資産家の秘密

ヨージー

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 雲の形を眺める。ずっと見ていると、雲が少しずつだけれど動いていることが分かる。動いていないように見える物でも少しずつ確かに動いている。変わらないものはない、元気だった祖父を思い浮かべる。智樹は学校の塀にもたれかかっている。自販機で買ったポタージュスープが暖かい。季節の移り変わりで自販機の内容が変わったようだ。少なくとも智樹がその変化に気づいたのは、ついさっきだ。普段は買わないが、その変化になんとなくつられて買ってしまった。
「智樹早かったな」
圭介が駆け寄ってきた。智樹は塀にもたれかかっていた体を起こす。
「いや、学校に少し用があって、それを済ませていただけ」
「用って?」
「ん、ああ、部活」
「休みに出張るほどとは熱心だな」
「いや、それを言うと、俺は文化部で、そんなに週末の部活に追われないけど、グラウンドでサッカー部活動してたぞ」
「いいんだよ」
「そう」
「それよか、早く屋敷に行こうぜ」
圭介はよほど楽しみにしていたのか、少し挙動不審気味だ。
「でさ、でさ、俺、ちょっと考えたんだけどさ」
「うん」
「屋敷の中の隠し部屋ってことは、隠し扉がどっかにあると思うんだ」
「隠し扉ね…」
「そう、建物の柱に見えて中が空洞だったりするわけよ」
「うぅん、どうだろうか。俺も俺なりには建物は見返しているんだけど、そういうスペースがありそうには見えないんだよな」
「そう見えていたら、秘密にできないだろ?」
「まぁ、そうだけど。それに、柱が空洞ってのは、危なくないかな」
「分かったよ。んじゃ、柱はなしで」
「調子いいな」
「そりゃどうも」
「そういう意味じゃない」

 天気はいいが、少し風を感じる昼過ぎ、街ゆく人たちも少し寒そうだ。智樹は圭介と二人並んで歩く。圭介は自転車だが、押して歩いてくれている。そもそも、圭介は智樹の家を知らない。そう、そうなのだ。智樹は別にクラスの中で圭介ととても親しいわけではない。お互いにクラスメイトの一人という認識だっただろう。関わるグループも違う。それが祖父の秘密、という要素で不思議なことになったものだ、と智樹は考えた。多分だが、智樹と圭介は何もなければ、軽い会釈を交わす程度の関係性に収まっていただろうと思う。クラスでそうなのだし、分野の異なる部活動でも顔を合わせなかっただろう。家もそれなりの距離だ。もちろん車があれば別だが、あいにく自分たちは中学生で、行動範囲が限定される。休みの日にばったり出会うこともほぼほぼなかっただろう。それこそ、会っても会釈しかしなかったはずだ。そこまで考えて、圭介が一人何か話し続けていたことに気づいた。
「あのさ、二人きりで上の空、ってどういうこと」
「悪い、悪い」
「いや、思ってないだろ」
智樹は頬を指先で掻いた。
「ところでさ、家族に秘密にすることって何だと思う?」
「ん、俺だったらテストの点数かな」
「うん、まあ、そうだよね。やましいことだ」
「まて、今お前、俺の点数を勝手に悪くしたろ」
「何年も、何十年も秘密に、って相当な事だと思うんだ」
「話聞いてねぇし。そうだな、俺の秘密はことごとく親にバレている」
「いや、隠しようはいくらでもあると思うんだ」
「隠し事の一つもできなくて悪かったな」
「気持ちの問題だよ。ずっと秘密にしていることに罪悪感が伴う」
「これだからいいこちゃんは。バレたくないことなんて一生バレたくないに決まっているだろう」
「うん、だから、秘密の内容ってどんな種類の事柄なんだろうな、と」
「どういうこと?」
「家族には死ぬまで秘密にしておいて、孫にだけは教えられる秘密」
「知らねえよ。見つけりゃわかるだろ。そもそも秘密にしてたこと忘れてただけかもしれねえし」
「なるほど…」

 駐輪所には子ども用の席が荷台に取り付けられた自転車が一台停まっていた。智樹の家と学校の間にある、比較的大きなドラッグストアだ。しかし、今日はあまり人気がない様だ。駐車場の方もそれほど込み合っていない。智樹が小さなころは週末に家族で併設するスーパーマーケットと併せてよく来店した。その際には駐車スペースを探して何度も駐車場をグルグルとまわっていた記憶がある。ここもすたれてしまったのだと、少しだけ物悲しくなった。圭介は自分の自転車を勢い良く停めると、店内に移動した。智樹が後を追って入店する。智樹には目的があるようだ。店内を目的を持って移動していく。たどり着いたのはアイスのコーナーだった。
「お、あった。あったぞ、智樹」
「なに?」
「冬季限定アイス」
「え?」
「もう売り始めているとは思わなかった。これはレアだぜ」
「そうなの?」
「はん、金持ちは庶民のアイスなんか知らないわな」
「ひどい嫌味だ。アイスは食べるけど、それは知らない」
圭介は会計を済ませると店の外でアイスを食べ始めた。
「割れるタイプだから、半分やるよ」
「え、悪いね」
 智樹はアイスをもらう。これは…。アイスからポタージュスープの味がした。
「うまいだろ。俺は毎年買ってるんだぜ」
「そう、なんだ」
「金持ちには関係ない話か」
「また、そういうことを言う」
「でも、そうだろ」
「いや、うちはそんな大したものじゃない。両親は共働きだし。ごはんもここの隣のスーパーで買った食材が多い。じいちゃんのころは屋敷を立てられるくらいの資産があったらしいけど、それもじいちゃんが亡くなって、大半は寄付したらしい。両親もそこに親の資産を受け継いでどうこうってことはなかった」
「へえ」
「だからそう、大したことない」
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