サージャント・マーヴィン

黒いテレキャス

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サージャント・マーヴィン

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良く手入れされた芝生の中、整然と並んでいるおびただしい数の純白の墓標。



アーリントン墓地。


思い出したくもない記憶も甦るので、あまり来たくはない場所だが…



今日はどうしてもここでぶちまけたい事がある。



「プライベート・ライアン」って映画を見てきた。




ひでぇクソ映画だったぜ。



俺達の知ってる戦争はあんなモンじゃないよな?




目を閉じる。





あれから53年も経ったのか…






マキン、タラワも、そうだったが上陸作戦は死なない方が不思議なくらいひでぇクソみたいなモンだ。


でも、それが俺達海兵隊の仕事。




あの映画みたいに水中まで弾が追いかけて来るって事はない。



大学出の士官がヒョーメンチョーリョクがどうのとか言ってたが…



怖いのは砲撃。


そして潜りっぱなしではいられないって事。




クソみたいな映画の中で良かったのは、あのドイツ兵だけだった。


ファイティング・スピリットの塊だし最後の瞬間まで希望を捨てなかった。



ああいう奴を俺の分隊にも欲しかった。




それに比べあのスナイパーはクソだった。



神がどうのとかブツブツ呟くクール・ガイ。



絵に描いたようなハリウッド映画のキャラクター。



照準中に喋ったら呼吸が乱れ正確な射撃ができなくなる。


狙撃を舐めるな。



オマハ・ビーチではヒットラーズ・チェンソーの弾幕の中、一発も当たらずに射点につくスーパーマン。



正に弾よりも速く、だ。あり得ない。




スプリングフィールド・ライフルのマガジンキャパは5発。



しかし、アイツは8発くらい連射してた。



俺達歩兵にとっちゃ残弾数は正に命がけの問題。




あの映画を作った奴らはそんな事に全く興味がないって事だ。




射たれた奴を分隊総出で取り囲んで治療するシーンもクソだった。



あんなところ攻撃されたら全滅だぞ。





陣地構築で味方の射線上にいる奴がいるのを見て目を疑った。



あり得ないクソみたいな場面だ。




戦車の機銃が全く射たないのもクソ。



生きてる戦車の前をウロウロできる訳ない。




あんな風に戦車囲んだら、まず煙幕張られるしな。



市街戦のシーンもクソだったし…



トム・ハンクスは最後ミンチになってなきゃおかしい。




ガバで射たれてるシーンで戦車の機銃があさっての方向向いてるのには呆れたぜ。



ドライバーの覘視孔にトンプ突っ込んで射ちまくって戦車の動き止めてたが…




映画では素通しになってたが実際はあそこには分厚い防弾ガラスがはまっててピストルの弾なんかじゃ絶対貫通できない。



歩兵の常識だがあの映画を作った奴らはそんな事も知らない。




一番クソだったのは…



捕虜を殺すか逃がすか揉めるシーン。



なんと二等兵が軍曹や大尉に食ってかかる。



あの映画を作った奴に軍隊経験がないのは間違いない。



俺はハイスクールでレスリング部だったが、そこでもコーチに逆らうなんて事はあり得なかった。


本ばかり読んで映画ばっかり見てた奴が書いた脚本なんだろう



クソ中のクソは…


あの修羅場を収めるのがトム・ハンクスが昔、教師をしていたとか言うクソどうでもいい話って事。


確かに戦地では戦争の話をしたくないからシャバでの暮らしについて盛り上がる事はある。



でもアレはあんな事じゃ絶対に収まらない。



あの時の事を思い出してしまう。



今風に言えばトラウマとか言うらしいが心の奥に押し込んで思い出したくない忌まわしい記憶




若いドイツ兵。



建物に手榴弾叩き込んで全員殺したと思ってたのに1人だけ生きてやがった。



倒れた壁の陰にいて爆風や破片の直撃を食らわなかったらしい。



両膝を地面に着き両手を上げてドイツ語で何か必死に訴えている。




何を言ってるのか分からなかったが命乞いしているのは明らかだった。




分隊全員ドイツ兵の前に並び黙り込んでいたが考えている事は皆同じだったと思う。



殺してしまえ。



国際法違反だが、ここにMPはいない。



この戦闘でこっちにも死者が出た。特にアイダホ出身のライリーは愉快な奴でみんなに好かれていた。



こいつがやったのかどうか分からないがどうでもいい。



こいつの仲間がやったのならこいつに責任をとらせりゃいい。




逃がすという選択肢はあり得なかった。




今考えれば、俺達みんな頭がおかしくなっていたのかも知れない。




突然、銃声が響きドイツ兵の胸から血が吹き上がり仰向けに倒れた。


俺の横に立っていたマイヤー上等兵のBARの銃口から硝煙が上がっていた。



憎々しげな目で倒れたドイツ兵を見ながら唾を吐いた。



至近距離から30-06を胸に一発。ハリウッド映画では何発も射たれた奴が生きてたりするが…


あんなの嘘っぱちだ。



ドイツ兵は即死していた。




小隊長のヘンリー少尉がため息をついた。



「マイヤー、銃の扱い方には気をつけろ。射つ時以外はトリガーガードに指を入れるな。暴発するぞ」



そう言うと自分のM1カービンでドイツ兵に一発撃ち込んだ。



結局、分隊全員が「銃を暴発させ」ドイツ兵の死体を撃った。




俺もやった。




その時はザマァ見やがれいい気味だ。




確かにそう思っていたはずなのに…




何十年も経ってあの時の事が夢に出てくるようになった。



悪夢として。




そして、あの映画だ。



分隊の生き残りは映画を見たのだろうか?




戦友会では絶対に触れられない、あの時の事を思い出しているのだろうか?




「マーヴィン軍曹」



背後から声をかけられ目を開き振り向く。



杖をついた一人の大柄な老人が立っている。




マイヤー元上等兵






ドイツ兵を「暴発」で殺した時と同じ目をしている

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