朱に交われば緋になる=神子と呪いの魔法陣=

誘蛾灯之

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新たな事実

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 机に出された魔法陣を見やる。見たことのない形状だけど、風に関連している魔法陣なのはわかった。
 本来の形は知らないけど、これが壊れた魔法陣なのは分かる。何故なら色が三つあるから。

「さて、やってみなさい」

 スファレライトが瑛士の為に近くの椅子を引いて、座るよう促した。
 手に持ったままだった荷物を近くの壁に立て掛け、椅子に座る。
 そうこうしている内に、なんだなんだと野次馬も集まってきた。視線が集まるなか、瑛士はその紙をしっかりと見て確認していた。小さいやつだけど、直すには魔力を使う。倒れたらどうしようかと不安だけど、ダレクがいるからなんとかなるだろう。

 集中しようと目の前の紙を睨み付けると、後ろでボソボソ声が聞こえる。

「魔法陣を直せるだって?」
「何かの間違いだろ?」

 小さく笑い声も聞こえた。
 そりゃそうだろうなとは思う。こんなぽっと出の、魔力もない素人が前代未聞の挑戦をしようとしているんだ。むしろ好印象だと不安になるってもんだ。

 瑛士は一度深呼吸をして、魔法陣の線を直し始めた。




 □□□新たな事実□□□




 始めは聞こえていた笑い声が無くなり、しんと静まり返る。みんな瑛士に注目していた。
 最後まで直し、その紙を手に取りやり残しがないかのチェックをする。よし、大丈夫だ。

「できました」

 スファレライトに手渡す。信じられないという顔で瑛士と魔法陣を交互にみながらも、魔法陣を起動させる。すると風が発生した。その風はやけに乾燥していて冷たい。
 あれは一体何に使うのだろう。
 そんな事を思っていると、口許に笑みを浮かべるスファレライトが、瑛士の方を向いた。

「疑ってしまい、申し訳ない。君のその能力は本物だ!」

 スファレライトの目がキラキラと輝いている。

「ありがとうございます」

 良かった。認められた。そんな安心感からかぐらりと軽く眩暈がする。
 すぐさま察したダレクが、鞄から魔力補給薬を取り出し渡してくれた。
 これを飲むと、少量だが魔力を回復できるらしい。
 これがあるなら行為よりもこっちを渡してくれよとは言いたかったものの、まずは魔力を回復させてからだと魔力補給薬の蓋を開いて口に入れた。

「!?」

 口に入れた時、口の中に電力が発生したような痛みが走る。飲み込めない。何処かで吐き出さないと。
 異変を察したダレクが、瑛士を立たせる。

「すみません、ちょっと失礼します!」

 ダレクと共に外に出て、近くのトイレに駆け込む。
 すぐさま便器に手をついて口の中の魔力補給薬を吐き出した。

「どうしたんだ?」
「その薬、口に含んだ瞬間電気みたいなのが広がって…っ」

 口がしびれる。強炭酸よりもきつかった。

「…魔力補給薬で口が痺れるとは聞いたことがないが…。どれ」

 ダレクが口に含んだが、なんともないらしい。首を捻り、すぐさまハッとした。

「まさか、この製造魔力も吸収できないのか!」

 製造魔力とは、地中から採掘された魔鉱石という魔力を含む石を砕き、水に漬け込んで抽出した魔力の事。
 これを飲み込むことで体内で吸収、濾過、循環という風に身体に馴染んでいくのだが、その正常な行程どころか、強い拒絶反応が出てしまっているらしい。
 まさかこんなところでダレクの書斎で盗み見た本の情報の復習をするとは思わなかったと、瑛士は内心頭を抱えた。

 ダレクが渡してくれた水で口をゆすいでようやく痺れは治まった。

「眩暈はまだあるよな」
「はい…」

 相変わらず視界はグラグラしている。

「ある程度回復してきたからいけると思ったんだが、まさか拒絶反応が出るとはな」
「すみません……」
「謝らなくていい。仕方のない事だ」

 ダレクがトイレの扉の鍵を掛ける。

「直したのは昨日のと同じくらいだったな。なら、これでいけるだろう」

 ダレクが瑛士の顎をくいと持ち上げると口付ける。そのまま舌を絡ませ、互いの体液を混ぜ混んだ。
 頭がぼんやりとしながらも、瑛士はダレクから魔力を流し込まれている事を感じ取っていた。
 くちゅくちゅと頭に水音が響いて何も考えられなくなったくらいで、ダレクの舌が離れていく。
 唾液の糸が名残惜しそうに繋がっていたが、それも数秒も持たずに切れた。

「どうだ?」
「……」

 顔が熱い。口元を拭いながら、冷静になってみた。眩暈はなくなっている。

「治りました」
「よし」

 立ち上がってもふらつきはない。

「もういけそうか?」
「はい。戻りましょう。いきなり出てしまったから心配しているかも」







 みんなテンション上がっていた。これは革命的だと、先ほどまでの陰湿な空間が一変してパリピ空間へと変貌していた。
 もちろんスファレライトも例外ではなく嬉しそうだった。
 瑛士の姿を見るなり皆が駆け寄ってきて、思わず固まっていると、スファレライトが瑛士の手を両手で掴んだ。

「是非ともその能力を研究させて欲しい!!」




 □□□




「どうぞ」

 コトリと目の前にお茶が置かれる。
 ここはこの部屋で唯一のごちゃごちゃが無い応接間。そこにダレクと一緒に座り、名も知らぬ団員から出されたお茶を啜っている。
 烏龍茶風味の麦茶味。

 そこで現在行っている対魔王封印対処方法を聞かされていた。

 今は神子の浄化の精度を上げ、それで無理やり抑えようという作戦を進行中だったとの事。
 障気は人の身体を蝕み、魔力を、最悪身体にも悪影響を及ぼす。そんな環境に神子を連れていき、一人で作業させるという事らしい。幸いにも神子自身は障気には苦しみを感じておらず、また不具合も感じられないが、長期止まればどういう影響が出るのかはわからないとの事。
 それでもそうして浄化して貰い、ある程度人が長くいても大丈夫と判断された隙に、そのエリア一体を一回り大きな魔法陣で囲い、壊れた魔法陣ごと封印し直すらしい。

 その作戦を聞かされた瑛士は眉間にシワを寄せた。

「…それ、完全にあの子を犠牲にする作戦じゃありません?人のやることですか?」

 彼女は神子であるが、その前に人間だ。しかも未成年。そんな子を一人で危険な作業をさせるなんてと瑛士は怒った。言うならば女の子一人で原発の放射能漏れを何とかしてこいと言っているようなものだ。

 そんな瑛士の言葉に周りは激昂したが、スファレライトは笑顔でそれを制止し、静かに手を組んで顎を乗せた。

「ええ、まったくその通りです。こちらとしても心苦しいですが、今のところそれしか対処法方がなかった。という感じです。しかし、君の能力があれば完全に押さえ込んでしまえる可能性も無くはないのですよ」

 上手くいけばですが、と付け加える。

「失敗したら身の保証はないですし、下手したら魔王復活とか洒落にならないですが。いや、でも何事も物は試しと言いましょう。どうです?なんなら今から行くってのも──」

 ダレクがスファレライトと瑛士の間に割り込んだ。

「すまないがそれはできない」
「どうしてですか?」

 スファレライトは笑顔のままダレクに問い掛ける。笑顔なのに怖いのは何故だろう。

「実は、瑛士はこの能力の代償なのか、正常な魔力を体内で産み出したり循環させる事が出来ないんだ」

 周りどよめき立つ。
 ダレクの言葉に笑顔のままだったスファレライトの表情がキョトンとしたものに変わった。

「……もしかして、あなた方の先ほどの行動は、それが原因ですか?」

 スファレライトが目の前のダレクではなく瑛士に問い掛けた。

「ええ…」

 返答するとスファレライトは少し考え込んだ。

「なるほど、正常な魔力を産み出すことが出来ないのはきついですね。しかも補給薬もダメとなると、この能力も本領を発揮できない。それこそ日常生活だってままならないはず……」

 ぶつぶつと独り言を言い続けるスファレライトに困惑してダレクの方を見ると目があった。
 ダレクはスファレライトに更なる情報を追加した。

「補給薬すら受け付けないというのは、さっき知ったことなんだ。もし受け付けるのなら、直接協力できると思ったんだが…、すまない」
「あの、もうしわけありません」

 期待させといて、一層申し訳なくなった。それでも何かしらの手伝いは出来たらと思う。例えば、この能力を解析して魔法陣に書き起こすとか。
 瑛士がそんなことを思っている周りでは団員達がざわついていた。

「まぁ、直す度に命の危険じゃなぁ…」
「でもこんな能力は生かさないと損失だし」

 黙り込んでいたスファレライトが、真剣な顔でようやく口を開いた。

「わかりました。致し方ありませんね。何よりも命あっての力ですから。あっ、でもその能力は解析したいので定期的にきて貰えたら嬉しいです」

 瑛士は「もちろんです」と即答した。






 体調が心配ということで、一旦帰ることになった。

 スファレライトと団員達に頭を下げて帰路に着く。

 せっかくの希望に充分に答えられないのがもどかしく、申し訳なくて顔をあげられない。
 若干落ち込んでいると、突然ダレクがぐしゃぐしゃと頭を撫でた。まるで気にするなと言っているように。
 毎回撫でるけど、撫でるのが好きなのかと質問しようとダレクを見ると、突然怖い顔をして足を止めた。
 瑛士も同じく足を止め、なんだろうとダレクの視線の先を見てみれば、前方から何やら凄い装飾の人がやってきていた。

「やぁ、アレキサンドライト卿、今日は面白いものを持っているというのに余に紹介しないとはどういうことだ?」
「陛下…」

 陛下!?
 ダレクの顔が嫌そうな表情。それをフフンと鼻で笑う陛下と呼ばれた男。

 ずいぶんと若く見える。20代前半程で、浅黒い肌に宍色の長い髪を緩く纏めている。タレ目に梅色の瞳と全体的に緩い感じだが、なんとも言えない圧が重くのし掛かるようだった。
 これは、頭を下げた方が良いのではないだろうか。
 社畜の勘で頭を下げる。
 すると陛下は瑛士をクツクツと面白そうに笑った。

「こんなところで立ち話もなんだ。移動しようか」

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