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第1章 幼・少年期 新たな人生編
第五話 「赤髪の少女」
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走っては歩いて、走っては歩いてを繰り返し、体感だと三十分が経過したはずだ。
俺は、道に迷ってしまった。
ただでさえ大きな村なんだ。
一人でほとんど出歩いたこともない場所だから、マップは全く埋まっていないんだぞ。
冷静になって考えてみれば、一人で避難所になんて行けるわけがない。
そもそも、場所さえ教えてくれなかったし。
魔物の唸り声、人々の悲鳴が木霊する。
家々は壊され、あちらこちらで火災が起こっている。
さっきまでの明るい村は、一転して地獄へと変貌を遂げた。
そこら中に人の死体が転がっている。
本物の死体を、初めて見た。
「……けて……」
左耳に、人の声が飛び込んだ。
咄嗟に左を見ると、瓦礫の下敷きになって動けなくなっている青年がいた。
とにかく、助けないと。
「今、助けます!」
「お前じゃ……無理だろう……!
大人の人を……!」
「今、この周りに生きている人間は僕だけです!」
俺はすぐに青年に駆け寄り、瓦礫をどけようとした。
だが、五歳の俺の力では、重たい瓦礫をどうすることも出来ない。
大人の人を呼びたいが、転がっているのは亡くなっている大人のみ。
クソ、このままではこの人が死んでしまう。
「……もう、いいから……!
逃げろ……!」
「――グルルル……」
「――っ?!」
背後から、嫌な声が聞こえた。
間違いなく、人間の声ではない。
ゆっくりと振り返るとそこには、狼のような魔物が立っていた。
これが、本物の「魔物」。
……あれ?
足が動かない。
金縛りにあったみたいに、体が全く動かない。
逃げなければ。
でも、逃げたらこの人が……
「……っ」
体の震えが止まらない。
それでも、体は動かない。
人って、死を悟ると動けなくなるのか。
まずい。
本気で生きようと決めた人生なのに。
せっかく、またチャンスを貰ったのに。
…………こんなところで、死んでしまうのか。
「ガルルァァァ!」
「――はぁぁっ!」
襲いかかってきた狼の魔物は、俺の目の前で真っ二つになった。
同時に聞こえたのは、少女の声。
「……大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……」
声の震えが止まらないが、命を救ってくれた赤髪の少女にお礼を言った。
瓦礫の下敷きになっていた青年は、もう既にグッタリとしていた。
「こ、この人を助けてあげてください!
下敷きになって動けないんです!」
「……その人は、もう死んでるわ」
「――っ」
………あと一歩、間に合わなかったか。
「避難所まで連れて行くから、早く立って」
「は、はい。ありがとうございま……
っ!後ろ!」
「えっ?」
少女は反射的に、魔物の突進を剣で防いだ。
が、剣は猪のような魔物の大きく鋭い牙によって飛ばされてしまい、運悪く燃え盛る建物の中へと消えていってしまった。
「剣がっ……!」
剣を失った少女と、何も出来ない五歳の幼児。
無力な子供が二人揃ったところで、魔物に勝てるはずがない。
どうする。
これじゃ一難去ってまた一難じゃないか。
――いや。待てよ。
何故俺は、思い付かなかったんだ。
俺は無力な少年なんかじゃない。
三年間培ってきたものが、俺にはあるじゃないか。
俺は、『魔術師』だ。
「『炎矢』!」
少女の前に立ちはだかり、猪に炎の矢を放った。
もう一つ階級が上がれば矢の本数制限がもっと増えるんだが、初級だと一本が限界だ。
しかし、その矢は見事に猪の脳天を貫いた。
燃えるように痛いであろう炎の矢をまともに食らった猪は、塵になって消えていった。
「あんた……そんなに小さいのにどうやって魔法を……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!
避難所に行きましょう!案内してください!」
「あたしはあんた達を助けるためにアヴァンから来た騎士の一人よ!
逃げるわけには……」
「剣を失くした剣士に、いったい何ができるって言うんですか!
今はつべこべ言わずに、身の安全を確保するのが先決ですよ!」
俺はごたごたと文句を言う赤髪の少女の手を引く。
騎士だかなんだか知らないが、この少女は到底戦える状態ではない。
さっきの猪の突進で腕に傷を負っているし、剣士には欠かせない剣がないのだ。
俺もさっきは運が良かったからいいものの、いつ魔力切れを起こすかわからない。
毎日頑張って練習を重ねていたとはいえ、年齢が年齢だし。
己の能力を過信しすぎると痛い目を見る。
「なんなのよ、あんた……
小さいくせに」
「悪口ならあとでいくらでも聞きますから、早く!」
「……わかったわ」
渋々ではあるが、なんとか説得はできた。
「……痛っ」
「どうかしましたか?」
「さっきので足を捻ったみたい。
気にしないで。大丈夫だから」
と言い張っている彼女だが、一歩歩くごとに苦悶の表情を浮かべている。
うーん……やったことはないが、やるだけやってみるか。
もし失敗したら、無理やりにでもおぶるか、お姫様抱っこでもして歩けばいい。
少し言葉を交わしただけでわかったが、この手のタイプの女の子は気を付けて扱わないと痛い目を見る傾向にある。
が、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「大地の神よ、この者に癒しを。
『ヒール』」
唱えると、俺の手のひらに柔らかな緑色の光が灯った。
その光が少女の患部を優しく包み込むと、少女の表情が徐々に和らいでいった。
なんか成功した。
初めて使ったんだが。
今からでも治癒魔術師を目指しても遅くはないだろうか。
「あんた、治癒魔法も使えるの?」
「詠唱だけ覚えていたので、試しに使ってみたらうまくいきました」
ちなみに、治癒魔法だけは初級から詠唱が必要になる。
最近読んでいた魔術教本のページがちょうど治癒魔法だったのが功を奏した。
少女は立ち上がって、「本当に治ってる……」と驚きながらも、やや恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。
案外ツンデレも悪くないな。
「避難所はここから真っ直ぐ行って、赤い看板の建物が見えたらそこを右に曲がる。
覚えた?」
「覚えられないので一緒に行きますよ!」
「もう!本当になんなのよあんた!」
傷が治ったところでどっちみち戦えないんだし、今は黙ってついてきてほしいものだ。
やや強引に少女の手を引き、言われた方角へ走り出した。
「バカ!そっちは逆よ!」
「すみません」
こんなところで方向音痴が出るとは。
この子がいなかったら結局道に迷って野垂れ死にしていたかもしれない。
俺は、道に迷ってしまった。
ただでさえ大きな村なんだ。
一人でほとんど出歩いたこともない場所だから、マップは全く埋まっていないんだぞ。
冷静になって考えてみれば、一人で避難所になんて行けるわけがない。
そもそも、場所さえ教えてくれなかったし。
魔物の唸り声、人々の悲鳴が木霊する。
家々は壊され、あちらこちらで火災が起こっている。
さっきまでの明るい村は、一転して地獄へと変貌を遂げた。
そこら中に人の死体が転がっている。
本物の死体を、初めて見た。
「……けて……」
左耳に、人の声が飛び込んだ。
咄嗟に左を見ると、瓦礫の下敷きになって動けなくなっている青年がいた。
とにかく、助けないと。
「今、助けます!」
「お前じゃ……無理だろう……!
大人の人を……!」
「今、この周りに生きている人間は僕だけです!」
俺はすぐに青年に駆け寄り、瓦礫をどけようとした。
だが、五歳の俺の力では、重たい瓦礫をどうすることも出来ない。
大人の人を呼びたいが、転がっているのは亡くなっている大人のみ。
クソ、このままではこの人が死んでしまう。
「……もう、いいから……!
逃げろ……!」
「――グルルル……」
「――っ?!」
背後から、嫌な声が聞こえた。
間違いなく、人間の声ではない。
ゆっくりと振り返るとそこには、狼のような魔物が立っていた。
これが、本物の「魔物」。
……あれ?
足が動かない。
金縛りにあったみたいに、体が全く動かない。
逃げなければ。
でも、逃げたらこの人が……
「……っ」
体の震えが止まらない。
それでも、体は動かない。
人って、死を悟ると動けなくなるのか。
まずい。
本気で生きようと決めた人生なのに。
せっかく、またチャンスを貰ったのに。
…………こんなところで、死んでしまうのか。
「ガルルァァァ!」
「――はぁぁっ!」
襲いかかってきた狼の魔物は、俺の目の前で真っ二つになった。
同時に聞こえたのは、少女の声。
「……大丈夫?」
「あ、ありがとう……ございます……」
声の震えが止まらないが、命を救ってくれた赤髪の少女にお礼を言った。
瓦礫の下敷きになっていた青年は、もう既にグッタリとしていた。
「こ、この人を助けてあげてください!
下敷きになって動けないんです!」
「……その人は、もう死んでるわ」
「――っ」
………あと一歩、間に合わなかったか。
「避難所まで連れて行くから、早く立って」
「は、はい。ありがとうございま……
っ!後ろ!」
「えっ?」
少女は反射的に、魔物の突進を剣で防いだ。
が、剣は猪のような魔物の大きく鋭い牙によって飛ばされてしまい、運悪く燃え盛る建物の中へと消えていってしまった。
「剣がっ……!」
剣を失った少女と、何も出来ない五歳の幼児。
無力な子供が二人揃ったところで、魔物に勝てるはずがない。
どうする。
これじゃ一難去ってまた一難じゃないか。
――いや。待てよ。
何故俺は、思い付かなかったんだ。
俺は無力な少年なんかじゃない。
三年間培ってきたものが、俺にはあるじゃないか。
俺は、『魔術師』だ。
「『炎矢』!」
少女の前に立ちはだかり、猪に炎の矢を放った。
もう一つ階級が上がれば矢の本数制限がもっと増えるんだが、初級だと一本が限界だ。
しかし、その矢は見事に猪の脳天を貫いた。
燃えるように痛いであろう炎の矢をまともに食らった猪は、塵になって消えていった。
「あんた……そんなに小さいのにどうやって魔法を……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!
避難所に行きましょう!案内してください!」
「あたしはあんた達を助けるためにアヴァンから来た騎士の一人よ!
逃げるわけには……」
「剣を失くした剣士に、いったい何ができるって言うんですか!
今はつべこべ言わずに、身の安全を確保するのが先決ですよ!」
俺はごたごたと文句を言う赤髪の少女の手を引く。
騎士だかなんだか知らないが、この少女は到底戦える状態ではない。
さっきの猪の突進で腕に傷を負っているし、剣士には欠かせない剣がないのだ。
俺もさっきは運が良かったからいいものの、いつ魔力切れを起こすかわからない。
毎日頑張って練習を重ねていたとはいえ、年齢が年齢だし。
己の能力を過信しすぎると痛い目を見る。
「なんなのよ、あんた……
小さいくせに」
「悪口ならあとでいくらでも聞きますから、早く!」
「……わかったわ」
渋々ではあるが、なんとか説得はできた。
「……痛っ」
「どうかしましたか?」
「さっきので足を捻ったみたい。
気にしないで。大丈夫だから」
と言い張っている彼女だが、一歩歩くごとに苦悶の表情を浮かべている。
うーん……やったことはないが、やるだけやってみるか。
もし失敗したら、無理やりにでもおぶるか、お姫様抱っこでもして歩けばいい。
少し言葉を交わしただけでわかったが、この手のタイプの女の子は気を付けて扱わないと痛い目を見る傾向にある。
が、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「大地の神よ、この者に癒しを。
『ヒール』」
唱えると、俺の手のひらに柔らかな緑色の光が灯った。
その光が少女の患部を優しく包み込むと、少女の表情が徐々に和らいでいった。
なんか成功した。
初めて使ったんだが。
今からでも治癒魔術師を目指しても遅くはないだろうか。
「あんた、治癒魔法も使えるの?」
「詠唱だけ覚えていたので、試しに使ってみたらうまくいきました」
ちなみに、治癒魔法だけは初級から詠唱が必要になる。
最近読んでいた魔術教本のページがちょうど治癒魔法だったのが功を奏した。
少女は立ち上がって、「本当に治ってる……」と驚きながらも、やや恥ずかしそうにお礼を言ってくれた。
案外ツンデレも悪くないな。
「避難所はここから真っ直ぐ行って、赤い看板の建物が見えたらそこを右に曲がる。
覚えた?」
「覚えられないので一緒に行きますよ!」
「もう!本当になんなのよあんた!」
傷が治ったところでどっちみち戦えないんだし、今は黙ってついてきてほしいものだ。
やや強引に少女の手を引き、言われた方角へ走り出した。
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