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第3章 少年期 デュシス大陸編
第五十話 「惨状」
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エリーゼは目が覚めると、水浸しの地面に横たわっていた。
「うーん……
ランスロット?シャルロッテ?
……ベル?」
応答はない。
エリーゼは、仲間たち全員とはぐれてしまった。
それもそのはず。
監獄のあった方角から押し寄せてきた津波によって、エリーゼ達は街の中へ流されてしまった。
それぞれがどこまで流されたのか、そもそも無事に生きているのかすらも分からない。
「……酷いわ」
360度、どこを見ても同じような光景。
先ほどまでそこに建っていた建物は、一軒残らず倒壊してしまっている。
跡形も、残っていない。
幸い、腰に提げていた剣は無事だ。
最悪何かがあっても、戦うことはできる。
「何で急に、あんなことに……」
なんの予兆もなく、突如として吹き荒れた突風。
それからすぐに押し寄せた、巨大な津波。
エリーゼ以外に生きている人間は、かなり少ないだろう。
倒壊した家ばかりであるからか、やけに見晴らしがいい。
遠くの方まで、よく見える。
エリーゼは膝をついて立ち上がる。
しかし、立ち上がった途端、胃の中から何かが込みあげてくる。
「ゲホッ……ゴホッ……!」
長時間波に流されていたため、大量の海水が胃の中に入り込んできていた。
その全てを吐き出してから、エリーゼは立ち上がって歩き出した。
目立った外傷はない。
その代わり、体が上手く動かない。
エリーゼの体温は、著しく低下している。
体が冷たい。
吹く風が、エリーゼの体を凍えさせる。
エリーゼは覚束ない足取りで、どこへ行くあてもなく歩いていく。
様々な思考が、脳内で交錯する。
ランスロット、シャルロッテは無事なのだろうか。
一緒にいた衛兵は、生きているのだろうか。
そして、ベルの安否。
津波が押し寄せてきたのは、監獄があった方角からだった。
つまり、あの監獄もあの巨大な波に飲まれてしまった可能性も十二分に有り得る。
「……クーン」
よろめきながら歩くエリーゼの視界に、動けなくなっている動物が入った。
小さな犬のような動物が、瓦礫の下敷きになっている。
エリーゼはその動物に駆け寄り、瓦礫を退けようとした。
「……っ!」
手を伸ばした瞬間、その動物は瓦礫を抜け出した。
そして、エリーゼを攻撃しようと、飛びついてきた。
「何なのよっ!」
エリーゼは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を弾く。
弾き飛ばされた動物――否、犬の魔獣は、再びエリーゼに向かって突進してくる。
「――しっ!」
エリーゼが剣を振ると、犬の魔獣は真っ二つに斬り裂かれた。
そして、間もなく塵になって消えた。
「助かったわね。
あんたのおかげで、体が温まったわ」
皮肉混じりに、エリーゼはそう吐き捨てるように言った。
剣を握ったまま、エリーゼは再び歩き出そうとした。
だが、
「なっ……! 嘘でしょ……?!」
先ほど殺したはずの犬の魔獣が、今度は何十体も、エリーゼの目の前に立っていた。
エリーゼは煩わしそうな顔で、低く構えた。
呼吸を整え、目を閉じる。
魔獣の鳴き声と共に、エリーゼは地面を強く蹴った。
「『炎天』!」
向かってくる魔獣を、地面から天へ弧を描くように剣を振って斬り刻む。
魔獣は一斉にかかってくることはなく、一体ずつ飛び込んでくる。
そのおかげで、エリーゼは全て一振りで仕留めることができる。
次々に飛び掛かってきては斬り捨てられる魔獣。
――エリーゼは半ばこの戦いを楽しんでいた。
久々の実戦。
ただでさえ何週間も剣を振っていなかったのだ。
腕が鈍っているかと思えば、そんなことはない。
あれだけ数がいた魔獣は、一分足らずで全て斬り伏せられてしまった。
「はぁ……はぁ……」
ようやく、エリーゼは剣を鞘にしまった。
遅れて、疲労がエリーゼの体を襲った。
倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り、瓦礫の方へ歩く。
そして、座り込んだ。
「これは……しばらく動けなさそうね……」
この数分、エリーゼはアドレナリンのおかげで動けていた。
普通ならば、とっくに倒れてしまっていた。
体温が上昇したのも一時的なものであり、海水による低体温症に近いものに陥っていることに違いはない。
目を閉じれば、そのまま目が開かないかもしれない。
しかし、エリーゼの体力は既に限界であった。
エリーゼの体から、力が抜ける――、
「――エリーゼ!」
その寸前、聞き覚えのある声が聞こえた。
「シャル……ロッテ?」
「そうです! シャルロッテです!
今すぐ治療します!」
エリーゼは思ってもみない形で、シャルロッテと合流した。
「ありがと、シャルロッテ」
「いえいえ。 何より、無事でよかったですよ。
ランスロットはどこにいるか分かりませんか?」
「目が覚めたらここにいて、魔獣に襲われたわ」
「魔獣?! 大丈夫だったんですか?」
「あたしを誰だと思ってんのよ。
ちょちょいのちょいだったわ」
「ここで倒れそうだったのにですか?」
「うぐっ……うっさいわね!」
エリーゼは少し顔を赤くして、プイッとそっぽを向いた。
それから二人は立ち上がり、ランスロットを探して歩き出した。
---ベル視点---
「ゲホッ!」
どこだ、ここは。
さっきまで監獄にいて、サメの魔獣と戦って……
それで、俺はどうなったんだ?
あの巨大な波に飲まれて、流されたはずだ。
サメに食われて死んだ……ってわけでもなさそうだな。
ここはどう見たって陸地だし。
だが、何だこの惨状は。
恐らくだが、ここはミリアの街中だろう。
でも、どうしてこんなに街が酷いことになってるんだ。
この壊れ方は、火事とかそういうものじゃないだろう。
地面は水浸しだし、もしかして、あの波に飲み込まれたのか?
……だとしたら、まずいだろ。
ゾルトやダリア、それにシェインや他の囚人たちも、崩落した監獄と一緒に海に落ちたはずだ。
そして、エリーゼ達はこの街にいるはず。
つまり、あいつらも流されたってことじゃ――
「おっ、目が覚めたかな?」
「うわ! びっくりした!」
全く聞いたことのない声が、隣から聞こえてきた。
女の声だ。
「驚かせてごめんね。
あっ、わたしは敵じゃないから安心してね」
「……分かりました。
もしかして、助けていただいたんですか?」
「そうだよ。 海で溺れそうになっていたところをひょいひょいっとね」
指でひょいひょいってされても、全く想像がつかないんだが。
でもとにかく、助かった。
この人が居なければ、俺はきっと溺死していたか、サメに食い殺されていたところだっただろう。
「ってのは嘘で、本当は君と一緒にここまで流されただけなんだよね。
あははは」
「嘘なんかい! ゲッホ!」
「大丈夫?!」
なんの嘘だよ、全く……
思わずツッコミを入れたら、急にむせてしまった。
でも、運良く生きて陸地に上陸することができた。
この人も無事な人間の一人だし、俺の他にも無事な人間がいてよかった。
「わたしはエルシア。 君の名前は?」
「ベルです」
「あ、もしかして、貴族の徽章を盗んだって男の子?」
「そうです。 いや、そうじゃないんですけど」
「冤罪ってこと?」
「そうです」
「えっ! 可哀想!」
察しが良いな。
そうですよ。俺はとんでもない冤罪をかけられて投獄されたんですよ。
あのドワーフ、マジで見つけたらただじゃおかねぇからな。
あ、でも、こうも街が壊滅してると、流石に生きてるか怪しいか。
「こんなに小さいのに濡れ衣着せられるなんて。
ベル、今何歳?」
「9歳です」
「わたしの二分の一歳じゃん!
しっかりした子だな~」
それほどでもないけどね。
というか、エルシアは18歳ってことか。
とても高校三年生の歳には見えないスタイルだな。
グラマラスというより、程よく引き締まったいい体だ。
俺も将来こんな感じの引き締まった肉体を目指さねば。
俺が女だったら、ペタペタと腹筋を触っていただろう。
ついでにもう少し上の方も。
「とりあえず、じっとしてても何も始まらないし、歩こっか」
「そうですね」
安全策をとるならこの場から動かない方がいいが、そういうわけにもいかない。
思わぬ形で街に戻ってきた以上、やるべきことは一つ。
――皆を、捜す。
---
捜すとは言ったものの、どうやって捜すかだ。
まあ、歩き回るしか方法はないな。
この街はかなり広いし、しらみつぶしに捜すのが一番手っ取り早い。
もちろん他人に頼りたいところだが、この街の状況を見るに、頼れる人間はまずいなさそうだ。
ミリアはもう、再興できないかもしれない。
建物だけならまだしも、どれだけの人が逃げ遅れたか。
「本当に、何が起こってしまったんでしょうか……」
「急に津波が押し寄せたんだよ」
「……やっぱり、あの波ですか」
まあ、あの波以外の何でもないだろうな。
それはそうと、どうも引っ掛かる。
あの波は、一体何が原因なんだ?
そんなに都合のいいタイミングで、巨大な地震が起きたとも考えにくい。
いや、完全に否定できるかと言われれば自信はないが。
「気分が下がりっぱなしだと気が滅入るから、楽しい話しようよ」
「例えば?」
「た、例えば?
うーん、そうだね……生い立ち、とか?」
「僕の人生が過酷だったらどうしますか?」
「確かに……」
俺がとんでもないハズレ家庭に生まれて、日々虐待を受けていたとか言ったら、益々気が滅入るだろうな。
まあ、俺は世界で一番幸せな家庭に生まれたと胸を張って言えるが。
正確には、生まれたというか降り立ったといった方が正しいか。
「まあ、あまりこれといった話題はないですし、生い立ちでも話しますか」
「うんうん!」
俺は歩きながら、自らの生い立ちを話すことにした。
「えっ……君、凄い家庭に生まれたんだね。
『剣帝』の息子だなんて……」
「母も特級魔術師です」
「特級?! ……びっくりしすぎて倒れそうだよ。
でも、それだけ凄い剣士をお父さんに持ちながら、ベルは剣術を使わないの?」
「僕には、剣術は向いてなかったので。
でも逆に、魔術の方は得意なんです」
「そうなんだ。
どのくらい使えるの?」
「火上級魔術までなら使えます」
「上級?!」
この人、めちゃくちゃオーバーリアクションを取ってくれる。
話しているこっちまで楽しくなってくるな。
その後も、俺がこの9年で経験してきたことを話した。
「あのさ……ベル、本当に9歳なの?」
「そりゃもう、ピッチピチの9歳児ですとも」
「18年生きてるわたしよりもずっとすごい人生を送ってるんだけど!
9歳で上級魔術師って何?!
てか9歳とは思えない饒舌さ!
年齢はわたしの半分だけど、わたしの倍以上の知性を感じる……!」
「い、言い過ぎですよ」
「……コホン。 取り乱しちゃった。
とにかく、わたしは人間として、ベルを尊敬します」
「大袈裟ですって」
うーん、なんというか。
俺がもう5個歳をとっていたら、好きになっていたかもしれないな。
まだ出会ってたかだか数十分だが、かなり好印象だ。
そんな楽しい談笑とは対照に、周りの景色は惨憺たるものである。
波に流され、瓦礫の下敷きになっている人。
地面に打ち上げられるようにして倒れている人。
抱き合うように倒れている人。
そのほとんどが、既に息絶えていた。
何人か生きている人はいたが、俺とエルシアの簡単な治癒魔法で治療することしかできない。
避難所のようなものがあるのかすらも、分からない。
「ベルは、仲間と一緒にミリアに来たんだよね?」
「はい」
「……わたしに任せて。
絶対君の仲間を見つけ出すから。
だから、わたしから離れないでね」
「……ありがとう、ございます」
エルシアは、俺の頭を優しく撫でた。
やけに撫で慣れている。
これは、下に兄弟がいるな。
「エルシアは、戦えるんですか?」
「この背中を見ても、そんな疑問が湧いてくる?」
エルシアは、背中に二本の大きな剣を背負っている。
もしかして、二刀流なのか?
すげえ! 憧れる!
「わたしは元々、『剣神道場』出身でね」
「えっ、ってことは……」
「世代はちょっと違うけど、ベルのお父さんの後輩だよ」
ルドルフの後輩か。
今ルドルフは29歳だったはずだから、世代は全然被ってなさそうだが。
リベラからも厳しい道場だって聞いていたし、エリートってことだろうか。
「何とか卒業はさせてもらえたけど、卒業試験で全く勝てなかった。
だから、何の称号も貰えなかったんだよね。あははは。
でも、そんじょそこらの剣士よりは腕が立つはずだから、安心して前線は任せて!」
「それなら安心です」
「ふふん」
腰に手を当てて胸を張るエルシア。
胸がはち切れそうだ。
エルシアの体は引き締まっているとはいえ、ぱっと見だと華奢な体だ。
そんなエルシアが、こんな大剣を二本同時に振り回しているところなんて、全く想像できない。
でもあの道場を出ているわけだし、間違いなく実力はあるだろう。
とはいえ、任せきりになるわけにもいかない。
持ちつ持たれつ、互いに助け合いながら進もう。
「うーん……
ランスロット?シャルロッテ?
……ベル?」
応答はない。
エリーゼは、仲間たち全員とはぐれてしまった。
それもそのはず。
監獄のあった方角から押し寄せてきた津波によって、エリーゼ達は街の中へ流されてしまった。
それぞれがどこまで流されたのか、そもそも無事に生きているのかすらも分からない。
「……酷いわ」
360度、どこを見ても同じような光景。
先ほどまでそこに建っていた建物は、一軒残らず倒壊してしまっている。
跡形も、残っていない。
幸い、腰に提げていた剣は無事だ。
最悪何かがあっても、戦うことはできる。
「何で急に、あんなことに……」
なんの予兆もなく、突如として吹き荒れた突風。
それからすぐに押し寄せた、巨大な津波。
エリーゼ以外に生きている人間は、かなり少ないだろう。
倒壊した家ばかりであるからか、やけに見晴らしがいい。
遠くの方まで、よく見える。
エリーゼは膝をついて立ち上がる。
しかし、立ち上がった途端、胃の中から何かが込みあげてくる。
「ゲホッ……ゴホッ……!」
長時間波に流されていたため、大量の海水が胃の中に入り込んできていた。
その全てを吐き出してから、エリーゼは立ち上がって歩き出した。
目立った外傷はない。
その代わり、体が上手く動かない。
エリーゼの体温は、著しく低下している。
体が冷たい。
吹く風が、エリーゼの体を凍えさせる。
エリーゼは覚束ない足取りで、どこへ行くあてもなく歩いていく。
様々な思考が、脳内で交錯する。
ランスロット、シャルロッテは無事なのだろうか。
一緒にいた衛兵は、生きているのだろうか。
そして、ベルの安否。
津波が押し寄せてきたのは、監獄があった方角からだった。
つまり、あの監獄もあの巨大な波に飲まれてしまった可能性も十二分に有り得る。
「……クーン」
よろめきながら歩くエリーゼの視界に、動けなくなっている動物が入った。
小さな犬のような動物が、瓦礫の下敷きになっている。
エリーゼはその動物に駆け寄り、瓦礫を退けようとした。
「……っ!」
手を伸ばした瞬間、その動物は瓦礫を抜け出した。
そして、エリーゼを攻撃しようと、飛びついてきた。
「何なのよっ!」
エリーゼは咄嗟に剣を抜き、その攻撃を弾く。
弾き飛ばされた動物――否、犬の魔獣は、再びエリーゼに向かって突進してくる。
「――しっ!」
エリーゼが剣を振ると、犬の魔獣は真っ二つに斬り裂かれた。
そして、間もなく塵になって消えた。
「助かったわね。
あんたのおかげで、体が温まったわ」
皮肉混じりに、エリーゼはそう吐き捨てるように言った。
剣を握ったまま、エリーゼは再び歩き出そうとした。
だが、
「なっ……! 嘘でしょ……?!」
先ほど殺したはずの犬の魔獣が、今度は何十体も、エリーゼの目の前に立っていた。
エリーゼは煩わしそうな顔で、低く構えた。
呼吸を整え、目を閉じる。
魔獣の鳴き声と共に、エリーゼは地面を強く蹴った。
「『炎天』!」
向かってくる魔獣を、地面から天へ弧を描くように剣を振って斬り刻む。
魔獣は一斉にかかってくることはなく、一体ずつ飛び込んでくる。
そのおかげで、エリーゼは全て一振りで仕留めることができる。
次々に飛び掛かってきては斬り捨てられる魔獣。
――エリーゼは半ばこの戦いを楽しんでいた。
久々の実戦。
ただでさえ何週間も剣を振っていなかったのだ。
腕が鈍っているかと思えば、そんなことはない。
あれだけ数がいた魔獣は、一分足らずで全て斬り伏せられてしまった。
「はぁ……はぁ……」
ようやく、エリーゼは剣を鞘にしまった。
遅れて、疲労がエリーゼの体を襲った。
倒れそうになりながらもなんとか踏ん張り、瓦礫の方へ歩く。
そして、座り込んだ。
「これは……しばらく動けなさそうね……」
この数分、エリーゼはアドレナリンのおかげで動けていた。
普通ならば、とっくに倒れてしまっていた。
体温が上昇したのも一時的なものであり、海水による低体温症に近いものに陥っていることに違いはない。
目を閉じれば、そのまま目が開かないかもしれない。
しかし、エリーゼの体力は既に限界であった。
エリーゼの体から、力が抜ける――、
「――エリーゼ!」
その寸前、聞き覚えのある声が聞こえた。
「シャル……ロッテ?」
「そうです! シャルロッテです!
今すぐ治療します!」
エリーゼは思ってもみない形で、シャルロッテと合流した。
「ありがと、シャルロッテ」
「いえいえ。 何より、無事でよかったですよ。
ランスロットはどこにいるか分かりませんか?」
「目が覚めたらここにいて、魔獣に襲われたわ」
「魔獣?! 大丈夫だったんですか?」
「あたしを誰だと思ってんのよ。
ちょちょいのちょいだったわ」
「ここで倒れそうだったのにですか?」
「うぐっ……うっさいわね!」
エリーゼは少し顔を赤くして、プイッとそっぽを向いた。
それから二人は立ち上がり、ランスロットを探して歩き出した。
---ベル視点---
「ゲホッ!」
どこだ、ここは。
さっきまで監獄にいて、サメの魔獣と戦って……
それで、俺はどうなったんだ?
あの巨大な波に飲まれて、流されたはずだ。
サメに食われて死んだ……ってわけでもなさそうだな。
ここはどう見たって陸地だし。
だが、何だこの惨状は。
恐らくだが、ここはミリアの街中だろう。
でも、どうしてこんなに街が酷いことになってるんだ。
この壊れ方は、火事とかそういうものじゃないだろう。
地面は水浸しだし、もしかして、あの波に飲み込まれたのか?
……だとしたら、まずいだろ。
ゾルトやダリア、それにシェインや他の囚人たちも、崩落した監獄と一緒に海に落ちたはずだ。
そして、エリーゼ達はこの街にいるはず。
つまり、あいつらも流されたってことじゃ――
「おっ、目が覚めたかな?」
「うわ! びっくりした!」
全く聞いたことのない声が、隣から聞こえてきた。
女の声だ。
「驚かせてごめんね。
あっ、わたしは敵じゃないから安心してね」
「……分かりました。
もしかして、助けていただいたんですか?」
「そうだよ。 海で溺れそうになっていたところをひょいひょいっとね」
指でひょいひょいってされても、全く想像がつかないんだが。
でもとにかく、助かった。
この人が居なければ、俺はきっと溺死していたか、サメに食い殺されていたところだっただろう。
「ってのは嘘で、本当は君と一緒にここまで流されただけなんだよね。
あははは」
「嘘なんかい! ゲッホ!」
「大丈夫?!」
なんの嘘だよ、全く……
思わずツッコミを入れたら、急にむせてしまった。
でも、運良く生きて陸地に上陸することができた。
この人も無事な人間の一人だし、俺の他にも無事な人間がいてよかった。
「わたしはエルシア。 君の名前は?」
「ベルです」
「あ、もしかして、貴族の徽章を盗んだって男の子?」
「そうです。 いや、そうじゃないんですけど」
「冤罪ってこと?」
「そうです」
「えっ! 可哀想!」
察しが良いな。
そうですよ。俺はとんでもない冤罪をかけられて投獄されたんですよ。
あのドワーフ、マジで見つけたらただじゃおかねぇからな。
あ、でも、こうも街が壊滅してると、流石に生きてるか怪しいか。
「こんなに小さいのに濡れ衣着せられるなんて。
ベル、今何歳?」
「9歳です」
「わたしの二分の一歳じゃん!
しっかりした子だな~」
それほどでもないけどね。
というか、エルシアは18歳ってことか。
とても高校三年生の歳には見えないスタイルだな。
グラマラスというより、程よく引き締まったいい体だ。
俺も将来こんな感じの引き締まった肉体を目指さねば。
俺が女だったら、ペタペタと腹筋を触っていただろう。
ついでにもう少し上の方も。
「とりあえず、じっとしてても何も始まらないし、歩こっか」
「そうですね」
安全策をとるならこの場から動かない方がいいが、そういうわけにもいかない。
思わぬ形で街に戻ってきた以上、やるべきことは一つ。
――皆を、捜す。
---
捜すとは言ったものの、どうやって捜すかだ。
まあ、歩き回るしか方法はないな。
この街はかなり広いし、しらみつぶしに捜すのが一番手っ取り早い。
もちろん他人に頼りたいところだが、この街の状況を見るに、頼れる人間はまずいなさそうだ。
ミリアはもう、再興できないかもしれない。
建物だけならまだしも、どれだけの人が逃げ遅れたか。
「本当に、何が起こってしまったんでしょうか……」
「急に津波が押し寄せたんだよ」
「……やっぱり、あの波ですか」
まあ、あの波以外の何でもないだろうな。
それはそうと、どうも引っ掛かる。
あの波は、一体何が原因なんだ?
そんなに都合のいいタイミングで、巨大な地震が起きたとも考えにくい。
いや、完全に否定できるかと言われれば自信はないが。
「気分が下がりっぱなしだと気が滅入るから、楽しい話しようよ」
「例えば?」
「た、例えば?
うーん、そうだね……生い立ち、とか?」
「僕の人生が過酷だったらどうしますか?」
「確かに……」
俺がとんでもないハズレ家庭に生まれて、日々虐待を受けていたとか言ったら、益々気が滅入るだろうな。
まあ、俺は世界で一番幸せな家庭に生まれたと胸を張って言えるが。
正確には、生まれたというか降り立ったといった方が正しいか。
「まあ、あまりこれといった話題はないですし、生い立ちでも話しますか」
「うんうん!」
俺は歩きながら、自らの生い立ちを話すことにした。
「えっ……君、凄い家庭に生まれたんだね。
『剣帝』の息子だなんて……」
「母も特級魔術師です」
「特級?! ……びっくりしすぎて倒れそうだよ。
でも、それだけ凄い剣士をお父さんに持ちながら、ベルは剣術を使わないの?」
「僕には、剣術は向いてなかったので。
でも逆に、魔術の方は得意なんです」
「そうなんだ。
どのくらい使えるの?」
「火上級魔術までなら使えます」
「上級?!」
この人、めちゃくちゃオーバーリアクションを取ってくれる。
話しているこっちまで楽しくなってくるな。
その後も、俺がこの9年で経験してきたことを話した。
「あのさ……ベル、本当に9歳なの?」
「そりゃもう、ピッチピチの9歳児ですとも」
「18年生きてるわたしよりもずっとすごい人生を送ってるんだけど!
9歳で上級魔術師って何?!
てか9歳とは思えない饒舌さ!
年齢はわたしの半分だけど、わたしの倍以上の知性を感じる……!」
「い、言い過ぎですよ」
「……コホン。 取り乱しちゃった。
とにかく、わたしは人間として、ベルを尊敬します」
「大袈裟ですって」
うーん、なんというか。
俺がもう5個歳をとっていたら、好きになっていたかもしれないな。
まだ出会ってたかだか数十分だが、かなり好印象だ。
そんな楽しい談笑とは対照に、周りの景色は惨憺たるものである。
波に流され、瓦礫の下敷きになっている人。
地面に打ち上げられるようにして倒れている人。
抱き合うように倒れている人。
そのほとんどが、既に息絶えていた。
何人か生きている人はいたが、俺とエルシアの簡単な治癒魔法で治療することしかできない。
避難所のようなものがあるのかすらも、分からない。
「ベルは、仲間と一緒にミリアに来たんだよね?」
「はい」
「……わたしに任せて。
絶対君の仲間を見つけ出すから。
だから、わたしから離れないでね」
「……ありがとう、ございます」
エルシアは、俺の頭を優しく撫でた。
やけに撫で慣れている。
これは、下に兄弟がいるな。
「エルシアは、戦えるんですか?」
「この背中を見ても、そんな疑問が湧いてくる?」
エルシアは、背中に二本の大きな剣を背負っている。
もしかして、二刀流なのか?
すげえ! 憧れる!
「わたしは元々、『剣神道場』出身でね」
「えっ、ってことは……」
「世代はちょっと違うけど、ベルのお父さんの後輩だよ」
ルドルフの後輩か。
今ルドルフは29歳だったはずだから、世代は全然被ってなさそうだが。
リベラからも厳しい道場だって聞いていたし、エリートってことだろうか。
「何とか卒業はさせてもらえたけど、卒業試験で全く勝てなかった。
だから、何の称号も貰えなかったんだよね。あははは。
でも、そんじょそこらの剣士よりは腕が立つはずだから、安心して前線は任せて!」
「それなら安心です」
「ふふん」
腰に手を当てて胸を張るエルシア。
胸がはち切れそうだ。
エルシアの体は引き締まっているとはいえ、ぱっと見だと華奢な体だ。
そんなエルシアが、こんな大剣を二本同時に振り回しているところなんて、全く想像できない。
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持ちつ持たれつ、互いに助け合いながら進もう。
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