悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな

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対策を練ってみる

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「お父様、わたくし留学したいですわ」

 夕食を終えて邸の書斎で寛いでいるお父様に、わたくしは両手の拳を口元に当てて精一杯可愛く見えるようにしながらお願いしてみた。

「んん? 私の可愛い天使は急に何を言ってるのかな?」

 開いていた本から目を離し、目尻を下げながらお父様がわたくしの顔を覗き込んだ。

「ですから、留学……」
「ははは、何を言い出すかと思ったら。イアン殿下と婚約が決まったばかりだ。留学なんかしている暇はないぞ」

 ヒョイッとわたくしの小さな身体を抱き上げて、膝の上に座らせるお父様。

「で、ですが……」
「それに可愛い天使が留学なんてしてしまったら、お父様は寂しくて死んでしまうよ」

 お兄様同様、娘を溺愛しているお父様は眉を下げながらわたくしのお願いを却下した。

(寂しくてって……ウサギじゃないんですから……)

「じゃあ領地に戻るのはどうですか? わたくし、都会の空気が合わなくて……ゲホゴホッ」

 わざとらしく咳をしてみせると、お父様は心配して慌て出した。

「リア!? 大変だ、医者に診せないと!」

(よしっ! このまま身体が弱い振りして田舎に引き篭もって婚約破棄よ)

 わたくしが心の中でガッツポーズを決めていると、本棚の傍にいたお兄様が口を挟んで来た。

「嘘ですよ父上。リアはイアンと婚約したくないだけです、そんな簡単に騙されないで下さい」
「お兄様!? せっかく上手くいきかけてたのに」

 物理的にイアンから離れれば婚約破棄出来るかもと目論んだ計画はお兄様によって崩れてしまった。

「こら、エミリア。嘘をつくとは何事だ、人としてやってはいけない事だぞ」
「ごめんなさい……もうしません」

 怒られてシュンとなるわたくし。確かにお父様を騙すなんてしてはいけなかった。

「分かったのならもう良い。だがエミリア、どうしてイアン殿下と婚約したくないんだ? 王太子妃だ、名誉な事ではないか」
「そ、それは……」
「イアン殿下はまだ幼いがあの歳で魔術も剣技も大人顔負けな技量をお持ちだし、非常に聡明で素晴らしいお方だぞ」
「存じ上げていますわ」

 イアン王子の優秀さは歴代の王族の中でもトップクラスだと言われている。そんな彼に憧れる令嬢は山ほど居て、公爵家令嬢のわたくしが婚約者に選ばれたあの瞬間にその場で何人かの令嬢がショックのあまり卒倒していた。

「イアン殿下が苦手かい?」
「そういう事ではありませんの。わたくし、まだ婚約なんてしたくありません」
「……リアはまだ幼いからな、そう思うのも分からなくはないが。王家からの申し出だ、断る事は出来ないのだよ。許しておくれ」

 この国では王族は絶対的存在だ。貴族である以上、余計に王族には逆らえない。

 明日には予告通りイアンが婚約に必要な書類を携えて邸にやって来るだろう。そして書類にサインをして貴族院に提出すれば、何か余程の事がない限りイアンとわたくしの婚約は受理される。

 スン……となったわたくしにお兄様がフォローを入れる。

「イアンは悪い奴じゃないよ、リア」
「お兄様……」
「ちょっと変わってる所はあるけど。リアの事大切にしてくれるよ、それは保証する」

 お兄様の言うように確かにちょっと変わってるのは今日一日だけでも分かった。何だかよく分からないけど、イアンから好かれてる事も分かってる。

(だけどダメですわ、このまま婚約していたら断罪劇に巻き込まれてしまいますわ)

 作戦が失敗したわたくしは、お父様の説得は諦めて書斎から廊下へ出るとトボトボとした足取りで自室へと向かった。

(どうしたら良いのかしら。イアンに嫌われる様な態度を取ればわたくしに愛想を尽かして婚約破棄をしてくれる?)

 いや、それだとただ単に冷め切った婚約者同士になるだけで婚約破棄はされないだろう。むしろヒロイン登場に向けて悪役令嬢の舞台に立つ準備をしてしまう事になる。

 王子が悪役令嬢を毛嫌いしてるから、ヒロインに絆されていく展開になる筈だ。

 かといって逆に好かれる様にして仲の良い婚約者同士になれたとしても、ヒロインが登場すればきっと心変わりしてしまう筈。ヒロインがイアン以外を狙ってくれたら無事かもしれないが、それはもやは賭けに等しい。

 嫌われてもダメ、好かれてもダメじゃ何をどうして良いかも分からない。

(こうなったら明日、イアンとじっくり話をしてみるしかないかな……)

 自室に到着したわたくしは寝る為の準備を侍女にして貰いながら、イアンの顔を思い出す。まだ六歳だというのに顔良し、スタイル良し、声も良し! 前世でもイアン程の美少年は見た事がない。

(う……イケメン過ぎて、思考回路が上手く働かなくなりますわ)

「どうかなさいましたか、お嬢様。なんだか顔が赤い気が致しますが……」
「なっ、なんでもなくてよ」

 ぽわ~っと夢見心地になりかけたわたくしは、慌ててイアンの顔を頭の中から追い出す。

(とにかく、わたくしが婚約したくない事を知っている訳だし。信じて貰えるか分からないけど洗いざらい話して、それでもダメだったら……また何か別の策を考えるだけだわ。)

 難しい事を長く考えるのが苦手なわたくしは、今悩んでも仕方がないと頭の中からポイッと投げ捨てて、侍女のチェルシーが淹れてくれたホットミルクで気分をリフレッシュするのだった。
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