気づいたらモフモフの国の聖女でした~オタク聖女は自らの死の真相を解き明かす~

平本りこ

文字の大きさ
43 / 43
第四章

13 これは私の人生

しおりを挟む
 ぱたり、と扉が閉まる。それを見届け感傷を振り切って、私はデュヘルに質問をぶつけた。

「そういえば、デュヘル様はどうやって私を混沌まで迎えに来てくれたのですか。あの世界を訪れるためにはきっと、混沌術を使ったのですよね。私的利用は禁じられているのでは?」
「何を言う、リザエラ」

 デュヘルはほんの僅かたりとも悪びれず、わざとらしく目をぱちくりさせた。

「あれは公的利用だ」
「はい?」
「君が混沌に下った日から、ナーリスは継続的に人型であれるようになったものの、おうとしての能力はまだまだ成長過程。皇の安定のためには我々二人の愛がこれからも必要なのだよ。だから国のために混沌術を使い、君を連れ戻した」
「でも、私がいなくなったのに、どうしてナーリスは人型に?」
「以前、プエリスが言っていた通り、神樹に預けた我々の魔力と聖力の器は、本来の持ち主が消えても維持される。憶測だが、混沌に下る寸前、照れ屋なリザエラが私への愛を認めたことにより、器が一つ強大になったのだろう」
「あ、愛……」

 もはや赤面すらしない。無理もない。体感年齢百三十歳。初心うぶな乙女のような反応を期待しないで欲しい。……のだけれど。

「やはり我々の愛は本物だった。リザエラ、君が聖女で良かった」

 上体を起こしてベッドに座る私の手を、デュヘルが取った。指先に、恭しい仕草で口付けが落ちる。その途端、ぞわり、と背筋の毛が逆立った。嫌悪かと思ったが、今となればわかる。これは驚きと戸惑いと、ほんの少しの胸の高鳴りが、全身の毛根を刺激した結果のこと。リザエラは以前から、デュヘルのことを憎からず思っていたのだ。多分。

「デュヘル様、その」
「リザエラ」

 真摯な光を宿す赤紫色の瞳が、私に注がれている。彼は形の良い唇に極上の笑みを乗せ、甘い言葉を紡いだ。

「改めて言おう。結婚してくれないか。魔王と聖女としてではなく、普通の男女として」

 おかしいおかしいおかしい。私の胸は早鐘を打つ。老いてスカスカになった百歳の肋骨を粉砕して心臓が飛び出しそう……いや、何を考えているのだろう。リザエラは多分二十代。骨密度も問題ないはず。じゃなくて。

 ついさっきまで、老いてシワシワになった乙女心を自虐していたというのに、油ギトギトお砂糖塗れ揚げパンの一言で途端に若返ったみたい。

 私はごくりと唾を飲み一拍おいてから、疑問を吐き出す。柄にもなく掠れた声が出た。

「でもデュヘル様。私は罪を犯しました。それに、混沌に下る前の記憶がありません。当時のリザエラは、あなたやナーリスを素直に愛することができなくて混沌術に手を伸ばしたのですよ」

 そんな女の隣で人生を過ごしたいと、思うものだろうか。

「ああ、知っている。だがそれは、家族に確かな愛情を感じ、事態を打開したいからこそ取った行動だ。混沌術に手を出す前に相談をしてくれたら良かったのに、と思う部分もあるが、きっと、優しいリザエラは私にそんなことを相談できやしない。むしろ、私の不甲斐なさゆえに、リザエラを混沌に追い込んでしまったのかも」
「そんなこと」
「リザエラ、我々は互いに対話が不足していただけだ。今この瞬間、確かな思いがあるのであれば、全てはここから再出発させれば良い。世界のために、ナーリスのために、何よりも私と君の幸せのために」

 胸の奥に、火が灯ったような心地がした。見つめ合った二人の間の空間が、ちりちりと焦げ付いて、やがて火の手を上げる準備が整った。必要なのは、ほんの一押しだけ。私は、口を開いてその引き金を引く。

「わかりました。私で良ければ、改めて夫婦に」

 全てを言い切る前に、デュヘルの匂いが近づいて、ふわりと私を包み込んだ。

 ああ、驚くべきことだけれど、私はずっとこの温もりだけを求めていたのかもしれない。リサも理沙も、歴代の恋人達にはしっくり来なかった。私が切望していたのはデュヘルの心であり、体温であったのだ。

「デュヘル様、私は」
「ではリザエラ」

 デュヘルが少し身体を離し、至近距離で言う。

「今晩早速君の部屋に」
「……は?」
「慎み深い君は今まで一度も寝室を共にしてくれなかっただろう。だが今や互いの心を確かめ合ったのだ。かくなる上は」
「ちょっと待ってください。この流れでそんな話をしますか!?」
「いけないかい」

 いけないも何も、ムードが台無しではないか。私は、身体中の熱が急激に冷めるのを感じた。

 しかしリザエラ、一度もデュヘルと共に夜を過ごしたことがなかったのか。これはもしや、リザエラがデュヘルに思いを寄せていたという私の読みは間違っていたのだろうか。ただの幻想?

 愛していたのはナーリスだけなのか。それとも。

「ええい、もう良くわからない!」

 私はお腹の奥に沈殿したモヤモヤを吐き出した。どうせ、リサ以前のリザエラの記憶は戻りそうもないのだ。であればリザエラの人生を作るのはこの私。過去のことなんて、どうでも良い。これからは、私の信じる通りに生きていく。

「とにかく、それはお預けです!」
「な、なぜ」
「なぜって」

 その時だ。

 遠くで甲高い悲鳴が響き、開け放した窓から飛び込んできた。私達はぎょっとして身体を離す。直後、雑なノックの後、返事も待たずに扉が開く。

 駆け込んで来たのは、垂れた兎耳を精一杯怒らせたアリスだ。その腕には、茶色いモフモフが抱かれている。

 私は目を疑ったものの、即座に事態を把握した。アリスに抱かれたナーリスが、子犬姿に戻っている。原因は明白。

「もうっ、デュヘル様! リザエラ様を幻滅させることをしないでくださいいいいい!」

 大正解だ。まさか盗み聞きをしていた訳ではないだろうから、アリスには全てお見通しということか。

 恐れもなくデュヘルの胸をぽかぽか叩くアリス。魔王相手に、強い子だ。

 何はともあれ前途多難。けれど私はまだ二十代なのだから、時間だけはたっぷり残されている。

 何だか意地悪い気分になり、アリスの拳の餌食になっているデュヘルの袖を引っ張り耳元に囁いた。

「ナーリスのために、私の心を掴んでくださいね。私が良いというまでは、台無し発言は禁止です」

 デュヘルは驚いたように目を見開いて、それから楽しげに口の端を歪めた。

「聖女リザエラはいつから悪女になったのだろうね」

 私達は笑みを交わし合う。

 騒ぎ立てるアリスと、事態を呑み込めない様子のナーリスには申し訳ないのだけれど、心配ない。きっとそのうち、ナーリスは立派な皇になる。

 かつて、狭い世界しか知らなかった品行方正な聖女は思い悩み、禁忌に触れた。そして世界を股にかけて百三十年を生き、スレて悪意と傲慢さとしたたかさを身に付け帰って来た。

 リザエラがリサになるため混沌に下ったのは罪だけれど、決して誤った決断ではなかったはずだ。

 清すぎる心はガラス細工のように壊れやすく、国母となるには心許こころもとない。けれど今の私ならば、何だかんだと上手く立ち回ることができるような気がした。

 ――ごめんなさい、あなたのことを愛せない。

 でも、あなたがいたからこそ、今の私がある。

 窓から吹き込む微風が、騒がしい室内に暖かさと清々しさを運んで来る。それは、再スタートを迎えた私達への祝福のようだった。リザエラはこれからも、全世界のモフモフと、ついでに夫のために、奮闘するのだろう。


<完>
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

最強お嬢様、王族転生!面倒事は即回避!自由気ままに爆走しますけど何か?

幸之丞
ファンタジー
転生したら――まさかの王族。 豪華な生活は大歓迎だが、政治?儀式?婚約? そんな面倒事、わたしには無理! 「自由に生きるわ。何が悪いの!」 そう考えた主人公エリーゼは、王家の常識を軽々とぶっ壊しながら、 好きなことだけを全力で楽しむ“自由至上主義”の王族ライフを爆走する。 だが、面倒事から逃げているはずなのに、 なぜか家族は勝手に主人公を「天才」「救世主」と勘違いし始め―― 気づけば女神も巻き込む大騒動に発展していく。 面倒は回避、自由は死守。 そんな主人公の“予測不能な王族生活”が今、幕を開ける。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

聖女の任期終了後、婚活を始めてみたら六歳の可愛い男児が立候補してきた!

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
23歳のメルリラは、聖女の任期を終えたばかり。結婚適齢期を少し過ぎた彼女は、幸せな結婚を夢見て婚活に励むが、なかなか相手が見つからない。原因は「元聖女」という肩書にあった。聖女を務めた女性は慣例として専属聖騎士と結婚することが多く、メルリラもまた、かつての専属聖騎士フェイビアンと結ばれるものと世間から思われているのだ。しかし、メルリラとフェイビアンは口げんかが絶えない関係で、恋愛感情など皆無。彼を結婚相手として考えたことなどなかった。それでも世間の誤解は解けず、婚活は難航する。そんなある日、聖女を辞めて半年が経った頃、メルリラの婚活を知った公爵子息ハリソン(6歳)がやって来て――。

処理中です...