豚汁

春川信子

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豚汁

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寒い日だ。
窓の外はちらちらと雪が待っている。
「もう長くないかもね。」
妻は覚悟したようにいった。
きりりと引き結んだ唇が、への字になっている。
この人は優しいから、人が亡くなる最後の最後まで、傍を離れない。
妻と僕の母は馬があい、よく2人で料理を作っていた。
たまに喧嘩もしながら、小気味よい包丁のリズムがいつも家の中にあった。
「あんまりがんばりすぎもよくない。」
僕は台所にたった。
「あら、なんか作ってくれるの?」
「なんだろうねー。」
冷蔵庫から、今日食べてしまわないとダメだったり、今どうしても食べたいという食材を選ぶ。
選んだら豚汁の具材になってしまった。
「あっお母さんの豚汁。」
「そうそう。」
妻は鍋を僕の後ろから覗き込んでいる。
「美味しいものっていうと、僕はこれなんだよ。」
「私も。」
妻の目に薄ら涙が盛り上がる。
「そんなに急いでいかなくてもいいのにね。」
しめっぽい空気を壊すように美味しい匂いが上がる。
野菜にお肉、美味しい味噌の匂い。
「私ね、なかなかお母さんの前ではできなかったんだけど。」
妻がニヤリと笑う。
「これにバター絶対合うと思わない?」
悪魔の囁きだ。
僕達はバターを入れたり猫まんまにしたり豚汁を楽しんだ。
雪は止んでいた。
「まだ大丈夫。」
「うん。」
「お母さん勝手に殺しちゃだめよね。豚汁バター、食べさせなきゃ。」
小さく妻は笑った。
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