資産家の秘密

ヨージー

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 紅葉が地域によってはみられ始める頃、黄瀬中学校の修学旅行は最後の夜を迎えていた。一クラスは三十名ほどで構成され、今年の修学旅行には三クラスが出向いていた。クラスごとに男女三班編成で分かれていた。二組の男子B班は他の部屋の男子たちとは異なり、比較的静かな夜の余興に及んでいた。
 明かりを落とした和室。並べられた人数分の布団。布団はそれぞれ膨らんでいる。それぞれが布団を頭からかぶり、声を潜めて話している。他に騒ぎを起こしている部屋もあるため、彼らが声を潜めなくてはならない理由はない。ただ、その話題の雰囲気がそうさせていた。
「俺実は、真田中の女子と付き合ってる」
 少年が一人ぼそぼそと話す。
「は、え、なんで」
 もう一人の少年が声を一瞬荒立て、すぐに声をすぼめて続ける。
「どこで会ったのさ」
「テニス部の対外試合」
「ナンパか?」
「いや、水道に水を飲みに行ったらばったりと」
 少年は苦々しく答える。
「ナンパか」
 一同が落胆とも、興奮ともとれるため息を漏らした。
「早く次に行けよ」
 秘密を暴露した少年は隣の少年に視線を送る。
「待てよ、もっと詳しく」
「ふざけんな、ほら、早く、智樹」
 智樹はせかされ、布団から顔を出す。
「秘密ねぇ、そんな隼人君みたいな話はないんだけど」
「もったいぶるなよ」
 智樹はせかす少年らを両手を使ったジェスチャで納める。
「おれはね、家に秘密がある」
「お、あの豪邸の秘密か」
「圭介、話の腰を折るなよ」
「悪い、悪い。ほら、智樹」
「えと、そうだね。実は俺も最近まで知らなかったし、今も完全に知っているわけじゃないんだけど」
「もったいぶるね」
「そういうつもりではないんだけど、今年の春じいちゃんが死んじゃったのは知ってるよね」
「…智樹やすんでたな」
「うん、それでね、じいちゃんがなくなるとき、少しだけ俺とじいちゃんだけになる時間があったんだ」

 広い部屋の壁には大きな絵画が飾られている。その向かいには大きさは普通のシングルサイズの、だが質のいいシーツの使われたベッドがある。間島久良木はそこに小さく収まっている。孫の間島智樹が彼の傍らにいる。中学生の孫が横になっている祖父の脇に何をするでもなくただ座っている。久良木は昨年から体調がすぐれない。医師からはもうあまり時間はないという話で久良木は自宅に戻ってきていた。しかし、久良木は予想に反して帰宅後元気に振る舞っていた。食欲も旺盛で、中学生の智樹に引けを取らなかった。それでも、年を開けたころから徐々に久良木の元気にも陰りが見えてきた。智樹の両親も、普段は共働きで、家にいないことが多いが、そのころは、少なくともどちらかが、家にいる時間を一日の内何時間か設けていた。
 その時智樹の母親は訪問してきた医師と共に席をはずしていた。智樹の祖母は智樹が生まれる前に亡くなっている。久良木には兄弟もなく、自身の子どももひとりだ。そのため、事ここに至っても、多くの人に囲まれる事態にはならなかった。久良木は自身が引退すると同時に自身の会社をたたんでいる。会社の関係者ともそこから疎遠になり、久良木が家に帰ってからは何度か訪問を受けたが、最近はもう見かけない。部屋には久良木と智樹の二人きりだった。

「智樹、お前も大きくなったな」
 智樹は薄く目を開ける祖父に焦点を合わせる。
「なにさ、突然」
間島久良木は歯を見せて微笑んだ。
「はは、そろそろ秘密を守れるだろう」
「秘密?」
「そう、秘密だ。この屋敷にはな、わしの他、誰も知らない部屋がある。もし、その部屋を見つけられたら、智樹、お前の好きにしていい」
久良木はそういうと智樹の額を震える指先で小突いた。

「ってことなんだけど」
「いや、おじいさんには悪いけど、別荘とかでなく、住んでる家にそんなの作れるかね」
その発言があって、智也に視線が集まった。
「…、うん、そうなんだよね。そこがわからない」
「ダメじゃん」
沈黙が場を包む。
「そろそろ、寝るか」
「オッケー」

修学旅行はすべてのカリキュラムを終えて、生徒たちは思い出話をバスの座席で語り合っている。智樹は窓の外の景色を眺めていた。
「おい、智樹」
「圭介、席移動しちゃダメだろ」
「交換した」
圭介は元の席に移ったクラスメイトに片手でわびた。
「でさ、話なんだけど」
「なんの?」
「んなもん、秘密の部屋についてに決まってっしょ」
「あ、それか」
「いまさら、嘘だったなんて言うなよ」
「え、いや、うそではないな」
「ほんとなんだな」
「見つかってないのもほんと」
「ちゃんと見て回ったのか」
「いや、家族にも言っちゃいけない感じだったからね」
「うんうん、オッケー」
「なにが?」
「俺も今度探しに行くわ」
智樹は一瞬言葉に詰まる。
「ほんき?」
「本気も本気」
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