いのちだいじに~美食貴族かくあれかし~

手鳥 鮮

文字の大きさ
28 / 28
第二章 寸胴一つあれば大抵どうにかなります

ライゼ村攻略会議の開始、そして青春と生まれ(中編)

しおりを挟む
 レックスの明らかな拒絶が天幕の空気をピンと引き締めた。

 「そうか、すまないな。君の事情も知らず」と、俺は申し訳なさの裏に好奇心を隠しつつ謝罪の弁を述べた。貴族が冒険者に身を窶す、いや、窶すなどと勝手に言って良いものか分からないが、冒険者という今日明日を生きる職業に就く理由とは何だろうか。オークに腹を強かに打ち据えられる姿を見た後では、あたかも人生や命をアンティに壮大で無茶苦茶な博打をしているように思えてならない。

 人の振り見て我が振り直せではないが、そうだ、よくよく自分に目を向けてみれば、将来の死を回避するために今死ぬ目に遭っているのは、なんだかあべこべな感がある。死なないために死に急ぐ。これ如何に。

 何やら人生に不穏な気配を感じ戦慄する俺を尻目に、どうやら漸くシリアルバーを嚥下し終えたハティが口を開いた。

「ハティも家出中だよ」

 「ほう」、と誰かが言った。一人かもしれないし、全員かもしれない。そう言えば彼女も以前、生家を出た云々漏らしたことがあった。

「そこの食いしん坊のお嬢ちゃん、ハティって名前なのか。家出中なら俺とお揃いだな」

「お揃い。むふっ」

 にやり、とレックスは口の端を持ち上げてハティを見た。彼女も満更ではない顔である。

 貴族と生まれの不確かなメイドという相反する二者に、意外な共通点があるものだ。無論、その背景事情は異なるのだろうが。
 
「レックスあんたねぇ、女の子の家出なんて危険極まりないのよ?心配くらいしたら――」

「そうだよ。只でさえ彼女はまだ10代半ばの子供なんだ。身一つで生きていくには、社会は過酷で――」

 常識人A・Bことエスメルとランスがレックスに食って掛かる。一方はハティの同性として、一方は人生の先達として、至極真っ当なことを言っているように思えた。

「ガキが家を出る理由なんざ、数える程しかねぇだろうが。家族と一悶着あったから、外の方が幸せだから、愛情を確めたいから、死にてぇから。まぁ、人それぞれだろうが、どれも陸でもねぇことに変わりねぇな。ガキがガキなりに考えてやってんだから、お前らがやいやい言うもんじゃねぇよ」

 レックスが指折り挙げるそれらは、どれも確かに陸でも無いものだ。今の自分達にとっては、という注釈が付されるが。物理的に距離を置き。時間的にも距離を置き。そうして振り返る体力的、精神的、経済的諸々の余裕ができた今、彼等はこうして若者の浅慮を窘めることが出来ている。自分自身に岡目八目なのだ。

  ハティやレックスの事情は頓と知らないが、こうして立派に独り立ちしている二人を見ていると、惨めったらしく家族の側に居付いていた自分が何故か恥ずかしく感じてしまった。博打を打たないことは褒められたこと、それは世間一般の共通認識のはずだが、反骨精神が肉を纏い、皮を被り、毛を生やしたような青少年の時期に限ってはそうではないのだろうか。馴染もう馴染もうとする人生の中で、馴染まない事が許される貴重な時期を、俺は無駄にしてしまったのかもしれない。勿体ない、残念、そんな言葉ばかりが頭に浮かんでは弾けてゆく。

 
 
「では、そろそろ本題に戻っていいだろうか」

 ボールスが何度目かの空咳をした。

「≪竜の牙≫の面々、騎士団、共に作戦行動に支障が無いのは僥倖だ。オークを狩るにしても、私やマック様が相手取れる数には限度がある」

 部下達を助けたボールスの実力は推して知るべし。馬上からの一撃で決めきれずとも、集団で当たればよいのだ。副騎士団長という肩書やランスの信を見るに、彼の指揮能力は相当に優れているのであろうと察せられる。

 卓に執務室で見た地図が広げられた。幾らか背の縮んだ蝋燭の心許無い光に照らされたそれに、皆の視線が注がれる。

「良く出来た地図だが……これはあまり表に出すもんじゃねぇな?」

 流石貴族の生まれと言うべきか、レックスは地形や植生、魔物の分布が詳細に記された地図の戦略的重要性を認識している。

「マック、どういうこと?」

「人は何処までも愚かだ、ということだ」

「ハハッ、その通りだ坊ちゃん」

 ハティは疑問を更に深めて眉を寄せ、レックスは乾いた笑い声を上げた。

 人が土地という財産にかける思いは並大抵ではない。

 魔物という大きな障害が存在するこの世界で、貴族は領地を殊更大切に思っている。これは文化や領民という意味合いもあるにはあるが、主たるは❝領土❞、つまりは土地の広さこそを重要視しているのだ。高層ビルのように縦に居住域を広げる発想の薄いこの世界では、横の広さこそが税収の多寡に直結するのである。そして税収は自家の権勢へと繋がる。
 
 拡大しようにも外は魔物の領域。ではどうするか。――そう、近隣の領から奪うのだ。表向き、そういった軽軽な行いは自重すべきという風潮がある。しかし、それで止まる人の欲ではない。そうして生まれる欲に塗れた小競り合いは、語られることの無い汚点をファン王国史に度々残している。

 こうした精度の高い地図は、今回のような防衛にも、そして逆に侵攻にも極めて有用なのである。

「皆、呉呉くれぐれも盗みや写そうなどと考えぬように。これから肩を並べる仲間を手にかけるのは、感情面でも戦力低下という面でも、あまり気が進まないからな」

 ボールスが意味有り気に右拳を握り、俺を避けて天幕の内に居並ぶ一人一人に鋭い視線を向けた。

「も、勿論です! ね、レックス!」

「応とも。うちにそんな馬鹿な事する奴はいねぇよ」

 思わせぶりな強面こわおもてに、エスメルが緊張で上ずった声を上げた。

「では、先ずはライゼ村についてだが、キュイジーヌ領の南端にある山間の小村だ。川を跨るようにして東西に分かれ、それぞれに東門・西門が設けられている。村の中央には寄合所があり、村長宅でもあったそうだ」

 地図に目を遣ると、東西門を貫通する道があり、中央には橋が架かり村の東西を結んでいるようだ。一際大きな家屋の記号は、件の村長宅兼寄合所なのであろう。

「それなりの居住者に衛兵も多くはないが駐留していた。生存者の言に拠れば、オークの集団は夜間、村人達が寝静まった頃を見計らい襲撃してきたそうだ。その際、村長の家を真っ先に狙ったことから、それなりに知能を有した個体が率いている可能性が高いと見ている」

「腹の立つことに、奴らの手落ちは生存者を逃がしたことくらいだ。しかし、そうでなければ我がキュイジーヌ家は今も襲撃に気付けていなかった可能性もある」

 冒険者ギルドにて浴びせられた少女の怨言えんげんが脳内に木霊し、感情を今一度千々に乱した。実に理不尽なものであったが、彼女の身に降りかかった不幸に比べれば、生易しい。比することすら烏滸がましい。あの時応接室で支部長のヘンリーがそうしたように、少女の発する感情の濁流を受け止めなければ、彼女は自重で潰れかねなかった。

「痛し痒し……いえ、生存者がいることを喜ばないといけませんね」

 ランスが苦々しく顔を歪め、そう呟いた。
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

文也
2024.07.20 文也

面白くなってきた!更新待ってます

2024.07.23 手鳥 鮮

ご感想ありがとうございます。

仕事の関係で更新が滞っており、申し訳ございません。

一日でも早く仕事に目途をつけて、更新致します!

解除
キラSS
2024.07.07 キラSS

13ページ後半同じセリフ繰り返されてますね

2024.07.07 手鳥 鮮

教えていただいて助かりました。

読んでいただき、ありがとうございます。

解除
使い魔猫
2024.07.04 使い魔猫

慇懃無礼は良い意味ではありませんよ

2024.07.04 手鳥 鮮

ご指摘ありがとうございました。
助かりました。

解除

あなたにおすすめの小説

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。