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七 今は偽モノ、だけど――

side流夜8

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「咲桜? どうした? ……苦しくなったか?」

ぶんぶん、と、俺の顔の脇で、咲桜の首が横に振られる。

「今は偽モノ、だけど――」

咲桜が少し空気を吸って、巻き付く腕に力がこもった気がした。

「私が流夜くんの家族になる」

「―――」

呆気にとられた。

まさかそんな考え方に行きつくなんて。

今まで、吹雪や降渡、ほかにも龍さんや在義さんと、近くにある人たちは俺の家族にあった事件を知っている。けれど、まさか『家族になる』なんて言われたことはなかった。

「咲桜……」

いつもはすぐに対応が出来る頭がうまく動かない。どうして? 咲桜の言葉が嬉しすぎる。

「私が、流夜くんを大丈夫にするから」

苦しいほど抱き付かれて、抱きしめ返した。

愛らしい、だけじゃない。……愛おしい。この子が。

自分だって辛いくせに、こうやって誰かを抱きしめることが出来る。

「……ありがとう、咲桜」

本当にこの子は強い。だからこそ不謹慎ながら、さきほど泣きついてくれたことが嬉しくもある。

しばらくそのままお互いが腕の中にいた。

偽モノ婚約者。

教師と生徒。

家族になる、という言葉の意味をちゃんと理解しているかは不安だけど――このまま。咲桜を抱きしめていられる時間だけ、一緒にいることをゆるしてもらえたらいい。

咲桜の父親の在義さんに、咲桜の親友に、そして世界に。

――この子が、俺の一番大事な人だ。

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