15 / 97
第十五話 長としての役目
しおりを挟む
町の中心から離れて、民家もほとんど無くなってきた頃、カロ君は小さな家の前で立ち止まった。
「ここが僕の家だよ」
「わかったわ。おじゃまします」
カロ君に続いて家の中に入り、おじいちゃんが寝ていると思われる部屋の中に案内してもらうと、衰弱した男性が眠っていた。
呼吸も荒いし、顔も高熱で随分と赤くなっているが、一番目立っていたのは……どこかにぶつけたのかと疑いたくなるような青アザが、顔にいくつもあったことだ。
「この症状は……随分前に猛威を振るった流行病の、モール病ね」
「流行病……?」
「ええ。モール病は、世界の各地で猛威を振るった恐ろしい病なの。この病にかかると、突然凄く高い熱が出て、動けなくなるくらい元気が無くなるの。それと一緒に、この青アザみたいなものが、体中に出てくるの」
「そんな……おじいちゃんは、助からないの……!?」
今にも泣きだしてしまいそうなカロ君の頭を優しく撫でながら、首を小さく横に振った。
「いいえ、大丈夫。この病は確かに怖いけど、治し方は昔の偉い人が見つけているわ。サリューっていう花に含まれる成分が、病の原因であるバイ菌をやっつけるのよ」
なるべくカロ君に心配をかけないように、わざと明るく振舞ってみせた。
……サリューが採れるシーズンがちょうど今なのだけど、採取できる場所には、サリューを好んで食べる、凶暴な熊が生息している。
しかも、ちょうど子供を育てる時期と重なるせいで、とても凶暴になっているし、サリューは栄養価が高いのもあってか、子供に与えてしまう。
それもあって、サリューは市場にはほとんど出回らないし、あったとしてもとても高価で、貴族やマグナス様のギルドのような大手の薬師ギルドが買い占めてしまう。
……とりあえず、一度ギルドに戻って、みんなに相談してみよう。
****
「なるほど、モール病ですか……」
特に何事もなくギルドに帰ってきた私は、製薬班の皆に事情を説明すると、揃って難しい表情を浮かべていた。
良くも悪くも、モール病は広く出回っている病だから、その治し方や、サリューを手に入れる難しさがわかっているということだ。
「この時代に、モール病にかかるとは信じられないっすね……」
「帰る前にカロ君……依頼人の男の子から聞いたのだけど、患者はかつて商人をしていて、世界の各地を旅していたそうです。その旅の中で生き残っていたモール病の病原体が体内に入りこみ、潜伏していたと思います」
「その可能性が一番高いでしょうね。モール病の潜伏期間は個人差でとても大きく左右されると、文献に書かれているのを見たことがあります。人によっては、何十年も潜伏するとか」
さすが製薬班の主任を務めるだけあって、レージュ様はとても博識だ。私が説明をする前に、しっかりと説明をしてくれたわ。
「でも、このままじゃその患者は長くは持たないんだろ? そんなことになったら、カロは一人ぼっちになってしまうじゃないか! ギルドの代表として、見過ごせないぜ!」
「ええ、その通りだわ。だから、なんとかしてでも助けてあげたい……けど……」
口で言うのは簡単だけど、肝心のサリューを手にれる術が私達には無い。
「うちが贔屓にしている商人で、サリューを扱えるような商人はいません。他の商人が持っていたとしても、売ってくれるかどうか……」
素材の仕入れを担当している事務の女の子が、悲しそうに眉尻を下げていた。
誰からも買えないのなら、あとは自分達で取りにいくしかないけど……本来サリューを手に入れるのには、何人もの手練れの兵士を連れてじゃないと不可能と言われているくらい、危険なことだ。
「よし、わかった。俺が――」
「却下だ」
「おいおいレージュ! 俺の言葉を最後まで聞く前に拒否するなって!」
「お前のことだ。自分がサリューを採りに行く、自分は強いから、野生動物程度に後れは取らないとか言いたいのだろう?」
「な、なんでわかるんだよ……エリシアもレージュも、俺のこと大好きかよ」
「大好きかは置いておくが、何年付き合いがあると思っている。それくらい、手に取るようにわかるに決まっているだろう」
軽口で何とか誤魔化そうとしたみたいだけど、それでレージュ様を誤魔化すことは出来なかったようだ。
「そ、それなら私がサリューを使わないで治す方法を探します! きっと諦めなければ……!」
「それが絶対にうまくいく保証は? モール病が大流行していた時代に、いくら研究してもサリューを使う以外に治す方法が無かったものを、どうやって探すのですか? それに、たった一件の依頼のために、全ての仕事を放りだすのですか?」
「ほ、他の仕事だってちゃんとやります!」
「なるほど、素晴らしい心意気ですね。しかし、それをするには、相当無理をしないといけないでしょう。それでもしあなたが倒れてしまったら、その後どうするのですか?」
「……それは……」
レージュ様が言っていることは、あまりにも正論だ。そして、それは嫌がらせで言っているのではなく、私とサイラス様、そしてギルドのことを考えて言っている。
だから、私はそれ以上、レージュ様の言葉に反論できなかった。
「エリシア様の気持ちも、サイラスの気持ちも、痛いほどよくわかります。僕としても、その少年と老人が、これからも幸せに過ごしてほしいと思っています。しかし、一人に固執してギルド長を失い、他の職員を路頭に迷わせるわけにもいきませんし、大切な仲間を犠牲にすることを承認するわけにもいきません」
「くっ……でもよ! たった一人を救えないで、沢山の人を救えるようなギルドになれるわけないだろ!」
「精神論で言えば、その通りだろう。だが、現実はそう甘くはない。サイラス、お前はギルドの長なんだ。真っ直ぐな正義の心は、いつの時代でも大切だが、上に立つ者として、切り捨てることも覚えろ」
「………………俺、部屋に戻るよ」
サイラス様は、まるで別人なくらい暗異表情を浮かべながら、静かに部屋を後にした……。
「ここが僕の家だよ」
「わかったわ。おじゃまします」
カロ君に続いて家の中に入り、おじいちゃんが寝ていると思われる部屋の中に案内してもらうと、衰弱した男性が眠っていた。
呼吸も荒いし、顔も高熱で随分と赤くなっているが、一番目立っていたのは……どこかにぶつけたのかと疑いたくなるような青アザが、顔にいくつもあったことだ。
「この症状は……随分前に猛威を振るった流行病の、モール病ね」
「流行病……?」
「ええ。モール病は、世界の各地で猛威を振るった恐ろしい病なの。この病にかかると、突然凄く高い熱が出て、動けなくなるくらい元気が無くなるの。それと一緒に、この青アザみたいなものが、体中に出てくるの」
「そんな……おじいちゃんは、助からないの……!?」
今にも泣きだしてしまいそうなカロ君の頭を優しく撫でながら、首を小さく横に振った。
「いいえ、大丈夫。この病は確かに怖いけど、治し方は昔の偉い人が見つけているわ。サリューっていう花に含まれる成分が、病の原因であるバイ菌をやっつけるのよ」
なるべくカロ君に心配をかけないように、わざと明るく振舞ってみせた。
……サリューが採れるシーズンがちょうど今なのだけど、採取できる場所には、サリューを好んで食べる、凶暴な熊が生息している。
しかも、ちょうど子供を育てる時期と重なるせいで、とても凶暴になっているし、サリューは栄養価が高いのもあってか、子供に与えてしまう。
それもあって、サリューは市場にはほとんど出回らないし、あったとしてもとても高価で、貴族やマグナス様のギルドのような大手の薬師ギルドが買い占めてしまう。
……とりあえず、一度ギルドに戻って、みんなに相談してみよう。
****
「なるほど、モール病ですか……」
特に何事もなくギルドに帰ってきた私は、製薬班の皆に事情を説明すると、揃って難しい表情を浮かべていた。
良くも悪くも、モール病は広く出回っている病だから、その治し方や、サリューを手に入れる難しさがわかっているということだ。
「この時代に、モール病にかかるとは信じられないっすね……」
「帰る前にカロ君……依頼人の男の子から聞いたのだけど、患者はかつて商人をしていて、世界の各地を旅していたそうです。その旅の中で生き残っていたモール病の病原体が体内に入りこみ、潜伏していたと思います」
「その可能性が一番高いでしょうね。モール病の潜伏期間は個人差でとても大きく左右されると、文献に書かれているのを見たことがあります。人によっては、何十年も潜伏するとか」
さすが製薬班の主任を務めるだけあって、レージュ様はとても博識だ。私が説明をする前に、しっかりと説明をしてくれたわ。
「でも、このままじゃその患者は長くは持たないんだろ? そんなことになったら、カロは一人ぼっちになってしまうじゃないか! ギルドの代表として、見過ごせないぜ!」
「ええ、その通りだわ。だから、なんとかしてでも助けてあげたい……けど……」
口で言うのは簡単だけど、肝心のサリューを手にれる術が私達には無い。
「うちが贔屓にしている商人で、サリューを扱えるような商人はいません。他の商人が持っていたとしても、売ってくれるかどうか……」
素材の仕入れを担当している事務の女の子が、悲しそうに眉尻を下げていた。
誰からも買えないのなら、あとは自分達で取りにいくしかないけど……本来サリューを手に入れるのには、何人もの手練れの兵士を連れてじゃないと不可能と言われているくらい、危険なことだ。
「よし、わかった。俺が――」
「却下だ」
「おいおいレージュ! 俺の言葉を最後まで聞く前に拒否するなって!」
「お前のことだ。自分がサリューを採りに行く、自分は強いから、野生動物程度に後れは取らないとか言いたいのだろう?」
「な、なんでわかるんだよ……エリシアもレージュも、俺のこと大好きかよ」
「大好きかは置いておくが、何年付き合いがあると思っている。それくらい、手に取るようにわかるに決まっているだろう」
軽口で何とか誤魔化そうとしたみたいだけど、それでレージュ様を誤魔化すことは出来なかったようだ。
「そ、それなら私がサリューを使わないで治す方法を探します! きっと諦めなければ……!」
「それが絶対にうまくいく保証は? モール病が大流行していた時代に、いくら研究してもサリューを使う以外に治す方法が無かったものを、どうやって探すのですか? それに、たった一件の依頼のために、全ての仕事を放りだすのですか?」
「ほ、他の仕事だってちゃんとやります!」
「なるほど、素晴らしい心意気ですね。しかし、それをするには、相当無理をしないといけないでしょう。それでもしあなたが倒れてしまったら、その後どうするのですか?」
「……それは……」
レージュ様が言っていることは、あまりにも正論だ。そして、それは嫌がらせで言っているのではなく、私とサイラス様、そしてギルドのことを考えて言っている。
だから、私はそれ以上、レージュ様の言葉に反論できなかった。
「エリシア様の気持ちも、サイラスの気持ちも、痛いほどよくわかります。僕としても、その少年と老人が、これからも幸せに過ごしてほしいと思っています。しかし、一人に固執してギルド長を失い、他の職員を路頭に迷わせるわけにもいきませんし、大切な仲間を犠牲にすることを承認するわけにもいきません」
「くっ……でもよ! たった一人を救えないで、沢山の人を救えるようなギルドになれるわけないだろ!」
「精神論で言えば、その通りだろう。だが、現実はそう甘くはない。サイラス、お前はギルドの長なんだ。真っ直ぐな正義の心は、いつの時代でも大切だが、上に立つ者として、切り捨てることも覚えろ」
「………………俺、部屋に戻るよ」
サイラス様は、まるで別人なくらい暗異表情を浮かべながら、静かに部屋を後にした……。
435
あなたにおすすめの小説
家の全仕事を請け負っていた私ですが「無能はいらない!」と追放されました。
水垣するめ
恋愛
主人公のミア・スコットは幼い頃から家の仕事をさせられていた。
兄と妹が優秀すぎたため、ミアは「無能」とレッテルが貼られていた。
しかし幼い頃から仕事を行ってきたミアは仕事の腕が鍛えられ、とても優秀になっていた。
それは公爵家の仕事を一人で回せるくらいに。
だが最初からミアを見下している両親や兄と妹はそれには気づかない。
そしてある日、とうとうミアを家から追い出してしまう。
自由になったミアは人生を謳歌し始める。
それと対象的に、ミアを追放したスコット家は仕事が回らなくなり没落していく……。
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。
【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪
山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。
「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」
そうですか…。
私は離婚届にサインをする。
私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。
使用人が出掛けるのを確認してから
「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』
鷹 綾
恋愛
「君は王太子妃に相応しくない」
その一言で、私は婚約を破棄されました。
理由は“真実の愛”。選ばれたのは、可憐な令嬢。
……ええ、どうぞご自由に。
私は泣きません。縋りません。
なぜなら——王家は、私を手放せないから。
婚約は解消。
けれど家格、支持、実務能力、そして民の信頼。
失ったのは殿下の隣の席だけ。
代わりに私は、王太子女として王政補佐の任を命じられます。
最初は誰もが疑いました。
若い、女だ、感情的だ、と。
ならば証明しましょう。
怒らず、怯えず、排除せず。
反対も忠誠も受け止めながら、国を揺らさずに保つことを。
派手な革命は起こしません。
大逆転も叫びません。
ただ、静かに積み上げます。
そして気づけば——
“殿下の元婚約者”ではなく、
“揺れない王”と呼ばれるようになるのです。
これは、婚約破棄から始まる静かな逆転譚。
王冠の重みを受け入れた一人の女性が、
国を、そして自分の立場を塗り替えていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる