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一章 金青のアンダステ
二話 行き先
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ソレルは髪に差した鈿を抜くと崩れるように椅子に座った。続けて入って来たシャトウィルドは扉を閉めると見張りの様に扉の前に立った。厳しい表情をしているが、ソレルを見下ろす目は優し気だ。
「お疲れ」
そう言うと労うつもりで冷たい飲み物を差し出す。きっと飲みたくなるだろうとこっそり持って来たものだ。ソレルは喜んで受け取るとすぐ口をつける。一気に半分くらい飲んだ後、大きく息を吐いてから口を開いた。
「あれでよかった?」
上目遣いでシャトウィルドの様子を伺う。
「充分だ。それに・・・・」
椅子に座るソレルの頭から足下へ視線を滑らせ、再び戻って頷く。以前、「きっと化けるよ」と言ったソレルの友人の言葉を思い出して実行してみたらその通りで、大いに驚かされた。その時の事を思い出して僅かに笑った。
ソレルは年齢のわりに身長が低く、童顔で幼く見える。いつもは平均的な身長に見える靴を履いてごまかしている。顔立ちが幼げでも身長が平均くらいならそれなりの年齢に見られるからだ。
屋台村からピィロへ戻るとアキア女官長が用意を整えていた。シャトウィルドが指示を出していたので彼女はそれに沿うように揃えてくれていた。
彼女はまず、ソレルが着ている子供っぽい服を脱がせると香草水で体を拭い、髪を結う。髪には凝った意匠の鈿だけを差し、ガリア王家の色を使った衣装を着せた。その間、衝立の向こうのシャトウィルドはこれから何をすべきか詳しく話した。
ソレルの役目は随行員に分かっている事を話し、今後すべき事を伝えて彼らに不安を抱かせない事。シャトウィルドはソレルを迎えに行く前にある程度の文章を作っていてそれを頭に叩き込むようにと強く言った。
話す内容を確認しながら時折りソレルが質問し、二人で納得して完成させた。
そうしてソレルは全ての業務を一時停止させて集まった随行員の前へ姿を現した。
足下が隠れる長さの瑠璃色のスカートの上には乳白色の中に虹色が輝く薄い布が重なり、歩くたびにきらきらとして目を引く。上衣も瑠璃色で首元は緩やかで腰で締めている。
いつもと違って見えたのはソレルが一段高い所にいるからだろう。正装に近い服装で現れ、落ち着いた口調で話す彼女は近寄りがたい雰囲気が備わり、その場にいた全員が黙って聞いていた。
話した内容は現在ヴァラキア空域へ進む事が出来ず、このまま待つより拠点を設けてそこから本格的に調べる方が良いという事。さらに家族、友人など気掛かりも多いだろうが無事を信じて協力してほしい、と。時には感情を込めて話した。その場にいた全員がソレルに従うと次々口にした。
最後に移動場所を告げ、ピィロが連結した後みんなでお茶をしましょうと言って終わらせた。
「緊張した」
ぐったり椅子の背にもたれてソレルが弱々しい声を出す。遅れてやって来たアキアはその様子を見てくすくす笑い、解けた髪を梳き始めた。
「立派でしたよ」
労いの言葉と共に手早く衣装を着替えさせると普段通りのソレルに戻る。
「あの、ね。アキアさんはこの外交が終わったら退職するって聞いたんだけど、本当?」
ソレルは恐る恐る見上げながら尋ねる。
「はい。ですが出発前に陛下よりくれぐれも頼むと言われましたので、当分ソレル様の側にいます」
微笑みながら言うとソレルは安堵の表情を浮かべた。それから片付けを終えるとアキアは退出した。
「今回はアキアさんが同行していて助かったな」
何故と言いたげに首を傾げるソレルにシャトウィルドは今ある服に手を加えてもらった事を話した。その訳をついでに話す。
ソレルの友人が以前言っていた言葉を初めて聞いた彼女は驚きながらも感心していた。
「そんな事言ってたんだ」
見た目は静かな佇まいながら意志が強く目標を高く持ち、思慮深いあの人の輝く姿が目に浮かぶ。同じ目標を持った、いつでも一緒だったあの二人。その一人が自分の事をそう言っていたなんて、思い出しながら今頃何してるのだろう。勿論、夢に向かってひたすら進んでいるのだろう。そう思った瞬間、ソレルは何故か急に胸の中が重くなって気分を変えるように勢いよく立ち上がった。
「お茶の支度してくる」
そう言ってそそくさと出て行った。シャトウィルドも出ようと向きを変えたその時、寝台の上に無造作に放り出されたままの本が目に留まる。題名も作者も記されていない本を不審に思いながらも片づけてやろうと手に取り、ついでにパラパラとめくっていくと折り目のついた箇所が現れる。それはソレルがさっき読んでいた頁。彼はそれを読んで、出て行ったソレルを振り返った。
ピィロのある一室、今回ソレルの護衛を担当するリグ-メディーテに与えられた部屋。
ソレルの話しの後、全員が揃ったところで護衛隊長が真剣な眼差しで皆を見回してから、一つの封書をかざした。
「出発前に渡されたものだ。全員心して聞くように。エル-メディーテ様からだ」
その名が出て空気が一気に引き締まる。エル-メディーテとは一族で最高位の女戦士の呼び名で、長と同等の発言力を持つ。そのような権限があるのには彼らがガリア王国へやって来た経緯による。
かつて、メディーテの名を持つ者どもは腕に覚えありと自負して、あちこちで護衛職をしていた。ある時一人のメディーテがガリアの次期国王と出会い、信頼し合い、困難を乗り越えた事があった。この件を経てガリア王国へ招聘され、今に至る。
この時の人物が当時のエル-メディーテ。それによって、長と変わらぬ権力がある。最も闇雲に行使する人物がその地位に就くことはなく、普段は長を立てている。
「有事の際に開けるように指示されている。読むぞ」
手紙は簡潔に書かれていた。何かあった時の為の指示が二つだけ。
第一、ソレルを守る事。第二、シャトウィルド・ワインダーを見極める事。
ピィロの別の部屋。
アキアは出発前に国王から渡された書類を取り出した。何かあったら開けるように、と言われていたものだ。
普段ならソレルの公務に付いて行く事はないのだが今回だけ頼み込まれた。理由は教えてもらえなかったが、最後の頼みと言われて折れた。
その時渡された書類を確認すると・・・・
彼女は膝から崩れて涙を浮かべた。書類を胸に抱え「感謝します」と何度も繰り返した。
ソレルは厨房へ向かう通路で足を止め、窓越しに青いアンダステを眺めた。この向こうに、ガリアがある。
ふと、青く縁取られた自分の姿が目に付く。髪は母親譲りの特徴のある白茶、瞳は翡翠色。「不思議な事にね、君はガリアの娘にしか見えないんだよ」そう言っていた父の顔が浮かぶ。「おれの従姉そっくりだ」小さい頃よくそう言われていた。
あの優し気な父の顔が思い起こされ、目頭がじわっと熱くなる。
(いけない。折れてはだめだ。まだ)
ソレルは目を瞬いて通路を進んで行った。心に浮かんでは無理矢理静めているやり切れない思いを抱えて。
七つほしの一つ、はじめのほしはダルーナの郷。ダルーナとはイゾの扉を開き、<ルーシ>を使う者。<ルーシ>は魔法や超常力と同等の力をいい、人々の生活を守り平和の為に使われる。六年間の修行の後さらに選定されてダルーナとなる。
はじめのほしはダルーナの開祖、アルディオが<ルーシ>の扉を初めに開いた場所。その後この地はダルーナの修行の場となり、本部が置かれている。
そこに一人のダルーナがやって来た。彼の名はロリイ。四大ダルーナの一人で、初代アリネスト-ゾラ、ロイゼンのイゾを受け継ぐ者。ロイゼンはアルディオに次ぐ実力者で最初のダルーナ戦士。
ロリイは幼い事からこの地で修行に励み、その実力が花開いて今では若手の中で唯一四大ダルーナと称される。現在十八歳、念願の周回ダルーナとしてアンダステ中を回っている。周回ダルーナとは本部から指示された地域を回り、問題が起きたらそれを鎮め、治安維持に努める。他に定住する地域ダルーナがある。こちらも役割は同じ。
その彼がダルーナの郷へやって来たのはとても個人的な問題の為。
彼は真っすぐ工房へ向かった。これで何度目か。ため息混じりに心の中で呟きながら受付で名前を言って頼んでおいた物を待つ。
受付の職員が一旦奥へ行き、かなり待たせてようやく戻ると、強張った面持ちでロリイへ向かい合う。
深々と頭を下げ、
「申し訳ありません」
と、緊張した声で謝る。職員は頭を下げたまま続けて言った。
「手違いがあったようで、あなたへ渡すはずの物が・・・・・別の人へ渡ってしまいました」
「え?」
ロリイは言われた意味が理解出来ず、首を傾げもう一度尋ねた。
職員は同じ事を繰り返した。ロリイの頼んだ物はほかの人が持って行ってしまい、何故こんな事になったのか調べてみますと言った。
ロリイの思考は一時停止してしまい、その場に立ち尽くす。大事な物だ。自分にとっても、ダルーナにとっても。あれが無いとダルーナとして恥ずかしい。何度も修理に出しているから変な噂も立ち始めている。
ロイゼンのイゾを持って、その若さで四大ダルーナでもあるくせに、セイドだけは思うように扱えていない。一度の周回で壊し、そのたび工房へ持ってくる。これで何度目だ、と修理に出した後職員達がひそひそと話しているのをロリイは聞いていた。
セイドはイゾから引き出した<ルーシ>の向かう方向を定めるもの。もっとも上級者はセイドなしでも<ルーシ>を扱う事が出来るがあえてセイドを使う事を推奨されている。セイドを持てるのはダルーナだけだから。セイドは武器であり、<ルーシ>を扱う為の什物でもある。
気を持ち直したロリイは誰が持って行ったのか調べてほしいと頼んだ。それまで待つと。
修理に出した物が別の人の手に渡る。こんな杜撰な仕事をしているのだろうか? 勿論、ない。
では何故か。意図的に持ち去られ、全く関係のない人の持ち物へ紛れ込まされた。これは職員も知らない、気づかなかった事。それなりの人物が関わっていた。
ロリイ到着日の前日。ある人物がロリイのセイドを持ち出し、一人のダルーナの所へ持って行った。そのダルーナのもとに来客の予定があり、その客へのお土産の一つとして渡してほしいと頼み込んだ。中身を知らせずに。これが真相だった。
では何故そんな事をしたのか。それはいずれ明らかになる。
さんざん待って再び現れた職員は一人の鍛冶を伴っていた。
「こちらは今回の依頼を受けた鍛冶の方です」
職員は会釈をしたが、新たに現れた男は仏頂面のままで丸い何かを机に出した。
「追跡装置だ。君のセイドが今どこにあるか大まかな場所がこれで分かる」
えっ、と小さな声が出るとロリイは目の前に置かれた物をまじまじと見つめた。丸い、鏡の様なものを手に取りよく見てみる。黒い盤には一つの光がぼんやりとある。これがセイドの場所なのだろうか。
「これはどうやって見るんですか」
鍛冶は見方を簡潔に教えて、大体だからあとは自分の<ルーシ>で探してくれと言った。セイドは使う人に合わせて作られる一点物なので<ルーシ>を使えば呼び合う。場所が離れていても引き寄せる事が出来るダルーナもいる。
ロリイはお礼を言って装置を握りしめ、退出しようとしたら鍛冶が声をかけてきた。
「ああ、あんたさ。もう一度イゾ判定した方がいいよ。セイドが壊れるのって、そういう事だと思うよ。合ってないんだよ」
前回の訪れの際、偶然聞いてしまった会話が思い起こされた。こそこそ話の最後にイゾ判定が間違っているのでは、と言っていたのだ。それを認めたくないのだとも。
ロリイは動揺を隠せず、
「そうした方がいいと思いますか?」
と、俯きながら尋ねた。
鍛冶はロリイの様子に頭を掻きながら少し反省する。率直に言い過ぎたか。
「悪い。そうじゃない。ええと、俺はこの修理をする前に今までの修理記録と、その前、セイドを作る時のあんたの<ルーシ>の形状を全部確認してから作業したんだけど、これで故障するなら、やっぱり、合ってないな───と思ったんだよ」
ロリイはまだ俯いたまま、顔を上げようとしない。言い方が悪かったと思った鍛冶は励ますつもりでさらに続ける。
「あー、だから、その、つまり、合ってないのは間違いなくて、ええと、セイドを見つけたら一度俺んとこ持って来いよ。揃ったところを見ないと何が原因か分からないからさ」
その言葉にロリイは驚く。彼の言葉はぶっきらぼうながら責任感があるように感じられた。問題があるなら一緒に解決しようとしてくれるのか。この鍛冶は今までの人とは違うような気がする。何かあったらまた持って来なさいと言った今までの人達とは。
ロリイは顔を上げ、鍛冶を真っすぐ見て僅かに口角を上げて頷いた。ロリイは必ず訪ねると約束してそこを後にした。
追跡装置の光点はまだ同じ場所で光っている。最初に向かう場所は東中央駅。そこから移動してしまう前に到着しなければならない。
ロリイは急いだ。
「お疲れ」
そう言うと労うつもりで冷たい飲み物を差し出す。きっと飲みたくなるだろうとこっそり持って来たものだ。ソレルは喜んで受け取るとすぐ口をつける。一気に半分くらい飲んだ後、大きく息を吐いてから口を開いた。
「あれでよかった?」
上目遣いでシャトウィルドの様子を伺う。
「充分だ。それに・・・・」
椅子に座るソレルの頭から足下へ視線を滑らせ、再び戻って頷く。以前、「きっと化けるよ」と言ったソレルの友人の言葉を思い出して実行してみたらその通りで、大いに驚かされた。その時の事を思い出して僅かに笑った。
ソレルは年齢のわりに身長が低く、童顔で幼く見える。いつもは平均的な身長に見える靴を履いてごまかしている。顔立ちが幼げでも身長が平均くらいならそれなりの年齢に見られるからだ。
屋台村からピィロへ戻るとアキア女官長が用意を整えていた。シャトウィルドが指示を出していたので彼女はそれに沿うように揃えてくれていた。
彼女はまず、ソレルが着ている子供っぽい服を脱がせると香草水で体を拭い、髪を結う。髪には凝った意匠の鈿だけを差し、ガリア王家の色を使った衣装を着せた。その間、衝立の向こうのシャトウィルドはこれから何をすべきか詳しく話した。
ソレルの役目は随行員に分かっている事を話し、今後すべき事を伝えて彼らに不安を抱かせない事。シャトウィルドはソレルを迎えに行く前にある程度の文章を作っていてそれを頭に叩き込むようにと強く言った。
話す内容を確認しながら時折りソレルが質問し、二人で納得して完成させた。
そうしてソレルは全ての業務を一時停止させて集まった随行員の前へ姿を現した。
足下が隠れる長さの瑠璃色のスカートの上には乳白色の中に虹色が輝く薄い布が重なり、歩くたびにきらきらとして目を引く。上衣も瑠璃色で首元は緩やかで腰で締めている。
いつもと違って見えたのはソレルが一段高い所にいるからだろう。正装に近い服装で現れ、落ち着いた口調で話す彼女は近寄りがたい雰囲気が備わり、その場にいた全員が黙って聞いていた。
話した内容は現在ヴァラキア空域へ進む事が出来ず、このまま待つより拠点を設けてそこから本格的に調べる方が良いという事。さらに家族、友人など気掛かりも多いだろうが無事を信じて協力してほしい、と。時には感情を込めて話した。その場にいた全員がソレルに従うと次々口にした。
最後に移動場所を告げ、ピィロが連結した後みんなでお茶をしましょうと言って終わらせた。
「緊張した」
ぐったり椅子の背にもたれてソレルが弱々しい声を出す。遅れてやって来たアキアはその様子を見てくすくす笑い、解けた髪を梳き始めた。
「立派でしたよ」
労いの言葉と共に手早く衣装を着替えさせると普段通りのソレルに戻る。
「あの、ね。アキアさんはこの外交が終わったら退職するって聞いたんだけど、本当?」
ソレルは恐る恐る見上げながら尋ねる。
「はい。ですが出発前に陛下よりくれぐれも頼むと言われましたので、当分ソレル様の側にいます」
微笑みながら言うとソレルは安堵の表情を浮かべた。それから片付けを終えるとアキアは退出した。
「今回はアキアさんが同行していて助かったな」
何故と言いたげに首を傾げるソレルにシャトウィルドは今ある服に手を加えてもらった事を話した。その訳をついでに話す。
ソレルの友人が以前言っていた言葉を初めて聞いた彼女は驚きながらも感心していた。
「そんな事言ってたんだ」
見た目は静かな佇まいながら意志が強く目標を高く持ち、思慮深いあの人の輝く姿が目に浮かぶ。同じ目標を持った、いつでも一緒だったあの二人。その一人が自分の事をそう言っていたなんて、思い出しながら今頃何してるのだろう。勿論、夢に向かってひたすら進んでいるのだろう。そう思った瞬間、ソレルは何故か急に胸の中が重くなって気分を変えるように勢いよく立ち上がった。
「お茶の支度してくる」
そう言ってそそくさと出て行った。シャトウィルドも出ようと向きを変えたその時、寝台の上に無造作に放り出されたままの本が目に留まる。題名も作者も記されていない本を不審に思いながらも片づけてやろうと手に取り、ついでにパラパラとめくっていくと折り目のついた箇所が現れる。それはソレルがさっき読んでいた頁。彼はそれを読んで、出て行ったソレルを振り返った。
ピィロのある一室、今回ソレルの護衛を担当するリグ-メディーテに与えられた部屋。
ソレルの話しの後、全員が揃ったところで護衛隊長が真剣な眼差しで皆を見回してから、一つの封書をかざした。
「出発前に渡されたものだ。全員心して聞くように。エル-メディーテ様からだ」
その名が出て空気が一気に引き締まる。エル-メディーテとは一族で最高位の女戦士の呼び名で、長と同等の発言力を持つ。そのような権限があるのには彼らがガリア王国へやって来た経緯による。
かつて、メディーテの名を持つ者どもは腕に覚えありと自負して、あちこちで護衛職をしていた。ある時一人のメディーテがガリアの次期国王と出会い、信頼し合い、困難を乗り越えた事があった。この件を経てガリア王国へ招聘され、今に至る。
この時の人物が当時のエル-メディーテ。それによって、長と変わらぬ権力がある。最も闇雲に行使する人物がその地位に就くことはなく、普段は長を立てている。
「有事の際に開けるように指示されている。読むぞ」
手紙は簡潔に書かれていた。何かあった時の為の指示が二つだけ。
第一、ソレルを守る事。第二、シャトウィルド・ワインダーを見極める事。
ピィロの別の部屋。
アキアは出発前に国王から渡された書類を取り出した。何かあったら開けるように、と言われていたものだ。
普段ならソレルの公務に付いて行く事はないのだが今回だけ頼み込まれた。理由は教えてもらえなかったが、最後の頼みと言われて折れた。
その時渡された書類を確認すると・・・・
彼女は膝から崩れて涙を浮かべた。書類を胸に抱え「感謝します」と何度も繰り返した。
ソレルは厨房へ向かう通路で足を止め、窓越しに青いアンダステを眺めた。この向こうに、ガリアがある。
ふと、青く縁取られた自分の姿が目に付く。髪は母親譲りの特徴のある白茶、瞳は翡翠色。「不思議な事にね、君はガリアの娘にしか見えないんだよ」そう言っていた父の顔が浮かぶ。「おれの従姉そっくりだ」小さい頃よくそう言われていた。
あの優し気な父の顔が思い起こされ、目頭がじわっと熱くなる。
(いけない。折れてはだめだ。まだ)
ソレルは目を瞬いて通路を進んで行った。心に浮かんでは無理矢理静めているやり切れない思いを抱えて。
七つほしの一つ、はじめのほしはダルーナの郷。ダルーナとはイゾの扉を開き、<ルーシ>を使う者。<ルーシ>は魔法や超常力と同等の力をいい、人々の生活を守り平和の為に使われる。六年間の修行の後さらに選定されてダルーナとなる。
はじめのほしはダルーナの開祖、アルディオが<ルーシ>の扉を初めに開いた場所。その後この地はダルーナの修行の場となり、本部が置かれている。
そこに一人のダルーナがやって来た。彼の名はロリイ。四大ダルーナの一人で、初代アリネスト-ゾラ、ロイゼンのイゾを受け継ぐ者。ロイゼンはアルディオに次ぐ実力者で最初のダルーナ戦士。
ロリイは幼い事からこの地で修行に励み、その実力が花開いて今では若手の中で唯一四大ダルーナと称される。現在十八歳、念願の周回ダルーナとしてアンダステ中を回っている。周回ダルーナとは本部から指示された地域を回り、問題が起きたらそれを鎮め、治安維持に努める。他に定住する地域ダルーナがある。こちらも役割は同じ。
その彼がダルーナの郷へやって来たのはとても個人的な問題の為。
彼は真っすぐ工房へ向かった。これで何度目か。ため息混じりに心の中で呟きながら受付で名前を言って頼んでおいた物を待つ。
受付の職員が一旦奥へ行き、かなり待たせてようやく戻ると、強張った面持ちでロリイへ向かい合う。
深々と頭を下げ、
「申し訳ありません」
と、緊張した声で謝る。職員は頭を下げたまま続けて言った。
「手違いがあったようで、あなたへ渡すはずの物が・・・・・別の人へ渡ってしまいました」
「え?」
ロリイは言われた意味が理解出来ず、首を傾げもう一度尋ねた。
職員は同じ事を繰り返した。ロリイの頼んだ物はほかの人が持って行ってしまい、何故こんな事になったのか調べてみますと言った。
ロリイの思考は一時停止してしまい、その場に立ち尽くす。大事な物だ。自分にとっても、ダルーナにとっても。あれが無いとダルーナとして恥ずかしい。何度も修理に出しているから変な噂も立ち始めている。
ロイゼンのイゾを持って、その若さで四大ダルーナでもあるくせに、セイドだけは思うように扱えていない。一度の周回で壊し、そのたび工房へ持ってくる。これで何度目だ、と修理に出した後職員達がひそひそと話しているのをロリイは聞いていた。
セイドはイゾから引き出した<ルーシ>の向かう方向を定めるもの。もっとも上級者はセイドなしでも<ルーシ>を扱う事が出来るがあえてセイドを使う事を推奨されている。セイドを持てるのはダルーナだけだから。セイドは武器であり、<ルーシ>を扱う為の什物でもある。
気を持ち直したロリイは誰が持って行ったのか調べてほしいと頼んだ。それまで待つと。
修理に出した物が別の人の手に渡る。こんな杜撰な仕事をしているのだろうか? 勿論、ない。
では何故か。意図的に持ち去られ、全く関係のない人の持ち物へ紛れ込まされた。これは職員も知らない、気づかなかった事。それなりの人物が関わっていた。
ロリイ到着日の前日。ある人物がロリイのセイドを持ち出し、一人のダルーナの所へ持って行った。そのダルーナのもとに来客の予定があり、その客へのお土産の一つとして渡してほしいと頼み込んだ。中身を知らせずに。これが真相だった。
では何故そんな事をしたのか。それはいずれ明らかになる。
さんざん待って再び現れた職員は一人の鍛冶を伴っていた。
「こちらは今回の依頼を受けた鍛冶の方です」
職員は会釈をしたが、新たに現れた男は仏頂面のままで丸い何かを机に出した。
「追跡装置だ。君のセイドが今どこにあるか大まかな場所がこれで分かる」
えっ、と小さな声が出るとロリイは目の前に置かれた物をまじまじと見つめた。丸い、鏡の様なものを手に取りよく見てみる。黒い盤には一つの光がぼんやりとある。これがセイドの場所なのだろうか。
「これはどうやって見るんですか」
鍛冶は見方を簡潔に教えて、大体だからあとは自分の<ルーシ>で探してくれと言った。セイドは使う人に合わせて作られる一点物なので<ルーシ>を使えば呼び合う。場所が離れていても引き寄せる事が出来るダルーナもいる。
ロリイはお礼を言って装置を握りしめ、退出しようとしたら鍛冶が声をかけてきた。
「ああ、あんたさ。もう一度イゾ判定した方がいいよ。セイドが壊れるのって、そういう事だと思うよ。合ってないんだよ」
前回の訪れの際、偶然聞いてしまった会話が思い起こされた。こそこそ話の最後にイゾ判定が間違っているのでは、と言っていたのだ。それを認めたくないのだとも。
ロリイは動揺を隠せず、
「そうした方がいいと思いますか?」
と、俯きながら尋ねた。
鍛冶はロリイの様子に頭を掻きながら少し反省する。率直に言い過ぎたか。
「悪い。そうじゃない。ええと、俺はこの修理をする前に今までの修理記録と、その前、セイドを作る時のあんたの<ルーシ>の形状を全部確認してから作業したんだけど、これで故障するなら、やっぱり、合ってないな───と思ったんだよ」
ロリイはまだ俯いたまま、顔を上げようとしない。言い方が悪かったと思った鍛冶は励ますつもりでさらに続ける。
「あー、だから、その、つまり、合ってないのは間違いなくて、ええと、セイドを見つけたら一度俺んとこ持って来いよ。揃ったところを見ないと何が原因か分からないからさ」
その言葉にロリイは驚く。彼の言葉はぶっきらぼうながら責任感があるように感じられた。問題があるなら一緒に解決しようとしてくれるのか。この鍛冶は今までの人とは違うような気がする。何かあったらまた持って来なさいと言った今までの人達とは。
ロリイは顔を上げ、鍛冶を真っすぐ見て僅かに口角を上げて頷いた。ロリイは必ず訪ねると約束してそこを後にした。
追跡装置の光点はまだ同じ場所で光っている。最初に向かう場所は東中央駅。そこから移動してしまう前に到着しなければならない。
ロリイは急いだ。
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