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第4章 いつまで耐えねばならないのか(4日目)
4ー9 思いがあれば
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うちの女子に手を出すな、無礼だ。
ヴィノードに畳み込まれラジューは何度も頭を下げた。そんなつもりはなかった、申し訳ございません、と繰り返す。
「もうマリアに近づくんんじゃねえぞ」
「あの、マリア様の方からいらした時はどうすればー」
「ああ?! 何の自慢だ?」
「そ、そんなことは。決してー」
繰り返して謝りやがてラジューはきっと首を上げた。
「つまりもうマリア様とはお話し出来ない、と言うことですか」
ヴィノードを見る目が潤んでいる。
「だからそういうところがだなあ!」
「それは無理だって」
深みのある声が食材庫の入り口から響いた。ナイナはずかずかと後ろからはのんびりスレーシュが入ってくる。
「人を思う気持ちっていうのは誰にも止められないのよ」
「そういう問題じゃねえだろ! このままじゃマリアが傷付く」
「そこは注意しないとね」
ナイナはしたり顔で腕を組んだ。
「だけどくっつきたがってるのはあの子なんだから彼に言っても仕方ないでしょ」
くいと顎をラジューに向ける。
「こういうことは男が責任を持つものだ」
憮然とするヴィノード。
「私たち同士だったらね」
ナイナは取り合わない。
「ラジューは使用人。マリアが寄ってきて断れると思う?」
「そりゃそうだ」
スレーシュが合いの手をはさみヴィノードは黙った。とナイナはラジューに向き直り視線を厳しく変える。
「ラジュー。マリアはきちんとした女の子なの。そこの広間とかならいいけど、人目につかない所ではふたりっきりにならないように。レディに対するマナーだから。わかった?」
「承知しました」
「ここが閉鎖された空間で逃げ場がないからって弄ぼうとか考えてないでしょうね。あの子のほほんとしてるし、同じ言葉を使うなら引っ掛けやすいとか?」
「そ、そんなことは決して」
血相を変えて否定する。そして決然と、
「わたしは、学生さんのご迷惑にはなりたくありません」
ならいいわとナイナは首を振って髪をかき上げる。
「マリアには私から言っておく」
「ありがとうございます」
ラジューは頭を下げた。
「あのさ、チャイのお代わり頼める」
おれはそれで来ただけなんだとスレーシュが頭をかいた。
「あんなんでいいのかよ?」
ラジューが台所に去った後ヴィノードが詰めるが、
「何だっけ? 吊り橋効果? 危ない経験を共有すると好きだと勘違いするって説」
無事に戻れたらマリアも正気に戻るだろうとナイナは首を傾げる。
「それでも今は好きなんだから、はたから言ったって聞きいれやしないでしょ」
「だけどそれじゃマリアが傷をー」
「何そんなにこだわるの? ヴィノードもしかしてマリアのこと好き?」
ナイナが意地悪い言い回しで詰める。
「ち、ちげえ! 俺じゃなくてガーラヴが……」
スレーシュは思わずナイナと顔を見合わせた。
それがヴィノードとガーラヴ・ラケーシュが以前マリアに絡みまくっていた理由かー好きな子をいじめるなど小学校いや幼稚園で卒業してほしい。
「オレが好きなのはルクミニー先生だ! だから本気で参ってる」
「……ないわ」
ナイナがつぶやく。誰も尋ねてないのにとスレーシュはげっそりした。
「先生に婚約者の方がいらっしゃるのは知っていたし、それを邪魔しようとか何しようとかは思ってなかった。ただお元気で、オレたちを教えてくださる姿を見るだけで良かったんだ! これが恋じゃなくて何なんだ!」
(……)
「そうだね。ごめん、辛いよね」
(おっとっと)
ナイナは恋愛については日頃の毒舌が薄れる。
(今度はこちらが「ないわ」だな)
生暖かい目でふたりを眺めていたのが次のナイナの言葉で一気に冷えた。
「男はわかってないないだろうね。私たちもう皆傷物なんだよ。使用人の男と仲良くしていたとか以上に」
自分は婚約しているからいいけど他の子は大変としんみりと声を落とす。
「縁談がきても『十年生の時に誘拐された』ってわかったら? どう考えても疑われるでしょ」
この年代の女子の誘拐はお定まりの人身売買だ。
「厳しいお家なら保護者の許可のない場所で夜を過ごしたというだけでも駄目だと思う。マリアとあの子が釣り合う訳はないけど、いくら持ってきても縁談がまとまらなかった時の最低の保険くらいには取っておいていいんじゃない? まして気持ちがあるなら」
働き者で向上心もあるみたいだしと付け加えるのに、
「そりゃマリアが可哀想だろ」
ヴィノードはぼやき、
「結構酷いこと言ってない? マリアにも彼にも」
スレーシュはぼそっとつぶやいた。
男の自分は無事家に戻れさえすれば将来に何の支障もない。だが女子はそうではない。全く考え付かなかった。
「だってマリアって、好きなら貧乏だって宗教が違ったってとかろくに考えずに差別反対とかルチアーノみたいなこと言って流されそうだもの。好きにすればって感じ」
くすくすと笑う。マリアのお人好しぶりからはありそうなのが恐い。
スレーシュがナイナと違うところは「差別」は祖国の発展を阻害する一大要因だと否定しているところだが、長く続いた因習を愛や善意で簡単に乗り越えられると軽視するのも誤りだろう。
「冗談じゃねえよ。貧乏がLoveで乗り越えられるか!」
ヴィノードは怒りを隠さずスレーシュは心の内で同意した。
台所から甘い香りが漂ってきて間もなくラジューが食材庫へチャイを持ってきた。
ヴィノードに畳み込まれラジューは何度も頭を下げた。そんなつもりはなかった、申し訳ございません、と繰り返す。
「もうマリアに近づくんんじゃねえぞ」
「あの、マリア様の方からいらした時はどうすればー」
「ああ?! 何の自慢だ?」
「そ、そんなことは。決してー」
繰り返して謝りやがてラジューはきっと首を上げた。
「つまりもうマリア様とはお話し出来ない、と言うことですか」
ヴィノードを見る目が潤んでいる。
「だからそういうところがだなあ!」
「それは無理だって」
深みのある声が食材庫の入り口から響いた。ナイナはずかずかと後ろからはのんびりスレーシュが入ってくる。
「人を思う気持ちっていうのは誰にも止められないのよ」
「そういう問題じゃねえだろ! このままじゃマリアが傷付く」
「そこは注意しないとね」
ナイナはしたり顔で腕を組んだ。
「だけどくっつきたがってるのはあの子なんだから彼に言っても仕方ないでしょ」
くいと顎をラジューに向ける。
「こういうことは男が責任を持つものだ」
憮然とするヴィノード。
「私たち同士だったらね」
ナイナは取り合わない。
「ラジューは使用人。マリアが寄ってきて断れると思う?」
「そりゃそうだ」
スレーシュが合いの手をはさみヴィノードは黙った。とナイナはラジューに向き直り視線を厳しく変える。
「ラジュー。マリアはきちんとした女の子なの。そこの広間とかならいいけど、人目につかない所ではふたりっきりにならないように。レディに対するマナーだから。わかった?」
「承知しました」
「ここが閉鎖された空間で逃げ場がないからって弄ぼうとか考えてないでしょうね。あの子のほほんとしてるし、同じ言葉を使うなら引っ掛けやすいとか?」
「そ、そんなことは決して」
血相を変えて否定する。そして決然と、
「わたしは、学生さんのご迷惑にはなりたくありません」
ならいいわとナイナは首を振って髪をかき上げる。
「マリアには私から言っておく」
「ありがとうございます」
ラジューは頭を下げた。
「あのさ、チャイのお代わり頼める」
おれはそれで来ただけなんだとスレーシュが頭をかいた。
「あんなんでいいのかよ?」
ラジューが台所に去った後ヴィノードが詰めるが、
「何だっけ? 吊り橋効果? 危ない経験を共有すると好きだと勘違いするって説」
無事に戻れたらマリアも正気に戻るだろうとナイナは首を傾げる。
「それでも今は好きなんだから、はたから言ったって聞きいれやしないでしょ」
「だけどそれじゃマリアが傷をー」
「何そんなにこだわるの? ヴィノードもしかしてマリアのこと好き?」
ナイナが意地悪い言い回しで詰める。
「ち、ちげえ! 俺じゃなくてガーラヴが……」
スレーシュは思わずナイナと顔を見合わせた。
それがヴィノードとガーラヴ・ラケーシュが以前マリアに絡みまくっていた理由かー好きな子をいじめるなど小学校いや幼稚園で卒業してほしい。
「オレが好きなのはルクミニー先生だ! だから本気で参ってる」
「……ないわ」
ナイナがつぶやく。誰も尋ねてないのにとスレーシュはげっそりした。
「先生に婚約者の方がいらっしゃるのは知っていたし、それを邪魔しようとか何しようとかは思ってなかった。ただお元気で、オレたちを教えてくださる姿を見るだけで良かったんだ! これが恋じゃなくて何なんだ!」
(……)
「そうだね。ごめん、辛いよね」
(おっとっと)
ナイナは恋愛については日頃の毒舌が薄れる。
(今度はこちらが「ないわ」だな)
生暖かい目でふたりを眺めていたのが次のナイナの言葉で一気に冷えた。
「男はわかってないないだろうね。私たちもう皆傷物なんだよ。使用人の男と仲良くしていたとか以上に」
自分は婚約しているからいいけど他の子は大変としんみりと声を落とす。
「縁談がきても『十年生の時に誘拐された』ってわかったら? どう考えても疑われるでしょ」
この年代の女子の誘拐はお定まりの人身売買だ。
「厳しいお家なら保護者の許可のない場所で夜を過ごしたというだけでも駄目だと思う。マリアとあの子が釣り合う訳はないけど、いくら持ってきても縁談がまとまらなかった時の最低の保険くらいには取っておいていいんじゃない? まして気持ちがあるなら」
働き者で向上心もあるみたいだしと付け加えるのに、
「そりゃマリアが可哀想だろ」
ヴィノードはぼやき、
「結構酷いこと言ってない? マリアにも彼にも」
スレーシュはぼそっとつぶやいた。
男の自分は無事家に戻れさえすれば将来に何の支障もない。だが女子はそうではない。全く考え付かなかった。
「だってマリアって、好きなら貧乏だって宗教が違ったってとかろくに考えずに差別反対とかルチアーノみたいなこと言って流されそうだもの。好きにすればって感じ」
くすくすと笑う。マリアのお人好しぶりからはありそうなのが恐い。
スレーシュがナイナと違うところは「差別」は祖国の発展を阻害する一大要因だと否定しているところだが、長く続いた因習を愛や善意で簡単に乗り越えられると軽視するのも誤りだろう。
「冗談じゃねえよ。貧乏がLoveで乗り越えられるか!」
ヴィノードは怒りを隠さずスレーシュは心の内で同意した。
台所から甘い香りが漂ってきて間もなくラジューが食材庫へチャイを持ってきた。
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