそれは本当に三階の掃除機から出て来たものなんですか」
(え?)
スンダルの表情が変わった。横顔がわしゃっと崩れ、
「秘密の……何だっけ」
軽薄に笑った。
「犯人しか知らない秘密を話してしまうこと。実はこの子、ティーンタルちゃんは二階にありました」
「おかしいです。わざわざ二階から掃除機を持って来て掃除するっていうの?」
彼はそれはもう楽し気に、にやにや笑って背後の布を取った。
「ほいよ! こちらが三階倉庫にあったドスティちゃんです」
また赤い掃除機が現れた。
「こっちがティーンタル、こっちがドスティって顔しているでしょう」
ラクシュミには全く同じ物にしか見えない。
「真面目にやれ!」
ロハンから野次が飛ぶ。
「真面目だよ。この子たちはしっぽの色で見分けられるんです。ティーンタルちゃんは黄色、ドスティちゃんは赤。見てもらえる?」
掃除機を持ち上げてひっくり返し隣のレイチェルに声をかける。
「コードに巻いてあるテープがティーンタルちゃんは黄色で、上に3って書いてあるんです」
一方ドスティの方は赤いテープ、上には2の刻み。
確かめたレイチェルがこくこくと頷く。
「それが何だと言うんですか! そんな数字すぐに書けます」
「書けるけどさ、すぐじゃないんだよね。あんたたちが合流してからの二日目に俺が書き込んだ。この子たちは同じような顔をしているのに製品番号が違うんだ。ティーンタルちゃんがN61ー5413KZ、ドスティちゃんがN61ー5421KY」
どこが違うのか機械屋として興味を持った。
調べる際わからなくならないように三階の掃除機コードのテープには3,二階のものには2と鉛筆で書き入れた。鉛筆はあまり色が乗らずむしろ数字の形に残った凹みで判別可能となった。
それが今二機のテープに残る数字だ。
「二階の子はドスティちゃん、三階の子はティーンタルちゃんって名付けた。……今朝女の人たちの階の倉庫に行って、おかしいと思ったんだよ。何でここにドスティちゃんがいるんだって。迷子になったなら戻してやらないとね、可哀想だろ?」
男性たちは朝の廊下掃除に箒しか使わなかった。チリパウダーもアタもティッシュも、
「ダイイングメッセージの紙も二階にいたティーンタルちゃんから出た」
ラップに挟まれたその紙を振る。
「全部犯人、『人狼』の仕業だよ」
『投票の五分前になりました。皆さん、考えは決まりましたか。投票の五分前ー』
アナウンスが天井から振ってくる。
「ダルシカを殺したつもりだったんだろうけど、息の根を止められたのはあんたの方だ。『人狼』さん」
繰り返しの放送に被せてスンダルが言った。
「ウルヴァシさん。あんたさ、自分で掃除しないだろ」
だから掃除機の中にゴミがたまるという発想がなかった。
「ダイイングメッセージは掃除機本体の中じゃなくてこのパイプの奥に詰まってた。大きすぎるゴミは吸いきれなくて途中で止まってしまうってことにも気付かなかったんだろうな」
使った掃除機の階を入れ替えたのが精々の工夫だ。
「……あなたも掃除はしないでしょう」
ウルヴァシが色のない目で非難する。
「家ではしないな。寮には掃除担当がいるからやはりしないよ。だけど俺は機械工学専攻だ。将来は、掃除機を開発するかもしれないしゴミ焼却プラントを設計するかもしれない。その時にはゴミに手だろうが顔だろうが突っ込むよ。……いいメカのためなら何だってする。機械屋だからね」
「ゴミの中に顔を突っ込むのは止めた方がいいよ。雑菌が入って命に関わるから」
病院に仕事でそれをやってしまった患者さんが来るとマーダヴァンが真顔で忠告した。
「マジ? って実は、今回掃除機を開けるのはマーダヴァンにも協力してもらったんだ。動画の撮影もお願いした」
「職場で掃除機は使っているからね」
照れくさそうに微笑む。
(何故ここまで気が付かなかった?)
チャンドリカは一度言葉を収めた。
下手なことを言ったら疑惑を増すだけだ。
モニター室は何をやっていた? 警告のひとつ寄越さないとは言語道断だ。
違う。冷えていく頭で記憶をたどる。
プレイヤーたちの映像なら自分もベッドで眺め回した。スンダルとマーダヴァンが掃除機のそばで何か話していた画も記憶がある。
だが圧倒的に掃除機を撫でるスンダルの印象の方が強い。
(失敗した)
唾棄すべき変態イメージに引きずられ、真意と目的に気付かなかった。
プレイヤーたちの脱出計画を叩き潰す準備が整い、「人狼」の勝利でゲームを終了させる目途がついた。安心したせいで気が弛んでいた自覚がふつふつ沸いてくる。
自分自身への憤りが抑えられない。
明日の午後チーフのひとりが隣接建物の事務所に到着、同時に全ての車を引き上げ一番近い村の廃屋に停めおく。
武装警備員は二人増員し明日には五名となる。かなり経費はかかるがこの一日だけは必要だと押し切った。破壊行動が見込まれる方面、つまり事務所とは逆方向に主力を配備し、プレイヤーが建物から出たら即座の射殺も可と手配済みだった。
(……掃除もしない人間に見えたか)
実際には長い間掃除機を見たことすらなく箒で床に這いつくばってきた人間だが、と久しぶりに感傷的な気分になる。
我らが祖国を支えるのは多くの優秀な若者で、奨学金を始めとした支えの仕組みも潤沢だ。手を伸ばし掴むまでにも忍耐と闘争が必要であるにしても、とにかくチャンドリカは全てに打ち勝って今ここまで到達した。
貧しさに負け上昇をあきらめた同世代の人間たちとは違う成功体験は今も絶え間なく積み上げられる。これもまた祖国の栄光を形作る小さなひとつだ。
悔しさはあるが今回は退却せざるを得ない。
「人狼」が勝つか、全員が始末され勝負がつかないままの終了となるか、明日には全てが終わる。
「ウルヴァシ。あなたはこのゲームを取り仕切る連中と何か連絡を取らされている?」
ラクシュミは切り込んだ。表情を観察しながら言葉を継ぐ。
「脅されていても心配ない。皆で守る。ここで話して」
「何のことを言っているのかわかりません」
目を伏せる。
「てめえが奴らのスパイかどうかって聞いてるんだよ」
ロハンがちらりと天井を見てから怒鳴る。
「何でそんなこと言うんです?! わたしだって、早く家に帰りたい、皆さんと同じ誘拐された被害者です」
ここにいる皆が同じだとクリスティーナも言っていたのではー不安気な目をテーブル上に彷徨わせつつ訴える。
「もういい」
ラクシュミは腕を組み冷たく前を見据えた。そろそろ時間切れだ。
「彼女は口を開く気はないみたい。今夜の投票先は決まりね」
「それでいいんですか。ウルヴァシさん、もう時間になるから言いたいことがあればー」
イムラーンの勧めを妨げるように、
『二十二時半、投票の時刻になりました』
アナウンスが流れ、
「特にありません。皆、無実の人間を殺すカルマを背負う覚悟がおありなんでしょう」
ウルヴァシは皮肉で言葉を止めた。
<注>
・ドスティ 友情
・ティーンタル インド古典音楽のリズムのひとつ
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