いのちだいじに~美食貴族かくあれかし~

手鳥 鮮

文字の大きさ
12 / 28
第二章 寸胴一つあれば大抵どうにかなります

郷愁と興奮、そして家令

しおりを挟む
 国境でもなく長くもない、トンネルではなく門を抜けると故郷であった。

 衛兵や行商、カンパーニュの領民達が馬車を避ける。馬車の側面、そして騎士団の鎧に施された、交差する剣を月桂樹らしき植物が丸く囲う金の紋章は、この世界では実際の影響力を伴っていることを実感する。

 月桂樹の葉の花言葉は”栄光・栄誉・勝利”、そして”私は死ぬまで変わりません”だ。キュイジーヌ家の有り様を表すのに、これ以上の意匠は無いだろう。

 マック・キュイジーヌの記憶が郷愁を感じると同時に、俺は幾度となく見てきたはずの‟つる×まほ”の街並みに、改めて胸を打ちふるわせていた。断罪イベントで主人公を操作して歩いたのは、まさしく門から一直線に続くこの通りであった。

 「凄いな……」

 「マック、どうしたの?」

 ハティが怪訝な顔で俺の顔を覗く。

 「いや、父上の名代として帰ってきたと思うと気の引き締まる思いがするな、と思っただけだ」
 
 誤魔化すようにして、急いで言葉を継いだ。

 「推定人口は三千人くらいでしたか?」

 「あぁ、資料しゅ……ではなく記録によると概ねその辺りらしい。王都や王都周辺の都市は経済的な旨味があり万を超すそうだが。この辺境では、そこまでの人口は望み薄だな。ただでさ稠密な感が否めないのだから」

 ファン王国の南端を守護するこの城塞都市は、その強固な外壁が魔物の襲撃を悉く退け、そして人口増加の枷としても機能しているのだった。

 「ままならないものだな、何事も」

 漏れた呟きは、馬車の小さな揺れに掻き消された。






 門を潜ってからというもの、馬車の揺れが大分マシになった。カンパーニュの大通りは石畳で舗装されており、道行く馬車馬も心なしかご機嫌に見える。

 門から少し入ると、通りの左右に様々な露天が現れた。食料品から宝飾品まで、人から本まで、様々雑多な色に客引きの声が飽和し、混沌としている。品の豊富さはその露天の勢いを象徴しているようで、実店舗を持つとそれを壁で隠すようになるというのは面白い。

 建物に奇抜さは無いが、質実剛健な白い壁が陽光を弾く。塗装の剥げかけた古い店は、当時最新のものだったであろう時代遅れのデザインを隠すように木箱を表に積んでいる。

 庶民では到底手の出ない艶の反物をこれ見よがしに店頭に飾っている店に冷めた視線を投げつけていると、ハティが鼻をヒクつかせた。

「良いにおい……」

 ハティから遅れること数秒、俺も食欲を誘う香りにようやく気が付いた。煙と脂の香り。肉の焼ける香りだ。

「さぁさぁ、キュイジーヌ領名物のオークの塩焼きだよ~! 朝どれのオークを捌いた一品だ! それが今なら一つ銅貨五枚! お! そこの格好いい冒険者の兄さん。思い出にどうだい?」

 小さな木造の屋台の前には大きな鉄製の焼き網が置かれ、その上に肉と野菜が刺さった鉄串が並んでる。店主は中年の男で、大きな笑顔と声で客を引いている。時折、思い出したかのように串を返すと、また顔を通りに向けた。

 屋台を囲むようにして、様々な種族が串焼きを手に取り談笑している。ボンレスハムのような四肢の、ずんぐりむっくりした髭面のオヤジはドワーフ。トウモロコシの髭のように滑らかな長髪から尖った耳を覗かせている彼女はエルフ。二足歩行のトカゲはリザードマン。彼か彼女かは定かでない。異なる姿に服装、種族や文化の違いもあるが、串焼きを囲んで浮かべる笑顔は皆一様だ。

「オークの塩焼きを売る屋台ですね。懐かしいです」

 カロリーヌがガラス越しの思い出に浸っている。一生分食べたような料理でも、こうして感慨を擽るのだと思うと、料理人を志した自分を少し褒めたくなった。

「折角の里帰りだ。どうせなら魔物を片付けるだけでなく、新しい名物の一つでも残したいものだが……。ああして多くの種族や商人が集まるのだから、新しい名物が生まれれば領都の発展に寄与してくれるだろう」 

それは巡り巡って俺の評価に繋がる。一石二鳥と言う奴だ。

「味見は任せる!」

「どうせなら試作も手伝いなさいよ。あんたがメイドだってこと、時々忘れちゃいそうになるのよね」

「全くだ」

俺とカロリーヌの呆れを受け流すように、ハティは窓の外を眺めていた。





 通りを進むと、大きな広場があった。噴水を囲うようにして広がるそれを通り過ぎると、緩やかにカーブする坂道の上に豪奢な屋敷が現れた。俺の生まれたキュイジーヌ邸だ。そして、シナリオに則れば、俺が勇者に殺される場所でもある。揺り籠から墓場まで。自然の丘を利用し、鉄柵に囲まれたそれは、今は大掛かりな墓標のようにも感じられた。

 屋敷に続く坂道の足元には、大きな建物が軒を連ねている。行政区画とでも呼ぶべきそこは、背後の広場から僅かに聞こえる喧騒雑踏によって、その重苦しい雰囲気を色濃くしている。今は用が無いとばかりに、御者は馬を屋敷に急がせた。

 坂道を上ると、鉄の門扉が立ちはだかった。左右に伸びる鉄柵の向こうには、手入れされた品の良い庭園が広がり、美しい庭木と花々が揺れている。庭園の奥には壮麗な屋敷が聳え、主人のいない今はどこか寂し気に見える。 

 門番を走らせ馬車を滑り込ませた広い玄関口では、使用人と騎士達が左右に整列して出迎えてくれた。

 俺が馬車のステップを降りるのを見計らい、ロマンスグレーの執事が傍に寄った。

「お帰りなさいませ、マック様。王都よりの長旅お疲れ様でございます」

「あぁ、出迎えご苦労、トーマス。なかなか刺激的な道中だったぞ。早速だが、執務室で報告を聞かせてもらおうか」

 「かしこまりました」

 重厚な木の玄関扉の奥には、客人を飲み込むようにしてエントランスが吹き抜けていた。富や権勢を誇るように豪華な調度品や美しい絵画が飾られている。正面には二階に続く大階段があり、踊り場に掲げられた初代の肖像画を挟むようにして二手に分かれている。

 「こちらへ」

 人気ひとけを増した屋敷の廊下は、蠕動運動をする内臓のように俺達を執務室まで運んだ。

 執務室の扉を開ける前に廊下の窓から外を見ると、視界の下端に中庭の噴水が見えた。龍頭の意匠から吹き出す水が見事な光華を放っていた。 

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~

楠富 つかさ
ファンタジー
 ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。  そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。 「やばい……これ、動けない……」  怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。 「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」  異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!

処理中です...