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第七十話 帰ってきた穏やかな日々

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 例の一件が終わってから三日後、私はサラ様の家でゆっくりとお茶を飲んでいた。

「ふう、おいしい……こんなに晴れ晴れとした気持ちでお茶を嗜むなんて、本当に久しぶりでございます」
「サラの淹れるお茶は最高ですからねぇ」
「もう、お婆ちゃんってば……そんなに褒められたら照れちゃうよ」

 一緒にお茶を飲むジュリィ様が、サラ様が淹れてくれた紅茶を飲みながら、表情を綻ばせる中、普通に歩けるようになったサラ様が頬を赤らめていた。

「サラ様、おいしいお茶をありがとうございます。でも、まだ無理に動かない方が良いんじゃないですか?」
「私は大丈夫ですよ。エリンさんの方が休んだ方が良いと思いますが……」
「あ、あはは……そう、かもしれませんね」

 実は私……エクシノ様が目の前で植物になってしまったのを見て、思った以上にショックを受けてしまって、しばらく寝込んでしまっていたの。

 それで、ようやく今日の朝に少し動けるようになったから、ジュリィ様との約束を果たすのも兼ねて、こうしてお茶をいただいている。

 ……あの時のことを思い出すと、背筋がゾッとする。だって、いくら大嫌いな人だったとはいえ、目の前で植物になったのよ? そんな非日常で恐ろしいものを見たら、誰だってショックを受けると思うわ。

「そうだ……まだエリンさんには話してませんでしたね」
「なにをですか?」
「私達、近いうちにオーリボエを出て行くことにしたんです」
「んぐっ!?」

 一体何の話だろうと思っていたら、とんでもない報告に驚いてしまい、お茶を吹き出しそうになってしまった。

「ど、どうしてですか!?」
「事件は無事に解決しましたが……町の人は、今もきっと私が犯人だと思っています。いつかはそれが、嘘だったとわかってくれるかもしれませんけど……その間、きっとヨハン君もお婆ちゃんも大変だと思ったから、出て行った方がいいかなって」

 な、なるほど。言いたいことは理解できなくもないけど……。

「慣れない土地での生活というのは、想像以上に大変ではありませんか? あなたはまだ病み上がりです。無理はされない方が得策だと思うんです」
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です。私にはお婆ちゃんと、ヨハン君が一緒にいますから」

 サラ様の意志は固く、それを聞いていたリリアーヌ様も、肯定を示すように頷いて見せた。

 凄く心配だけど、きっと私が眠っている間に三人で話し合ったことなのだろう。なら、私がこれ以上口を挟むのは、良くないわよね。

「わかりました。何か力になれることがあったら、いつでも声をかけてください」
「ありがとうございます、エリンさん」
「いつになるかはわかりませんが、ヨハンちゃんとサラが結婚式を挙げる時は、きてやってくださいねぇ」
「お、お婆ちゃん!?」

 サラ様は、そんなのまだ気が早すぎると文句を言いながら、リリアーヌ様の肩をポカポカと叩いた。

 ふふっ、とても微笑ましい光景だわ。否定をしないってことは、いつかは結婚したいと思っているのも微笑ましい。

 ……私もいつか、オーウェン様と結婚出来たらなぁと思う。いつになるかはわからないし、そもそも出来るかどうかもわからないんだけどね。

「ジュリィ様は、これからどうされるのですか?」
「私は、しらばくは屋敷に残るつもりです。主が突然いなくなったことで、家はこれから混乱するでしょうし……それと同時に、森を破壊しようとした証拠を国に提出したいと思っております」
「そうなんですね。大変だと思いますけど、頑張ってください。私も出来ることがあったらお手伝いしましので」
「ありがとうございます」

 そうよね、知らない人から見れば、突然家長が行方不明になったようなものだ。どこに行ったのかとか、その後の家長はどうするのかとか、考えることは山積みだと思う。

「たっだいま~!」
「おかえりなさい。すぐにみんなのお茶も淹れますね」
「ありがとうございます、サラ殿」

 外出から帰ってきたオーウェン様、ココちゃん、ヨハンさんの三人は、サラ様が新しく淹れてくれた紅茶を受け取ると、ふうと小さく息を漏らした。

「私の代わりに、ギルドに依頼の終了報告に行ってくれて、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず! ギルドにはちゃーんと報酬を渡してきたんで、後日ギルドに取りに行ってください!」
「その場で渡してくれればいいのに、ギルドって変なの~」
「まあ、その辺は色々とギルドにも規則があるのだろう」

 ジト目でちびちびと紅茶を飲むココちゃんの意見はわかるけど、今回はギルドを通した正式な依頼だから、ちゃんとギルドのやり方に従わないといけない。

 それにしても……なんだか、つい先日まで色々とバタバタしていたのが信じられないくらい、ゆったりした時間だわ……そうだ、ヨハンさんには聞いたけど、他の人にはまだあれを聞いていなかったわ。良い機会だし聞いてみよう。

「あの、みなさんは白い花はご存じですか? 葉っぱも茎も、全てが白い花なんですけど」
「全てが白い、ですか……? 私は知らないですね……ジュリィさんとお婆ちゃんは?」
「申し訳ございません、私も存じ上げません」
「ワシも長年オーリボエに住み、森にも数えきれないほど行ったが……そんな植物はみたことがありませんねぇ……」
「そうですか……ありがとうございます」

 ……今回も空振りか。いつになったら情報が手に入るのかしら……ううん、落ち込んでても仕方がないわ。これからも諦めずに情報を集めよう。

「そうだ……もしかしたら、精霊様なら何か知っているかもしれませんよ」
「精霊様ですか?」
「精霊様は、森の守り神ですので……植物のことなら、詳しいかもって思ったんです」

 サラ様の言うことには一理ある。お別れの挨拶も兼ねて、聞いてみる価値はありそうだ。

「善は急げですね。早速聞きに行ってみます」
「エリン、気持ちはわかるが、まだ本調子じゃないんだから、無理はしない方が良い」
「それはそうですけど……可能性があるなら、いち早く聞きに行きたいんです」
「お兄ちゃんと二人で行けば、安全だと思うよ!」
「もちろん、最初から一緒に行くつもりだが、それでも心配なものは心配だからね」

 ……心配してくれるのも嬉しいし、お願いしなくても一緒に来てくれる優しさも嬉しい……やだ、きっと私の顔、赤くなっちゃってるわ。

「大丈夫ですよオーウェン先輩、もし疲れて動けなくなったら、お姫様抱っこで運べば万事解決です!」
「お、お姫様だっこ!?」
「……言われてみればその通りだな」
「そこで納得するんですか!?」

 一応過去にもお姫様だっこはされたことはあるが、何度経験したって恥ずかしいものは恥ずかしい。

 もし町中で動けなくなっちゃったら、沢山の人がいる中で抱っこされるということで……考えただけで爆発しそう!

 でも、せっかく私のために来てくれるって言ってくれているし……その好意を無下にするのはよくないわよね。

「わかりました。ではお願いできますか?」
「任せてくれ。それじゃあ出発しよう。お茶、ありがとうございました」
「それじゃあ、いってきます」
「はいはい、気を付けて行ってらっしゃい」
「夕飯までには帰ってきてね~!」

 私とオーウェン様は、みんなに見送られながら、精霊様がいるであろう東の大森林に向かう。どうやらその辺りが一番被害が酷いから、しばらくそこで森の再生に勤しむとのことらしい。

 私は植物になっちゃった時にショックで気を失ってしまったから、その話を直接聞いたわけじゃないんだけどね。

「エリン、体調は大丈夫そうか?」
「はい、大丈夫です」

 オーウェン様と繋ぐ手に力を入れながら、笑顔で頷くことで、自分は大丈夫だとアピールをした。

「それならいいんだが、つらくなったらすぐに言うようにな。俺がいつでも運ぶから」
「そ、それはまた別の機会に……」

 二人きりならいいんだけど……むしろしてもらいけど、さすがに外では恥ずかしいから遠慮したい。

 そんなことを思いながら、私とオーウェン様は、なるべく町中を通らないようにして、東の大森林にある、荒れ果てた森にやってきた。

「姿は見えないな……別の場所にいるのだろうか?」
「かもしれませんね。一応聖女の力で呼びかけてみますね」

 私は両手を組み、心の中で精霊様に祈りを捧げてみる。すると、初めて精霊様と出会った時のように、地面から木が生えてきた。

『声がすると思ったら、汝達か。なにか我に用か?』
「一つ聞きたいことがあって来ました」
『我は森の再生で忙しい。質問をするなら、手短にせよ』
「ありがとうございます。私、白い花を探しているんです。葉っぱも茎も、全部が真っ白な花なんですけど……精霊様はご存じありませんか?」
『白い花? ああ、知っている』
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