死にたがりの神様へ。

ヤヤ

文字の大きさ
11 / 129
第一章 名家の子

10.医者と使用人

しおりを挟む



「軽い切り傷が幾つかありますが、それ以外は大丈夫そうですね」

シェレイザ家専属医、アルビス・ペンツェは言った。柔らかなベッドの中で眠る少女に掛け布団を掛けながら。
腕のいい医者の言葉に、リオルも睦月も顔を見合せ、互いに、どちらからともなく安堵の息を吐き出した。とりあえず目先の問題はどうにかなったと安心するふたりに、アルビスは「ですが……」と疑問をこぼす。

「どうも顔色が悪いので血が足りてない可能性があるんですよね。でも大出血するような怪我は見当たらない……なにか存じていることはありませんか?」

「え!? あー……ひ、貧血気味だって言ってた……」

「なるほど。では輸血はせずに薬で様子を見ましょうか」

柔らかに告げた医者に、リオルは口端を引き攣らせながら頷いた。それ、輸血しないでいいのかな……、と悩む彼の隣、睦月が白いマグカップに入ったココアをズズズ、と飲む。

「輸血しないで大丈夫なのか?」

「まあ、このくらいなら大丈夫かと。万が一のことがありますので点滴だけ、させていただきますね。そちらに貧血の薬も入れておきます」

「あ、ありがとう、アルビス」

「いえいえ」

さっさかさー、と点滴まで取り付けたアルビスは、そのまま「夜も遅いので私はこれで」と一礼して部屋を出ていく。なんだか急いでいた彼の様子を疑問に思いながら、「もしかして何かあった?」とリオルは傍に控えている使用人に問うた。問われた使用人──アジェラは、身につけたエプロンの裾を握りしめながら、眉尻を下げて「それが……」と一言。

「シェレイザ家のご当主様の容態が……」

「……もしかして悪くなった?」

「いえ……容態が良すぎてすこぶる元気で手を焼いてます……」

ガクッとコケるふたりに、アジェラが「95歳なのにまだ走り回るんですよっ!」と嘆きを発す。これにはさすがの睦月もリオルも苦笑を浮かべる他ならない。シェレイザ家現当主の姿を知っているから尚のこと。

「あの人リオルさまのお言葉しか耳貸さないし、僕たちが何言っても元気すぎて止まらないし……さっきやっとアルビス先生が麻酔銃撃って眠らせたんですけど……」

「麻酔銃撃たれる95歳か……」

「字面やべえな……」

告げるふたりに、アジェラは「どうにかしてくださいよっ!」とえぐえぐ嘆いた。どうやらかなり手を焼いている様子である。
リオルは苦笑し、睦月は嘆息した。まああの人ならそうだよな……、と頷くふたりは、ベッドの中でもぞりと動いたリレイヌを確認すると、すぐさまそちらへ駆け寄った。覗き込んだそこで、彼女はゆっくりと瞼を押し上げる。

「リレイヌ、大丈夫?」

リオルが声をかければ、彼女の青色の瞳がこちらを向いた。まだ微かに微睡みを感じるそれを、一度、二度、瞬いてからリレイヌは言う。

「……ここは?」

「ここはシェレイザ家の一室だよ」

「しぇれいざ……」

「リオルのお家?」と問われ、彼は頷く。「おっきいお家」と答えたリオルに、彼女は小さく笑って見せた。大丈夫そうだ。睦月もリオルも、落ち着いた様子の彼女にホッと静かに息を吐く。

「……あの、リオルさま、そちらの方は……? ご友人、と先程言っておられましたが……」

後ろに控えるアジェラが問うた。これに、リオルは優しく答える。

「この子はリレイヌ。森の奥で会った、僕と睦月の友達だ」

「森の奥……というと、村の外れにある古代の森の事ですか?」

「そうだね。その森だ」

「なるほど。そこにそちらの方が住んでいる、と……」

頷くアジェラ。納得した様子の彼に、「ううん、違うよ」とリオルは告げる。

「詳しく言えば『住んでいた』、だ」

「え? というと……?」

「彼女は今日から、ココに住むんだよ、アジェラ」

沈黙がひとつ。
驚きに叫ぶアジェラの声が、シェレイザ家という大きな屋敷内に、広く響き渡るのだった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

処理中です...