4 / 82
婚約者の裏切り
しおりを挟む
クラスメイトたちは、私がサイード様の婚約者であることを知りません。
ですから、ただの噂話として、私に話して聞かせてくれたのです。
どれだけその侯爵子息様と、ご令嬢が仲睦まじかったか。
どれだけその二人がお似合いで、いつもそばにいるのか。
私は自分が貴族令嬢であることを、この時ほどありがたいと思ったことはありません。
淑女教育の賜物でしょう。
どれほど心が打ち砕かれても、辛く苦しくても、表面上は笑顔を浮かべたままで、彼女たちの話を聞くことが出来たのですから。
そのご令嬢が、どこの誰なのかは分かりませんが、それでも私はまだ、サイード様のことを信じたいと思っていました。
もしかしたら、従姉妹なのかもしれない。
もしかしたら、お父上であるスペンサー侯爵様から頼まれたご友人なのかもしれない。
そんな私の僅かな望みは、この噂を聞いて一週間後に粉々に砕かれることになりました。
その日、クラスメイトとの昼食の約束に遅れそうだった私は、近道をするために中庭を横切ろうとしていました。
貴族令嬢としてはしたなくない程度に早足で、中庭を抜けようとした時・・・
女性の声で「サイード」と言っているのが聞こえたのです。
思わず足を止めてしまった私は、木立の奥、人目を避けるように佇む男女の姿を見つけてしまいました。
熱い抱擁を交わす男女。
男性の方は、金色の短髪に、精悍な体つき。背中を向けているので見えませんが、きっとその瞳は夏の空のように澄んだ青色をしていると思います。
女性は、男性の体で顔は見えませんが、緩やかに弧を描く蜂蜜色の髪を男性の手が優しく撫でているのが見えました。
「ナターシャ、愛している」
「嬉しい、サイード。私もあなたを愛しているわ」
愛を囁きあい、抱きしめあった二人が口付けを交わしていました。
私は、どうやってその場から立ち去ったのか、覚えていません。
気が付いたら、伯爵家の自分の部屋でした。
私は・・・
サイード様を信じていました。
一年間、ジョージアナ伯爵家からは足が遠のいていたけれど、それでも婚約者として誠実でいてくださっていると、信じていました。
私とサイード様の婚約は、政略的なものです。
そこに恋愛感情がなくても、それを責めることはできません。
それでも婚約を結んだ限りは、お互いに誠実であるべきです。
サイード様に愛している方がいるとしても、政略結婚を選ぶなら、諦めなければならないのです。
愛し合う恋人同士を引き裂く悪者。
演劇でいうならば、私の立場はそんなところでしょうか。
ですから、ただの噂話として、私に話して聞かせてくれたのです。
どれだけその侯爵子息様と、ご令嬢が仲睦まじかったか。
どれだけその二人がお似合いで、いつもそばにいるのか。
私は自分が貴族令嬢であることを、この時ほどありがたいと思ったことはありません。
淑女教育の賜物でしょう。
どれほど心が打ち砕かれても、辛く苦しくても、表面上は笑顔を浮かべたままで、彼女たちの話を聞くことが出来たのですから。
そのご令嬢が、どこの誰なのかは分かりませんが、それでも私はまだ、サイード様のことを信じたいと思っていました。
もしかしたら、従姉妹なのかもしれない。
もしかしたら、お父上であるスペンサー侯爵様から頼まれたご友人なのかもしれない。
そんな私の僅かな望みは、この噂を聞いて一週間後に粉々に砕かれることになりました。
その日、クラスメイトとの昼食の約束に遅れそうだった私は、近道をするために中庭を横切ろうとしていました。
貴族令嬢としてはしたなくない程度に早足で、中庭を抜けようとした時・・・
女性の声で「サイード」と言っているのが聞こえたのです。
思わず足を止めてしまった私は、木立の奥、人目を避けるように佇む男女の姿を見つけてしまいました。
熱い抱擁を交わす男女。
男性の方は、金色の短髪に、精悍な体つき。背中を向けているので見えませんが、きっとその瞳は夏の空のように澄んだ青色をしていると思います。
女性は、男性の体で顔は見えませんが、緩やかに弧を描く蜂蜜色の髪を男性の手が優しく撫でているのが見えました。
「ナターシャ、愛している」
「嬉しい、サイード。私もあなたを愛しているわ」
愛を囁きあい、抱きしめあった二人が口付けを交わしていました。
私は、どうやってその場から立ち去ったのか、覚えていません。
気が付いたら、伯爵家の自分の部屋でした。
私は・・・
サイード様を信じていました。
一年間、ジョージアナ伯爵家からは足が遠のいていたけれど、それでも婚約者として誠実でいてくださっていると、信じていました。
私とサイード様の婚約は、政略的なものです。
そこに恋愛感情がなくても、それを責めることはできません。
それでも婚約を結んだ限りは、お互いに誠実であるべきです。
サイード様に愛している方がいるとしても、政略結婚を選ぶなら、諦めなければならないのです。
愛し合う恋人同士を引き裂く悪者。
演劇でいうならば、私の立場はそんなところでしょうか。
82
あなたにおすすめの小説
愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう
音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。
幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。
事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。
しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。
己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。
修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?
水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。
メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。
そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。
しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。
そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。
メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。
婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。
そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。
※小説家になろうでも掲載しています。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる