気づいたらモフモフの国の聖女でした~オタク聖女は自らの死の真相を解き明かす~

平本りこ

文字の大きさ
29 / 43
第三章

7 まさか不義?

しおりを挟む


「……だめ、眠れない」

 ベッドに入ってからもう、どれくらいの時間が過ぎただろうか。夜が更けても一睡もできないまま、何度も寝返えりを打った末、私はむくりと上体を起こして呻いた。

「急用って何なのよ」

 怪しい。怪しすぎる。

 自然に考えれば、今朝の出来事に関係することなのだろう。だが、あの事件は城内で起こったこと。わざわざ街に出る必要があるのはなぜなのか。

 私はベッドから出て窓辺へ向かい、水差しからコップに水を注ぐ。カーテンの隙間から外を見れば、城下はほとんど闇に覆われていて、酒場など夜のお店に灯る聖力灯せいりょくとうの白っぽい光だけが、ぼんやりと浮かんでいた。

 夜明けはまだ遠い。けれど民家は寝静まった時刻であり、デュヘルもさすがに帰って来ている頃合いだろう。まさか魔王が酒場で夜遊びなんてしないだろうし。

 私は「よし」と気合を入れて、自室を出る。薄暗い廊下へ一歩踏み出すと、ひんやりとした夜気が肌を刺す。

 私はガウンの襟を掻き合わせ、足音を忍ばせながらデュヘルの部屋へと向かった。

 私室の重厚な扉が見える角に来ると、近衛兵が直立しているのに気づく。魔王の部屋なのだから、警備の一人や二人いて当然だ。それなのに、私は柄にもなく狼狽うろたえる。こんな真夜中にデュヘルの部屋を訪れるなんて、妙な噂になったらどうしよう。

 いやいや、今はそれどころではない。私は意識して堂々とした足取りを作り、角を曲がって部屋の前へと進み出た。

「こんばんは。デュヘル様はもう休んでいる?」

 突然現れた聖女に驚いたらしく、近衛兵は目を丸くしたものの、すぐに取り繕って姿勢を正す。

「これはリザエラ様。このようなお時間にお一人で、危険ですよ。事件が起こったばかりなのですから」
「ごめんなさい、あなたを困らせるつもりはないのだけれど、今すぐデュヘル様に用事があって」
「用事、ですか。しかし」
「ここまで来てしまったのだから、良いでしょう。来た道を戻る途中で、私が誰かに花瓶でも投げつけられたらどうするの」

 近衛兵の顔が歪む。本来ならば安全なはずの魔王城だが、ここ数日で、状況は大きく変わってしまった。

 後ろから鈍器で殴られて命を落とす危険がないとも言い切れない。ずるいことを言っている自覚はあるのだが、こうでもしないと問答無用で部屋へ帰されてしまいそうだった。

 制止の声が止んだことを確認し、私は扉をノックする。

「デュヘル様、私です。リザエラです」

 反応はない。再度コンコンと拳を打ち付けてから、もう一段声を高くしてみる。

「デュヘル様、デュヘル様?」
「リザエラ様」

 隣から、控えめな声が聞こえた。近衛兵が気まずそうな顔でこちらを見下ろしていた。

「大変申し上げにくいのですが、デュヘル様は今、こちらにはいらっしゃいません」
「え?」

 言葉を失う私に、とっても歯切れの悪い言葉が降り注ぐ。

「ですからその、デュヘル様はご不在で」
「どこにいるの?」
「さあ、存じ上げませんが……夕方に街へ下りられてから、一度もお戻りではありません」

 不穏な事件があったばかりなのに、デュヘルの居場所がわからない。全身から血の気が引いたが、目の前で佇むケモ耳近衛兵さんは妙に落ちついている。城主が帰って来ないというのになぜ。……もしや。

「デュヘル様は普段からこうして、夜になっても帰らないことがあるの?」
「いえ、その」
「遠慮しないではっきり言って」

 近衛兵はいかつい顔に困惑を張り付かせている。やがて、ほんの少しも引く気配がない私の視線に根負けしたのか、頬を掻きながら答えた。

「はい、実は時々、そのような晩も。ですが」

 彼は視線を彷徨さまよわせながら、しどろもどろに弁解する。

「決して、リザエラ様にお伝えできないような場所には出向かれていません」
「でも、どこにいるか知らないのでしょう?」
「うっ、それはそうですが」

 私はデュヘルの妻だけれど、別に愛がある訳ではない。だから彼が夜な夜な愛人と逢引きしていても、いかがわしいお店に足繫く通っていても気にする必要ないはずなのに、なぜだか沸々と怒りが込み上げて来た。

 あの色男、毎日私にお砂糖を浴びせかけておいて、他の女と?

 夫婦とはいえ、それらしいスキンシップはないし、デュヘルも多分健全な成人男性なのだから、そういう欲を発散する場所が必要なのかもしれない。妻らしくできない私に非があるとも言える。

 それでもなぜか、胸いっぱいに屈辱感が広がった。

 デュヘルのゲロ甘な眼差し、時には家族のために怒りを露わにする険しい顔、不意に飛び出す生真面目な声。彼の全てがまるで走馬灯のように脳裏を過り、胸がぎゅっと苦しくなる。これはいったい何事……いや、今はそんなのどうだって良い。

「別に気にしていないわ。もう部屋へ帰ります」
「あ、リザエラ様、お送りします」
「結構よ」

 思ったよりも冷たい声が出てしまった。

 そのおかげなのか、近衛兵がついて来る気配はない。夫の不義に嫉妬を隠せない感情的な妻だと思われたかもしれない。不本意極まりないが、それならそれで好都合だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

最強お嬢様、王族転生!面倒事は即回避!自由気ままに爆走しますけど何か?

幸之丞
ファンタジー
転生したら――まさかの王族。 豪華な生活は大歓迎だが、政治?儀式?婚約? そんな面倒事、わたしには無理! 「自由に生きるわ。何が悪いの!」 そう考えた主人公エリーゼは、王家の常識を軽々とぶっ壊しながら、 好きなことだけを全力で楽しむ“自由至上主義”の王族ライフを爆走する。 だが、面倒事から逃げているはずなのに、 なぜか家族は勝手に主人公を「天才」「救世主」と勘違いし始め―― 気づけば女神も巻き込む大騒動に発展していく。 面倒は回避、自由は死守。 そんな主人公の“予測不能な王族生活”が今、幕を開ける。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...