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第二章 寸胴一つあれば大抵どうにかなります
ライゼ村攻略会議の開始、そして青春と生まれ(中編)
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レックスの明らかな拒絶が天幕の空気をピンと引き締めた。
「そうか、すまないな。君の事情も知らず」と、俺は申し訳なさの裏に好奇心を隠しつつ謝罪の弁を述べた。貴族が冒険者に身を窶す、いや、窶すなどと勝手に言って良いものか分からないが、冒険者という今日明日を生きる職業に就く理由とは何だろうか。オークに腹を強かに打ち据えられる姿を見た後では、あたかも人生や命をアンティに壮大で無茶苦茶な博打をしているように思えてならない。
人の振り見て我が振り直せではないが、そうだ、よくよく自分に目を向けてみれば、将来の死を回避するために今死ぬ目に遭っているのは、なんだかあべこべな感がある。死なないために死に急ぐ。これ如何に。
何やら人生に不穏な気配を感じ戦慄する俺を尻目に、どうやら漸くシリアルバーを嚥下し終えたハティが口を開いた。
「ハティも家出中だよ」
「ほう」、と誰かが言った。一人かもしれないし、全員かもしれない。そう言えば彼女も以前、生家を出た云々漏らしたことがあった。
「そこの食いしん坊のお嬢ちゃん、ハティって名前なのか。家出中なら俺とお揃いだな」
「お揃い。むふっ」
にやり、とレックスは口の端を持ち上げてハティを見た。彼女も満更ではない顔である。
貴族と生まれの不確かなメイドという相反する二者に、意外な共通点があるものだ。無論、その背景事情は異なるのだろうが。
「レックスあんたねぇ、女の子の家出なんて危険極まりないのよ?心配くらいしたら――」
「そうだよ。只でさえ彼女はまだ10代半ばの子供なんだ。身一つで生きていくには、社会は過酷で――」
常識人A・Bことエスメルとランスがレックスに食って掛かる。一方はハティの同性として、一方は人生の先達として、至極真っ当なことを言っているように思えた。
「ガキが家を出る理由なんざ、数える程しかねぇだろうが。家族と一悶着あったから、外の方が幸せだから、愛情を確めたいから、死にてぇから。まぁ、人それぞれだろうが、どれも陸でもねぇことに変わりねぇな。ガキがガキなりに考えてやってんだから、お前らがやいやい言うもんじゃねぇよ」
レックスが指折り挙げるそれらは、どれも確かに陸でも無いものだ。今の自分達にとっては、という注釈が付されるが。物理的に距離を置き。時間的にも距離を置き。そうして振り返る体力的、精神的、経済的諸々の余裕ができた今、彼等はこうして若者の浅慮を窘めることが出来ている。自分自身に岡目八目なのだ。
ハティやレックスの事情は頓と知らないが、こうして立派に独り立ちしている二人を見ていると、惨めったらしく家族の側に居付いていた自分が何故か恥ずかしく感じてしまった。博打を打たないことは褒められたこと、それは世間一般の共通認識のはずだが、反骨精神が肉を纏い、皮を被り、毛を生やしたような青少年の時期に限ってはそうではないのだろうか。馴染もう馴染もうとする人生の中で、馴染まない事が許される貴重な時期を、俺は無駄にしてしまったのかもしれない。勿体ない、残念、そんな言葉ばかりが頭に浮かんでは弾けてゆく。
「では、そろそろ本題に戻っていいだろうか」
ボールスが何度目かの空咳をした。
「≪竜の牙≫の面々、騎士団、共に作戦行動に支障が無いのは僥倖だ。オークを狩るにしても、私やマック様が相手取れる数には限度がある」
部下達を助けたボールスの実力は推して知るべし。馬上からの一撃で決めきれずとも、集団で当たればよいのだ。副騎士団長という肩書やランスの信を見るに、彼の指揮能力は相当に優れているのであろうと察せられる。
卓に執務室で見た地図が広げられた。幾らか背の縮んだ蝋燭の心許無い光に照らされたそれに、皆の視線が注がれる。
「良く出来た地図だが……これはあまり表に出すもんじゃねぇな?」
流石貴族の生まれと言うべきか、レックスは地形や植生、魔物の分布が詳細に記された地図の戦略的重要性を認識している。
「マック、どういうこと?」
「人は何処までも愚かだ、ということだ」
「ハハッ、その通りだ坊ちゃん」
ハティは疑問を更に深めて眉を寄せ、レックスは乾いた笑い声を上げた。
人が土地という財産にかける思いは並大抵ではない。
魔物という大きな障害が存在するこの世界で、貴族は領地を殊更大切に思っている。これは文化や領民という意味合いもあるにはあるが、主たるは❝領土❞、つまりは土地の広さこそを重要視しているのだ。高層ビルのように縦に居住域を広げる発想の薄いこの世界では、横の広さこそが税収の多寡に直結するのである。そして税収は自家の権勢へと繋がる。
拡大しようにも外は魔物の領域。ではどうするか。――そう、近隣の領から奪うのだ。表向き、そういった軽軽な行いは自重すべきという風潮がある。しかし、それで止まる人の欲ではない。そうして生まれる欲に塗れた小競り合いは、語られることの無い汚点をファン王国史に度々残している。
こうした精度の高い地図は、今回のような防衛にも、そして逆に侵攻にも極めて有用なのである。
「皆、呉呉も盗みや写そうなどと考えぬように。これから肩を並べる仲間を手にかけるのは、感情面でも戦力低下という面でも、あまり気が進まないからな」
ボールスが意味有り気に右拳を握り、俺を避けて天幕の内に居並ぶ一人一人に鋭い視線を向けた。
「も、勿論です! ね、レックス!」
「応とも。うちにそんな馬鹿な事する奴はいねぇよ」
思わせぶりな強面に、エスメルが緊張で上ずった声を上げた。
「では、先ずはライゼ村についてだが、キュイジーヌ領の南端にある山間の小村だ。川を跨るようにして東西に分かれ、それぞれに東門・西門が設けられている。村の中央には寄合所があり、村長宅でもあったそうだ」
地図に目を遣ると、東西門を貫通する道があり、中央には橋が架かり村の東西を結んでいるようだ。一際大きな家屋の記号は、件の村長宅兼寄合所なのであろう。
「それなりの居住者に衛兵も多くはないが駐留していた。生存者の言に拠れば、オークの集団は夜間、村人達が寝静まった頃を見計らい襲撃してきたそうだ。その際、村長の家を真っ先に狙ったことから、それなりに知能を有した個体が率いている可能性が高いと見ている」
「腹の立つことに、奴らの手落ちは生存者を逃がしたことくらいだ。しかし、そうでなければ我がキュイジーヌ家は今も襲撃に気付けていなかった可能性もある」
冒険者ギルドにて浴びせられた少女の怨言が脳内に木霊し、感情を今一度千々に乱した。実に理不尽なものであったが、彼女の身に降りかかった不幸に比べれば、生易しい。比することすら烏滸がましい。あの時応接室で支部長のヘンリーがそうしたように、少女の発する感情の濁流を受け止めなければ、彼女は自重で潰れかねなかった。
「痛し痒し……いえ、生存者がいることを喜ばないといけませんね」
ランスが苦々しく顔を歪め、そう呟いた。
「そうか、すまないな。君の事情も知らず」と、俺は申し訳なさの裏に好奇心を隠しつつ謝罪の弁を述べた。貴族が冒険者に身を窶す、いや、窶すなどと勝手に言って良いものか分からないが、冒険者という今日明日を生きる職業に就く理由とは何だろうか。オークに腹を強かに打ち据えられる姿を見た後では、あたかも人生や命をアンティに壮大で無茶苦茶な博打をしているように思えてならない。
人の振り見て我が振り直せではないが、そうだ、よくよく自分に目を向けてみれば、将来の死を回避するために今死ぬ目に遭っているのは、なんだかあべこべな感がある。死なないために死に急ぐ。これ如何に。
何やら人生に不穏な気配を感じ戦慄する俺を尻目に、どうやら漸くシリアルバーを嚥下し終えたハティが口を開いた。
「ハティも家出中だよ」
「ほう」、と誰かが言った。一人かもしれないし、全員かもしれない。そう言えば彼女も以前、生家を出た云々漏らしたことがあった。
「そこの食いしん坊のお嬢ちゃん、ハティって名前なのか。家出中なら俺とお揃いだな」
「お揃い。むふっ」
にやり、とレックスは口の端を持ち上げてハティを見た。彼女も満更ではない顔である。
貴族と生まれの不確かなメイドという相反する二者に、意外な共通点があるものだ。無論、その背景事情は異なるのだろうが。
「レックスあんたねぇ、女の子の家出なんて危険極まりないのよ?心配くらいしたら――」
「そうだよ。只でさえ彼女はまだ10代半ばの子供なんだ。身一つで生きていくには、社会は過酷で――」
常識人A・Bことエスメルとランスがレックスに食って掛かる。一方はハティの同性として、一方は人生の先達として、至極真っ当なことを言っているように思えた。
「ガキが家を出る理由なんざ、数える程しかねぇだろうが。家族と一悶着あったから、外の方が幸せだから、愛情を確めたいから、死にてぇから。まぁ、人それぞれだろうが、どれも陸でもねぇことに変わりねぇな。ガキがガキなりに考えてやってんだから、お前らがやいやい言うもんじゃねぇよ」
レックスが指折り挙げるそれらは、どれも確かに陸でも無いものだ。今の自分達にとっては、という注釈が付されるが。物理的に距離を置き。時間的にも距離を置き。そうして振り返る体力的、精神的、経済的諸々の余裕ができた今、彼等はこうして若者の浅慮を窘めることが出来ている。自分自身に岡目八目なのだ。
ハティやレックスの事情は頓と知らないが、こうして立派に独り立ちしている二人を見ていると、惨めったらしく家族の側に居付いていた自分が何故か恥ずかしく感じてしまった。博打を打たないことは褒められたこと、それは世間一般の共通認識のはずだが、反骨精神が肉を纏い、皮を被り、毛を生やしたような青少年の時期に限ってはそうではないのだろうか。馴染もう馴染もうとする人生の中で、馴染まない事が許される貴重な時期を、俺は無駄にしてしまったのかもしれない。勿体ない、残念、そんな言葉ばかりが頭に浮かんでは弾けてゆく。
「では、そろそろ本題に戻っていいだろうか」
ボールスが何度目かの空咳をした。
「≪竜の牙≫の面々、騎士団、共に作戦行動に支障が無いのは僥倖だ。オークを狩るにしても、私やマック様が相手取れる数には限度がある」
部下達を助けたボールスの実力は推して知るべし。馬上からの一撃で決めきれずとも、集団で当たればよいのだ。副騎士団長という肩書やランスの信を見るに、彼の指揮能力は相当に優れているのであろうと察せられる。
卓に執務室で見た地図が広げられた。幾らか背の縮んだ蝋燭の心許無い光に照らされたそれに、皆の視線が注がれる。
「良く出来た地図だが……これはあまり表に出すもんじゃねぇな?」
流石貴族の生まれと言うべきか、レックスは地形や植生、魔物の分布が詳細に記された地図の戦略的重要性を認識している。
「マック、どういうこと?」
「人は何処までも愚かだ、ということだ」
「ハハッ、その通りだ坊ちゃん」
ハティは疑問を更に深めて眉を寄せ、レックスは乾いた笑い声を上げた。
人が土地という財産にかける思いは並大抵ではない。
魔物という大きな障害が存在するこの世界で、貴族は領地を殊更大切に思っている。これは文化や領民という意味合いもあるにはあるが、主たるは❝領土❞、つまりは土地の広さこそを重要視しているのだ。高層ビルのように縦に居住域を広げる発想の薄いこの世界では、横の広さこそが税収の多寡に直結するのである。そして税収は自家の権勢へと繋がる。
拡大しようにも外は魔物の領域。ではどうするか。――そう、近隣の領から奪うのだ。表向き、そういった軽軽な行いは自重すべきという風潮がある。しかし、それで止まる人の欲ではない。そうして生まれる欲に塗れた小競り合いは、語られることの無い汚点をファン王国史に度々残している。
こうした精度の高い地図は、今回のような防衛にも、そして逆に侵攻にも極めて有用なのである。
「皆、呉呉も盗みや写そうなどと考えぬように。これから肩を並べる仲間を手にかけるのは、感情面でも戦力低下という面でも、あまり気が進まないからな」
ボールスが意味有り気に右拳を握り、俺を避けて天幕の内に居並ぶ一人一人に鋭い視線を向けた。
「も、勿論です! ね、レックス!」
「応とも。うちにそんな馬鹿な事する奴はいねぇよ」
思わせぶりな強面に、エスメルが緊張で上ずった声を上げた。
「では、先ずはライゼ村についてだが、キュイジーヌ領の南端にある山間の小村だ。川を跨るようにして東西に分かれ、それぞれに東門・西門が設けられている。村の中央には寄合所があり、村長宅でもあったそうだ」
地図に目を遣ると、東西門を貫通する道があり、中央には橋が架かり村の東西を結んでいるようだ。一際大きな家屋の記号は、件の村長宅兼寄合所なのであろう。
「それなりの居住者に衛兵も多くはないが駐留していた。生存者の言に拠れば、オークの集団は夜間、村人達が寝静まった頃を見計らい襲撃してきたそうだ。その際、村長の家を真っ先に狙ったことから、それなりに知能を有した個体が率いている可能性が高いと見ている」
「腹の立つことに、奴らの手落ちは生存者を逃がしたことくらいだ。しかし、そうでなければ我がキュイジーヌ家は今も襲撃に気付けていなかった可能性もある」
冒険者ギルドにて浴びせられた少女の怨言が脳内に木霊し、感情を今一度千々に乱した。実に理不尽なものであったが、彼女の身に降りかかった不幸に比べれば、生易しい。比することすら烏滸がましい。あの時応接室で支部長のヘンリーがそうしたように、少女の発する感情の濁流を受け止めなければ、彼女は自重で潰れかねなかった。
「痛し痒し……いえ、生存者がいることを喜ばないといけませんね」
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一日でも早く仕事に目途をつけて、更新致します!
13ページ後半同じセリフ繰り返されてますね
教えていただいて助かりました。
読んでいただき、ありがとうございます。
慇懃無礼は良い意味ではありませんよ
ご指摘ありがとうございました。
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