22 / 32
22 本棚の裏側の噂話
しおりを挟む
苛立ちばかりが募ったお茶会の翌日。
私は、公務に必要な資料を王宮の敷地内にある図書館に探しに来ていた。
「先日のお茶会で、ジョスラン殿下にご挨拶したんですけど、とても麗しいお方でしたわ」
巨大な本棚の向こうから、キャッキャと声を弾ませる三人の女性達の噂話が聞こえて来る。
王宮の図書館はとても大きく、一部の一般開放エリアについては、国内の貴族であれば事前に申請すれば利用する事が出来るのだ。
私の目の前の棚の裏側は、流行りの恋愛小説が並んでいるので、女性の利用率が高い場所だった。
しかしながら、私語厳禁の図書館内での井戸端会議に、自然と眉根が寄ってしまう。
「ポリーヌ様とニネット様は、ご招待されたのですね。羨ましいわぁ」
先日の茶会は急拵えだった事もあり、子爵家以下の者達は招待出来なかったのだ。
私の記憶が確かならば、ポリーヌと言う名の女性は伯爵夫人で、ニネットは侯爵家の令嬢だったはずだ。
もう一人は下位貴族の夫人か令嬢なのだろう。
「わたくしもジョスラン殿下とはご挨拶をさせて頂きましたわ。
確かに美しいご容姿の方でしたが、わたくしとしては殿方はもう少し野生的な方が好みですね。
例えば……、リベリオ様とか」
三人目の女性の口から婚約者の名前が出た事に、動揺した私はピクッと肩を震わせた。
あちらは、私がここにいる事に気付いていないらしい。
側に控えているイメルダとカリーナに向けて、シーっと口元に人差し指を立てて見せた。
「リベリオ様って、フォルキット伯爵の事ですわよね?
王女殿下の婚約者として、先日発表された」
「あら、もう彼は侯爵ですわよ。
でも、リベリオ様もお可哀想に。
あんな地味な王女の子守りを任されるなんてねぇ……。
きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう。
わたくしがお慰めして差し上げようかしら?」
隣で聞いているカリーナがスッと冷たく目を細めた。
それをなんとか宥めつつ、彼女達の会話に耳を傾ける。
「そう言えば、ジョスラン殿下がいらしたのは、クラウディア王女殿下との縁談の為だって噂があるの、ご存知ですか?
それが事実なら、ニネット様にもフォルキット侯爵の正妻になるチャンスがあるかもしれませんよ」
ニネットと言う名の侯爵令嬢には、あまり良くない評判があった。
美しい容姿を鼻にかけて、学生時代に多くの男性を侍らせるなど横暴な振る舞いをした結果、当時の婚約者から婚約を破棄されて少々婚期を逃した二十五歳。
「それってどこ情報?信用できるのかしら?」
それは私も知りたい。
確かに隣国は一時期ジョスラン殿下と私の婚約を狙っていたみたいだけど、今回の来訪もそれが目的だなんて、私自身も聞いてない。
ただのガセネタなのか、それともどうせ受けるつもりは無い縁談なので、私には知らされなかったのか。
「私の従兄弟が言っていたので、確かだと思いますよ」
ポリーヌ夫人がそう答えたのを聞いて納得した。
確か彼女の親族に外務大臣の補佐官をしている者が居たはずだから、きっとそのルートで情報を得たのだろう。
だとすれば完全なガセネタとも言い切れない。
仕事で得た情報をペラペラ漏らすなんて、その補佐官はなんらかの処罰対象になるかも知れない。
棚の向こうにいた三人の女性達は、目当ての本が見つかったのか、お喋りを続けながら賑やかに何処かへ去って行った。
彼女達の声が聞こえなくなって、潜めていた息を吐く。
「ジョスラン殿下との婚約の話は本当なんですか?」
イメルダに聞かれた私は首を横に振った。
「陛下からは何も聞いてないから、よく分からないわ。
噂って怖いわね。
当事者ですら知らない情報が出回ってるんだもの」
「それにしても、姫様の旦那様になる方を慰めるだなんて……。
あのご令嬢、死にたいのかしらねぇ?」
「ダメよ、カリーナ」
咎めるような視線を投げると、カリーナは肩をすくめた。
反省してるんだか、していないんだか。
でも、本当は私も、彼女の台詞には少し腹が立った。
リベリオ様には『外で恋をしても子供を作っても良い』とは言ったけれど、出来れば彼女の事は選んで欲しくないな。
だけど、よく考えたら、私が国外に嫁ぐ事が出来なかったのは、闇属性を持っているせいだったのだ。
だから、リベリオ様との婚約を半ば強引に成立させて、隣国からの縁談を断った。
その魔力を捨てた今、私はどうするべきなのか?
他国の王族と政略結婚した方が、国の為になるのかな?
そして、リベリオ様の為にも……。
リベリオ様だって、こんな面倒な王女と結婚するよりも、他にもっと良いお相手がいるんじゃ無いだろうか。
『きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう』
悔しいけれど、先程のニネットとかいうご令嬢の言っていた事は、あながち間違いとも言い切れない部分があるのだ。
私は、公務に必要な資料を王宮の敷地内にある図書館に探しに来ていた。
「先日のお茶会で、ジョスラン殿下にご挨拶したんですけど、とても麗しいお方でしたわ」
巨大な本棚の向こうから、キャッキャと声を弾ませる三人の女性達の噂話が聞こえて来る。
王宮の図書館はとても大きく、一部の一般開放エリアについては、国内の貴族であれば事前に申請すれば利用する事が出来るのだ。
私の目の前の棚の裏側は、流行りの恋愛小説が並んでいるので、女性の利用率が高い場所だった。
しかしながら、私語厳禁の図書館内での井戸端会議に、自然と眉根が寄ってしまう。
「ポリーヌ様とニネット様は、ご招待されたのですね。羨ましいわぁ」
先日の茶会は急拵えだった事もあり、子爵家以下の者達は招待出来なかったのだ。
私の記憶が確かならば、ポリーヌと言う名の女性は伯爵夫人で、ニネットは侯爵家の令嬢だったはずだ。
もう一人は下位貴族の夫人か令嬢なのだろう。
「わたくしもジョスラン殿下とはご挨拶をさせて頂きましたわ。
確かに美しいご容姿の方でしたが、わたくしとしては殿方はもう少し野生的な方が好みですね。
例えば……、リベリオ様とか」
三人目の女性の口から婚約者の名前が出た事に、動揺した私はピクッと肩を震わせた。
あちらは、私がここにいる事に気付いていないらしい。
側に控えているイメルダとカリーナに向けて、シーっと口元に人差し指を立てて見せた。
「リベリオ様って、フォルキット伯爵の事ですわよね?
王女殿下の婚約者として、先日発表された」
「あら、もう彼は侯爵ですわよ。
でも、リベリオ様もお可哀想に。
あんな地味な王女の子守りを任されるなんてねぇ……。
きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう。
わたくしがお慰めして差し上げようかしら?」
隣で聞いているカリーナがスッと冷たく目を細めた。
それをなんとか宥めつつ、彼女達の会話に耳を傾ける。
「そう言えば、ジョスラン殿下がいらしたのは、クラウディア王女殿下との縁談の為だって噂があるの、ご存知ですか?
それが事実なら、ニネット様にもフォルキット侯爵の正妻になるチャンスがあるかもしれませんよ」
ニネットと言う名の侯爵令嬢には、あまり良くない評判があった。
美しい容姿を鼻にかけて、学生時代に多くの男性を侍らせるなど横暴な振る舞いをした結果、当時の婚約者から婚約を破棄されて少々婚期を逃した二十五歳。
「それってどこ情報?信用できるのかしら?」
それは私も知りたい。
確かに隣国は一時期ジョスラン殿下と私の婚約を狙っていたみたいだけど、今回の来訪もそれが目的だなんて、私自身も聞いてない。
ただのガセネタなのか、それともどうせ受けるつもりは無い縁談なので、私には知らされなかったのか。
「私の従兄弟が言っていたので、確かだと思いますよ」
ポリーヌ夫人がそう答えたのを聞いて納得した。
確か彼女の親族に外務大臣の補佐官をしている者が居たはずだから、きっとそのルートで情報を得たのだろう。
だとすれば完全なガセネタとも言い切れない。
仕事で得た情報をペラペラ漏らすなんて、その補佐官はなんらかの処罰対象になるかも知れない。
棚の向こうにいた三人の女性達は、目当ての本が見つかったのか、お喋りを続けながら賑やかに何処かへ去って行った。
彼女達の声が聞こえなくなって、潜めていた息を吐く。
「ジョスラン殿下との婚約の話は本当なんですか?」
イメルダに聞かれた私は首を横に振った。
「陛下からは何も聞いてないから、よく分からないわ。
噂って怖いわね。
当事者ですら知らない情報が出回ってるんだもの」
「それにしても、姫様の旦那様になる方を慰めるだなんて……。
あのご令嬢、死にたいのかしらねぇ?」
「ダメよ、カリーナ」
咎めるような視線を投げると、カリーナは肩をすくめた。
反省してるんだか、していないんだか。
でも、本当は私も、彼女の台詞には少し腹が立った。
リベリオ様には『外で恋をしても子供を作っても良い』とは言ったけれど、出来れば彼女の事は選んで欲しくないな。
だけど、よく考えたら、私が国外に嫁ぐ事が出来なかったのは、闇属性を持っているせいだったのだ。
だから、リベリオ様との婚約を半ば強引に成立させて、隣国からの縁談を断った。
その魔力を捨てた今、私はどうするべきなのか?
他国の王族と政略結婚した方が、国の為になるのかな?
そして、リベリオ様の為にも……。
リベリオ様だって、こんな面倒な王女と結婚するよりも、他にもっと良いお相手がいるんじゃ無いだろうか。
『きっと、王家から懇願されて仕方無く婚約を結んだのでしょう』
悔しいけれど、先程のニネットとかいうご令嬢の言っていた事は、あながち間違いとも言い切れない部分があるのだ。
91
あなたにおすすめの小説
姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです
珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。
だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。
そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください
みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。
自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。
主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが………
切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
君を自由にしたくて婚約破棄したのに
佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」
幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。
でもそれは一瞬のことだった。
「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」
なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。
その顔はいつもの淡々としたものだった。
だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。
彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。
============
注意)ほぼコメディです。
軽い気持ちで読んでいただければと思います。
※無断転載・複写はお断りいたします。
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。
第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。
その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。
追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。
ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。
私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる