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第七章 地下世界
102.師の願い
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ザクザクと、土を踏み締めながら彼女らは歩いていた。徐々に遠ざかる住処をチラリと振り返るリレ イヌを背後、アガラは覚悟を決めるように顔を上げる。
「リレイヌ」
「あ、はい」
慌てて返事を返したリレイヌを振り返り、アガラは柔らかく微笑んだ。その微笑みには悲しさ、苦しさ、様々な感情が見え隠れしている。
「……師匠……?」
リレイヌは思わず彼女を呼んだ。どうしてそんなに辛そうなのか、訊ねようとした彼女の周囲に、キラリと光る何かが浮き上がる。それは次第に輝く範囲を広げると、やがてパチンと音をたてて弾け、消えた。
「……あの、アガラししょ──」
光を追っていた目を前方へ戻す。そうして師の存在を認識しようとした彼女は、そこで巨大な“なにか”を見た。
人……きっとそう、それはヒトであったものだった。
数多の怨み辛みを押し殺したような顔で形をなすソレは、あまりにも強大で禍々しい。
地中から伸びる鎖に捕らえられたソレは、「ギギギ」と謎の呻きを発しながら地べたを這うように地に手をつける。
「ギギ……ギィ……」
巨大なそれの手に触れた箇所が、音をたてて腐敗していく。その腐敗はやがて崩壊へと繋がり、ガラガラと音をたてて周囲の地面がなくなった。
リレイヌは震える。震えながら、両の手を合わせて目の前のそれを見つめた。世界を崩壊させるそれは、まるで災厄そのもの。あまりにも恐ろしい。恐ろしすぎて、目が離せない。
「……リレイヌ」
そっと、少女の肩に手が乗った。アガラだ。
彼女は震えるリレイヌに囁きかけるように、彼女の背後にて語りかける。
「アレがなにか、わかるかい?」
「……」
「……わからないわけがないね。不躾な質問をすまなかった」
そっとリレイヌの肩から手を離し、アガラは小柄な少女の隣へ。並ぶように立ち、目の前で行われる破壊を見つめる。
「……あれこそが“イヴ”の正体。我々の中にある、怪物の正体だ」
「……イヴ」
「そう」
そうして語るアガラは、悲しげな瞳で空を見つめた。
「むかし、むかし。太古の時代。世界にヨルドーンたる神が生まれた。ヨルドーンは多くのものを創り、ひとつの世界を培った。そしてその世界で、ひとりの……愛する者と出会うことになる」
「ヨルドーン!」、と声がした。かと思えば、リレイヌの傍を明るい表情と共に駆けていく女性がいる。黒い髪に赤い瞳の、美しい、美しい女性だった。
彼女は目先にいた真っ白な男性に駆け寄ると、その腕に絡みつくように飛びついていく。
「あれがその女性。名をイヴという」
「……イヴ、って……」
「……ヨルドーンはイヴを愛し、イヴもヨルドーンを愛した。ふたりは何事もなければそのまま、仲睦まじく幸せな生活を送ることになっただろう」
ぶわりと膨れ、霧散したふたり。慌てて周囲を見回せば、酷い熱を感じてリレイヌは思わず振り返る。
「イヴ! イヴ!!」
目に痛いほどの酷い炎の中、イヴたる女性が焼かれていた。その目前、駆け寄ろうとしたヨルドーンが何者かに捕らわれ叫んでいる。
何度も何度も彼女の名を呼び嘆くヨルドーンは、やがて消え失せた炎の中に転がる焼死体を見つめ、そっと涙を零した。
解放された彼は、ふらつきながら焼死体に近づき、そっとそれを腕の中へ。まだ熱さの残るその体を震えながら抱きしめると、そのまま近づいてきた人間たちを振り返り、ギリリと奥歯を噛み締める。
「そこから、ヨルドーンは変わってしまった」
あれほど人に優しかった彼は、何日も何日も時間をかけて世界に巣食う人間を殺して回った。そうして暫くすると、イヴの亡骸と共に姿を消した。
人々は噂した。きっとヨルドーンは怒りに飲まれ、我々に復讐しにやって来るのだと。我々は酷いくらいに惨殺され、魂を破壊されるのだと。
しかし、いつまで経とうと、ヨルドーンはその姿を現さなかった。なぜか。理由はひとつ。
皆がその存在すら忘れかける程の長い時間、彼はひたすら作っていたのだ。イヴの器になり得る存在を──セラフィーユの一族を……。
「……私たちは器だ、リレイヌ。イヴ復活のための、哀れなる器」
「うつ、わ……」
「そう。器だ。そして、イヴは幸福を感じて目覚め、不幸を感じて眠る存在。つまりだ、リレイヌ。我々は、人並みの幸せを得てはいけない。我々が我々でいるためには、不幸を感じ続けないといけないんだ」
振り返るリレイヌの震える瞳を見つめ、アガラは辛そうに眉尻を下げた。そして、彼女は言う。
「これから先、きっと、死にたくなるようなことが多くあるだろう」、と。
「だけど、キミはもう死ぬことの出来ない身。私たち先代の力を全て注ぎ、目覚めた身。その体は真の創造主として存在しており、もう直、老いることも朽ちることもなくなるだろう。そして、キミはやがていつか、世界を壊す怪物になる……」
「……」
「でも、でもいつか……いつか絶対に、笑える日はくる。怪物にならないでいい方法が見つかる日が、やがて来ると思うんだ。だから……だからどうか、絶望しないでくれ。この世界を、愛してやってくれ。愚かなる人間たちを、救ってやってくれ」
キミには、きっとそれが出来るから……。
「……出来ると思うから、だから──」
生きてくれ、と懇願するアガラに、リレイヌは震える瞳を下へ。落とすように瞼を閉ざした彼女に、アガラは困ったように笑い、その頭を優しく撫でる。
どうか、この子に幸せを。
願わずには、いられなかった……。
「リレイヌ」
「あ、はい」
慌てて返事を返したリレイヌを振り返り、アガラは柔らかく微笑んだ。その微笑みには悲しさ、苦しさ、様々な感情が見え隠れしている。
「……師匠……?」
リレイヌは思わず彼女を呼んだ。どうしてそんなに辛そうなのか、訊ねようとした彼女の周囲に、キラリと光る何かが浮き上がる。それは次第に輝く範囲を広げると、やがてパチンと音をたてて弾け、消えた。
「……あの、アガラししょ──」
光を追っていた目を前方へ戻す。そうして師の存在を認識しようとした彼女は、そこで巨大な“なにか”を見た。
人……きっとそう、それはヒトであったものだった。
数多の怨み辛みを押し殺したような顔で形をなすソレは、あまりにも強大で禍々しい。
地中から伸びる鎖に捕らえられたソレは、「ギギギ」と謎の呻きを発しながら地べたを這うように地に手をつける。
「ギギ……ギィ……」
巨大なそれの手に触れた箇所が、音をたてて腐敗していく。その腐敗はやがて崩壊へと繋がり、ガラガラと音をたてて周囲の地面がなくなった。
リレイヌは震える。震えながら、両の手を合わせて目の前のそれを見つめた。世界を崩壊させるそれは、まるで災厄そのもの。あまりにも恐ろしい。恐ろしすぎて、目が離せない。
「……リレイヌ」
そっと、少女の肩に手が乗った。アガラだ。
彼女は震えるリレイヌに囁きかけるように、彼女の背後にて語りかける。
「アレがなにか、わかるかい?」
「……」
「……わからないわけがないね。不躾な質問をすまなかった」
そっとリレイヌの肩から手を離し、アガラは小柄な少女の隣へ。並ぶように立ち、目の前で行われる破壊を見つめる。
「……あれこそが“イヴ”の正体。我々の中にある、怪物の正体だ」
「……イヴ」
「そう」
そうして語るアガラは、悲しげな瞳で空を見つめた。
「むかし、むかし。太古の時代。世界にヨルドーンたる神が生まれた。ヨルドーンは多くのものを創り、ひとつの世界を培った。そしてその世界で、ひとりの……愛する者と出会うことになる」
「ヨルドーン!」、と声がした。かと思えば、リレイヌの傍を明るい表情と共に駆けていく女性がいる。黒い髪に赤い瞳の、美しい、美しい女性だった。
彼女は目先にいた真っ白な男性に駆け寄ると、その腕に絡みつくように飛びついていく。
「あれがその女性。名をイヴという」
「……イヴ、って……」
「……ヨルドーンはイヴを愛し、イヴもヨルドーンを愛した。ふたりは何事もなければそのまま、仲睦まじく幸せな生活を送ることになっただろう」
ぶわりと膨れ、霧散したふたり。慌てて周囲を見回せば、酷い熱を感じてリレイヌは思わず振り返る。
「イヴ! イヴ!!」
目に痛いほどの酷い炎の中、イヴたる女性が焼かれていた。その目前、駆け寄ろうとしたヨルドーンが何者かに捕らわれ叫んでいる。
何度も何度も彼女の名を呼び嘆くヨルドーンは、やがて消え失せた炎の中に転がる焼死体を見つめ、そっと涙を零した。
解放された彼は、ふらつきながら焼死体に近づき、そっとそれを腕の中へ。まだ熱さの残るその体を震えながら抱きしめると、そのまま近づいてきた人間たちを振り返り、ギリリと奥歯を噛み締める。
「そこから、ヨルドーンは変わってしまった」
あれほど人に優しかった彼は、何日も何日も時間をかけて世界に巣食う人間を殺して回った。そうして暫くすると、イヴの亡骸と共に姿を消した。
人々は噂した。きっとヨルドーンは怒りに飲まれ、我々に復讐しにやって来るのだと。我々は酷いくらいに惨殺され、魂を破壊されるのだと。
しかし、いつまで経とうと、ヨルドーンはその姿を現さなかった。なぜか。理由はひとつ。
皆がその存在すら忘れかける程の長い時間、彼はひたすら作っていたのだ。イヴの器になり得る存在を──セラフィーユの一族を……。
「……私たちは器だ、リレイヌ。イヴ復活のための、哀れなる器」
「うつ、わ……」
「そう。器だ。そして、イヴは幸福を感じて目覚め、不幸を感じて眠る存在。つまりだ、リレイヌ。我々は、人並みの幸せを得てはいけない。我々が我々でいるためには、不幸を感じ続けないといけないんだ」
振り返るリレイヌの震える瞳を見つめ、アガラは辛そうに眉尻を下げた。そして、彼女は言う。
「これから先、きっと、死にたくなるようなことが多くあるだろう」、と。
「だけど、キミはもう死ぬことの出来ない身。私たち先代の力を全て注ぎ、目覚めた身。その体は真の創造主として存在しており、もう直、老いることも朽ちることもなくなるだろう。そして、キミはやがていつか、世界を壊す怪物になる……」
「……」
「でも、でもいつか……いつか絶対に、笑える日はくる。怪物にならないでいい方法が見つかる日が、やがて来ると思うんだ。だから……だからどうか、絶望しないでくれ。この世界を、愛してやってくれ。愚かなる人間たちを、救ってやってくれ」
キミには、きっとそれが出来るから……。
「……出来ると思うから、だから──」
生きてくれ、と懇願するアガラに、リレイヌは震える瞳を下へ。落とすように瞼を閉ざした彼女に、アガラは困ったように笑い、その頭を優しく撫でる。
どうか、この子に幸せを。
願わずには、いられなかった……。
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