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第一話 虐げられる日々
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「ちょっと、エルミーユお姉様? 部屋の隅に髪の毛が落ちてるよ? ちゃんと掃除してよぉ~」
ある日の朝、私は日課である廊下の掃除を行っていると、小柄で可愛らしい金髪の少女が、髪を耳にかけながら難癖をつけてきた。
髪の毛が落ちているなんてありえない。
だってそこは、つい先程丁寧に掃除をして、ピカピカになっているのを確認しているのだから。
「ほら、ここに髪の毛が落ちてるじゃない!」
「……コレット、そこはさっき私が掃除をしましたから、髪の毛が落ちているなんてことは、ありませんわ。それに、この長さはどう見てもあなたのです」
「あたしが汚れてるって言ったら汚れているの! あたしの言うことが信じられないの!?」
金髪の少女――私の妹であるコレット・ワーズは、まるで子供のように喚きながら、その場で地団太をした。
「何を騒いでいますの?」
コレットが癇癪を起こしていると、コレットと同じ金髪の美しい女性が、カツッカツッと足音を立てながらやってきた。
彼女の名はフィオーラ・ワーズ。私の義理の母親で、コレットの実の母親だ。
とある理由で、私のことを目の敵にする一方、実の娘であるコレットのことは溺愛している。
「お母様ー! あたしが廊下に汚れがあるって言ったら、エルミーユお姉様があたしをいじめたの!」
「それは濡れ衣です、お義母様。私は――」
「まあ、なんて酷い子なの!!」
私の良い分なんて一切聞く耳を持たないお義母様は、私の頬に平手打ちをお見舞いした。
その遠慮なさは、廊下に響いた乾いた音の大きさが、全てを物語っている。
「っ……」
私は叩かれた頬を抑えながらも、何も抵抗をせずにその場で目を伏せる。
叩かれた頬がジンジンと痛むけど、こんな理不尽なことは、いつものことだ。
お義母様は、コレットが言うことはなんでも信じるし、なんでも許す。欲しいものはなんでも買い与えるし、お願いも嫌な顔をせずに聞く。
でも、私の話は一切聞いた試しはない。私にはなにも買い与えてくれないし、お願いなんて言った日には、生意気だと平手打ちが飛んでくるだろう。
それどころか、今のように私のことを一方的に悪者にして暴力を振るうのは、もはや日常の一環となっている。
こんな理不尽な義理の母と妹だが、外ではワーズ子爵家の夫人と令嬢として、とても良い顔をしているため、社交界では評判が良い。
「ああコレット、私の可愛い娘。こんな醜い女にいじめられて、さぞ傷ついたでしょう?」
「ぐすんっ、心配してくれてありがとう、お母様。あたしは大丈夫よ」
私のことなど一切気にせず、お義母様はめそめそと泣くフリをするコレットのことを抱きしめる。
あんなふうに、私はお義母様に抱きしめられたことはない。
それほど私は、お義母様に目の敵にされている。
幼い頃は、ああして甘えたいと思っていた時期はあったけど、今ではそんな気持ちは欠片もない。
むしろ、今されたら体中から嫌な汗が流れ出て、体が拒絶反応を起こすだろう。
それくらい、私はお義母様もコレットも大嫌いだ。
「まったく、もうすぐ大切なお客様がお越しなられるというのに、汚れがあるせいでワーズ家の名前に傷が付いたら、どうしてくれますの!?」
「申し訳ございません、お義母様」
ここで謝る以外のことをしても、さらに怒りをヒートアップさせるだけだ。
だから、適当に合わせてこの嵐が通り過ぎるのを待つ。これが私のやり方だ。この家で、なるべく平和に生きる方法といっても過言では無い。
まあ、失敗することはしょっちゅうで、よく平手打ちされたり、お腹を殴られたり……色々されている。
「……なんですの、その反抗的な目は?」
「反抗的だなんて、滅相もございません。これは大切なお母様からいただいた、大切な目です」
「それが腹立たしいのよ! 私の大切な旦那をたぶらかした、忌々しい女狐を思い出しますの!」
「っ……!」
再び乾いた音が、廊下に響き渡った。
きっと私の両頬は、赤く染まっているだろう。それくらい、二回のビンタには遠慮がなかった。
「申し訳ございません。では、私は仕事に戻りますので」
「ふん、本当に忌々しい……これだからバケモノ女は……あなたなんか、生まれてこなければよかったのに。とにかく、さっさと仕事を終わらせて、身支度をしをなさい」
「そうだお母様、例のお祝いに買ってくれるって約束してくれた宝石はどうなったの?」
「大丈夫よ、明日には届く予定だから」
「やったー!」
二人は、再び掃除を始める私など一切気にせず、仲睦まじい様子で一緒にその場を去っていった。
「また宝石をねだったのですね……一体いくつ買ってもらえば気が済むのかしら。それにしても、お祝いとはなんですの……?」
コレットの誕生日はまだだし、祝われるようなことに心当たりはない。私の知らないところで、なにか記念するようなことがあったのかもしれない。
「それよりも、さっさと掃除をしませんと」
よく見ると、さっきの髪の毛以外にも、知らないうちに小さなゴミがいくつも落ちているし、なにかの液体で廊下が濡れている。
きっと、コレットがここに来た際に、わざとここに落としていったのね。はぁ……本当に嫌がらせの次元が低すぎて、呆れてしまう。
「もう、一体何をこぼしたのかしら……少し臭いますわ……」
正体不明の液体を掃除するのは気が引けるけど、汚れたお手洗いを掃除するよりかは、幾分いいだろう。
それに、こうしていても、今日の仕事は片付かない。時間もないし、さっさと終わらせてしまおう。
ある日の朝、私は日課である廊下の掃除を行っていると、小柄で可愛らしい金髪の少女が、髪を耳にかけながら難癖をつけてきた。
髪の毛が落ちているなんてありえない。
だってそこは、つい先程丁寧に掃除をして、ピカピカになっているのを確認しているのだから。
「ほら、ここに髪の毛が落ちてるじゃない!」
「……コレット、そこはさっき私が掃除をしましたから、髪の毛が落ちているなんてことは、ありませんわ。それに、この長さはどう見てもあなたのです」
「あたしが汚れてるって言ったら汚れているの! あたしの言うことが信じられないの!?」
金髪の少女――私の妹であるコレット・ワーズは、まるで子供のように喚きながら、その場で地団太をした。
「何を騒いでいますの?」
コレットが癇癪を起こしていると、コレットと同じ金髪の美しい女性が、カツッカツッと足音を立てながらやってきた。
彼女の名はフィオーラ・ワーズ。私の義理の母親で、コレットの実の母親だ。
とある理由で、私のことを目の敵にする一方、実の娘であるコレットのことは溺愛している。
「お母様ー! あたしが廊下に汚れがあるって言ったら、エルミーユお姉様があたしをいじめたの!」
「それは濡れ衣です、お義母様。私は――」
「まあ、なんて酷い子なの!!」
私の良い分なんて一切聞く耳を持たないお義母様は、私の頬に平手打ちをお見舞いした。
その遠慮なさは、廊下に響いた乾いた音の大きさが、全てを物語っている。
「っ……」
私は叩かれた頬を抑えながらも、何も抵抗をせずにその場で目を伏せる。
叩かれた頬がジンジンと痛むけど、こんな理不尽なことは、いつものことだ。
お義母様は、コレットが言うことはなんでも信じるし、なんでも許す。欲しいものはなんでも買い与えるし、お願いも嫌な顔をせずに聞く。
でも、私の話は一切聞いた試しはない。私にはなにも買い与えてくれないし、お願いなんて言った日には、生意気だと平手打ちが飛んでくるだろう。
それどころか、今のように私のことを一方的に悪者にして暴力を振るうのは、もはや日常の一環となっている。
こんな理不尽な義理の母と妹だが、外ではワーズ子爵家の夫人と令嬢として、とても良い顔をしているため、社交界では評判が良い。
「ああコレット、私の可愛い娘。こんな醜い女にいじめられて、さぞ傷ついたでしょう?」
「ぐすんっ、心配してくれてありがとう、お母様。あたしは大丈夫よ」
私のことなど一切気にせず、お義母様はめそめそと泣くフリをするコレットのことを抱きしめる。
あんなふうに、私はお義母様に抱きしめられたことはない。
それほど私は、お義母様に目の敵にされている。
幼い頃は、ああして甘えたいと思っていた時期はあったけど、今ではそんな気持ちは欠片もない。
むしろ、今されたら体中から嫌な汗が流れ出て、体が拒絶反応を起こすだろう。
それくらい、私はお義母様もコレットも大嫌いだ。
「まったく、もうすぐ大切なお客様がお越しなられるというのに、汚れがあるせいでワーズ家の名前に傷が付いたら、どうしてくれますの!?」
「申し訳ございません、お義母様」
ここで謝る以外のことをしても、さらに怒りをヒートアップさせるだけだ。
だから、適当に合わせてこの嵐が通り過ぎるのを待つ。これが私のやり方だ。この家で、なるべく平和に生きる方法といっても過言では無い。
まあ、失敗することはしょっちゅうで、よく平手打ちされたり、お腹を殴られたり……色々されている。
「……なんですの、その反抗的な目は?」
「反抗的だなんて、滅相もございません。これは大切なお母様からいただいた、大切な目です」
「それが腹立たしいのよ! 私の大切な旦那をたぶらかした、忌々しい女狐を思い出しますの!」
「っ……!」
再び乾いた音が、廊下に響き渡った。
きっと私の両頬は、赤く染まっているだろう。それくらい、二回のビンタには遠慮がなかった。
「申し訳ございません。では、私は仕事に戻りますので」
「ふん、本当に忌々しい……これだからバケモノ女は……あなたなんか、生まれてこなければよかったのに。とにかく、さっさと仕事を終わらせて、身支度をしをなさい」
「そうだお母様、例のお祝いに買ってくれるって約束してくれた宝石はどうなったの?」
「大丈夫よ、明日には届く予定だから」
「やったー!」
二人は、再び掃除を始める私など一切気にせず、仲睦まじい様子で一緒にその場を去っていった。
「また宝石をねだったのですね……一体いくつ買ってもらえば気が済むのかしら。それにしても、お祝いとはなんですの……?」
コレットの誕生日はまだだし、祝われるようなことに心当たりはない。私の知らないところで、なにか記念するようなことがあったのかもしれない。
「それよりも、さっさと掃除をしませんと」
よく見ると、さっきの髪の毛以外にも、知らないうちに小さなゴミがいくつも落ちているし、なにかの液体で廊下が濡れている。
きっと、コレットがここに来た際に、わざとここに落としていったのね。はぁ……本当に嫌がらせの次元が低すぎて、呆れてしまう。
「もう、一体何をこぼしたのかしら……少し臭いますわ……」
正体不明の液体を掃除するのは気が引けるけど、汚れたお手洗いを掃除するよりかは、幾分いいだろう。
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