4 / 36
対策を練ってみる
しおりを挟む
「お父様、わたくし留学したいですわ」
夕食を終えて邸の書斎で寛いでいるお父様に、わたくしは両手の拳を口元に当てて精一杯可愛く見えるようにしながらお願いしてみた。
「んん? 私の可愛い天使は急に何を言ってるのかな?」
開いていた本から目を離し、目尻を下げながらお父様がわたくしの顔を覗き込んだ。
「ですから、留学……」
「ははは、何を言い出すかと思ったら。イアン殿下と婚約が決まったばかりだ。留学なんかしている暇はないぞ」
ヒョイッとわたくしの小さな身体を抱き上げて、膝の上に座らせるお父様。
「で、ですが……」
「それに可愛い天使が留学なんてしてしまったら、お父様は寂しくて死んでしまうよ」
お兄様同様、娘を溺愛しているお父様は眉を下げながらわたくしのお願いを却下した。
(寂しくてって……ウサギじゃないんですから……)
「じゃあ領地に戻るのはどうですか? わたくし、都会の空気が合わなくて……ゲホゴホッ」
わざとらしく咳をしてみせると、お父様は心配して慌て出した。
「リア!? 大変だ、医者に診せないと!」
(よしっ! このまま身体が弱い振りして田舎に引き篭もって婚約破棄よ)
わたくしが心の中でガッツポーズを決めていると、本棚の傍にいたお兄様が口を挟んで来た。
「嘘ですよ父上。リアはイアンと婚約したくないだけです、そんな簡単に騙されないで下さい」
「お兄様!? せっかく上手くいきかけてたのに」
物理的にイアンから離れれば婚約破棄出来るかもと目論んだ計画はお兄様によって崩れてしまった。
「こら、エミリア。嘘をつくとは何事だ、人としてやってはいけない事だぞ」
「ごめんなさい……もうしません」
怒られてシュンとなるわたくし。確かにお父様を騙すなんてしてはいけなかった。
「分かったのならもう良い。だがエミリア、どうしてイアン殿下と婚約したくないんだ? 王太子妃だ、名誉な事ではないか」
「そ、それは……」
「イアン殿下はまだ幼いがあの歳で魔術も剣技も大人顔負けな技量をお持ちだし、非常に聡明で素晴らしいお方だぞ」
「存じ上げていますわ」
イアン王子の優秀さは歴代の王族の中でもトップクラスだと言われている。そんな彼に憧れる令嬢は山ほど居て、公爵家令嬢のわたくしが婚約者に選ばれたあの瞬間にその場で何人かの令嬢がショックのあまり卒倒していた。
「イアン殿下が苦手かい?」
「そういう事ではありませんの。わたくし、まだ婚約なんてしたくありません」
「……リアはまだ幼いからな、そう思うのも分からなくはないが。王家からの申し出だ、断る事は出来ないのだよ。許しておくれ」
この国では王族は絶対的存在だ。貴族である以上、余計に王族には逆らえない。
明日には予告通りイアンが婚約に必要な書類を携えて邸にやって来るだろう。そして書類にサインをして貴族院に提出すれば、何か余程の事がない限りイアンとわたくしの婚約は受理される。
スン……となったわたくしにお兄様がフォローを入れる。
「イアンは悪い奴じゃないよ、リア」
「お兄様……」
「ちょっと変わってる所はあるけど。リアの事大切にしてくれるよ、それは保証する」
お兄様の言うように確かにちょっと変わってるのは今日一日だけでも分かった。何だかよく分からないけど、イアンから好かれてる事も分かってる。
(だけどダメですわ、このまま婚約していたら断罪劇に巻き込まれてしまいますわ)
作戦が失敗したわたくしは、お父様の説得は諦めて書斎から廊下へ出るとトボトボとした足取りで自室へと向かった。
(どうしたら良いのかしら。イアンに嫌われる様な態度を取ればわたくしに愛想を尽かして婚約破棄をしてくれる?)
いや、それだとただ単に冷め切った婚約者同士になるだけで婚約破棄はされないだろう。むしろヒロイン登場に向けて悪役令嬢の舞台に立つ準備をしてしまう事になる。
王子が悪役令嬢を毛嫌いしてるから、ヒロインに絆されていく展開になる筈だ。
かといって逆に好かれる様にして仲の良い婚約者同士になれたとしても、ヒロインが登場すればきっと心変わりしてしまう筈。ヒロインがイアン以外を狙ってくれたら無事かもしれないが、それはもやは賭けに等しい。
嫌われてもダメ、好かれてもダメじゃ何をどうして良いかも分からない。
(こうなったら明日、イアンとじっくり話をしてみるしかないかな……)
自室に到着したわたくしは寝る為の準備を侍女にして貰いながら、イアンの顔を思い出す。まだ六歳だというのに顔良し、スタイル良し、声も良し! 前世でもイアン程の美少年は見た事がない。
(う……イケメン過ぎて、思考回路が上手く働かなくなりますわ)
「どうかなさいましたか、お嬢様。なんだか顔が赤い気が致しますが……」
「なっ、なんでもなくてよ」
ぽわ~っと夢見心地になりかけたわたくしは、慌ててイアンの顔を頭の中から追い出す。
(とにかく、わたくしが婚約したくない事を知っている訳だし。信じて貰えるか分からないけど洗いざらい話して、それでもダメだったら……また何か別の策を考えるだけだわ。)
難しい事を長く考えるのが苦手なわたくしは、今悩んでも仕方がないと頭の中からポイッと投げ捨てて、侍女のチェルシーが淹れてくれたホットミルクで気分をリフレッシュするのだった。
夕食を終えて邸の書斎で寛いでいるお父様に、わたくしは両手の拳を口元に当てて精一杯可愛く見えるようにしながらお願いしてみた。
「んん? 私の可愛い天使は急に何を言ってるのかな?」
開いていた本から目を離し、目尻を下げながらお父様がわたくしの顔を覗き込んだ。
「ですから、留学……」
「ははは、何を言い出すかと思ったら。イアン殿下と婚約が決まったばかりだ。留学なんかしている暇はないぞ」
ヒョイッとわたくしの小さな身体を抱き上げて、膝の上に座らせるお父様。
「で、ですが……」
「それに可愛い天使が留学なんてしてしまったら、お父様は寂しくて死んでしまうよ」
お兄様同様、娘を溺愛しているお父様は眉を下げながらわたくしのお願いを却下した。
(寂しくてって……ウサギじゃないんですから……)
「じゃあ領地に戻るのはどうですか? わたくし、都会の空気が合わなくて……ゲホゴホッ」
わざとらしく咳をしてみせると、お父様は心配して慌て出した。
「リア!? 大変だ、医者に診せないと!」
(よしっ! このまま身体が弱い振りして田舎に引き篭もって婚約破棄よ)
わたくしが心の中でガッツポーズを決めていると、本棚の傍にいたお兄様が口を挟んで来た。
「嘘ですよ父上。リアはイアンと婚約したくないだけです、そんな簡単に騙されないで下さい」
「お兄様!? せっかく上手くいきかけてたのに」
物理的にイアンから離れれば婚約破棄出来るかもと目論んだ計画はお兄様によって崩れてしまった。
「こら、エミリア。嘘をつくとは何事だ、人としてやってはいけない事だぞ」
「ごめんなさい……もうしません」
怒られてシュンとなるわたくし。確かにお父様を騙すなんてしてはいけなかった。
「分かったのならもう良い。だがエミリア、どうしてイアン殿下と婚約したくないんだ? 王太子妃だ、名誉な事ではないか」
「そ、それは……」
「イアン殿下はまだ幼いがあの歳で魔術も剣技も大人顔負けな技量をお持ちだし、非常に聡明で素晴らしいお方だぞ」
「存じ上げていますわ」
イアン王子の優秀さは歴代の王族の中でもトップクラスだと言われている。そんな彼に憧れる令嬢は山ほど居て、公爵家令嬢のわたくしが婚約者に選ばれたあの瞬間にその場で何人かの令嬢がショックのあまり卒倒していた。
「イアン殿下が苦手かい?」
「そういう事ではありませんの。わたくし、まだ婚約なんてしたくありません」
「……リアはまだ幼いからな、そう思うのも分からなくはないが。王家からの申し出だ、断る事は出来ないのだよ。許しておくれ」
この国では王族は絶対的存在だ。貴族である以上、余計に王族には逆らえない。
明日には予告通りイアンが婚約に必要な書類を携えて邸にやって来るだろう。そして書類にサインをして貴族院に提出すれば、何か余程の事がない限りイアンとわたくしの婚約は受理される。
スン……となったわたくしにお兄様がフォローを入れる。
「イアンは悪い奴じゃないよ、リア」
「お兄様……」
「ちょっと変わってる所はあるけど。リアの事大切にしてくれるよ、それは保証する」
お兄様の言うように確かにちょっと変わってるのは今日一日だけでも分かった。何だかよく分からないけど、イアンから好かれてる事も分かってる。
(だけどダメですわ、このまま婚約していたら断罪劇に巻き込まれてしまいますわ)
作戦が失敗したわたくしは、お父様の説得は諦めて書斎から廊下へ出るとトボトボとした足取りで自室へと向かった。
(どうしたら良いのかしら。イアンに嫌われる様な態度を取ればわたくしに愛想を尽かして婚約破棄をしてくれる?)
いや、それだとただ単に冷め切った婚約者同士になるだけで婚約破棄はされないだろう。むしろヒロイン登場に向けて悪役令嬢の舞台に立つ準備をしてしまう事になる。
王子が悪役令嬢を毛嫌いしてるから、ヒロインに絆されていく展開になる筈だ。
かといって逆に好かれる様にして仲の良い婚約者同士になれたとしても、ヒロインが登場すればきっと心変わりしてしまう筈。ヒロインがイアン以外を狙ってくれたら無事かもしれないが、それはもやは賭けに等しい。
嫌われてもダメ、好かれてもダメじゃ何をどうして良いかも分からない。
(こうなったら明日、イアンとじっくり話をしてみるしかないかな……)
自室に到着したわたくしは寝る為の準備を侍女にして貰いながら、イアンの顔を思い出す。まだ六歳だというのに顔良し、スタイル良し、声も良し! 前世でもイアン程の美少年は見た事がない。
(う……イケメン過ぎて、思考回路が上手く働かなくなりますわ)
「どうかなさいましたか、お嬢様。なんだか顔が赤い気が致しますが……」
「なっ、なんでもなくてよ」
ぽわ~っと夢見心地になりかけたわたくしは、慌ててイアンの顔を頭の中から追い出す。
(とにかく、わたくしが婚約したくない事を知っている訳だし。信じて貰えるか分からないけど洗いざらい話して、それでもダメだったら……また何か別の策を考えるだけだわ。)
難しい事を長く考えるのが苦手なわたくしは、今悩んでも仕方がないと頭の中からポイッと投げ捨てて、侍女のチェルシーが淹れてくれたホットミルクで気分をリフレッシュするのだった。
76
あなたにおすすめの小説
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
【完結】前世の記憶があっても役に立たないんですが!
kana
恋愛
前世を思い出したのは階段からの落下中。
絶体絶命のピンチも自力で乗り切ったアリシア。
ここはゲームの世界なのか、ただの転生なのかも分からない。
前世を思い出したことで変わったのは性格だけ。
チートともないけど前向きな性格で我が道を行くアリシア。
そんな時ヒロイン?登場でピンチに・・・
ユルい設定になっています。
作者の力不足はお許しください。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~
天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。
どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。
鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます!
※他サイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる