37 / 75
第三十七話 ドキドキが止まらない
翌日。いつもより早くに目覚めた私は、夜が明けて明るくなってきた空の下を、のんびりと散歩をしていた。
「朝は空気が澄んでいて、気持ちが良いですわね……それにしても、昨日はなかなか寝付けなかったのに、こんなに早くに目が覚めてしまうだなんて……」
アルフレッド様への恋心が自覚した影響か、目を閉じるとアルフレッド様のことばかりを考えてしまい、その度にドキドキして眠れなくて……眠ったら、今度はアルフレッド様が夢に出てきてしまい、それに驚いて目が覚めたら、まだこんな時間だった。
私って、自分で知らない間に、アルフレッド様のことを、こんなに好きになっていたのね。それを、相手はお母様を奪った戦争の元凶だって決めつけて、その気持ちを押し殺していたんだ。
「それが無くなった結果、こんな気持ちが溢れてきたと……なんていうか、我ながら笑ってしまいますわね」
復讐をするべき相手に、知らない間に好意を寄せていたのもそうだが、復讐という枷が無くなったら、自分でも制御がきかなくなるのは、さすがにどうかと思う。
そんなことを思いながら、やや自虐気味に笑っていると、中庭にとある人物がいるのを見つけた。
「あら、こんな早い時間に誰かいらっしゃいますわね。随分と早起きですこと……って、あれは……!?」
そこに立っていたのは、昨晩安眠出来なかった要因である、アルフレッド様その人だった。
どうやら、水の魔法を使って花に水をやっているみたいだ。アルフレッド様の周りには、遊びに来た小鳥たちが綺麗で可愛らしい鳴き声をあげながら、飛び回っている。
「……綺麗……」
小鳥たちを相手に、少し困ったように笑うアルフレッド様の姿は、まるで私が幼い頃に読んであこがれていた、白馬に乗った王子様のように見えて、さらにキュンキュンしてしまった。
どうしよう、今すぐに話しかけに行きたいけど、あの空気を壊すような真似はしたくないし、話そうと思っただけで、心臓が爆発しそうなくらい緊張している。
「こんな状態で行っても、ろくな話が出来なさそうですし……きょ、今日は出直したほうがいいですわね。うん、そうしましょう」
自分で言い訳をしたくせに、物陰からアルフレッド様を見るのが止められない。時間や体力が許されるなら、無限に見ていられそうだ。
……さすがにこれは、気持ち悪いような気がする。これでは、まるでストーカーみたいだ。
「そこの人、いつまでコソコソと見ているのかな?」
「えっ!?」
今まで、一度も私に視線を向けていないはずだったのに、アルフレッド様は的確にこちらを見ながら、声をかけてきた。
突然声をかけられた驚きと、声をかけてもらえたという緊張で、心臓がバクバクを通り越して、もの凄いことになっているが、話しかけられた以上、無視をするわけにもいかない。というより、したくない。
「おや、セリア様だったか。おはよう。随分と早いんだね」
「お、おはようごじゃいましゅ! あっ……」
開幕から早々に、思いきり噛んでしまった。私ったら、なんてザマなの? こんなことでは、家族にさらなる復讐をするだなんて、夢のまた夢だ。もっと心を強く持たなければ。
「ふふっ、まだ寝ぼけているのかな? 落ち着いて、この気持ちいい空気を一杯吸い込んでごらん」
「は、はい。すぅぅぅぅ……!」
ああ、こんな情けない姿を見せてしまったのに、家族のように笑ったりバカにしたりしないで、優しくしてくれるアルフレッド様、素敵すぎる……好きぃ……!
「少し落ち着いたかい?」
「ふぅ……はい、おかげさまで」
嘘だ。深呼吸をしたことで、確かに綺麗な朝の空気を取り込めたが、同時に、アルフレッド様の匂いまで嗅いでしまって……やっぱりこれではストーカー……いや、変質者だわ!
そんなことで、アルフレッド様に嫌われたくない。早くこの場を去らなければ……そう思ったが、すぐに別の考えが浮かび、弱気な考えを打ち消した。
「そうよ……何もしないで耐えるだけの日々は、あの日捨ててきたんだ。今の私は、自分から動かなくちゃいけない……あ、あの! アルフレッド様!」
「なんだい?」
「腕……組んでも、よろしいですか?」
「えっ? 随分と急だね……もちろん構わないよ」
思った以上に、あっさりと承諾を得られた私は、おずおずとアルフレッド様の腕に、そっと自分の腕を絡める。
昔読んだ本に、好きな人と腕を組むシーンがあったのを覚えていたから、お願いしてみたのだけど、幸福感で頭がふわふわしている。油断したら、だらしない顔になってしまいそうだ。
「まだ向こうの花には水を上げていないんだ。一緒にどうだい?」
「でも、私は魔法が……」
「それは大丈夫。僕に任せて」
そう言うと、アルフレッド様は水色の魔法陣を私の手のひらに描いた。ぼんやりと青く光っていて、とても綺麗だ。
「確か、初歩の魔法なら使えると言っていたね。なら、魔力自体はあるということ。魔力を魔法陣に流してごらん」
私は、魔法陣をジッと見つめながら、言われた通りに魔力を流す。
「光りましたわ! これで――」
水やりが出来る。そう思ったのに、魔法陣からは勢いよく水が放出され、まっすぐ私の顔を濡らしてきた。
「がぼぼぼぼ!?」
「セリア様、大丈夫か! 今止め……がばばばばば」
見えていないからよくわからないが、多分アルフレッド様が私を助けようとしてくれたのね。相変わらず優しい人だ。
「あ、止まった……魔力を流さないと、止まるのですね……」
「そ、そうなんだ……魔力のコントロールをするように言ってなかったね。今の魔力量だと、水が強すぎるんだ」
そうだったのね……せっかく何か一緒に出来ると思っていたのに、いきなり大失敗だ。
「水に濡れた君は、いつも以上に色っぽくて、とても素敵だね」
「ふふぇ!? あ、その、あの……あ、ありがと……ごじゃいましゅ……」
いつもなら、凛とした態度で返事が出来るはずなのに、褒められた上に、濡れていつも以上に……その、セクシーなアルフレッド様を相手に、ちゃんと喋られなかった。
「どうして僕を見てくれないんだ? なにか気に障ることをしてしまったかな?」
「ち、違いますわ! その……笑わないで聞いてほしいんですけど……濡れたアルフレッド様が、とても色っぽくて……直視、できません……でしたわ」
耳まで真っ赤になっているであろう状態で、アルフレッド様に言葉を伝える。
きっとアルフレッド様のことだから、お礼を言うか、僕も愛している! とか、感動で涙がぁ! とか、その辺りの反応が返ってきそうだ。
「っ……!」
「え……」
私の予想は、全てが外れた。代わりにアルフレッド様は、少しだけ私から目を逸らしながら、ほんのりと頬を赤くして照れていた。
それがあまりにも可愛すぎて……ずっと我慢していたのに、思わずだらしなくにやけてしまった。
****
■リズ視点■
「ふんふふ~ん! 今日も元気に張り切ってお仕事をしなきゃね!」
二つの国の戦争の話を聞いた時のショックで、何だか寝つきが悪くて、いつもより早くに仕事を始めたわたしは、鼻歌を歌いながら外に出た。
わたしは、突然ここに転がり込んできたんだから、皆さんよりも多くの仕事をしないとね! さあ、まずはお洗濯……って、あれは!
「セリア様とアルフレッド様だ!」
お二人も随分と早起きなんだね。せっかくだから声を……え、腕を組み始めた!? しかもセリア様から!?
あの甘々な雰囲気……あれって、間違いないよね? それに、セリア様からアタックしてるってことは……絶対に、アルフレッド様のことが好きになったよね!
セリア様ってば、ようやく自分の気持ちを自覚したんだね! 前々から、好きになってるのは明確で、早く気づけば良いのにって、いつもやきもきしてたから、なんだかスッキリした気分!
あの人はとても優しいから、きっと幸せにしてくれるはず。アルフレッド様を見てたら、絶対にそうだって確信が持てるよ!
「ついに、セリア様にも幸せが……あれだけいじめられていたんだから、誰よりも幸せになってもらいたいなぁ……」
わたしがセリア様と過ごした時間なんて、たかが知れているけど、その短い時間の間でも、セリア様のいじめられっぷりは酷かった。
そんなセリア様が、ようやく幸せへの第一歩を踏み出せたんだから、応援するのは当然だよね!
「わたしに何か出来ることってあるかな? とりあえず、今は邪魔をしないのは最優先として……こんなことなら、恋の一つでもしておくべきだった……!」
自慢じゃないけど、わたしは恋愛経験は全く無い。一応、故郷には仲の良い男の子のお友達がいたくらいだ。
う~ん……う~~~~ん……力になりたいのに、なにも思いつかないのって、すごく歯がゆいかも……とりあえず、お洗濯をしながら考えよっと!
「朝は空気が澄んでいて、気持ちが良いですわね……それにしても、昨日はなかなか寝付けなかったのに、こんなに早くに目が覚めてしまうだなんて……」
アルフレッド様への恋心が自覚した影響か、目を閉じるとアルフレッド様のことばかりを考えてしまい、その度にドキドキして眠れなくて……眠ったら、今度はアルフレッド様が夢に出てきてしまい、それに驚いて目が覚めたら、まだこんな時間だった。
私って、自分で知らない間に、アルフレッド様のことを、こんなに好きになっていたのね。それを、相手はお母様を奪った戦争の元凶だって決めつけて、その気持ちを押し殺していたんだ。
「それが無くなった結果、こんな気持ちが溢れてきたと……なんていうか、我ながら笑ってしまいますわね」
復讐をするべき相手に、知らない間に好意を寄せていたのもそうだが、復讐という枷が無くなったら、自分でも制御がきかなくなるのは、さすがにどうかと思う。
そんなことを思いながら、やや自虐気味に笑っていると、中庭にとある人物がいるのを見つけた。
「あら、こんな早い時間に誰かいらっしゃいますわね。随分と早起きですこと……って、あれは……!?」
そこに立っていたのは、昨晩安眠出来なかった要因である、アルフレッド様その人だった。
どうやら、水の魔法を使って花に水をやっているみたいだ。アルフレッド様の周りには、遊びに来た小鳥たちが綺麗で可愛らしい鳴き声をあげながら、飛び回っている。
「……綺麗……」
小鳥たちを相手に、少し困ったように笑うアルフレッド様の姿は、まるで私が幼い頃に読んであこがれていた、白馬に乗った王子様のように見えて、さらにキュンキュンしてしまった。
どうしよう、今すぐに話しかけに行きたいけど、あの空気を壊すような真似はしたくないし、話そうと思っただけで、心臓が爆発しそうなくらい緊張している。
「こんな状態で行っても、ろくな話が出来なさそうですし……きょ、今日は出直したほうがいいですわね。うん、そうしましょう」
自分で言い訳をしたくせに、物陰からアルフレッド様を見るのが止められない。時間や体力が許されるなら、無限に見ていられそうだ。
……さすがにこれは、気持ち悪いような気がする。これでは、まるでストーカーみたいだ。
「そこの人、いつまでコソコソと見ているのかな?」
「えっ!?」
今まで、一度も私に視線を向けていないはずだったのに、アルフレッド様は的確にこちらを見ながら、声をかけてきた。
突然声をかけられた驚きと、声をかけてもらえたという緊張で、心臓がバクバクを通り越して、もの凄いことになっているが、話しかけられた以上、無視をするわけにもいかない。というより、したくない。
「おや、セリア様だったか。おはよう。随分と早いんだね」
「お、おはようごじゃいましゅ! あっ……」
開幕から早々に、思いきり噛んでしまった。私ったら、なんてザマなの? こんなことでは、家族にさらなる復讐をするだなんて、夢のまた夢だ。もっと心を強く持たなければ。
「ふふっ、まだ寝ぼけているのかな? 落ち着いて、この気持ちいい空気を一杯吸い込んでごらん」
「は、はい。すぅぅぅぅ……!」
ああ、こんな情けない姿を見せてしまったのに、家族のように笑ったりバカにしたりしないで、優しくしてくれるアルフレッド様、素敵すぎる……好きぃ……!
「少し落ち着いたかい?」
「ふぅ……はい、おかげさまで」
嘘だ。深呼吸をしたことで、確かに綺麗な朝の空気を取り込めたが、同時に、アルフレッド様の匂いまで嗅いでしまって……やっぱりこれではストーカー……いや、変質者だわ!
そんなことで、アルフレッド様に嫌われたくない。早くこの場を去らなければ……そう思ったが、すぐに別の考えが浮かび、弱気な考えを打ち消した。
「そうよ……何もしないで耐えるだけの日々は、あの日捨ててきたんだ。今の私は、自分から動かなくちゃいけない……あ、あの! アルフレッド様!」
「なんだい?」
「腕……組んでも、よろしいですか?」
「えっ? 随分と急だね……もちろん構わないよ」
思った以上に、あっさりと承諾を得られた私は、おずおずとアルフレッド様の腕に、そっと自分の腕を絡める。
昔読んだ本に、好きな人と腕を組むシーンがあったのを覚えていたから、お願いしてみたのだけど、幸福感で頭がふわふわしている。油断したら、だらしない顔になってしまいそうだ。
「まだ向こうの花には水を上げていないんだ。一緒にどうだい?」
「でも、私は魔法が……」
「それは大丈夫。僕に任せて」
そう言うと、アルフレッド様は水色の魔法陣を私の手のひらに描いた。ぼんやりと青く光っていて、とても綺麗だ。
「確か、初歩の魔法なら使えると言っていたね。なら、魔力自体はあるということ。魔力を魔法陣に流してごらん」
私は、魔法陣をジッと見つめながら、言われた通りに魔力を流す。
「光りましたわ! これで――」
水やりが出来る。そう思ったのに、魔法陣からは勢いよく水が放出され、まっすぐ私の顔を濡らしてきた。
「がぼぼぼぼ!?」
「セリア様、大丈夫か! 今止め……がばばばばば」
見えていないからよくわからないが、多分アルフレッド様が私を助けようとしてくれたのね。相変わらず優しい人だ。
「あ、止まった……魔力を流さないと、止まるのですね……」
「そ、そうなんだ……魔力のコントロールをするように言ってなかったね。今の魔力量だと、水が強すぎるんだ」
そうだったのね……せっかく何か一緒に出来ると思っていたのに、いきなり大失敗だ。
「水に濡れた君は、いつも以上に色っぽくて、とても素敵だね」
「ふふぇ!? あ、その、あの……あ、ありがと……ごじゃいましゅ……」
いつもなら、凛とした態度で返事が出来るはずなのに、褒められた上に、濡れていつも以上に……その、セクシーなアルフレッド様を相手に、ちゃんと喋られなかった。
「どうして僕を見てくれないんだ? なにか気に障ることをしてしまったかな?」
「ち、違いますわ! その……笑わないで聞いてほしいんですけど……濡れたアルフレッド様が、とても色っぽくて……直視、できません……でしたわ」
耳まで真っ赤になっているであろう状態で、アルフレッド様に言葉を伝える。
きっとアルフレッド様のことだから、お礼を言うか、僕も愛している! とか、感動で涙がぁ! とか、その辺りの反応が返ってきそうだ。
「っ……!」
「え……」
私の予想は、全てが外れた。代わりにアルフレッド様は、少しだけ私から目を逸らしながら、ほんのりと頬を赤くして照れていた。
それがあまりにも可愛すぎて……ずっと我慢していたのに、思わずだらしなくにやけてしまった。
****
■リズ視点■
「ふんふふ~ん! 今日も元気に張り切ってお仕事をしなきゃね!」
二つの国の戦争の話を聞いた時のショックで、何だか寝つきが悪くて、いつもより早くに仕事を始めたわたしは、鼻歌を歌いながら外に出た。
わたしは、突然ここに転がり込んできたんだから、皆さんよりも多くの仕事をしないとね! さあ、まずはお洗濯……って、あれは!
「セリア様とアルフレッド様だ!」
お二人も随分と早起きなんだね。せっかくだから声を……え、腕を組み始めた!? しかもセリア様から!?
あの甘々な雰囲気……あれって、間違いないよね? それに、セリア様からアタックしてるってことは……絶対に、アルフレッド様のことが好きになったよね!
セリア様ってば、ようやく自分の気持ちを自覚したんだね! 前々から、好きになってるのは明確で、早く気づけば良いのにって、いつもやきもきしてたから、なんだかスッキリした気分!
あの人はとても優しいから、きっと幸せにしてくれるはず。アルフレッド様を見てたら、絶対にそうだって確信が持てるよ!
「ついに、セリア様にも幸せが……あれだけいじめられていたんだから、誰よりも幸せになってもらいたいなぁ……」
わたしがセリア様と過ごした時間なんて、たかが知れているけど、その短い時間の間でも、セリア様のいじめられっぷりは酷かった。
そんなセリア様が、ようやく幸せへの第一歩を踏み出せたんだから、応援するのは当然だよね!
「わたしに何か出来ることってあるかな? とりあえず、今は邪魔をしないのは最優先として……こんなことなら、恋の一つでもしておくべきだった……!」
自慢じゃないけど、わたしは恋愛経験は全く無い。一応、故郷には仲の良い男の子のお友達がいたくらいだ。
う~ん……う~~~~ん……力になりたいのに、なにも思いつかないのって、すごく歯がゆいかも……とりあえず、お洗濯をしながら考えよっと!
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!
山田 バルス
恋愛
この屋敷は、わたしの居場所じゃない。
薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。
かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。
「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」
「ごめんなさい、すぐに……」
「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」
「……すみません」
トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。
この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。
彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。
「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」
「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」
「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」
三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。
夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。
それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。
「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」
声が震える。けれど、涙は流さなかった。
屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。
だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。
いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。
そう、小さく、けれど確かに誓った。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
堅実に働いてきた私を無能と切り捨てたのはあなた達ではありませんか。
木山楽斗
恋愛
聖女であるクレメリアは、謙虚な性格をしていた。
彼女は、自らの成果を誇示することもなく、淡々と仕事をこなしていたのだ。
そんな彼女を新たに国王となったアズガルトは軽んじていた。
彼女の能力は大したことはなく、何も成し遂げられない。そう判断して、彼はクレメリアをクビにした。
しかし、彼はすぐに実感することになる。クレメリアがどれ程重要だったのかを。彼女がいたからこそ、王国は成り立っていたのだ。
だが、気付いた時には既に遅かった。クレメリアは既に隣国に移っており、アズガルトからの要請など届かなかったのだ。
自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?
長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。
王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、
「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」
あることないこと言われて、我慢の限界!
絶対にあなたなんかに王子様は渡さない!
これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー!
*旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。
*小説家になろうでも掲載しています。
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。