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第二章 降りかかる悪夢
33.一粒の涙
しおりを挟む「うーむ、泣けるのう」
「! ご当主様……」
部屋に入ってきた老人を視界、シアナ・セラフィーユは腕に力を込めて上体を起こした。リレイヌが慌ててその体を支えるのを視界、「寝とっていいんじゃよ」と笑う老人は、ゆったりとした足取りでシアナの方へ。彼女の座るベッドの横、静かにその頭を下げてみせる。
「助けが遅くなってすまんかった」
零される謝罪。
シアナは困ったような顔で首を横に振る。
「いえ、元はと言えば私が招いたことです。謝罪などいりません」
「そういうわけにもいかんじゃろうて」
「本当に。大丈夫ですから……」
やんわりと告げたシアナは、そっと娘の頭を撫でやると、「こちらこそあなた方にお礼を言いたい」と一言。皆の前で、そっと頭を下げてみせる。
「娘を助けていただき、感謝します」
「シアナ様……」
「禁忌と分かっていながら、それでも見捨てずに手を差し伸べてくれたこと、本当にありがとう。ヘリートを、あの人を助けられなくて、ごめんなさい……っ」
震える謝罪だった。心の底からの、懺悔だった。
誰もが口を閉ざして暗い顔をする中、シェレイザ家当主は静かにシアナの下げられた頭を撫でる。
「謝ることは無い。ヘリートもきっと、そう言うじゃろうて」
「……、っ……」
「ううっ!」、と嘆くシアナに、リレイヌは不安そうな目を向けた。「かあさま……」とポツリと零す彼女を、シアナは静かに抱き寄せる。
頬を伝う涙が、とても、とても温かかった。
「……さて、皆、シアナちゃんのことは気になるじゃろうが、今はひとまず安静にしてやろうて。リレイヌちゃん、お母さんのことを頼んだよ?」
「……はいっ」
「うむ。良い返事じゃ。ほれ、何をしておるお前たち。撤収撤収」
当主が手を叩いてそう言えば、皆はその目に涙を浮かべながらも静かに部屋を退室していく。残された当主、リック、それからリオルと睦月も、順に部屋を出ていき、残るはシアナとリレイヌだけとなってしまった。
母の泣き声が響く部屋の中、そっとその背を撫でるリレイヌも下を向く。
父が死んだ。
その事実は、痛いくらいに重かった。
「……、……リレイヌ……」
シアナが娘を呼ぶ。柔らかく、それでいて穏やかに。
リレイヌはその呼び声に顔を上げた。不安そうな青色が、僅かながらも揺らいでいる。
「……リレイヌは、これからどうする?」
「え……?」
「これから、どう生きる? 私はもう、ココには居られない。だから遠い、遠いところへ行かないといけないの」
「遠いところ……?」
繰り返し問うリレイヌを優しく撫で、シアナは微笑んだ。「母様と来る?」と問う彼女に、リレイヌはすぐに頷いてみせる。
「母様と行く。私、母様と行くよ」
「そう……そっか……」
なら、一緒に行こっか。
そう言い微笑んだシアナは、そっと視線を部屋の扉へ。そこにある、四つの幼子の気配に小さく目を伏せると、愛しそうにリレイヌの頬を撫でた。
「……リレイヌ。これから先、きっとたくさんの辛いことが待ってる。だから、それらに備えるために、貴女は強くならなくちゃいけない」
「力の使い方を教えます。だからそれを、覚えていきなさい」
「そして誰よりも強くなりなさい」
「貴女はだって、私たちの神様だから……」
零される言葉たちに、リレイヌはただ一度、こくりと頷く。
「強くなる」
「みんなを守れるように」
「母様を、守れるように」
「私、強くなる」
うん、と頷くシアナは、今一度愛しいその子を抱きしめると、そっと、最後となる涙を零すのだった。
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