非凡人間の日常

おしゅれい

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優等生の憂鬱5

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ーー屋台のおっちゃんサイド
「おっちゃん……実はオレ、割れてるんだ」
 目の前にいるカイがなにやら深刻そうに呟く。
「ん? 割れてるって……何が?」
「尻尾」
 そう言って尻尾を見せつけてくるカイ。
「あぁ、お前って猫だったのか」
「猫だよ! 猫又だよ! 普通に耳ついてんだろうが! どこに目つけてんの!?」
 言われて見ると確かにカイの頭には黒い猫耳があった。
「ところでさぁ、お前……」
 カイがオレを訝しむように見る。
「さっきから何やってんの?」
「何って……オレンジジュース作ってる」
「あ、うん。あのね。なーんかまたメニュー増えてるなあって気になってはいたさ」
「とんでもないモンスター客からの要望があってな」
「あぁ、そうなんだ。お前も大変だな。でもさ、思うんだ。普通オレンジを自分で搾るかぁ!? ミキサーとか使えよっ!」
「いやぁ、やるからにはここまでやんないとかなって思って」
 オレが言うとカイは「はぁー」と呆れたような感嘆するような声を出す。
「でもまあ、やっぱり丹精込めて作ったものが喜ばれるっつーのは嬉しいもんだな」
 そう言って、隅っこの方でオレンジジュースを飲む客をちらりと見る。
「そういや今日は珍しく客が来てるんだなー。ていうかお前の店って客来るんだな! 初めて知ったわ」
「そりゃ来るわ! 失礼だな!」
 オレとカイのやりとりを見ていた客は面白そうに笑う。
 オレはその姿を見てしみじみと思う。
「ほんと、正義のヒーロー隊って凄いやつらだよな」
 オレの呟きを聞いたカイは「何言ってんだよ」と笑った。
「あいつらが凄いのはずっと前からだろ?」
「それもそうか」
「そんじゃおっちゃん。オレ、そろそろ帰るわ。今日は客見れて良かったぞ」
「うっさい! いつもはもっといるっつーの!」
 割れた二つの尻尾をフリフリと振って去っていくカイ。こうやって見るとよくオレは今まであいつが猫だと気づかないでいたななんて思う。

ーーミカササイド
 俺はちらりと隣の席を見る。隣の席ではショウマが機嫌良さそうに荷物を鞄に詰めている。
 謝らなくちゃ。そうは思うもののタイミングが分からず放課後になってしまっていた。
 あれだけ酷い対応をしておいて今さら許して欲しいとは思わない。ただ、どうしても謝りたかった。
(……よし!)
 心の中で「行ってこい」と自分の背中を押し、俺はショウマに声をかけた。
「あ、あのさぁ、ショウマ」
「ん?」
 ショウマが俺の方を見る。
「酷く当たったりして、ごめんね。ショウマが俺に話しかけてくれたこと、それって凄くありがたいことだって、気づいたんだ。だから……その……ずっと、俺のこと気にかけてくれててありがとね。それなのに冷たくしちゃって、ごめんね」
 まとまらない頭の中、なんとか言葉を引っ張り出して口にする。言いたいことを一通り言葉に出してショウマを見ると、ショウマは目をぱちくりさせ、不思議そうな顔をしていた。
「なんで謝ってるの? ミカサ、何かしたっけ?」
「えっ……?」
 戸惑う俺とは反対に、ショウマはニコニコと笑っている。
「なんのことか分からないけど、ま、大丈夫だよ。そんなことよりさ。ミカサ、病気は大丈夫?」
「えっ? 病気? 俺は元気だよ?」
 唐突な質問に聞き返すと、ショウマは「あっ」と言って笑った。
「病気だったのオレだわ」
 その様子を見て、俺も笑ってしまう。なんだかとても安心した。
「ねえねえ、ミカサ! 一緒に帰らない?」
 前に冷たく返してしまった質問をショウマは再び口にする。その質問に今度は満面の笑みを見せて答える。
「うんっ!」
「おーい! ミカサー! ショウマー!」
 二人で教室を出ると、突然声をかけられる。
 俺はその声を聞いてパッと顔を明るめた。
「先輩方!」
 手を振ってこちらを見ている正義のヒーロー隊の姿を確認すると、俺とショウマは顔を見合わせ三人の方へ駆け寄った。
「今終わったんですか? 俺らも今から帰るところなんです。一緒に帰りませんか?」
「おうよ! オレらもちょうど誘おうと思ってたところだ!」
「でもさ、このまま帰るってのもアレだから……」
「屋台でも寄ってこうぜ!」
「はいっ!」



「おっちゃん! オレら正義のヒーロー焼き三つな!」
「はいよ」
「オレは焼きおにぎりで!」
「おぉ、ショウマ! お前大丈夫だったかー?」
「いやもう死ぬかと思った……! はぁ……やっとおっちゃんのおにぎり食べられる……!」
「ははっ。大げさだなぁ、ショウマは。……で、お前は?」
 屋台のお兄さんが俺の方を見る。俺はへにゃりと笑って言った。
「オレンジジュースで!」
 俺の言葉を聞いたお兄さんは呆れたように言う。
「オレンジジュースってお前……どうせなら食い物頼めば良いのに」
「えっでも……お兄さんのオレンジジュース、凄く美味しいから……」
 俺がそう言うと、お兄さんは「はぁ~」と大きく息を吐いた。
「お前、本当弟っぽいというか……可愛がられるよ」
 うん……?よく分からないけど褒められた?とりあえずえへへと笑っていると、背後から重苦しい溜め息が聞こえてきた。
「……なんで正義のヒーロー隊と一緒にいるんだよ……」
「あっ! 天使さんだ!」
 そこにいたのは前に俺の話を聞いてくれた片羽の天使だった。
「ユーリで良いよ」
 そう言いながらたい焼きを頼むユーリさん。
「こんなアホどもと一緒にいるとあんたまでアホになるぞ……ショウマみたいに」
 ユーリさんは物憂げにショウマの方を見て、「あいつも最初は可愛かったのに」と呟く。
 その様子を見ているとなんだかいてもたってもいられなくなり、気がついたら俺はユーリさんの名前を呼んでいた。
「ユーリさん!」
「ん?」
 ふーふーとたい焼きを冷ます手を止め、俺を見るユーリさん。俺はなんとか言葉を繋げる。
「正義のヒーロー隊は、良い人だよ……!」
 正義のヒーロー隊はただアホなだけの人間じゃないんだ。正義のヒーロー隊の良さをユーリさんにも分かって欲しい……!
「あんた……」
 俺を見てユーリさんは呟く。
「洗脳されてるよ」
「ええっ!? そんなことないよ! 正義のヒーロー隊はほんとに良い人なんだって! ほら、ユーリさんも心の壁を取り除いて……!!」
「どこの宗教勧誘だよ……」
 なんとかユーリさんを説得しようと必死になっていると、突然正義のヒーロー隊が大きな声を出した。
「よっし! お前ら。これから近所の公園で宝探しするぞ!」
 「何やってんだか」とユーリさんが呆れたように言う。
「でもまあ…………」
「あ、ユーリさん。俺、行ってくるね!」
「ああ、うん。またね」
 手を振るユーリさんの表情は少し笑っているようにも見えた。
 正義のヒーロー隊の後ろを歩いていると不意に「にょー」という声が聞こえ、足を止める。
 すると、近くの木から黒い猫の耳と尻尾を持った少年が降りてきた。
「君がミカサかにょ?」
 独特な喋り方をする化け猫の少年……確か三年生のフィッシング先輩だ。よく正義のヒーロー隊と一緒にいるのを見かける。
「はい。ミカサです」
 俺が答えるとフィッシング先輩は間の抜けた声で「にょー」と言った。
「ミカサに一つ、聞きたいことがあるにょ」
「聞きたいこと……ですか?」
 フィッシング先輩は首を傾げ、俺に尋ねる。
「君は凄く頭が良いと聞いたにょ。成績優秀で何でもできるにょ。そんな人がどうして正義のヒーロー隊と一緒にいるにょ?」
「どうしてって……」
「別に悪いって言ってる訳じゃないにょ」
 俺が答える暇もなく、フィッシング先輩は言葉を続ける。
「正義のヒーロー隊ははっきり言って馬鹿にょ。君と一緒にいるにはあまりにも低脳にょ。不釣り合いにょ。それなのに、どうして一緒にいたいと思ったにょ?」
 俺は少し考え、「そうだね」と呟いた。
「確かに先輩方は俺とは違いすぎる。多分、俺の一番嫌いなタイプな人間だと思う。でも……」
「でも……?」
「あの明るさに触れた時、こんな俺も照らしてくれるんだって実感した瞬間、凄く嬉しかった。……それに」
 俺はフィッシング先輩をまっすぐ見て、とびっきりの笑顔を見せて言う。
「さらっと人を救っといて遊ぼうぜって……かっこよすぎるんです」
 そこまで言うとフィッシング先輩は満足そうな顔をして「そっか」と言った。
「おれも、同じだ」
 嬉しそうに笑うフィッシング先輩の顔はとても穏やかだった。
「おっと、こんなところで喋ってるとどんどん置いていかれるにょ。おれもついていくにょ!」
「わああ! ほんとだ! 急いで追いかけますよ!」
 その後、近所の公園で宝探しをしていた時。俺は一つの宝物を見つけた。
 先輩のヒーロー隊に報告しようか迷ったけど、きっとこれは正義のヒーロー隊が見つけないといけないものだろうと思い、俺はそれを元の場所に戻す。
 その代わりにと、俺は宝物に書かれた言葉をポツリと呟いた。
「おれの心を救ってくれてありがとう」
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