リアル人狼ゲーム in India〈リターン&リベンジ!〉

大友有無那

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終章 魂の行方

9ー2 生者の時間

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「わたしは皆さんに大嘘をついていました」
 バスでの近況報告はマーダヴァンの衝撃的告白で波乱の幕開けとなった。

「わたしは看護師ではなかったんです。病院で掃除や物の運搬やその他色々を引き受ける雑役夫でした。ずっと中で見ていたから演れると思ったんです」
「いやだって……」
 絶句するスンダルに返す微笑みは変わらず穏やかだ。
「例のお金で学校に行って、今では本物の看護師ですから安心してください」
 取り出した病院の職員証を見せる。
 手に取ってまじまじと見てから返して、
「どうしてそんなことしたんです?」
 驚きから醒めやらぬ顔で尋ねる。
「誰かひとり医療のことがわかる人がいると思えば安心するんじゃないかと思ったからだね」
 目を細める。
 元はと言えば、初日に逃亡を企て塀の上で感電死した少年に動揺してベランダから手を延ばすクリスティーナに、

『わたしは看護師です』

 ととっさに言ったのが始まりだった。
「同じ言葉を話す同胞へ嘆いてベランダから滑り降りてしまうのではないかと心配でした。後から思えばクリスティーナさんならそんなことはしないとわかるのですが、まだどなたがどういう方かもわからない時期でしたから」
 その後それらしき事を話し行動してきたがプージャの処置だけは自信がなかった。
 本物の看護師だったなら自傷した彼女を死なせずに済んだのではないかー
 その悔いと手元に来たお金が原動力となった。
「多くのいい出会いに恵まれました」
 看護系受験用の塾に願書を出そうと並んでいた時、前にいた高校生と話した。

『あの、決してライバルを減らそうとかじゃないんですけど、このコースだと少し違うんじゃないかと思います』

 高校生向け、それもハイレベルな受験に特化した内容だ。一度学校から離れた人がやり直すには向かないのではないか。願書受付以外に相談の窓口もあるそうだから聞いてみたらと勧めてくれた。
 カウンセリングに出向くとやはり首を傾げられた。
 家庭教師が付けられるなら別だがと追い返しにかかられたのに、
『わたしはお金はありませんが応援してくださる方がいます。出資のための見積りを書いていただけますか?』
 家庭教師を紹介してもらい、塾へは追い込みシーズンだけ通った。
 貧しい人間が急に小金持ったとわかれば、力ある人々はありとあらゆる圧力をかけて奪い取り自分のものとする。まして人狼ゲームの賞金は小金どころか結構な金額だ。
 それがわからないほど愚かではない。
 マーダヴァンは表に金銭的余裕が出ないよう注意して暮らしていた。


「小金っていうより一気に大金持ちになった気分だったけどなオレは」
 スンダルの主張だ。
 自分の学費などにまず使ったろうが、賞金の多くを彼はリアル人狼ゲームを企てた人間との闘いと被害者の補償に費やしている。
「お金持ちならロハンだろう? あの程度の金額なら実家の土地をちょっと売ればって言ってたと思うけど」
 マーダヴァンがちらりと横目で見れば本人は天井に視線を廻らせる。
「金は動かせますけど故国に帰れる方が俺はいいかな」


 念願叶った入学の日、多くの在校生が前庭で迎える中マーダヴァンは左右を見回しながら歩いた。学校に明確な目的持って通う。新しい現実が始まった。
『マーダヴァンさん?』
 女性の声だ。
 こういう所に知り合いがいるとは思えないが、と振り向き反応を失った。

『……レイチェル。だったよね。無事だったんだ、よかった!』
 ようやく口を開く。ロハンとプラサット、レイチェルの三人は逃走ルートが違い安否を確認することが出来なかった。未成年の女性が生還出来たのはいいことだがー
 彼女はマーダヴァンの顔と胸に付いたピンクのリボンの花を交互に見遣った。
 細いリボンを花びら型にして留めたピンクの花は看護科の新入生の印だ。
『ごめん。わたしは嘘を吐いていた!』
 九十度に腰を折って平謝りし今のように説明した。
『わたしは、あなたみたいに成りたくてここに入ったのに!!』
 叫ばれた時はいたたまれず間もなく逃げるようにその場を去った。


「天地がひっくり返って再度天地創造が始まったかと思った」
 マーダヴァンの隣でレイチェルが肩をすくめる。
「生き延びて戻ってから考えたんです。この人みたいになれたらって。わたしは頭も良くないし性格もそんなに良くないけど、でも何か人に出来たらいい。看護師だったら少なくとも仕事でたくさんの人を助けられる。せめて外側だけでも真似出来るならって」
 真っ白になって帰宅してから考えた。
 自分は高校在学中に猛勉強しても看護科へは成績が届かなかった。
 マーダヴァンが勉強をやり直して看護科へ入ったのは凄いことではないか?

 翌日、昼の時間に食堂に陣取ってマーダヴァンを見つけて声をかけた。ドンと白いテーブルの正面に座り、
『教科書、先輩からもらいました?』
『いいや。気がついたらあぶれてた』
 レイチェルは三冊を重ねて差し出した。
 看護科は圧倒的に女子学生が多い。少数派の男性は取りこぼされるか、同じく少数の男子上級生に目をかけられるかどちらだろうと思ったが前者だったようだ。
『もし良かったら。共通科目の本です。線とか引いちゃってて綺麗じゃないのが気にならなければ』
『いいの? ありがとう!』
 マーダヴァンは目を輝かせた。医療系の本は高価で節約は皆が考える。


「レイチェルの教科書は大事な所にきちんと線が引かれていて、内容がとても理解しやすかったんです。家庭教師になってくれたようなものでした。それでお礼に食事に誘って、何度もやりとりがあって、まあそういうことにー」
「この人、食事の時でも何でもどうやったら患者さんのためになるかってことばかり話してたんですよ。ただ治すだけではなくて少しでも患者さんの苦痛を減らしたいって。お義母様が長く病気でいらして余計気遣うようになったみたいなんだけど……。思ったんです」

 この人は自分が憧れたままの人だ。
 自分は間違っていなかった!

「わたしが就職したところで結婚することにしました」
 マーダヴァンが続ける。
「頼りないと思われるのはもっともなことでスムーズとは言えませんでしたが、最終的にお義父様からお許しをいただけました。思いがけなく立派な新婚旅行もいただきましたし」
 裏を見せずにこにこ笑うのはなかなか食えないところだ。
 一方レイチェルは憤懣やる方ない様子で主張する。
「ここの人ならわかってもらえると思うんですけど。あの酷い『ゲーム』の中で最初から最後まで、そして再会しても彼は全く変わらなかったんです。いつでも周りの人を思いやっていました。何が逆玉です? 最高の男性と結婚したのはわたしの方ですから!」
「だから、わたしは大嘘吐きだったって皆さんに謝罪しているところなんだよ、今」
 このあたりになるとバスは生温かい視線に満ちてきた。
 交際中は宗教まで違い家族や親戚あたりが障害になったことはたやすく想像出来るが、新婚夫婦の惚気合いは勝手にしろといったところだ。

は私だけじゃなかったってことね」
 とはラクシュミだ。彼女は連中から「職業詐称女」と呼ばれていたと報告書にあった。
「ラクシュミさんは『職業』では嘘を吐いていないでしょう。実際水道のお仕事をしていらしたんだし。公務員なのを隠すのはわかりますしね」
 かばうマーダヴァン。
「マーダヴァンの方はは本当だったってことだよね。病院に勤めていたことは間違いないんだから」
 とアンビカ。

「殺されなくてよかったよな」
 女が「上方」の婚姻や交際は名誉殺人の種になりうる。踏まえてロハンが趣味の悪いことを言えばスンダルが続けて、
「役所も襲われなかったし」
「わたしそんな大物じゃないですから」
 レイチェルは憮然として返した。

「あのさ。レイチェルがマーダヴァンを気に入ったのはわかるんだけど、マーダヴァンの方はどうだったの? 結婚したいって思ったきっかけってある?」
 アンビカが尋ねた。
「わたしは元々人生が楽しい人間なんです」
 口を横に結び少し緊張を見せるレイチェルの隣で普通に説明する。
「ただ、この人といると『すごく楽しい』の山がいっぱい来ました」
 大きな波を手で描く。
「一緒にいたら人生もっと楽しくなるんじゃないかな、って多分にエゴイスティックですね」
「良かった。わたしばっかりいい思いしてマイケルには何もないかと思った」
「そんなことないでしょうが……」
 レイチェルはべそをかきはじめマーダヴァンが懸命になだめる。
 窓を開けて走るクーラーのないバス車内はますます暑い。


 アンビカはあの前後で「変わらなかった」のは自分くらいだと思った。
 まず、学生は卒業して仕事に就いている。
 スンダルはアメリカの大学を出て向こうのベンチャー企業で働いている。
 今いる所は事件の報告書を読んだ経営者が「爆弾魔」に興味を持ってスカウトしたという。機械工学を修めた彼は現在は職務での必要性と「自分の趣味」もあって再度ITの勉強で大学にも通い始めたそうだ。
「って爆弾作ってるテロリストじゃないですからね!」
 創意工夫と現実化の腕が買われたと弁明する。
「インド人ならわりと普通なんだけど」
 いや、誰も彼もが爆弾を作れたら大変だ。

 ロハンは一族の会社のアメリカ支社長兼古武術教師だ。
 最年少、中学生だったのが信じられないほど大人びて見えたトーシタだが、実際大人になってみればまだあの頃はあどけなかったとわかる。彼女も今年から地元の農業組合で勤務を始めている。
「綺麗になった。ほんと大人になったんだね」
 アンビカの言葉には素直に照れる。
「化粧濃くない?」
 疑問をこぼすスンダルに、
「それぞれの地域文化にあったメイクってのがあるでしょう。アメリカにいる君がそれ言う?」
 ラクシュミが返す。
 目立つアイラインの上、瞼は強いブルーに塗られて確かに派手だが服に合っている。今日のこの場に正装に近い服装で来てくれたのだから別にいいとアンビカは思う。

 
 生者と死者の断絶は残酷だ。
「イムラーンお兄さんアンナは初恋の人でした」
 と白状するトーシタには婚約者がいて間もなく結婚する。
 イムラーンの母校に肖像画が飾られると聞けば、
「ちゃんとハンサムに描いてもらえるのかしら、心配ね」
 と頬を膨らませ、父親である中尉が苦笑すればスンダルが、
「そこは厳しいんじゃない。顔がいいってのは生きているからこその表情込みだからね」
 となだめる。
 高校生のまま死んだ少年の時間はもう進まない。
 自分をかばい全身で衝撃を受けたあの夜から。
 下の子を産んでアンビカの家には家族が増えたが、中尉は息子を失っただけだ。
「……」


 次に皆へ驚きを与えたのはラクシュミだった。
 彼女の現職が調査会社だというのは不思議はない。聡明な彼女らしい。
 今回の件が明るみに出るまでの間彼女は一番矢面に立ち、弁護士というプロの家族総出で危機を逃れるために転々とした。
 そのラクシュミはアンビカには復讐に関わらないでほしいと言ってきた。
『あなたにはランドマークになってほしい』

 アンビカ一家に何か起こったなら家族だけではなく、雇っている職人に家族へと広範囲に影響が及ぶ。それは避けたい。
『その代わりもし私たちの誰かが姿を消さなければならなくなった時、または消されたとしても』
 あのストリートの絨毯屋と言えば誰もが覚えられる。
 必要なメッセージをアンビカの元に残し、別の誰かがそれを引き継ぐ。
 幼い子どもたちのためにもアンビカは危険なことには手を出さず、
『私たちの燈台でいてほしい』

 アンビカが関わったのはいくつかのメッセージのやり取り、そして「料理教室」だけだ。
『アンビカさんに習ったら急に美味しくなりすぎてバレるってことありませんか』
 スンダルは聞いたらしい。
『そんな簡単に料理は上達しないから心配無用。彼女に習うのは大量の料理をスムーズに調理するやり方。ただゴパルはノンベジだから食べてるのかー』
 舌というのは意外と記憶に残る。
 アンビカならではの癖でもあったら見破られかねない。少なくともダルはあの時とは系統を変えたレシピで頼むとラクシュミは注文した。
『そこは問題ないかな。私、あの時どのお料理も普通じゃないレシピで作ってたんだ。その日起こったことに打ちひしがれて、それでも食べられる、元気が出るものをって思ったらいつものとはだいぶ違ってた』
 だから大丈夫だとは思うが系統は変えると受けあった。

 ラクシュミは今回の旅に「弟」を連れてきた。去年両親が養子に迎えて、
「元はジョージの子なの」
「!」
 皆まじまじと視線を注ぐ。
 小学校高学年くらいだろうか。少年ならではの元気さをよそ行きの服に閉じ込めた彼に、
「ここにいる人は皆あなたを誕生させてくれた『お父さん』のことを知っている。いる間よければ聞いてみなさい」
 ラクシュミは勧めた。
「元のお父さんのことを皆悪く言いました。でも姉さんや今の父さんや母さんはそんなことない、その人の息子だから僕を引き取るんだって言ってくれました。……ジョージお父さんのこと、聞きたいです」
 礼儀正しく頭を下げる。

 ラクシュミはリアル人狼ゲームの影響で縁談が望めなくなったと父親に通告された。
 本来ならラクシュミの夫が婿となる予定だったため妹は家に入るには難しい相手と交際していて、
「あの子の幸せを壊したくなかった。だから早めに養子を取るのが一番だって親を説得して信頼出来る両親から生まれた子がいいっていうから提案した」
 ジョージは男性最年長、処刑者に引導を渡す役割を引き受け、会場が移ってからの夜に首輪の針で殺された落ち着いた社会人だった。その肝の座り方は人狼かと警戒もされ、思慮深さは頼りにもされた。
 残された妻子のことをさかんに心配していたのにー
 ジョージの遺族がたどった道を聞きアンビカは心の内で涙を拭う。

 孫を、息子を、娘を。
 可愛がっていたメイド失った女主人も、一様に悲しい。
 だが紙一重の差で殺人者になったことは忌まわしいゲームの場にいた者にしか理解されないだろう。荒れ狂う怒りは同じ誘拐被害者、同じく悲嘆にくれていただろう遺族に向けられてしまった。

 多大なる損害賠償の請求でジョージの子の保護者と闘ってきた詩人回りの人々も今回は当惑をみせた。

『私は事件に巻き込まれたことで家督を継ぐに足る縁談の機会を失うこととなりました。ジョージの人柄を知っていたこともありその息子を「弟」として迎えました』

 ラクシュミも証言に立ちやがて示談が成立した。
 条件にはセザール祖父の詩人の遺作詩集の購入も入っていたとパンジャーブ語の、薄緑の表紙の小型詩集がバス内全ての人々に配られた。
「巻末のコードを読み込めば朗読が聴ける。私もパンジャーブ語はわからないけれど響きは楽しめているから」
「連中から金踏んだくる裁判の中で知ってラクシュミさんには話してたんだ。いいところに落ち着いて良かった」
 スンダルは満足そうに締めた。



 水道開通式のテープカットはスンダルとラクシュミが共に行うこととなった。
 話をまとめ精力的に進めてきたのはスンダルだが、海外在住故に実務では昔の仕事での知識もあるラクシュミが動くことが多かった。
 ふたり共短い挨拶の中にこの村で育ったその人の名を入れた。
「クリスティーナの記念に」
 ラクシュミが言った時、隣の村長が明確に大きく首を傾げ秘書か部下らしい男が耳元でささやいたのに頷く。
 
 ラクシュミとスンダルは連絡の過程で感じ始めていたが、今日ここで気付いたアンビカやレイチェル、ロハンといった面々の表情は曇る。予想では大歓迎されると思ったのではないか。
 誤解を招かないために言えば水道については大変歓迎されている。
 この贈り物の理由がこの村で育ったクリスティーナの存在ゆえだと話すと、村長同様にピントの外れたことを言ってくるよそ者という顔をされる。

 ラクシュミですらここまでとは思わなかった。
 家族の代わりに「大きな家族」故郷の村に報いることにした。だが。
(クリスティーナは名前すら覚えてもらえていない)




〈注〉
・役所の襲撃
 違うカースト同士の結婚手続をした役所が政党関係者に襲撃される事件が2024年に起こっている。
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