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グリディアン神殿
第68話 背を預ければ顔は見えず
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~グリディアン神殿 検問所~
「あーははは、誰もいなーい!!」
入国時には厳戒態勢だった検問所は、国内の騒ぎによって管理する人間は一人残らず居なくなっていた。無人なのをいいことに、ラルバは子供の様にはしゃぎ走り回り、壁にかけてある肖像画に落書きをしたりと勝手の限りを尽くしている。
そこへシスターは呆れながら近づき、ラルバに荒らされた部屋を見回す。
「皆出国の準備で忙しいというのに……私を呼び出した理由は何ですか?」
「用事ねぇ」
ラルバは引き出しを乱暴に抉じ開け、門番が押収したであろうネックレスや指輪を引っ張り出しては着飾り、価値を確かめる様に陽の光に照らしてウットリと眺める。
「シスターさんには、私のことを少し知っておいてもらおうと思いまして」
そう言ってラルバは検問所の外へ出る。そしてシスターに「こっそり見ていろ」と指示すると、少し離れたところに停まっている一台のトラックへと歩いて行った。シスターは怪訝そうな顔で首を傾げてから、物陰に隠れラルバの動向を窺う。
しゃがみ込む男性の後ろでラルバは小さく咳払いをすると、明るく落ち着いた辿々しい口調で尋ねる。
「モシ……コノ国の方でショウカ?」
トラックの運転手と思しき壮年の男は、整備の手を止めて徐にラルバの方を向く。
「……あんたは?」
「申シ遅レます。ワタシ、なんでも人形らぼらとりぃーから来た留学生のマディカロベルと言ウます。コンナ見た目デスが、使奴寄リではアリマセン」
「……へえ、あの国の留学生」
「はい!でも……あの検問所誰もイナイ……学校行ケナイ。どうしたらイイ思う?」
ラルバのしおらしい振る舞いに、男は小さく鼻で笑って立ち上がる。
「なら良かった。丁度街へ行く途中だったんだ。送って行ってやるよ」
「本当です!?嬉シイ!!あなた良い人!!」
「まあ旅は道連れ世は情けだ。荷台乗んな」
ラルバは大喜びで荷台に足を踏み入れる。すると、そこには既に別の男がおり、不気味な半笑いでこちらを見つめていた。
「んん……?失礼しマス?」
ラルバが軽く会釈をする。その直後、突然背後から首に縄をかけられ、そのまま大きく姿勢を崩し引き倒される。
「よし!!よし!!捕まえた!!」
「縛れ縛れ!!」
2人の男は暴れるラルバを無理やり押さえつけ、縄で両手足を拘束し喋れない様に口の中へ布を詰め込む。
「よしっ……よしっ!やった……!この服絶対高値で売れるぞ……!!」
「角折れ角!!こっちの方がイイ値段する!!」
「馬鹿!鋸なんかで切るな!!それよりも封印魔法!!」
「使奴寄りでもねぇのにこの眼玉と肌か……!しかも角持ち!!クソッ……出すとこ出せりゃ相当いい金になるっつーのに……!!」
男達の正体は、内戦により亡命を企てていたグリディアン神殿の被差別民である。当初、検問所の資材や武器などを物色していたが、ラルバの接近により管理人が戻ってきたと勘違いをして逃走し、近くで無関係を装い車両を整備するフリをしていた。しかし、ラルバが管理人ではなく留学生、ましてやなんでも人形ラボラトリーの使奴寄りでもない一般人だとわかるや否や、路銀に丁度いいと誘拐に踏み切った救いようのない暴漢である。
「おい!ポッケに金貨入ってたぞ!!こいつ結構持ってる!!」
「ネックレスに指輪……どっかいいとこの令嬢か?早めに売ったほうがいいな」
「じゃあ今のうちにヤるだけヤるか……!!あのクソ女共に散々こき使われた分、お前で晴らしてやる……!!」
男は汗が染み込みベタついたズボンに手をかけモゾモゾと脱ぎ始める。しかし焦って足を引っ掛けてしまい、後ろへ大きく倒れた。
「痛って!」
男がぶつけた頭を摩りながら、片腕を床について上体を起こす。すると、歪んだ満面の笑みを浮かべているラルバと目が合った。自分達に最も容易く拘束された間抜けな女の奇怪な眼差しに、男は得体の知れぬ恐怖に襲われ思わず腰を抜かしたまま後退った。その様子を見てもう1人の男は苛立ったような顔をして睨みつける。
「おい、何してんだよ」
「こ、こいつ……笑ってる」
「はっ、きっと恐怖で頭がおかしくなっちまったんだろうよ」
そう言って男がラルバの顔を覗き込もうと前のめりになると、ラルバは縄を強引に引き裂いて拘束を外し、覗き込もうとした男の口の中に手を突っ込んで内側から下顎に指を突き刺した。
「がっ」
そしてそのまま下顎を輪っかを握るように鷲掴みにし、勢いよく捻り引き千切る。声にならない悲鳴をあげる男の横でラルバはゆっくりと立ち上がり、口に咬まされた布を吐き出して腰を抜かしている男を睨んだ。
「ひっ……!!!お、俺じゃないっ!!こいつが、こいつがやれって言うから!!!」
ラルバは何も言わず腰を抜かしている男に近づき、彼が懐の拳銃を取るより早く股間を踏み潰した。
「――――――――!!!」
「安心しろ。私は慈悲深い」
そう言ってラルバは悶える2人を車外へ引き摺り出すと、近くの倒木に投げつけた。
「あっげげ……えあっ……!!」
「ひぃっ……うぅぅぅ……!!」
倒木にもたれ掛かり痛みに藻掻き苦しむ2人。その体から流れ出た血は、渇いた砂漠の地面に一瞬で吸われ染み込んでいく。そのすぐ側、男の足元に輝いていた銀色の光が、男の血に触れると一瞬で姿を消した。ラルバはそれを見て、満足げに微笑み男達に背を向ける。
「人を食い物にするお前らにはお似合いの最期だ」
その直後、男達の全身が突然銀色に輝き始めた。光は波打ち、脈動し、男達の足元にまで広がり蠢く。
「ぎゃあああああああっ――――――――!!!!」
男達を覆う銀色の毛布の正体。それは、全身に銀色の体毛を持つ無数の蟻であった。
砂漠の灼熱に、1秒間に体長の100倍という距離を移動するという力技で適応した死肉食動物。この生物は非常に臆病で、通常生きている人間を襲うことはない。しかし、それが身動きの取れない瀕死の体であれば、彼らに取ってはこの上ないご馳走でになる。
ラルバは男達の断末魔を背に、振り返らず手を振った。
「日没迄には死ねるだろう。良い夢を」
すると、検問所へ戻ろうとするラルバの横を、額に脂汗を浮かべたシスターが駆け抜けていった。ラルバはシスターの大きく背中が開いたローブの端に指を引っ掛け、彼を引き止める。
「はな、離して下さい!!」
「善人ぶるなよ偽善者」
シスターはラルバの手を振り解き、彼女をキッと睨みつける。しかしラルバは吐き捨てる様に冷たく言い放つ。
「私を睨む暇なんてあるのか?やっぱりお前は偽善者だ」
「なっ……邪魔しておいて何を……!!」
「イチルギやジャハル、或いはハザクラやラデックでも、私の妨害など意にも介さず救命に尽力するだろう。お前が立ち止まってしまった時点で、もっと言えばここで私の話に耳を傾けているなら尚更、偽善者以外ありえん」
「……妄想ならお好きにどうぞ!!」
シスターはそう告げるとラルバに背を向け男達の元へ走り出す。しかしラルバはシスターを乱暴に担ぐと、何食わぬ顔で帰路を辿り始める。
「ちょ、ちょっと……!降ろしてっ……!!」
「私がお前を異能持ちだと断言した理由だが……主に二つだ」
そしてシスターの発言を無視して、独り言の様に淡々と話し始める。
「まず一つ、お前がグリディアンと対面した時のことだ。お前はあの悍ましい使奴擬きを前にしても、怯まず堂々と自分の主張を述べてみせた。あれは説得の自信というよりは……反撃を狙った挑発だ。実力を隠してるだけなら、私どころかグリディアンにだってバレる。ここで反撃の手段を持っていること……つまり、異能持ちってことは確定」
シスターは藻掻く手を止める。
「二つ目は語り過ぎ。お前、イチルギと会ったときに警告したらしいな。ザルバスは敵だと。しかも、捕まった連中が使奴でも死ぬかも知れないとか」
「そ、それは……推測で……」
「何を根拠に?」
「ザ、ザルバスの動きはどうみても不自然でしたし……」
「お前はロゼと仲が良かったそうだな。ロゼからザルバスの過去の話も散々聞いただろうに……昔の平和馬鹿だったザルバスの姿を知っていて、“敵だ”などと普通は言わん。恐らくは、洗脳されているという事実は知っていだが、洗脳と言ってしまうと自身の秘密まで知られかねないから“敵”という表現を使って濁したんだろう。確かに、確実のこちらの命を狙ってくるという意味では一緒だしな」
「で、でも」
「次に”使奴でも死ぬ“という発言。お前がどこまで使奴のことを知っているかは知らんが……要するに、どんなに強くとも黒幕には敵わない可能性があるということだ。つまり、お前はグリディアンという存在をとっくに知っていたんだ」
「そ、それは……ロゼの部下から噂を聞いて……推測で……」
「苦し紛れの嘘を吐くな。グリディアンの存在を知る術は限られている。人伝はまず不可能だ。グリディアンと相対した人物は漏れなく無理往生の異能で口封じをされているからな。ならば方法は二つ。ハピネスのような探索型の異能か、記憶を操る異能か……しかし探索型では黒幕相手に啖呵は切れん。戦闘向きではないからな。ならば考えられる可能性はただ一つ。記憶操作ならば、記憶の全消去や全書き換えもできるだろう。なにせ私はつい最近”同じことをする人間“を見てきたばかりだからな。どうだ、当たっているだろう?」
シスターは何も言わずに顔を伏せている。この沈黙そのものが肯定を表していた。
「しかし一つだけわからないことがある」
ラルバはシスターを肩から降ろし、その足で立たせ顔を覗き込んだ。
「お前、何故私に着いてくるんだ?」
「……はい?」
シスターは依然険しい表情であったが、ラルバの問いに余計顔を顰めて睨む。
「何故も何も……あなたが誘拐したんじゃないですか」
「如何にも、しかしそれだけでは説明はつかない」
ラルバが再び歩き始めると、シスターも半歩下がって横に並ぶ。
「確かに“異能のことをロゼ達にバラされたくなければ従え”と言わんばかりに御託を並べては見たが……」
「……私の異能は、ラルバさんの仰る通り“記憶操作”です。全消去や全書き換えなんて芸当は出来ませんが……直接接触する事で直近数十分程度の消去や書き換え、ある程度の記憶を覗く事はやろうと思えばできます。ロゼが私に気がある事は最初から知っていました。ザルバスの正体や、何故グリディアンに服従するに至ったのかも……しかし、それは裏切りに値する行為……何せロゼの恋心を無視していたどころか、親友の仇をずっと隠していたのですから」
「ザルバスも察しのいいヤツだ。私がシスターの弱みを握っていることを察してあっさりと手を引くとは。しかし、それにしたってあっさりし過ぎだ。まるでそれだけではない様な雰囲気だった。私はそこに“お前が私に着いてくる理由”があると推測をしている。ザルバスが気付いていて、私が気付いていないお前の何かに……」
ラルバの舐め回す様な視線に、シスターは凍てつく様な冷たい眼差しで鍔迫り合う。
「……私は、あなたを信じたいんですよ。ラルバさん」
ラルバはシスターの理解できない発言に、数秒思考を止める。使奴の演算能力を以ってしても、言葉の意味を解析する事は不可能であった。
「…………信じたい?」
「はい。私はあなたに期待しています。そして、それが達成されると信じたいのです」
「……くっくっく。面白い奴だな。言っている意味がまるで分からん」
「意味は聞かないで下さい」
「そんな野暮なことしないよ。じゃあ戻ろっか!!今晩はカレーだよ!!」
ゆっくりと歩くシスターを、ラルバはスキップして置き去りにする。シスターは小さくなっていくラルバを見送ってからその場で立ち止まり、両手を胸の前で組んで両目を閉じて祈祷を始める。暗くなり始めた空に、一際輝く真っ白な星がそれを見ていた。
~グリディアン神殿 郊外のバス乗り場~
ラルバがシスターと検問所に向かっているころ、検問所から少し離れたバス乗り場でラデック達が荷造りに勤しんでいた。
「ふう……取り敢えずこんなもんか」
ラデックはバスの修理をしながら額の汗を拭う。内戦の騒ぎにより、バス会社の敷地はこの故障したバス一台を残して全ての車両がなくなっており、敷地内は休業中の様な静けさを保っていた。
そこへ、ラデックの後ろからやってきたイチルギが顔を覗かせてる。
「ん~まあいいんじゃない?壊れたらまた修理しましょ」
「使奴がやってくれた方が早いと思うんだが……」
「なんでもかんでも使奴を頼らないの!ラデックは機械系に便利な異能持ってるんだから、こういうところで憶えておかなきゃ」
「機械は苦手だ……」
2人が話していると、ナハルがそこへやってきて2人に尋ねる。
「すみません。シスターを見かけませんでしたか?私に待っていて言ったきり戻ってこなくて」
ラデックは首を振るが、イチルギは少し面倒くさそうな顔をして息を吐く。
「あー……ラルバが話があるって連れて行ったわ」
「な、なんだと!?」
勢いよく走り出そうとするナハルの腕をイチルギが引っ張る。
「でもって!私はナハルに話があるわ」
「離せ!後にしろ!!」
「ごめんねぇ~ちょっとで、い・い・か・ら!」
イチルギはナハルを引っ張り倒して地面に座らせる。するとどこからともなくバリアが現れ、ナハルの背中にしがみついて拘束に参加した。周囲にはハザクラやジャハル達、出払っているラルバとシスター以外の全員が顔を揃えている。
「何をするイチルギ!!シスターとあの馬鹿を2人きりにするなど……!!」
「ん~まあ確かに心配だけど……私はどっちかって言うとアナタの方が心配」
イチルギがナハルを怪しげな眼差しで見下ろすと、ナハルは何かを恐れ怯える。
「や……やめろ!!」
「う~ん……」
「言うな!!」
「やっぱりアナタ使奴ね」
その発言のナハルは瞳孔を揺らして全身の毛を逆立てた。ジャハル達も顔を見合わせて驚いており、イチルギの次の言葉を待っている。
「正直最初っから疑ってはいたけど……ラルバも変なことに巻き込むんだから……」
「頼む……シスターには言わないでくれ……!!」
「分かってるわよ。ていうか、そのために今分断させてる訳だし」
ナハルは驚いて顔を上げる。
「何だと……?」
「ラルバは最初っからアナタがシスターに使奴であることを隠しているの知ってたそうよ。心当たりあるんじゃない?」
ナハルは小さく呻いて気まずそうな顔をする。
「で、道中の口裏合わせのために態々こんな場を設けたわけ。どう?これでもシスターを連れてくる?」
ナハルが小さく首を振ると、バリアがナハルの背中から離れた。ナハルは抵抗する素振りを一切見せず、その場にぺたんと座り込んでいる。イチルギは大きく溜息を吐いてナハルを睨んだ。
「で、なんで内緒にしてるのよ」
「……だ、だって……使奴だぞ?“使”い捨ての性“奴”隷だ……!!そんな如何わしい存在だとシスターに知れたら……きっと軽蔑される……」
「いや私も使奴なんだけど。目の前で“そんな如何わしい存在”とか言わないでよ」
「如何わしいだろう!!こんな男の欲情を煽るためだけに造られた見っともない肉体!!クソ共が己のモノを突っ込むためだけに造られた汚らわしい玩具だ!!」
「確かにそうだけども……別にそこまで言わなくても」
「シスターは優しい人だ……だからきっと嫌悪を顔には出さずにいてくれるだろう……!!しかし!!その優しさが……私にはこの上なく苦しいんだ……!!!」
ナハルの嘆きに、ラデックは首を傾げて尋ねる。
「シスターは相当な人格者に見えたが……彼はそんな偏見を抱く人物なのか?」
「まさか!!シスターは差別なんて下劣な思想を持つ方ではない!!」
「じゃあ気にしなくていいんじゃ……」
「しかし確定ではない……!!誰しも、間違いはある……!!」
「ナハルが清廉な思想へ導いてやるのはダメなのか?使奴ならできるだろう。なんならイチルギやバリアでも……」
「違う……違うんだ……!!我儘なのは分かってる……!!どうすればいいかなんて解決策は腐るほどあるんだ……!!」
ナハルは頭を抱えながら髪をガシガシと掻き乱す。
「恐れていることの理解を放棄して……問題を先送りにしているのも分かってる!!ただ……この言語化できない……言語化したくない不安に近寄りたくないんだ!!嫌われるかも知れない!!シスターを信じていない訳じゃない!!けど!!この不安はどうしたって拭えないんだ!!!理屈じゃない!!!心なんだ!!!」
悲嘆を叫び涙を溢すナハルを、イチルギ達はただ黙って見守っていた。互いに顔を見合わせ、小さく頷き、ナハルが使奴である事は秘密にしようと決めた。ハピネスは呆れて嘲笑を浮かべていたが、ジャハルに拳骨を食らわされると仰向けに倒れて降参の意を示した。
ラデックがバス停近くのベンチに腰掛けてタバコを吸っていると、夕陽をバックに手を振るラルバがやってきた。ラルバはラデックの隣にどかっと腰掛けると、持ってきたカレーの器を手渡す。
「ありがとう。今日の当番はハピネスか」
「あいつカレーしか作らんな。今度煮物でも教えてみるか」
「創作活動にはあまり興味がないみたいだな。ん……かなり辛いな」
「多分本人が一番困ってるよ。ねえねえ、ナハルんの説得どうだった?」
「失敗に終わった。やはり正体は知られたくないらしい」
「うへぇ……面倒くさくなったなぁ。ま、いっか」
「しかしラルバにしては随分優しいじゃないか。秘密を守ってやるなんて」
「え?ああ、弱みは握っておくに越したことないからな」
「褒めて損した」
「シスターの方は結構収穫があったよ!いやあいい仲間が来てくれましたねぇ」
「結局、何故シスターを誘ったんだ?」
「んえあ?」
「ラルバは善人が嫌いだろう。シスターはジャハル以上に善人だと思うが……」
「ふっ……まっさかあ。アイツ……相当な悪だよ」
「……なんだと」
「まあ見る人からしたら善なんだろうけど……いつか悔恨に染まる顔が見たいもんですなぁ」
「……ラルバ」
「極論じゃないって!!いや勘であることは確かなんだけどさ。アイツが自分の所業を悪行だと確信して、尚且つ愉悦に浸っていることは間違いないよ。勘だけど」
「信じ難い」
「まあ見てなさいよ。どうなるかは知らんけど……そういや行き先どうなった?」
「一先ずは“スヴァルタスフォード自治区”に向かうことになった。未だ内戦の火が燻る“悪魔の国”だそうだ」
「ほへぇ……じゃあ今の所、目的は二つだな」
「二つ?あと一つはなんだ?」
「“漆黒の白騎士”の討伐だ。こないだ決めた」
「漆黒の白騎士?それは黒いのか?白いのか?」
「分からん。各地で逸話を聞くから実在はするんだろうが……なんでも、笑顔の七人衆を凌ぐ強さって噂だぞ。ソースはハピネス」
「悪なのか?」
「いやあ悪じゃないかなぁ。世界を滅ぼして回った豪傑らしいし」
「ほう。どうやって探すんだ?」
「それは追々……で、三つめだが」
「二つじゃないのか」
「通り魔の討伐だ」
「通り魔?」
「世界各地で無差別に惨殺して練り歩いている使奴の通り魔だ。これは悪い!!」
「成る程……あれ?でも前にイチルギが“積極的に人を害する使奴は希少“だと……」
「私の他にもいるだけだろ。ただ……その使奴、ハピネスも1回しか見たことない上に、イチルギに至っては噂も知らないそうだ」
「……世界各地で出没する残忍な通り魔を、世界を統べる役割を担っていたイチルギが知らないのは確かに変だな」
「んっふっふ……快楽殺人鬼VS極悪通り魔。どっちが強いか勝負だ!!」
「快楽殺人鬼の自覚があるならどうにかしろ。不愉快だ」
「ゴメンて。直さないけど」
「あーははは、誰もいなーい!!」
入国時には厳戒態勢だった検問所は、国内の騒ぎによって管理する人間は一人残らず居なくなっていた。無人なのをいいことに、ラルバは子供の様にはしゃぎ走り回り、壁にかけてある肖像画に落書きをしたりと勝手の限りを尽くしている。
そこへシスターは呆れながら近づき、ラルバに荒らされた部屋を見回す。
「皆出国の準備で忙しいというのに……私を呼び出した理由は何ですか?」
「用事ねぇ」
ラルバは引き出しを乱暴に抉じ開け、門番が押収したであろうネックレスや指輪を引っ張り出しては着飾り、価値を確かめる様に陽の光に照らしてウットリと眺める。
「シスターさんには、私のことを少し知っておいてもらおうと思いまして」
そう言ってラルバは検問所の外へ出る。そしてシスターに「こっそり見ていろ」と指示すると、少し離れたところに停まっている一台のトラックへと歩いて行った。シスターは怪訝そうな顔で首を傾げてから、物陰に隠れラルバの動向を窺う。
しゃがみ込む男性の後ろでラルバは小さく咳払いをすると、明るく落ち着いた辿々しい口調で尋ねる。
「モシ……コノ国の方でショウカ?」
トラックの運転手と思しき壮年の男は、整備の手を止めて徐にラルバの方を向く。
「……あんたは?」
「申シ遅レます。ワタシ、なんでも人形らぼらとりぃーから来た留学生のマディカロベルと言ウます。コンナ見た目デスが、使奴寄リではアリマセン」
「……へえ、あの国の留学生」
「はい!でも……あの検問所誰もイナイ……学校行ケナイ。どうしたらイイ思う?」
ラルバのしおらしい振る舞いに、男は小さく鼻で笑って立ち上がる。
「なら良かった。丁度街へ行く途中だったんだ。送って行ってやるよ」
「本当です!?嬉シイ!!あなた良い人!!」
「まあ旅は道連れ世は情けだ。荷台乗んな」
ラルバは大喜びで荷台に足を踏み入れる。すると、そこには既に別の男がおり、不気味な半笑いでこちらを見つめていた。
「んん……?失礼しマス?」
ラルバが軽く会釈をする。その直後、突然背後から首に縄をかけられ、そのまま大きく姿勢を崩し引き倒される。
「よし!!よし!!捕まえた!!」
「縛れ縛れ!!」
2人の男は暴れるラルバを無理やり押さえつけ、縄で両手足を拘束し喋れない様に口の中へ布を詰め込む。
「よしっ……よしっ!やった……!この服絶対高値で売れるぞ……!!」
「角折れ角!!こっちの方がイイ値段する!!」
「馬鹿!鋸なんかで切るな!!それよりも封印魔法!!」
「使奴寄りでもねぇのにこの眼玉と肌か……!しかも角持ち!!クソッ……出すとこ出せりゃ相当いい金になるっつーのに……!!」
男達の正体は、内戦により亡命を企てていたグリディアン神殿の被差別民である。当初、検問所の資材や武器などを物色していたが、ラルバの接近により管理人が戻ってきたと勘違いをして逃走し、近くで無関係を装い車両を整備するフリをしていた。しかし、ラルバが管理人ではなく留学生、ましてやなんでも人形ラボラトリーの使奴寄りでもない一般人だとわかるや否や、路銀に丁度いいと誘拐に踏み切った救いようのない暴漢である。
「おい!ポッケに金貨入ってたぞ!!こいつ結構持ってる!!」
「ネックレスに指輪……どっかいいとこの令嬢か?早めに売ったほうがいいな」
「じゃあ今のうちにヤるだけヤるか……!!あのクソ女共に散々こき使われた分、お前で晴らしてやる……!!」
男は汗が染み込みベタついたズボンに手をかけモゾモゾと脱ぎ始める。しかし焦って足を引っ掛けてしまい、後ろへ大きく倒れた。
「痛って!」
男がぶつけた頭を摩りながら、片腕を床について上体を起こす。すると、歪んだ満面の笑みを浮かべているラルバと目が合った。自分達に最も容易く拘束された間抜けな女の奇怪な眼差しに、男は得体の知れぬ恐怖に襲われ思わず腰を抜かしたまま後退った。その様子を見てもう1人の男は苛立ったような顔をして睨みつける。
「おい、何してんだよ」
「こ、こいつ……笑ってる」
「はっ、きっと恐怖で頭がおかしくなっちまったんだろうよ」
そう言って男がラルバの顔を覗き込もうと前のめりになると、ラルバは縄を強引に引き裂いて拘束を外し、覗き込もうとした男の口の中に手を突っ込んで内側から下顎に指を突き刺した。
「がっ」
そしてそのまま下顎を輪っかを握るように鷲掴みにし、勢いよく捻り引き千切る。声にならない悲鳴をあげる男の横でラルバはゆっくりと立ち上がり、口に咬まされた布を吐き出して腰を抜かしている男を睨んだ。
「ひっ……!!!お、俺じゃないっ!!こいつが、こいつがやれって言うから!!!」
ラルバは何も言わず腰を抜かしている男に近づき、彼が懐の拳銃を取るより早く股間を踏み潰した。
「――――――――!!!」
「安心しろ。私は慈悲深い」
そう言ってラルバは悶える2人を車外へ引き摺り出すと、近くの倒木に投げつけた。
「あっげげ……えあっ……!!」
「ひぃっ……うぅぅぅ……!!」
倒木にもたれ掛かり痛みに藻掻き苦しむ2人。その体から流れ出た血は、渇いた砂漠の地面に一瞬で吸われ染み込んでいく。そのすぐ側、男の足元に輝いていた銀色の光が、男の血に触れると一瞬で姿を消した。ラルバはそれを見て、満足げに微笑み男達に背を向ける。
「人を食い物にするお前らにはお似合いの最期だ」
その直後、男達の全身が突然銀色に輝き始めた。光は波打ち、脈動し、男達の足元にまで広がり蠢く。
「ぎゃあああああああっ――――――――!!!!」
男達を覆う銀色の毛布の正体。それは、全身に銀色の体毛を持つ無数の蟻であった。
砂漠の灼熱に、1秒間に体長の100倍という距離を移動するという力技で適応した死肉食動物。この生物は非常に臆病で、通常生きている人間を襲うことはない。しかし、それが身動きの取れない瀕死の体であれば、彼らに取ってはこの上ないご馳走でになる。
ラルバは男達の断末魔を背に、振り返らず手を振った。
「日没迄には死ねるだろう。良い夢を」
すると、検問所へ戻ろうとするラルバの横を、額に脂汗を浮かべたシスターが駆け抜けていった。ラルバはシスターの大きく背中が開いたローブの端に指を引っ掛け、彼を引き止める。
「はな、離して下さい!!」
「善人ぶるなよ偽善者」
シスターはラルバの手を振り解き、彼女をキッと睨みつける。しかしラルバは吐き捨てる様に冷たく言い放つ。
「私を睨む暇なんてあるのか?やっぱりお前は偽善者だ」
「なっ……邪魔しておいて何を……!!」
「イチルギやジャハル、或いはハザクラやラデックでも、私の妨害など意にも介さず救命に尽力するだろう。お前が立ち止まってしまった時点で、もっと言えばここで私の話に耳を傾けているなら尚更、偽善者以外ありえん」
「……妄想ならお好きにどうぞ!!」
シスターはそう告げるとラルバに背を向け男達の元へ走り出す。しかしラルバはシスターを乱暴に担ぐと、何食わぬ顔で帰路を辿り始める。
「ちょ、ちょっと……!降ろしてっ……!!」
「私がお前を異能持ちだと断言した理由だが……主に二つだ」
そしてシスターの発言を無視して、独り言の様に淡々と話し始める。
「まず一つ、お前がグリディアンと対面した時のことだ。お前はあの悍ましい使奴擬きを前にしても、怯まず堂々と自分の主張を述べてみせた。あれは説得の自信というよりは……反撃を狙った挑発だ。実力を隠してるだけなら、私どころかグリディアンにだってバレる。ここで反撃の手段を持っていること……つまり、異能持ちってことは確定」
シスターは藻掻く手を止める。
「二つ目は語り過ぎ。お前、イチルギと会ったときに警告したらしいな。ザルバスは敵だと。しかも、捕まった連中が使奴でも死ぬかも知れないとか」
「そ、それは……推測で……」
「何を根拠に?」
「ザ、ザルバスの動きはどうみても不自然でしたし……」
「お前はロゼと仲が良かったそうだな。ロゼからザルバスの過去の話も散々聞いただろうに……昔の平和馬鹿だったザルバスの姿を知っていて、“敵だ”などと普通は言わん。恐らくは、洗脳されているという事実は知っていだが、洗脳と言ってしまうと自身の秘密まで知られかねないから“敵”という表現を使って濁したんだろう。確かに、確実のこちらの命を狙ってくるという意味では一緒だしな」
「で、でも」
「次に”使奴でも死ぬ“という発言。お前がどこまで使奴のことを知っているかは知らんが……要するに、どんなに強くとも黒幕には敵わない可能性があるということだ。つまり、お前はグリディアンという存在をとっくに知っていたんだ」
「そ、それは……ロゼの部下から噂を聞いて……推測で……」
「苦し紛れの嘘を吐くな。グリディアンの存在を知る術は限られている。人伝はまず不可能だ。グリディアンと相対した人物は漏れなく無理往生の異能で口封じをされているからな。ならば方法は二つ。ハピネスのような探索型の異能か、記憶を操る異能か……しかし探索型では黒幕相手に啖呵は切れん。戦闘向きではないからな。ならば考えられる可能性はただ一つ。記憶操作ならば、記憶の全消去や全書き換えもできるだろう。なにせ私はつい最近”同じことをする人間“を見てきたばかりだからな。どうだ、当たっているだろう?」
シスターは何も言わずに顔を伏せている。この沈黙そのものが肯定を表していた。
「しかし一つだけわからないことがある」
ラルバはシスターを肩から降ろし、その足で立たせ顔を覗き込んだ。
「お前、何故私に着いてくるんだ?」
「……はい?」
シスターは依然険しい表情であったが、ラルバの問いに余計顔を顰めて睨む。
「何故も何も……あなたが誘拐したんじゃないですか」
「如何にも、しかしそれだけでは説明はつかない」
ラルバが再び歩き始めると、シスターも半歩下がって横に並ぶ。
「確かに“異能のことをロゼ達にバラされたくなければ従え”と言わんばかりに御託を並べては見たが……」
「……私の異能は、ラルバさんの仰る通り“記憶操作”です。全消去や全書き換えなんて芸当は出来ませんが……直接接触する事で直近数十分程度の消去や書き換え、ある程度の記憶を覗く事はやろうと思えばできます。ロゼが私に気がある事は最初から知っていました。ザルバスの正体や、何故グリディアンに服従するに至ったのかも……しかし、それは裏切りに値する行為……何せロゼの恋心を無視していたどころか、親友の仇をずっと隠していたのですから」
「ザルバスも察しのいいヤツだ。私がシスターの弱みを握っていることを察してあっさりと手を引くとは。しかし、それにしたってあっさりし過ぎだ。まるでそれだけではない様な雰囲気だった。私はそこに“お前が私に着いてくる理由”があると推測をしている。ザルバスが気付いていて、私が気付いていないお前の何かに……」
ラルバの舐め回す様な視線に、シスターは凍てつく様な冷たい眼差しで鍔迫り合う。
「……私は、あなたを信じたいんですよ。ラルバさん」
ラルバはシスターの理解できない発言に、数秒思考を止める。使奴の演算能力を以ってしても、言葉の意味を解析する事は不可能であった。
「…………信じたい?」
「はい。私はあなたに期待しています。そして、それが達成されると信じたいのです」
「……くっくっく。面白い奴だな。言っている意味がまるで分からん」
「意味は聞かないで下さい」
「そんな野暮なことしないよ。じゃあ戻ろっか!!今晩はカレーだよ!!」
ゆっくりと歩くシスターを、ラルバはスキップして置き去りにする。シスターは小さくなっていくラルバを見送ってからその場で立ち止まり、両手を胸の前で組んで両目を閉じて祈祷を始める。暗くなり始めた空に、一際輝く真っ白な星がそれを見ていた。
~グリディアン神殿 郊外のバス乗り場~
ラルバがシスターと検問所に向かっているころ、検問所から少し離れたバス乗り場でラデック達が荷造りに勤しんでいた。
「ふう……取り敢えずこんなもんか」
ラデックはバスの修理をしながら額の汗を拭う。内戦の騒ぎにより、バス会社の敷地はこの故障したバス一台を残して全ての車両がなくなっており、敷地内は休業中の様な静けさを保っていた。
そこへ、ラデックの後ろからやってきたイチルギが顔を覗かせてる。
「ん~まあいいんじゃない?壊れたらまた修理しましょ」
「使奴がやってくれた方が早いと思うんだが……」
「なんでもかんでも使奴を頼らないの!ラデックは機械系に便利な異能持ってるんだから、こういうところで憶えておかなきゃ」
「機械は苦手だ……」
2人が話していると、ナハルがそこへやってきて2人に尋ねる。
「すみません。シスターを見かけませんでしたか?私に待っていて言ったきり戻ってこなくて」
ラデックは首を振るが、イチルギは少し面倒くさそうな顔をして息を吐く。
「あー……ラルバが話があるって連れて行ったわ」
「な、なんだと!?」
勢いよく走り出そうとするナハルの腕をイチルギが引っ張る。
「でもって!私はナハルに話があるわ」
「離せ!後にしろ!!」
「ごめんねぇ~ちょっとで、い・い・か・ら!」
イチルギはナハルを引っ張り倒して地面に座らせる。するとどこからともなくバリアが現れ、ナハルの背中にしがみついて拘束に参加した。周囲にはハザクラやジャハル達、出払っているラルバとシスター以外の全員が顔を揃えている。
「何をするイチルギ!!シスターとあの馬鹿を2人きりにするなど……!!」
「ん~まあ確かに心配だけど……私はどっちかって言うとアナタの方が心配」
イチルギがナハルを怪しげな眼差しで見下ろすと、ナハルは何かを恐れ怯える。
「や……やめろ!!」
「う~ん……」
「言うな!!」
「やっぱりアナタ使奴ね」
その発言のナハルは瞳孔を揺らして全身の毛を逆立てた。ジャハル達も顔を見合わせて驚いており、イチルギの次の言葉を待っている。
「正直最初っから疑ってはいたけど……ラルバも変なことに巻き込むんだから……」
「頼む……シスターには言わないでくれ……!!」
「分かってるわよ。ていうか、そのために今分断させてる訳だし」
ナハルは驚いて顔を上げる。
「何だと……?」
「ラルバは最初っからアナタがシスターに使奴であることを隠しているの知ってたそうよ。心当たりあるんじゃない?」
ナハルは小さく呻いて気まずそうな顔をする。
「で、道中の口裏合わせのために態々こんな場を設けたわけ。どう?これでもシスターを連れてくる?」
ナハルが小さく首を振ると、バリアがナハルの背中から離れた。ナハルは抵抗する素振りを一切見せず、その場にぺたんと座り込んでいる。イチルギは大きく溜息を吐いてナハルを睨んだ。
「で、なんで内緒にしてるのよ」
「……だ、だって……使奴だぞ?“使”い捨ての性“奴”隷だ……!!そんな如何わしい存在だとシスターに知れたら……きっと軽蔑される……」
「いや私も使奴なんだけど。目の前で“そんな如何わしい存在”とか言わないでよ」
「如何わしいだろう!!こんな男の欲情を煽るためだけに造られた見っともない肉体!!クソ共が己のモノを突っ込むためだけに造られた汚らわしい玩具だ!!」
「確かにそうだけども……別にそこまで言わなくても」
「シスターは優しい人だ……だからきっと嫌悪を顔には出さずにいてくれるだろう……!!しかし!!その優しさが……私にはこの上なく苦しいんだ……!!!」
ナハルの嘆きに、ラデックは首を傾げて尋ねる。
「シスターは相当な人格者に見えたが……彼はそんな偏見を抱く人物なのか?」
「まさか!!シスターは差別なんて下劣な思想を持つ方ではない!!」
「じゃあ気にしなくていいんじゃ……」
「しかし確定ではない……!!誰しも、間違いはある……!!」
「ナハルが清廉な思想へ導いてやるのはダメなのか?使奴ならできるだろう。なんならイチルギやバリアでも……」
「違う……違うんだ……!!我儘なのは分かってる……!!どうすればいいかなんて解決策は腐るほどあるんだ……!!」
ナハルは頭を抱えながら髪をガシガシと掻き乱す。
「恐れていることの理解を放棄して……問題を先送りにしているのも分かってる!!ただ……この言語化できない……言語化したくない不安に近寄りたくないんだ!!嫌われるかも知れない!!シスターを信じていない訳じゃない!!けど!!この不安はどうしたって拭えないんだ!!!理屈じゃない!!!心なんだ!!!」
悲嘆を叫び涙を溢すナハルを、イチルギ達はただ黙って見守っていた。互いに顔を見合わせ、小さく頷き、ナハルが使奴である事は秘密にしようと決めた。ハピネスは呆れて嘲笑を浮かべていたが、ジャハルに拳骨を食らわされると仰向けに倒れて降参の意を示した。
ラデックがバス停近くのベンチに腰掛けてタバコを吸っていると、夕陽をバックに手を振るラルバがやってきた。ラルバはラデックの隣にどかっと腰掛けると、持ってきたカレーの器を手渡す。
「ありがとう。今日の当番はハピネスか」
「あいつカレーしか作らんな。今度煮物でも教えてみるか」
「創作活動にはあまり興味がないみたいだな。ん……かなり辛いな」
「多分本人が一番困ってるよ。ねえねえ、ナハルんの説得どうだった?」
「失敗に終わった。やはり正体は知られたくないらしい」
「うへぇ……面倒くさくなったなぁ。ま、いっか」
「しかしラルバにしては随分優しいじゃないか。秘密を守ってやるなんて」
「え?ああ、弱みは握っておくに越したことないからな」
「褒めて損した」
「シスターの方は結構収穫があったよ!いやあいい仲間が来てくれましたねぇ」
「結局、何故シスターを誘ったんだ?」
「んえあ?」
「ラルバは善人が嫌いだろう。シスターはジャハル以上に善人だと思うが……」
「ふっ……まっさかあ。アイツ……相当な悪だよ」
「……なんだと」
「まあ見る人からしたら善なんだろうけど……いつか悔恨に染まる顔が見たいもんですなぁ」
「……ラルバ」
「極論じゃないって!!いや勘であることは確かなんだけどさ。アイツが自分の所業を悪行だと確信して、尚且つ愉悦に浸っていることは間違いないよ。勘だけど」
「信じ難い」
「まあ見てなさいよ。どうなるかは知らんけど……そういや行き先どうなった?」
「一先ずは“スヴァルタスフォード自治区”に向かうことになった。未だ内戦の火が燻る“悪魔の国”だそうだ」
「ほへぇ……じゃあ今の所、目的は二つだな」
「二つ?あと一つはなんだ?」
「“漆黒の白騎士”の討伐だ。こないだ決めた」
「漆黒の白騎士?それは黒いのか?白いのか?」
「分からん。各地で逸話を聞くから実在はするんだろうが……なんでも、笑顔の七人衆を凌ぐ強さって噂だぞ。ソースはハピネス」
「悪なのか?」
「いやあ悪じゃないかなぁ。世界を滅ぼして回った豪傑らしいし」
「ほう。どうやって探すんだ?」
「それは追々……で、三つめだが」
「二つじゃないのか」
「通り魔の討伐だ」
「通り魔?」
「世界各地で無差別に惨殺して練り歩いている使奴の通り魔だ。これは悪い!!」
「成る程……あれ?でも前にイチルギが“積極的に人を害する使奴は希少“だと……」
「私の他にもいるだけだろ。ただ……その使奴、ハピネスも1回しか見たことない上に、イチルギに至っては噂も知らないそうだ」
「……世界各地で出没する残忍な通り魔を、世界を統べる役割を担っていたイチルギが知らないのは確かに変だな」
「んっふっふ……快楽殺人鬼VS極悪通り魔。どっちが強いか勝負だ!!」
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