空中転生

蜂蜜

文字の大きさ
26 / 70
第2章 少年期 邂逅編

第二十四話 「『銀髪の英雄』」

しおりを挟む
 翌日。
 俺達は結局、この洞窟の中で一夜を明かした。
 あの後少しだけ雑談を楽しんで、仲良くなった。

 優しいが寡黙なタイプかと思っていたが、全然そんなことなかった。
 優しいのはもちろんのことだが、結構笑ってくれる。
 豪快な笑い方ではないものの、柔らかく微笑んでくれるのだ。
 俺が女なら普通に惚れている。

「えっ、えりーじぇです」
「これからよろしく頼む、エリージェ」
「エ!リ!イ!ゼ! 噛んだの!」
「冗談だ」

 こういう風に、人をいじることだって普通にする。
 意外と人間らしい。
 あ、悪口じゃないぞ。

「俺は必ず、お前達を無事に故郷に送り届ける。
 道中で何があろうとな」
「お願いします」
「まずは、どうやって大陸を渡るかだ」

 そうか。
 ここは天大陸であり、俺達がいた中央大陸からはかなり離れている。
 距離にしてどれくらいなのかはあまりわからないが、海を渡らなければならないことは確かだ。

「選択肢としては二つある」

 ランスロットは、木の枝で地面に簡易的な世界地図を描いたあと、線を引き始めた。

「一つは、このルートだ。
 今俺達がいるのが、天大陸の南端。
 ここから東に進んでボレアス大陸を経由する。
 そしてもう一つは、西に進んでデュシス大陸を経由するルートだ」
「どうして北に進んで、ケントロン大陸の方を突っ切らないのよ?」
「天大陸とケントロン大陸の間にある『ヤワニ海』は、渡るにはあまりにも危険すぎる。
 ここを渡っていけば、半年もあれば中央大陸に渡れるだろう。
 だが、この海を渡れた人間は一人たりともいない」

 なるほどな。
 急がば回れというやつか。
 ショートカットをしようとして命を落とすとか馬鹿馬鹿しいしな。

 なんだか柔らかそうな名前の海なのに、その素性はとんでもなかった。

「どっちの方が早いんですか?」
「ボレアス大陸の方が若干早く辿り着けるだろう。
 ただ、こっちの方が危険だ。
 途中に、『飛龍山脈』という長い山脈がある。
 その山脈には強いドラゴン系の魔物が飛び回っているから、並の人間であれば越えることはできないだろう。
 あの『七神』でさえも、その場所を通るのは避けるくらいだ」
「それなら、デュシス大陸の方から渡りましょ」

 珍しいな。
 こういう時、エリーゼは絶対に危険な方を選ぶはずなのに。
 成長したんだな。おじさん泣きそうだ。

 俺もエリーゼの意見には激しく同意だ。
 一刻も早くグレイス王国には帰りたいが、途中で死ぬわけにもいかない。
 そんなに危険な山脈があるなら、少しでも危険度の低いデュシス大陸の方から回っていった方が賢明だろう。
 あの『七神』でも避けて通るレベルの山脈を越えるなんて、いくらなんでも無理ゲーだろ。
 まだランスロットがどれほどの強さなのかは知らないが、なるべく安全にグレイス王国まで帰りたい。

 無事にたどり着けたら、まずはロトアとルドルフを探そう。
 あの二人に限って簡単に死ぬなんてことはないだろうが、息子として二人の安否は心配だ。

「西側のルートから行った場合、どのくらいかかるんですか?」
「道中で何があるか分からないから何とも言えないが、最短でも一年……いや、二年はかかるな」
「二年?!」

 一年と二年じゃえらい違いですけども。
 飛行機や新幹線がない以上、自分の足で歩かないといけないからな……

 ランスロットが描いた世界地図を見る限りだと、やっぱりこの世界って広いんだな。
 あんまりちゃんと世界地図を見たことがなかったから、どの大陸がどこにどのように浮かんでいるのかをよく知らなかった。

 ランスロットの言った通り、道中で何が起こるか一切分からない。
 だから、場合によっちゃ三年以上かかる可能性もあるということだ。

「まあ、そう焦って帰る必要もないだろう。
 昨晩ベルから聞いた話だと、父は『剣帝』、母は特級魔術師だそうじゃないか。
 簡単に死んだりはしないはずだ」
「そうですね」
「早く家に帰りたいところだけど、ゆっくり帰るってことね。
 無事に帰れるなら、それでもいいわ……ふぁ……」

 安心はできない。
 でも、急いで帰ろうとして途中で死ぬのは以下略。

 竜人族の戦士は特に高い戦闘能力を誇るというし、この人がいれば必ず守ってくれるだろう。
 そう信じて、旅を始めよう。

 ――絶対に、生きて帰る。

---

 俺達は計画通り、西の方角を目指して歩き出した。
 何年かかるかわからない、途方のない旅。
 決して楽観視はできないが、せっかくだから楽しく旅をしようじゃないか。
 こんな機会がまた訪れるとは思えないしな。

「冒険! 楽しみだわ!」

 エリーゼもこんな感じでこの状況を楽しんでいる。
 過酷な旅になるかもしれないが、ランスロットがいるなら安心だ。

「ここから最寄りの集落までは、歩いて半日くらいだ。
 途中で魔物に遭遇するだろうが、心配するな」
「僕達も戦えますよ」
「俺に全て任せておけ」
「あたしも戦うの!」
「……」

 ランスロットに全て任せてしまえば魔物なんて敵じゃないだろうが、ランスロットに負担をかけすぎるのはよくない。
 不安な俺達を気遣ってくれるのはありがたい。
 でも、完全キャリーをしてもらうのは些か悔しいというか。
 わがままなのは分かっているが、俺達としても頼り切りにするわけにはいかない。

「……分かった。
 だが、無理はするなよ」
「はい」
「分かったわ!」

 エリーゼの元気のいい返事が、広い荒地に響き渡った。

---

 村に辿り着いた。
 まあ……大変な道のりだったな。

 道はゴツゴツしてるし、高低差もあるし。
 見たことのない魔物にも遭遇して、かなり苦戦した。
 地上戦なら何とかなるんだが、その魔物は空を飛び回るタイプの魔物だったからな……
 俺達は三人とも近接戦闘タイプだから、あまりにも分が悪かった。
 俺が辛うじて放った魔術がたまたま当たってくれたおかげで何とかなったが、下手をすれば危なかったかもしれない。

 おかげで到着がだいぶ遅くなってしまった。
 時間は分からないが、もう空は暗い。
 夜になると魔物が強くなるらしいから、この大陸にいる間は野宿をするのはやめておいた方が良さそうだ。

「疲れただろう。
 ゆっくり休んでいくといい」
「ありがとうございます」

 もちろん、相手は竜人族。
 俺も頑張ってコミュニケーションをとっているが、やはり竜人語は難しいな。

 夜の訪問だったのにも関わらず、住人の男の人は快く滞在を許してくれた。

 この村は、お世辞にも大きな村とは言えない。
 家の形状は至って普通だが、その数は数十軒程度。
 泊めてもらう村に大きさは問わないが。

「ねえ、ランスロット。
 この村の人達、ランスロットと全然違う見た目だけど、どうしてなの?」

 確かに、それは俺も気になった。
 ランスロットは白い肌に美しい銀色の髪の毛。
 しかしこの村の人たちの肌の色は、人間と同じ肌色。
 髪の毛の色は緑色だ。

「竜人族の中にも、いくつか種類がある。
 俺はソガント族。 この村の人々はミトール族だ」

 ミトール族を見とる俺、つってな。
 やべ、声に出してすらないのに冷や汗出てきた。

「どれくらい種族があるんですか?」
「竜人族だけでも五十はあるな」
「多すぎるわ!」
「しーっ! もう夜なんですから!
 うわっ! くすぐったい!」

 俺がエリーゼの口を手で塞ぐと、エリーゼは俺の手のひらをベロベロと舐め回してきた。
 なんかデジャヴュを感じた。
 まあこのままでいいや。
 拭くの面倒くさいし。

「手を拭かなくていいの?」
「ご褒美なので」
「気持ち悪」
「……アクア」

 酷いなぁ。
 悪いこと言ってるわけじゃないんだけど。

 仕方なく、手のひらを洗浄した。

「ちょっと、何であたしの体で拭くのよ」
「いつぞやのやり返しです」
「こんなことした覚えないわ!」
「しーっ……」

 どうやらエリーゼは覚えていないらしい。
 いじめとかも、やられた側が一番覚えているってよく言うしな。

「そういえばランスロットって、ベルのよく話してた『銀髪の英雄』の主人公の名前と同じよね」
「……」

 ランスロットは険しい表情をする。
 昨日、俺がその話を出した時にエリーゼは起きていたはずだが。
 眠たそうにしていたからあまり記憶がないのだろうか。

「……これから長い旅になるから、話しておいたほうがいいかもしれないな」

 突然神妙な顔になったランスロット。
 俺とエリーゼも座り直して、真面目に聞く体勢になる。

「その本に出てくる『ランスロット』とは、多分俺のことだ。
 ソガント族の中に、俺と同じ名前の奴はいなかったはずだからな。
 だが、本に書かれたような活躍はしていない。
 ……むしろ、俺は竜人族の名誉に泥を塗った」
「泥?」
「……俺は、訳の分からない呪いのせいで、数多くの同族を殺してしまったのだ」

 呪い。
 俺の知る呪いといえば、天候操作を使った魔術師に対する呪いくらいだが。
 ランスロットは槍で戦うタイプの戦士だから、魔術は使わないだろうし。
 ……呪いなんて、探せばいくらでも出てくるか。

「俺はそのせいで、ソガント族の村を追放された。
 親も兄弟も、全員戦争で死んだから、俺はこうして長いこと流浪している」
「長いことって……
 戦争が終わってから百五十年以上もの間、一人で放浪してるってことですか?」
「そうだ。
 まあ、安心しろ。
 俺の悪名は、もう時代と共に風化しただろう」

 旅に支障がないならいいが……

 それにしても、弁明の余地はなかったのだろうか。
 本人は呪いだと言っているのに、誰にも取り合ってもらえなかったのか?
 得体の知れない人族の子供を助けるくらいの心の持ち主なんだから、俺達に嘘をついているということはなさそうだし。

「じゃあ、あの本に出てくる『ランスロット』っていうのはどういうことなのかしらね」
「『帝王』と『魔王』を撃破し、戦乱を鎮めたと記されていたらしいな。
 それを成し遂げたのは、『龍王』フィリアスだ。
 『銀髪の英雄』とやらは、妄言を書き連ねているだけだろう」

 そういうことだったのか。
 だがそれだと、色々と話がややこしくならないか。

 ランスロットは一族の汚点として村を追われたのに、どうして本では英雄のような扱いを受けていたのか。
 フィリアスがその功績を上げたなら、フィリアスを英雄として本に記せばよかったはず。
 何か裏がありそうだが……

「ランスロットさん」
「何だ」
「ソガント族の人達には認められなかったかもしれませんけど、僕達はランスロットさんを信じてますからね」
「命を助けてもらった上に、グレイス王国まで送り届けようとしてくれてるんだもの。
 そんな人のどこが悪者なのよ。
 ソガント族の奴らは揃って馬鹿なんでしょうね」

 おっと、言い過ぎは良くないぞエリーゼ。
 ランスロットも、いくら貶された相手だとはいえ、同族を馬鹿にされるのは流石にいい気はしないだろうし。

「……ふっ。
 お前達は、いい子供だな」

 ランスロットはそのゴツゴツとした手を俺とエリーゼの頭に乗せ、わしゃわしゃと撫でた。
 あまり撫で慣れていない手つきがくすぐったいが、悪い気はしない。
 
 無事に帰ることができたら、ロトアとルドルフを探すとともに、ランスロットの呪いの解明、そして名誉回復を手伝おう。

 こんなにいい人が悪者扱いされているというのは、あまりにも理不尽だからな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

湖畔の賢者

そらまめ
ファンタジー
 秋山透はソロキャンプに向かう途中で突然目の前に現れた次元の裂け目に呑まれ、歪んでゆく視界、そして自分の体までもが波打つように歪み、彼は自然と目を閉じた。目蓋に明るさを感じ、ゆっくりと目を開けると大樹の横で車はエンジンを止めて停まっていた。  ゆっくりと彼は車から降りて側にある大樹に触れた。そのまま上着のポケット中からスマホ取り出し確認すると圏外表示。縋るようにマップアプリで場所を確認するも……位置情報取得出来ずに不明と。  彼は大きく落胆し、大樹にもたれ掛かるように背を預け、そのまま力なく崩れ落ちた。 「あははは、まいったな。どこなんだ、ここは」  そう力なく呟き苦笑いしながら、不安から両手で顔を覆った。  楽しみにしていたキャンプから一転し、ほぼ絶望に近い状況に見舞われた。  目にしたことも聞いたこともない。空間の裂け目に呑まれ、知らない場所へ。  そんな突然の不幸に見舞われた秋山透の物語。

異世界へ行って帰って来た

バルサック
ファンタジー
ダンジョンの出現した日本で、じいさんの形見となった指輪で異世界へ行ってしまった。 そして帰って来た。2つの世界を往来できる力で様々な体験をする神須勇だった。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

処理中です...