ドクハク

in鬱

文字の大きさ
1 / 1

ドクハク

しおりを挟む
 「おかえり」

 コンビニから帰ってきて自分の部屋に入るとベッドで横になって漫画を読んでいる一人の青年が優しく微笑み掛けてきた。
 俺は無視して椅子に座る。そして、パソコンを開きゲームを始める。さっきコンビニで買ったお菓子を広げる。
 するとベッドで寝転がっていた青年が起き上がりポテトチップスを一袋持っていく。


 「ベッドで食べるなよ」

 「ちゃんとお皿持ってくるよ」

 青年はそういうと部屋を出て皿を取りにキッチンへ向かった。あの青年は突如俺の部屋に現れ、居座るようになった。
 それだけでも不思議なのだが、さらに不思議なのは顔が俺と全く一緒だという事。
 最初はドッペルゲンガーというやつかと思ったが、本人に聞いてみると違うらしい。本人曰く、俺と同一人物だと言う。
 にわかには信じ難い話だ。顔は似ていても性格も、話し方も違う。


 「何してんの?」

 「いや……」

 ボーっとしているともう一人の自分が戻ってきていた。俺は我に返ってパソコンに振り返り、ゲームの続きを始める。
 俺は引きこもってゲームばかりやっている。そんな日々が習慣になってしまった。
 もう一人の自分はそんな俺を否定せず肯定的に受け入れている。


 「はぁ……負けた」

 対人ゲームをやっていたが負けてしまった。椅子にもたれ掛かり、窓を見る。ベランダの物干し竿にあかい鳥が止まっていた。その鳥と目が合い数秒後、鳥が羽ばたいていった。
 俺もパソコンの方に向き直りゲームの続きを始めようと思ったが、ふと脳にある言葉が浮かんできた。

 
 「なんで俺はこんな生活をしてるんだ?」

 「何か言った?」

 「いや。何でもない」

 心の声が漏れていた。ふと思った事は気付かずに、声に出てしまうものなのか。
 なぜ俺は引きこもってゲームばかりやる生活をするようになったのだろう。別にプロゲーマーになりたいというわけでもない。
 思えば過去の自分を知らない。20年近く生きてきたんだから過去はあるはずだ。なのに、俺はなんで過去を知らないんだ。知らないのだから思い出すなんてことも出来ない。俺は何をしていたんだろう。何をしてこんな生活になったんだろうか。
 ”俺は何者なんだ?”
 

 「ねぇ」

 「ん?何?」

 俺が声を掛けるともう一人の自分はベッドから体を起こし俺の方に向いてくる。
 漫画に栞を挟んで閉じて膝元に置いた。
 

 「お前は俺なんでしょ?」

 「そうだけど」

 「じゃあ俺の過去って知ってる?」

 「……今の君には知らなくて良いことだよ」

 そういうともう一人の自分は笑って会話を終わらせようとした。
 俺はあいつの返答の間に違和感を感じた。あいつが嘘をついたことも言葉を濁したことも無い。
 だが、今回初めてあいつが言葉を濁した。疑問を持って質問したが、あの返答で確信に変わった。
 もう一人の自分は俺の過去を知っている。

 
 「なんで急に自分の過去を知りたいって思ったの?」

 「なんでって自分の過去を知っておくのは当たり前だろ」

 「確かにそうかもね」

 もう一人の自分は引き下がらない俺に困ったような表情を見せる。
 そして、ベッドから立ち上がり部屋の扉へと向かっていく。
 
 
 「ちょっと外に出てくるね」

 「いや、ちょっと。まだ俺の質問に答えてないぞ」
 
 もう一人の自分は俺の言葉に耳も傾けず部屋を出て行き、しばらくして家の扉の開く音がした。
 止めようと思ったが体が動かなかった。いや、動けなかった。
 体を動かそうと思ったときに恐怖が湧いてきた。あいつを止めるのが怖かった。
 結局もう一人の自分は外へ出て行った。俺はそれをただ見ているしか出来なかった。


 ――――――――――

 あれから数日が経った。まだもう一人の自分は帰ってきていない。
 さすがに心配だ。今日はあいつを探しに行くため俺も外に出た。
 扉を開けると照らしつけてくる太陽。数日前に浴びたばかりだが慣れない。
 慣れない日光を浴びながらあいつを探した。

 
 「やっと見つけた」

 探し回ること数時間。日は西に傾き始めたころ、河川敷にもう一人の自分はいた。
 何度か通ったことのある河川敷だが、今日はやけに親しさを感じた。
 河川敷で座っているあいつの元まで降りて行って声を掛けた。


 「おい」
 
 「よくここまで来たね」

 「急に消えるなよ」

 「心配かけた?」

 「めちゃくちゃ」

 「そうだよね。ごめんね」

 あいつは俺に気付くと俺の方を向いて申し訳なさそうに謝った。
 ひとつため息を吐いて隣に座る。


 「なんで消えたの?」

 「今の君に僕は必要ないから」

 「え?」

 「まだだったよね。質問の答え」

 「え?」

 「君の過去が知りたいって質問。答えてあげる」

 もう一人の自分は俺の方に目もくれず西日を眺めながら勝手に話を進める。
 話のスピードについていくのが精一杯だった。


 ――――――――――――
 ~回想~
 
 
 「高い高いー」

 君は普通の家庭に生まれた。父と母は優しくて幸せな家庭だった。
 でも、あの日以来家族は壊れた。


 「おとう、さん?」

 「ごめんな。お父さんすぐ戻るから」

 そう言って父は家から出て行って帰ってくることは無かった。ニュースをみて知ったことだけど、父は犯罪を犯した。それも殺人だ。父が殺人を犯したことで母はショックを受け、鬱になった。君も無傷じゃ済まなかった。


 「やーい、お前の父ちゃん殺人鬼ー!」

 「こら正樹、そういう事言わないの」

 「だって母ちゃんあいつに近づくなって言ってたじゃん」

 「こら!そういうこと言わないの」

 君は父が殺人鬼という事でいじめの標的になった。クラスメート・先生・保護者から冷たい目で見られた。
 そんな状況でも母は助けてくれなかった。辛い状況を君は一人でただ耐えてただけだった。
 でも、そんな君も我慢の限界が来た。


 「おーい。無視すんなよ。またボコるぞ」

 「…………」

 「まぁそんな顔すんな。ちょっとこっち来いよ」

 高校生になってもいじめは続いた。年齢が上がれば上がるほどいじめはハードになった。殴られるのは日常茶飯事。
 酷い時はクラス前で制服を脱がされたり、女子に告白するよう言われたり、散々な目に遭ってた。
 で、今日も校舎の人気が無いところに連れ込まれていじめを受けるところだった。


 「グハ」

 「おい、何寝てんだよ。まだ行くぞ。立てオラ」

 「お前の父ちゃん、殺人鬼なんだってな。じゃあお前は忌み子だ。俺たちが社会を汚すゴミを掃除してやるよ」

 「…………」

 いつものように殴られてた。君は何も言い返さずやりたい放題にされていた。
 だけど、父を出され自分自身の存在を否定されたことで君は理性の糸が切れた。


 「お、おい……お、落ち着けって……」

 「ア、アァ…………ハァ……ハァ」

 君は護身用で持っていたカッターナイフでいじめっ子を刺した。何度も何度も。
 息がしなくなるまで馬乗りになって何度も何度も。周りにいたいじめっ子は逃げ出して、しばらくして警察と先生が来た。
 先生は「ふざけるな!犯罪者が!」と怒鳴ってきた。他の先生も犯罪者の子どもはやっぱ犯罪者なんだと好き勝手に言ってた。
 君は警察署に行って、いじめを受けていたことを正直に話した。そのいじめに耐えられなかったとも。
 警察は真剣に捜査した。でも、学校側はいじめは無かったと言った。世間でも君は「ただの犯罪者で草」「いきなりぶっ殺すとか死刑でいいじゃん」とか滅茶苦茶言われた。

 
 「なんでこんな事したの!?」

 「耐えられなかった」

 「ったくふざけんじゃないわよ!いつもいつも迷惑かけてあんたなんか私の子どもじゃないわよ!」

 面会で会った母からもこうやって言われて君は完全に折れた。その日の内に自殺しようと考えた。
 でも、希望はあった。


 「被告人は無罪」

 裁判所でそう言われた。原因は警察が真面目に捜査してくれたからだ。警察の捜査で学校側がいじめがあったことを認めた。
 これによって君の殺人は猛反省していたこともあって情状酌量の余地ありと判断された。
 でも、世間や遺族の目は厳しかった。


 「あんたのせいで駿は死んだのよ!!どう責任取るのよ!!」

 毎日のように家に遺族がやってきては玄関前でそう喚いた。世間からは「殺人鬼が世に放たれてるってマ?」「日本の治安終わったわ」って言われてた。毎日家に迷惑電話がかかってきた。君はそんな日常に耐えられなくなって過去を忘れようとした。
 

 ――――――――――――――


 「そして僕が生まれたんだ」

 もう一人の自分に言われて徐々に自分の過去が思い出されてくる。思い出しただけで嫌な気持ちになる。
 こんな過去から目を背けて俺は生きてたんだ。こんな過去をこいつ一人に背負わせて俺は楽して生きてたんだ。


 「ありがとう。俺の分まで苦しんで生きてくれて」

 「これからは俺がちゃんとお前の分まで苦しむよ」

 「辛かったでしょ。お疲れ」

 俺はもう一人の自分の頭を撫でて座ったまま抱擁していた。こいつの目から涙が滝のように溢れて、嗚咽しながら泣いていた。
 俺は背中をさすりながらもう一人の自分を抱きしめていた。


 「僕はもう消えるよ。今の君ならどんな困難も乗り越えられる」

 「うん。俺ちゃんとお前の分まで頑張るよ」

 「ありがとう。必ず幸せになってね」

 「うん。ちゃんと幸せになる」

 抱擁をした状態のまま会話を続けていると日が完全に落ちた。その瞬間、俺の体からもう一人の自分の体温を感じなくなった。
 もう一人の自分は消えていた。俺はもう一人の自分がいた場所をもう一度強く抱擁し、一人嗚咽しながら泣いていた。


 ――――――――――――


 「あちゃーこれもダメか」

 「難しいな。就職って」

 俺は就職活動に勤しんでいた。親にも迷惑をかけたし、早く自立したくて就職活動をやっている。
 だが現実は上手くいかないものだ。経歴だけで落とされたりすることがしょっちゅうだ。
 苦戦必至の就職活動だがめげずに頑張っている。それにはあいつの言葉があるからだ。
 あいつが辛い状況の中、俺は何もしていなかった。あいつが苦しんだ分、俺も苦しまなければ。


 「俺ちゃんと頑張るよ」

 今はもういないあいつに届くことが無いのは知っているけど自然とあいつと会話してるみたいに言ってしまう。
 早く精神面でも自立しないとな。


 「ちゃんと見てるよ」

 ふとあいつがそう言ったような気がして振り返るが誰もいない。でも、俺は気のせいじゃないと思っている。
 確かにあいつの声がした。それだけで俺は顔が綻んだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...