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第3章 少年期 デュシス大陸編
第六十話 「エルシアの決意」
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「あっ、良かった。 ここは無事だった!」
涙が枯れるくらい泣いた後、ベルとエルシアはある場所に来た。
「綺麗でしょ?」
「はい……」
泣きすぎて目が腫れているためあまりはっきりとは見えないが、ベルはその景色に思わず感嘆の声を漏らす。
それは、広い大海原だった。
二人は今、ちょうど水平線に日が沈んでいく様子が見られる、ベンチに座っている。
「ここは、私がこの街に来たばかりの時に初めて腰を下ろした所なんだ」
「よくそんなこと覚えてますね」
「記憶力には自信があるからね」
エルシアは沈んでいく夕日を見ながら、笑い交じりにそう言った。
夕日に照らされるエルシアの顔が、赤く光る。
「エルシア、その……本当に、ありがとうございました。
それと、ごめんなさい」
「わたしは何もしてないよ。
ベルが自分の意思で、生きていく決断をしたんだから」
「いいえ。
エルシアがあの時杖を取り上げてくれなかったら、僕は死んでいました」
「……それは、そうかもしれないけど」
「エルシアは、命の恩人です」
「やだなぁ、照れちゃうよ」
エルシアは頭を掻いて、照れる素振りを見せる。
その姿を見るベルの表情は、先ほどと比べて随分と穏やかになった。
吹っ切れたわけでは、決してない。
まだ脳内には、事あるごとにシャルロッテの顔がちらつく。
そのたびに、涙が出そうになる。
だが、
「僕、もう泣かないようにしようと思います」
「どうして?」
「男だからです」
「なんだそりゃ」
エルシアはがっくりと肩を落とす。
ベルはそれを見て、頬を緩ませた。
「……本当は、違います。
だって、いつまでも泣いてたら、シャルロッテも悲しむじゃないですか」
「……」
「エルシアは、僕に言ってくれましたよね。
『シャルロッテは、僕に託してくれた』って。
その意味を、僕なりに理解したつもりです」
「ベル……」
「僕は、シャルロッテの弟子です。
シャルロッテはちょっと嫌がってましたけど、僕はこの世で親と同じくらい、彼女を尊敬している。
そんな人から願いを託されるなんて、僕は幸せ者ですよ」
「……っ」
真っ直ぐに夕日を見つめながらそう語るベルの隣で、エルシアは涙を流した。
小さな体で大きなものを背負う少年を、彼女は心から応援したいと思った。
……否。
「ベルはこの後、どうするの?」
「この後?」
「故郷に戻るために、旅をしてるんでしょ?」
「あぁ、そういうことですか。
そうですね……しばらくはこの街で、復興活動の支援をするつもりですけど。
まあ、その辺はまだみんなで話し合わないと分かりませんが」
「復興活動が終わったら、また旅に出るんだよね?」
「もちろんです」
しばし、沈黙が流れる。
外を出歩く者などほとんどいない中、波の音だけが二人の鼓膜を揺らす。
そしてエルシアは、意を決した。
「良かったらなんだけどさ」
「はい?」
「君たちの旅に、同行させてくれないかな?」
「――」
ベルは、ポカンと口を開けた。
エルシアは、本気である。
そのくらい、ベルにも分かっている。
「何年かかるか、分からないんですよ?
それに、無事に辿り着けるとも限りませんし」
「うん、分かってるよ」
「僕は、おすすめしません。
何回も命を助けてもらって、その上で旅についてきてもらうなんて、そんな……」
「わたしが、着いていきたいんだよ」
エルシアは赤と青の双眸で、ベルのエメラルドグリーン色の瞳を見つめる。
その瞳は濁りが全く見えず、目の前に広がる海のように澄んでいた。
「だ、ダメならダメって、はっきり言ってくれていいんだよ?
ただ、その……こんなところでさよならなんて、嫌だなって思って」
「どうしてですか?」
「ここで君を……君たちを見送ったら、次いつ会えるか分からない。
会えるかどうかすら、分からないでしょ?」
「ええ、まあ……」
「わたしはね。
ベルが大きくなっていく様子を、近くで見守ってたいんだ」
「……!」
エルシアは顔を赤くして、しかし視線は逸らさずに、はっきりとそう言った。
「愛の告白ですか?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
エルシアは更に顔を赤くして、声を上げる。
ベルは、少し考えこむ。
ベルとしては、別に着いてきてもらうのが嫌だというわけではない。
命を救ってもらっておいて、拒否なんてできるはずがない。
だが、助けられすぎたからこそ、これ以上迷惑をかけたくないと思う自分もいるのだ。
ベル達がしている旅は、限りなく過酷であるといえる。
いつ命を落とすかも分からない冒険者活動をしながら金を集め、自分たちの足のみで中央大陸の東側にあるラニカまで帰らなければならない。
まして、ラニカへの到着が最終ゴールではなく、その後ルドルフとロトアを捜さなければならない。
そこまで付き合わせるのは、都合がよすぎると感じているのだ。
「今こんなことを言うのは違うのかもしれないけどね。
……シャルロッテの代わりになれたらなって」
「――」
「た、単純に聖級魔術師が一人抜けたってことは、戦力的にもかなり痛いと思う。
だから、わたしがあの子の穴を埋めたい。
わたしなんかに務まるかは分からないけど、精一杯やってみせるから!」
エルシアの言う通り、戦力的な穴は大きい。
後衛の魔術師が一人いなくなったことで、今このパーティーは前衛三人のみになってしまった。
エルシアが入ったところで一人前衛が増えるだけだが、エルシアの戦闘能力は本物だ。
穴を埋めるという点では、エルシアで十二分に事足りるだろう。
「幸せになりたいなら、この街に残った方がいいですよ」
「多分、この街にずっと居ても、幸せにはなれないと思う。
復興にどれだけかかるかもわからないし。
もちろん極力復興の支援はするけど、君たちが旅立つタイミングで、この街を離れたい」
「……」
「わたしね、嬉しかったんだ。
ベルとシャルロッテに、必要とされてた気がして」
エルシアは、遠くを見た。
水平線のその先を眺めるようにして、話し始めた。
「生まれた時からずっと、誰もわたしなんて必要としてくれなかった。
強いて言えば親はわたしを大切に想ってくれてたけど、わたしのために死んじゃったし。
それから村を出るまでも、村を出てからも、一度だって他人に『あなたが必要です』だなんて言われなかった。
でも、昨日の戦いで、ベルとシャルロッテは何回も、わたしを頼ってくれた。
それが、すごく嬉しかったんだ。
どれだけ痛くて辛くても、わたしを立ち上がらせる原動力になったの。
だから、まだまだベル達の力になりたい」
エルシアの言葉には、噓偽りが全くなかった。
紛れもない、本心である。
エルシアはもう一度ベルに向き直り、頭を下げた。
「――お願いします。 わたしを、仲間にしてください」
ベルはその真っ直ぐな姿勢に、目を丸くした。
自ら火の海に飛び込むような話なのに、エルシアはここまで本気なのだ。
もう、断る理由などどこにもない。
「分かりました。 これからもよろしくお願いします」
「……ほんとに? やったぁ――」
「……と言いたいところですが、喜ぶにはまだ早いかもしれません。
ランスロットさんとエリーゼにも聞いてみないことにはまだ分かりませんから。
最終決定権が僕にあるわけじゃないので」
「えぇぇぇ!?」
喜びを爆発させた彼女の体は、一瞬浮いて一瞬で沈んだ。
---ベル視点---
エルシアと一緒に避難所に戻ると、エリーゼが突然俺を抱きしめてきた。
そして俺の顔を見るなり、「ごめんなさい」と何度も口にしてきた。
エリーゼに何かされた覚えはないんだが。
と思って理由を聞いてみると、どうやら自分のせいで宿を出て行ったと思い込んでいたらしい。
まあ確かに、あの時のエリーゼの態度はいつになく冷たかったけど、あまり気にしていなかった。
逆に、そこまで気にしていたエリーゼに申し訳なくなったから、俺も謝った。
「ランスロットさんは、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。 一時は危なかったが、何とか回復した」
「それは良かったです。
エリーゼは、何もなかったですか?」
「ええ、何ともないけど……
皆命懸けで戦ってたのに、あたしだけこの避難所から動かずにただ待っていただけだったから、申し訳ないの。
あたしが直前まで一緒にいたのに、シャルロッテをそのまま見送ったせいで、シャルロッテが……
だって……まさか怪我人の治療をした後にっ、外に出て行ったなんてっ、思わなかったからっ……!」
「――――」
エリーゼは喋りながら、泣き出してしまった。
そうだったのか。
シャルロッテがこっちに来る直前まで、エリーゼはシャルロッテと一緒にいたのか。
だからといって、エリーゼが悪いわけがない。
悪いのは、全部あの執行官だ。
あいつさえ来なければ、誰が死ぬことも、街が壊されることもなかったんだ。
「エリーゼちゃん、だっけ。
大丈夫だよ。 あなたは悪くなんかない」
「……誰よ、あんた」
「わたしはエルシア。 ベルとシャルロッテと一緒に戦ったんだ。
ごめんね、シャルロッテを守れなくて。
わたしがもっと上手くやれば……」
「謝らないでちょうだい。
あなたは悪くないわ」
そう。
誰も、悪くないんだ。
ランスロットもエルシアも俺も、そしてシャルロッテも、最後まで戦い抜いた。
そして、『九星』の執行官に勝ったんだ。
犠牲になってしまったシャルロッテが居なければ、俺達は全滅していただろう。
もちろん、納得はいっていない。
どうして、彼女が死ななければならなかったのかと。
でももしかしたら、シャルロッテは最初からああするつもりだったのかもしれない。
その場で考え付いて、自爆魔法なんて使わないだろう。
悲しい。
そりゃ、めちゃくちゃ悲しいよ。
一度会話がひと段落するごとに、シャルロッテの顔が思い浮かぶ。
そのたびに、涙が出そうになる。
でも、決めたんだ。
もうシャルロッテの顔を思い出して、泣かないと。
「シャルロッテは、死んでいません」
「……え?」
「シャルロッテは、ここにいるじゃないですか」
「――」
シャルロッテは、ここにいる。
この杖は、シャルロッテが俺に託してくれた大切な杖だ。
シャルロッテはきっと、一番近くで見守ってくれているだろう。
裏を返せば、シャルロッテに監視されていることになる。
魔術の練習をサボったりしたら、杖から手足が生えて怒られたりして。
それはちょっと怖いな。
「二人とも。
一つ、相談なのですが」
「何だ?」
「エルシアが、僕達の旅に同行したいと言ってくれているんです」
そう言うと、エルシアも体がビクンと跳ねた。
心の準備をしておけよな。
ランスロットとエリーゼは、互いに顔を見合わせた。
予想外、だろうな。
正直、エルシアからこの話を持ち掛けられた時は俺も感情の収拾がつかなかった。
「ベルは、どう思うの?」
「もちろん、僕としてはお願いしたいです。
シャルロッテが抜けてしまった今、戦力的にはかなりまずいと思います。
エルシアは聖級剣士なので前衛になりますが、エルシアが加わってくれれば、すごく心強いです」
「ふむ……」
エルシアは固唾を飲んで、二人の顔をうかがっている。
もし断られたら、どうするつもりなのだろうか。
この場から逃げ出したりしそうで怖いな。
そうなったら、今度は俺が彼女を諭す番だな。
「ベルがいいなら、いいんじゃないかしら?」
「……えっ? 僕ですか?」
「――やったぁぁ!」
「俺もエリーゼと同感だ。
シャルロッテの次に頭が使えるのはお前だ。
だから、シャルロッテの後はお前を継がせようと思っている」
「僕を、継がせる?」
「パーティのリーダーにするということだ」
「――!」
俺が、この三人を率いるってのか?
エルシアの加入を喜ぶよりも先に、そっちに驚いてしまっている。
……でも、シャルロッテの後を継ぐ、か。
早速、シャルロッテが喜びそうだな。
ともあれ、エルシアが加わってくれるのはとても大きい。
申し訳ないなんて思う方が失礼だろう。
それに、シャルロッテは「頼られたい」と言っていた。
それなら、お言葉に甘えさせてもらうしかない。
「改めて、よろしくお願いします、エルシア」
「……うんっ! よろしく、みんな!」
この日、エルシアが新たな仲間に加わった。
涙が枯れるくらい泣いた後、ベルとエルシアはある場所に来た。
「綺麗でしょ?」
「はい……」
泣きすぎて目が腫れているためあまりはっきりとは見えないが、ベルはその景色に思わず感嘆の声を漏らす。
それは、広い大海原だった。
二人は今、ちょうど水平線に日が沈んでいく様子が見られる、ベンチに座っている。
「ここは、私がこの街に来たばかりの時に初めて腰を下ろした所なんだ」
「よくそんなこと覚えてますね」
「記憶力には自信があるからね」
エルシアは沈んでいく夕日を見ながら、笑い交じりにそう言った。
夕日に照らされるエルシアの顔が、赤く光る。
「エルシア、その……本当に、ありがとうございました。
それと、ごめんなさい」
「わたしは何もしてないよ。
ベルが自分の意思で、生きていく決断をしたんだから」
「いいえ。
エルシアがあの時杖を取り上げてくれなかったら、僕は死んでいました」
「……それは、そうかもしれないけど」
「エルシアは、命の恩人です」
「やだなぁ、照れちゃうよ」
エルシアは頭を掻いて、照れる素振りを見せる。
その姿を見るベルの表情は、先ほどと比べて随分と穏やかになった。
吹っ切れたわけでは、決してない。
まだ脳内には、事あるごとにシャルロッテの顔がちらつく。
そのたびに、涙が出そうになる。
だが、
「僕、もう泣かないようにしようと思います」
「どうして?」
「男だからです」
「なんだそりゃ」
エルシアはがっくりと肩を落とす。
ベルはそれを見て、頬を緩ませた。
「……本当は、違います。
だって、いつまでも泣いてたら、シャルロッテも悲しむじゃないですか」
「……」
「エルシアは、僕に言ってくれましたよね。
『シャルロッテは、僕に託してくれた』って。
その意味を、僕なりに理解したつもりです」
「ベル……」
「僕は、シャルロッテの弟子です。
シャルロッテはちょっと嫌がってましたけど、僕はこの世で親と同じくらい、彼女を尊敬している。
そんな人から願いを託されるなんて、僕は幸せ者ですよ」
「……っ」
真っ直ぐに夕日を見つめながらそう語るベルの隣で、エルシアは涙を流した。
小さな体で大きなものを背負う少年を、彼女は心から応援したいと思った。
……否。
「ベルはこの後、どうするの?」
「この後?」
「故郷に戻るために、旅をしてるんでしょ?」
「あぁ、そういうことですか。
そうですね……しばらくはこの街で、復興活動の支援をするつもりですけど。
まあ、その辺はまだみんなで話し合わないと分かりませんが」
「復興活動が終わったら、また旅に出るんだよね?」
「もちろんです」
しばし、沈黙が流れる。
外を出歩く者などほとんどいない中、波の音だけが二人の鼓膜を揺らす。
そしてエルシアは、意を決した。
「良かったらなんだけどさ」
「はい?」
「君たちの旅に、同行させてくれないかな?」
「――」
ベルは、ポカンと口を開けた。
エルシアは、本気である。
そのくらい、ベルにも分かっている。
「何年かかるか、分からないんですよ?
それに、無事に辿り着けるとも限りませんし」
「うん、分かってるよ」
「僕は、おすすめしません。
何回も命を助けてもらって、その上で旅についてきてもらうなんて、そんな……」
「わたしが、着いていきたいんだよ」
エルシアは赤と青の双眸で、ベルのエメラルドグリーン色の瞳を見つめる。
その瞳は濁りが全く見えず、目の前に広がる海のように澄んでいた。
「だ、ダメならダメって、はっきり言ってくれていいんだよ?
ただ、その……こんなところでさよならなんて、嫌だなって思って」
「どうしてですか?」
「ここで君を……君たちを見送ったら、次いつ会えるか分からない。
会えるかどうかすら、分からないでしょ?」
「ええ、まあ……」
「わたしはね。
ベルが大きくなっていく様子を、近くで見守ってたいんだ」
「……!」
エルシアは顔を赤くして、しかし視線は逸らさずに、はっきりとそう言った。
「愛の告白ですか?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
エルシアは更に顔を赤くして、声を上げる。
ベルは、少し考えこむ。
ベルとしては、別に着いてきてもらうのが嫌だというわけではない。
命を救ってもらっておいて、拒否なんてできるはずがない。
だが、助けられすぎたからこそ、これ以上迷惑をかけたくないと思う自分もいるのだ。
ベル達がしている旅は、限りなく過酷であるといえる。
いつ命を落とすかも分からない冒険者活動をしながら金を集め、自分たちの足のみで中央大陸の東側にあるラニカまで帰らなければならない。
まして、ラニカへの到着が最終ゴールではなく、その後ルドルフとロトアを捜さなければならない。
そこまで付き合わせるのは、都合がよすぎると感じているのだ。
「今こんなことを言うのは違うのかもしれないけどね。
……シャルロッテの代わりになれたらなって」
「――」
「た、単純に聖級魔術師が一人抜けたってことは、戦力的にもかなり痛いと思う。
だから、わたしがあの子の穴を埋めたい。
わたしなんかに務まるかは分からないけど、精一杯やってみせるから!」
エルシアの言う通り、戦力的な穴は大きい。
後衛の魔術師が一人いなくなったことで、今このパーティーは前衛三人のみになってしまった。
エルシアが入ったところで一人前衛が増えるだけだが、エルシアの戦闘能力は本物だ。
穴を埋めるという点では、エルシアで十二分に事足りるだろう。
「幸せになりたいなら、この街に残った方がいいですよ」
「多分、この街にずっと居ても、幸せにはなれないと思う。
復興にどれだけかかるかもわからないし。
もちろん極力復興の支援はするけど、君たちが旅立つタイミングで、この街を離れたい」
「……」
「わたしね、嬉しかったんだ。
ベルとシャルロッテに、必要とされてた気がして」
エルシアは、遠くを見た。
水平線のその先を眺めるようにして、話し始めた。
「生まれた時からずっと、誰もわたしなんて必要としてくれなかった。
強いて言えば親はわたしを大切に想ってくれてたけど、わたしのために死んじゃったし。
それから村を出るまでも、村を出てからも、一度だって他人に『あなたが必要です』だなんて言われなかった。
でも、昨日の戦いで、ベルとシャルロッテは何回も、わたしを頼ってくれた。
それが、すごく嬉しかったんだ。
どれだけ痛くて辛くても、わたしを立ち上がらせる原動力になったの。
だから、まだまだベル達の力になりたい」
エルシアの言葉には、噓偽りが全くなかった。
紛れもない、本心である。
エルシアはもう一度ベルに向き直り、頭を下げた。
「――お願いします。 わたしを、仲間にしてください」
ベルはその真っ直ぐな姿勢に、目を丸くした。
自ら火の海に飛び込むような話なのに、エルシアはここまで本気なのだ。
もう、断る理由などどこにもない。
「分かりました。 これからもよろしくお願いします」
「……ほんとに? やったぁ――」
「……と言いたいところですが、喜ぶにはまだ早いかもしれません。
ランスロットさんとエリーゼにも聞いてみないことにはまだ分かりませんから。
最終決定権が僕にあるわけじゃないので」
「えぇぇぇ!?」
喜びを爆発させた彼女の体は、一瞬浮いて一瞬で沈んだ。
---ベル視点---
エルシアと一緒に避難所に戻ると、エリーゼが突然俺を抱きしめてきた。
そして俺の顔を見るなり、「ごめんなさい」と何度も口にしてきた。
エリーゼに何かされた覚えはないんだが。
と思って理由を聞いてみると、どうやら自分のせいで宿を出て行ったと思い込んでいたらしい。
まあ確かに、あの時のエリーゼの態度はいつになく冷たかったけど、あまり気にしていなかった。
逆に、そこまで気にしていたエリーゼに申し訳なくなったから、俺も謝った。
「ランスロットさんは、もう大丈夫なんですか?」
「ああ。 一時は危なかったが、何とか回復した」
「それは良かったです。
エリーゼは、何もなかったですか?」
「ええ、何ともないけど……
皆命懸けで戦ってたのに、あたしだけこの避難所から動かずにただ待っていただけだったから、申し訳ないの。
あたしが直前まで一緒にいたのに、シャルロッテをそのまま見送ったせいで、シャルロッテが……
だって……まさか怪我人の治療をした後にっ、外に出て行ったなんてっ、思わなかったからっ……!」
「――――」
エリーゼは喋りながら、泣き出してしまった。
そうだったのか。
シャルロッテがこっちに来る直前まで、エリーゼはシャルロッテと一緒にいたのか。
だからといって、エリーゼが悪いわけがない。
悪いのは、全部あの執行官だ。
あいつさえ来なければ、誰が死ぬことも、街が壊されることもなかったんだ。
「エリーゼちゃん、だっけ。
大丈夫だよ。 あなたは悪くなんかない」
「……誰よ、あんた」
「わたしはエルシア。 ベルとシャルロッテと一緒に戦ったんだ。
ごめんね、シャルロッテを守れなくて。
わたしがもっと上手くやれば……」
「謝らないでちょうだい。
あなたは悪くないわ」
そう。
誰も、悪くないんだ。
ランスロットもエルシアも俺も、そしてシャルロッテも、最後まで戦い抜いた。
そして、『九星』の執行官に勝ったんだ。
犠牲になってしまったシャルロッテが居なければ、俺達は全滅していただろう。
もちろん、納得はいっていない。
どうして、彼女が死ななければならなかったのかと。
でももしかしたら、シャルロッテは最初からああするつもりだったのかもしれない。
その場で考え付いて、自爆魔法なんて使わないだろう。
悲しい。
そりゃ、めちゃくちゃ悲しいよ。
一度会話がひと段落するごとに、シャルロッテの顔が思い浮かぶ。
そのたびに、涙が出そうになる。
でも、決めたんだ。
もうシャルロッテの顔を思い出して、泣かないと。
「シャルロッテは、死んでいません」
「……え?」
「シャルロッテは、ここにいるじゃないですか」
「――」
シャルロッテは、ここにいる。
この杖は、シャルロッテが俺に託してくれた大切な杖だ。
シャルロッテはきっと、一番近くで見守ってくれているだろう。
裏を返せば、シャルロッテに監視されていることになる。
魔術の練習をサボったりしたら、杖から手足が生えて怒られたりして。
それはちょっと怖いな。
「二人とも。
一つ、相談なのですが」
「何だ?」
「エルシアが、僕達の旅に同行したいと言ってくれているんです」
そう言うと、エルシアも体がビクンと跳ねた。
心の準備をしておけよな。
ランスロットとエリーゼは、互いに顔を見合わせた。
予想外、だろうな。
正直、エルシアからこの話を持ち掛けられた時は俺も感情の収拾がつかなかった。
「ベルは、どう思うの?」
「もちろん、僕としてはお願いしたいです。
シャルロッテが抜けてしまった今、戦力的にはかなりまずいと思います。
エルシアは聖級剣士なので前衛になりますが、エルシアが加わってくれれば、すごく心強いです」
「ふむ……」
エルシアは固唾を飲んで、二人の顔をうかがっている。
もし断られたら、どうするつもりなのだろうか。
この場から逃げ出したりしそうで怖いな。
そうなったら、今度は俺が彼女を諭す番だな。
「ベルがいいなら、いいんじゃないかしら?」
「……えっ? 僕ですか?」
「――やったぁぁ!」
「俺もエリーゼと同感だ。
シャルロッテの次に頭が使えるのはお前だ。
だから、シャルロッテの後はお前を継がせようと思っている」
「僕を、継がせる?」
「パーティのリーダーにするということだ」
「――!」
俺が、この三人を率いるってのか?
エルシアの加入を喜ぶよりも先に、そっちに驚いてしまっている。
……でも、シャルロッテの後を継ぐ、か。
早速、シャルロッテが喜びそうだな。
ともあれ、エルシアが加わってくれるのはとても大きい。
申し訳ないなんて思う方が失礼だろう。
それに、シャルロッテは「頼られたい」と言っていた。
それなら、お言葉に甘えさせてもらうしかない。
「改めて、よろしくお願いします、エルシア」
「……うんっ! よろしく、みんな!」
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