どうせなら世界征服フラグを立てたい

橘川芙蓉

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2.フラグを立てるなら世界征服

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 お嬢様教育という名のマナー講座は必須。お父様におねだりすれば、経済と歴史の勉強にも家庭教師をつけてくれた。家庭教師は一般的に貴族が知っている経済と歴史を教えてくれる。他の視点で知りたいことは図書室で調べている。侯爵家というだけあって、図書室の本は膨大な量で貴重な本もたくさんある。

 家庭教師では教えてくれないそこんトコロ!を自分で調べるにはもってこいなのだ。

 貴族の令嬢は、良い結婚相手を見つけて跡継ぎを生むことが一番の役目なので、経済や歴史は勉強しないのが当たり前なんだけど、お父様は二つ返事だった。勉強のやる気を評価してくれたみたい。
 図書室は「図書館」と言っても差し支えないほど広く空間がとられている。吹き抜けの天井に、大きく取られた天窓。円形に並べられた本棚は三階構造で隙間がないほどびっしりと本で埋め尽くされていた。
 図書室からは中庭がよく見える。中庭はバラ園になっていてちょうど夏のバラが盛りだ。色とりどりのバラが咲いている。
 私は、壁がすべて本棚になった図書室で深く呼吸をする。羊皮紙とインクの混じった匂いが、気分を落ち着かせた。

 図書室の匂い、結構好きかも。

 歴史書を読んでいて思うのは、ここはゲームの世界じゃないかもしれないってこと。ゲームでは学園生活にスポットを当てていたので、よくある「中世ファンタジー世界」だった。歴史書にはこの国の成り立ちや他国との交易や戦争などが書かれていた。
 ゲームの世界じゃないなら、何なんだろうとは思うけど並行世界っていうのだろうか。世界の成り立ちなんて本には書いていない。

 私の住むランカスター王国は、イメージ的には産業革命直前の大英帝国。隣国で平和条約は結んでいるけれど国境沿いでたまに小競り合いをしている。隣国のナジュム王国は、オスマン帝国。同じく隣国のアールシュ帝国は、ムガル帝国というイメージ。

 なんだかんだと、我がランカスター王国は、ナジュム王国とアールシュ帝国とは縁が切れない関係。貿易もしてるし、お互いの行き来も盛んで文化の影響もしあっている。たまに小競り合いをして領土の拡大をしようと一進一退しているのだ。

「だいぶ熱心に本を読んでいるね」

 読んでいた歴史書の上に陰が落ち、私は顔を上げた。三歳年上の兄が面白そうなものを見つけた猫のような顔で見下ろしている。
 私と同じ銀色の髪を絹の紺色のリボンでひとつに結んでいる。吊り目ぎみの私とは違って優しい顔立ちで目の色は紫水晶。紺色の立ち襟の上着から覗くのは、レースの襟のブラウスだ。膝下までのパンツの色は鼠色。全体的にシックな色合いだが兄の整った顔立ちを引き立てていた。

「おかえりなさいませ、お兄様。お久しぶりです」
 
 私は読んでいた本を閉じ立ち上がって一礼した。兄はそれに頷いて答えた。
 今年十五歳になる兄は、全寮制の学校に通っている。名門一族であれば必ず通う「王立魔法学校」だ。私も三年後には通うことになる。
 
 そして、ゲームの幕開け、というわけ。
 
 家庭教師で学習は十分できるのになぜか学校に通うことになっているのが不思議だ。手っ取り早く貴族同士の横のつながりを作るためだろうか。
 覚えている限りのゲームに関する記憶だと、兄は攻略対象者ではない。十分にかっこいい顔立ちだが、学園が舞台なので年齢が外れてしまうから対象では無かったのだろう。

「私も侯爵家の娘ですもの。少しは領地経営に役立ちそうなことを、と思って」

 領地経営というより手っ取り早く金儲けをする方法、だけれど。

「……?悪いものでも食べたの? 前は、そんなこと言ってなかったでしょ?」

 おっと。記憶が戻る前の私は、そんなことを考えるタイプではなかったみたいだ。自分の部屋の様子からしてそうだとは思っていたけれど。

 お兄様は、お母様と同じ紫水晶のような目を細めて、不審そうに見ている。

「やだ、お兄様。ジュリアはもう、十二歳なんです。立派なレディですから、当然ですわ」

 わざと、頬を膨らませてお兄様を睨み付ける。ちょうど上目遣いになる身長差だ。お兄様は、シスコン気味という設定だったはずなので、これでごまかされてくれるはずだ。
 案の定、お兄様は目を細めて嬉しそうに笑った後、私の頭を優しく撫でてくれた。

「そうだったね。僕のリトル・レディ。今度のお茶会でエスコートさせていただけませんか?」

 芝居がかった言い方で、本当の淑女を相手にするように私の右手をうやうやしく手に取る。

 うわあぁぁっ。お兄様、かっこいい。

「お茶会?」

 私はまだ未成年なので夜会には出られない。未成年の貴族の子息令嬢たちが、将来のためによく参加するのは、家々で開催される茶会だ。
 夜会とは違いエスコートするパートナーなど不要だが、身内や知人と参加したほうが、気楽だ。

「そう、毎年恒例の王宮の薔薇園でのお茶会だよ。マイ・リトル・レディ。参加してくださいますよね?」

 さわやかにお兄様が微笑んだ。

「はい、参加します」

 何も考えずに即答しちゃったけれど、私、お兄様の手の上でコロコロ転がされている。

 王宮の薔薇園って、奴隷フラグ建築士の王子様と悪役令嬢が初めて出会う場所だったような。これって、出会いのイベント!
 誰だ、お兄様だったらダマされても良いと思ったの!……私か……私だよ、悔しい!


 
 王宮薔薇園でのお茶会、で思い出したことがある。

 私が四歳の時に一面薔薇が咲き誇る薔薇園で同年代の男の子に会って、いきなりプロポーズされてるのだ。男の子の顔はよく覚えていない。ぼんやりとしている。

「大きくなったら、迎えに行く」

 と、男の子は言って幼い私はうっとりしながら頷く。理想の王子様のような姿に私はすっかり彼のことが好きになっていたのだ。単なる初恋の美しい思い出で終わればいいのだけどそうはいかない。
 なぜかゲームではこの幼い頃の思い出の薔薇の王子を、王宮の薔薇園のお茶会で紹介された王子だと思っちゃうんだなぁ。人間の脳なんていい加減なものだけど。
 
 思い出の王子様はぼんやりとしか覚えていないのに、理想の王子様と王家の跡取り息子を紐づけて同一視してしまった。結果として無理矢理、王子の婚約者になった。
 身分的には問題ない、年齢も同じ。王家としては成人まで「婚約者候補のひとり」にしておきたかったことがヒロインルートを辿るとわかる。

 ゲームでは、王子ルートをヒロインが選択した場合、ジュリアは王子にフラれる。挫折なんか知らないお嬢様だったから逆上して王子を刺し殺そうとする。当然、叛逆罪に問われ、両親と兄も連座。奴隷身分に落とされる。

 どうせ奴隷フラグが建築されるなら、世界征服フラグも建築したい!
 
 ジュリアはかなりハイスペックな素材の人間だと思う。前世で十二歳の頃こんなに難しい本は読んでいなかったし、スルスルと記憶もできなかった。
 いや、もしかしたらできたのかもしれないけれど難しい言葉が羅列された本なんて読みたくもなかったし、勉強するとかゴメンだった。
 
 このスペックの良さを活かせば、世界征服だってできるかもしれない
 女帝という響き良い。 エカチェリーナ様最高!
 エリザベス女王のように「私は国と結婚しました」とか言ってみたい
 
 世界征服フラグを建築する糸口になりそうなのが四歳の時に会った思い出の王子様だ。彼、おそらくランカスター王国の出身ではない。ランカスター語を話していたけれど訛りがあったし、服装もランカスター王国ではなく隣国のナジュム王国のものだった。
 幼い頃はそれこそ箱入りすぎるほどの箱入り生活だったので会う人間は限られている。ナジュム王国出身者と会うなら、夏しかない。
 
 外交官でもあるお父様が夏休みを利用して隣国のナジュム王国で家族揃って過ごすのは毎年のことだ。ここのお屋敷と違ってナジュム王国は別荘で人の出入りも比較的多い。
 お父様のことだから、子供たちにもナジュム王国の人脈を持たせようとある程度の出入りを許している。
 そこで会ったんだと思う。
 
 一番この人じゃないかなと思う人物がいる。
 髪の毛黒くて、切れ長涼やかな目元に、紅玉のような瞳。浅黒い肌にしなやかな体躯。エキゾチックな風貌の少年で、育ちが良くてちょっと偉そう。
 口を開くと憎まれ口や、粗野な言葉も出てくるから童話に出てくる王子とは程遠い。夏の期間しか会っていないが幼馴染と言っていいほど長い付き合いだ。

 名前は、なんと言ったか。そう……。

「シャールーズ……そう、シャールーズだった」

 名前もエキゾチック。綺麗な顔立ちなので、アラビアンナイトのような服装がとても似合いそうだった。

 今年の夏に会いに行ったら、思い出の王子か確認してみようっと。
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